第五話 灰楼山はどこにあるか?
「君、何千年も生きているのにここがどこなのかすら分からないんだー」
「そうだね。俺はこの国に住み始めてから百年くらいしか経ってないから分からないんだよ」
オーガストとオリヴィエには圧倒的な違いがあった。魔導団長にはない、余裕が何千年という悠久の時を手に入れた彼にはあった。恐らくオーガストは本当にニ、三百年しか生きていないのだろう。そもそも人間の寿命をはるかに超えた年月に『しか』などと言うことは中々におかしいのだが。
セレンが見てみたいのは国の名所をお勧めする雑誌で唯一写真がなかった伝説の山である『灰楼山』だった。フレッドも以前の客から話を聞いたことがある。
――灰楼山。ある一定の条件を満たした者だけが入山できるような場所らしい。逆に適合しなかった人は永遠に灰楼山を見ることができず、試練を受けることもできないようだ。また山に入ることが出来ても狂暴な魔物、そして山に君臨する神を倒さないと頂上にある結界を突破するのは不可能。
苦労して登った山の頂上にあるのは美しすぎる天上の世界に、神が創った不老不死を叶える代わりに感情を失うと言われている薬だと噂されている。
「まず、この山がどこに存在するのかも分からないんだけど……」
人間が場所を特定した時に限り現われる山なのでまずは推理して導き出さないといけない。
「本当に申し訳ありません……」
「いやいや、いいんだよ。僕たちは暇だからさっ」
上司である魔導団長の動きが心配だったのか、一人の魔術師がまだついてきていた。オーガストは男に耳打ちをし、今すぐに離れることを命令する。不服そうだったが四人の圧倒的な実力者の雰囲気に負けたのか渋々と言った表情で頷き、闇に溶けていった。フレッドが空を見ると既に日は沈んでおりその代わりに欠けた月が浮かんでいる。
「早く行った方がいいですよ。恐らく、今日は美しい山が現われることでしょう」
フレッドには月が山へ入ることを許諾しているように見えた。この美しい夜の中、四人でめぼしい場所を雑に探して回った。
* * *
「見つかりませんねー……」
「ここの国にあるのならばおおよそ全てを探し尽くしたと思うのですが……」
フレッドの言う通り、国内の隅々を探し回った。が、一向に灰楼山は姿を現すということをしない。
オリヴィエも深く悩みこむように手を顎に触れる。やはり千年の知恵を使っても予想はつかないということか。セレンとフレッドとオリヴィエ。それぞれが山はどこにあるのかを悩んでいる中、オーガストだけが遙か上空の景色を覗いていた。どうしたのかとフレッドは不思議そうな面持ちで尋ねる。
質問されたオーガストは空を指差しながらこう答えた。
「あそこだけ影の色が濃くなっていないか?」
三人は上を眺めてみるが、大した違いを感じられなかった。フレッドは魔力の流れを見