第六十一話 海賊船、前に進め!!
最初は違和感なんぞ持っていなかった。少なくともフレッドとスカーレットは、だが。ハイデマリーはこれはおかしいときちんと言ったのだ。
しかし、聖女の言うことは絶対、である。たかが一介の門番が世界最高の権力者と同等の力を持つ聖女の行動に意見をするなど本来あってはいけない事なのだ。
フレッドが不幸たる所以はこんなところにあるのだなぁと感慨深くなった。フレッドがスカーレットをエスコートしてその船に乗せてあげた。
フレッドは大きい船とは裏腹に閑散としている空間で大声をあげた。
「すみませーん! 誰かいませんかー!!」
「……おぉ、誰を乗せたかと思えば聖女様じゃねぇかぁ……」
豪華な服を見事なまでに着こなす男は目をぎらつかせながらそう言った。何か怪しい様子を感じ取ったが、フレッドはそれ以上追及することもなく再び男と話し始める。
「すみませんが、ウェーリン大陸に向かう予定はございますか?」
「あぁ? ないね」
「でしたら近くに向かう予定は」
「おいレオ! ここから先の航路はどうなってる」
レオと呼ばれた男はまだ名乗らない男の目の前で跪き、報告をし始めた。曰く、ミルリー大陸とニーア大陸の間を流れる大海原を渡り、北の地へ向かうらしい。どうやらあそこには『戦うべき相手』という者がいるようだった。小さいが、一応橋は架かっているため、ウェーリン大陸に向かうことは可能である。
「では、目的地までご同行させてもらってもよろしいでしょうか」
「あぁもちろんだぜ。その代わり……」
とても溜めている。ハプニング的展開は要らない。ハイデマリーは素早く剣を抜き、彼らに先を向けた。フレッドはそれの意図が分からずただただ立ち尽くしている。だが、男の狂気的な笑いを浮かべていることに気づき、やっと非常事態だということに気づいた。
すなわち、正面にいる男が海賊であり、海賊船を取り仕切る船長であると。フレッドはまずいと思った。聖女は武器を見慣れていないと依頼書に書いてあったので一式を鞄にしまっている。あいにく瞬間的に鞄を開けて取り出せる程度の能力は持っていないので、試行を巡らせていた。
「聖女様を人質にさせてもらうぜぇ!!」
「えぇっ!?」
二人と違って、スカーレットは全く気付いていなかった。手首のあたりをガッと掴まれてとても痛そうである。フレッドは船から脱出しようかとか考えていると重々しく男は口に出す。
「聖女を見逃す条件だ。神架教に金貨十万枚を要求する」
ハイデマリーから間の抜けた声が聞こえてきた。金貨十万枚はそれこそギリギリ五賢人になれないレベルの世界の大富豪クラスでないと所持していない。
神架教が信徒から巻き上げた金はその比ではない気もするが、それでも少ない額では決してないのでだいぶ渋るだろう。
神架教の象徴である聖女が人質に取られない限りは。
そもそも、聖女とは神からの恩恵を多く与えられた人物であるとともに一生神架教の信仰を広めないといけない偶像なのである。一部では偶像崇拝とまで言われてしまうほど人気がある聖女だからこそ、神架教にとってなくてはならない存在だ。
「あと、そこの二人」
「「?」」
二人は顔を合わせた後、首を傾げた。殺意、というよりも下界の者を見るような蔑んだ目つきである。
「お前らは金を持ってるように見えねーから。レオにでも雑務を習っとけ」
船長はスカーレットの首に刃を当てたまま船内に入り込んでいってしまった。フレッドは不思議な気持ちになって思わずレオ、と呼ばれた男の方を覗く。
人質に取られなかったのは嬉しいことだが、正直言ってしまえばフレッドが人質に取られたとて身代金を払ってくれるような人は見つからない気がする。
スカーレットを救出する作戦はたてるべきだろうが、とにかく不審な行動をすると集団リンチに遭ってしまう恐れがあるのでとりあえず従ってみることにした。
どうやらハイデマリーも同じ考えだったようで、二人は両手を挙げてスカーレットとは別の部屋に連れ込まれた。
* * *
「あー、あなた達の寝床は今日からここ……女性の方はあっちになるので」
レオはパッとしない表情で目の前にある藁と若干遠くにあるシーツを指さす。フレッドとハイデマリーではだいぶ扱いに差があったようだ。
「残念だったな、御者。お前の価値は所詮そんなもの、というわけだ」
「……あの、ハイデマリーって名前でその服装ってことはあのリャーゼン皇国の元副騎士団長さんですよね……? 怖くてあちらに移設させてもらったんですけど」
ハイデマリーはだいぶ驚いていた。まあ、メイドでも何でもないのにメイド服もどき――ちなみに防具も完備している――を着ていて武器を出す速度が圧倒的に速く、高圧的でほとんどの人を委縮させてしまうのはハイデマリーくらいしかいないだろう。
フレッドの価値が低いという訳ではなくただただ彼女が怖すぎたというだけだった。
フレッドは残念でしたね、と若干煽り気味な表情で返した。年上だと聞いたが、フレッドよりもずっと幼い反応である。
「その……僕も元はあなたを真似したくて騎士団に入ろうとしたんですけど。どうしてやめちゃったりしたんですか?」
「あぁもう思い出したくもない」
「どうやら大敗北を喫してしまったらしく、今は義手のようですよ」
確かに、ハイデマリーは門番なんぞに就く前はかなりバリバリ働いていたらしい。カリスマ性は団長には劣っていたものの、戦歴はかなり優秀なものとなっているようだ。フレッドは全く知らなかったがあのままだったら二年以内に団長へと上り詰めていたらしい。悪いことをしたなぁ、と今更罪悪感が湧いた。
「らしい、じゃないだろう。お前がやったくせに責任からは逃げれないぞ」
「噂では聞いていたけど本当だったんですね……えっ、そこの御者はそんなにすごいんですか」
レオはフレッドに向けてランタンを照らす。銀髪に紫の瞳。これほど奇抜であればゼネイアの血を引いているというのは誰にでも分かるだろう。海賊だから高確率でゼネイア独立島近海を通るだろうから彼らの恐ろしさについては言わずもがなである。
「そんなこともないですよ。これから割と長めのお付き合いになるかもしれないのでお願いしますね」
フレッドはレオに向けて手を差し出した。挨拶をするつもりだったのだが、ハイデマリーの話からも怖がられてしまった。笑顔が不敵さを強調するのか彼がフレッドの半径七十センチ以内に近づかれなくなった。
ハイデマリーは今度こそフレッドに向けて失笑する。
「ついに人から怖がられるようになったんだな。ははっ、これから異性にしか好かれないんじゃないのか?」
「ネタにしないでくださいよ……」
フレッドは苦虫を嚙み潰したような表情になった。ハイデマリーは五年間の恨みを晴らせてとても楽しそうである。スカートの裾を掴んでフレッドの背中をポンと叩いた。実際には『ポン』、という効果音ではなかったが。というか、銀の腕でぶん殴っているも同義であるため、フレッドは不満な声を隠せずにいた。
「じゃあ……僕の寝床を貸しましょうか? 何かされると怖いですし」
「そんな! 僕は寝なくてもいいんですから。与えられるだけで十分ですよ」
どこか含みのあるような言い方にハイデマリーは疑問を抱いた。どうせお世辞だか見栄を張っているだけだろうからと煽ってみる。所詮は御者である。
休暇もろくに取れないのだろうと思ったらしく、それについていじってみたが、まさかの大正解であったためとてつもなく気まずい感じになってしまった。彼は宝石のように輝く瞳を包み隠さずにあっさりと肯定してしまった。
仕事はわりと楽であるハイデマリーとかなり人材管理がずさんで仕事が回ってこないことも多々あるレオ。どちらも全く共感できないでいたが理解者のような目つきで見られていたため相槌を適当に打つ。
フレッドとしてはまさか共感してくれる人がいるとは思ってもいなかったので淡々と、それでも内心ではとても嬉しそうに話し始めた。旅の部分の話は皆無だったが、依頼が舞い込んでこないときの残業残業残業。
何より恐ろしいのはそれでいて残業代はほとんど出ないというところである。誰もいない暗い職場でただ一人、淡々と事務作業をこなしている御者がどこにいようか。
原因は何なのか。それについては大体わかっている。というのも、残業を任されているのは寮に住んでいる人ではない。付け加えて話しやすい人だというのは最近の分析で判明した。
家に関してはどうしようもないし印象というのもほとんどは変えられないので諦めて引き受けようと自己解決してしまった。
「で、終わったか?」
「話を聞いてくださってありがとうございます。おかげで決心出来ましたよ」
二人はとんでもないブラック組合ぶりに気づいていない様子のフレッドに絶句した。地獄ぶりを嫌というほど話したのに笑顔である。全く留意していないフレッドはレオに今後の予定を尋ねた。
「そうですね……船長、ああ見えて計画通りに物事を進めないと気が済まない質で……多分ミルリー大陸の北側に到着するまではずっと直進じゃないですか? 応戦もなさそうですから今日は暇ですね」
レオ曰く。船長はカリスマ性の塊ともいえるような人物で、海上戦における人員采配に関しては肩を並べるものがいないとか。
そんなにすごい人だとはあの豪快な風貌からだと想像つかなかったのでフレッドは目を丸くしてしまった。一方のハイデマリーは彼ら海賊団のことをよく知っているようだ。
「あぁ、どっかで見たことがあると思ったらスファロヴ海賊団一味か。以前戦ったことがあるな」
フレッドは御者という職業柄、陸のこと以外はほとんど詳しくないので有名な海賊団であるということさえも初めて知ったのだ。
ハイデマリーが彼らと戦ったのはフレッドが大陸に上陸する二年ほど前の話らしく、近くに港があったリャーゼン皇国はそこから襲撃され一気に混乱に陥った。騎士団で何とか対処を進めようとするも、結局皇国の財宝の十分の一くらいは奪われていったとか何とか。
フレッドには全く関係のないことだったので驚く。
「ゼネイア独立島を襲撃しようとしたことは……?」
「確かあったと聞いておりますが、当時の魔術の技量がとんでもないことになっていたようで即時撤退と言っていた記憶があります」
そこから、『独立島に襲い掛かる者、世界樹の族によって殺される』という有名なフレーズが生まれたらしい。当時は負けなしだったスファロヴ海賊団が言ったからこそ恐ろしさが増した。
まあ、このフレーズによってフレッド達ゼネイア族は大陸に進出しづらくなったわけだが。
レオは迷いのない足取りで美味しそうな匂いのする場所に向かった。フレッドがキョロキョロとあちこちを見回しているが、特におかしいものは何もない。
彼の不審すぎる行動がやはり気になったのか、レオは今から向かう場所が食堂だということを教えてくれた。食堂――といっても学園などでよく見るような若々しさが引き立つような場所では一切ない。
要するにただの酒場だ。飲み比べをしたり戦果を報告したり。とにかく船員の中が深まるような場所だとレオが言っている。
フレッドは少々怖かった。レオはいつも通りに扉を開けると、彼を歓迎しているような面子が急に顔色を変えた。飲んでいた女の一人がおい、と低い声で言う。
「なんだぁ? そこにいる女性、どこから連れてきたんだよっ……!?」
「うーわやってることえっぐ……アンのまんまドタイプの女連れまわして自慢するとか身の程知らずだろ」
アンという女性は水着にも似た衣服の上に船長のような羽織を着ている。どうやら最古参のメンバーに与えられるもののようで、つまりはかなり昔から海賊行為をしている人間だ。中々重度の女性好きらしく、最近では入団した女性には片っ端から手を付けていっているらしい。それを聞いてハイデマリーはドン引きしていた。
「まあ、他の男のものでもいっかぁ……」
「……御者、ちょっとまずいから逃げるぞ」




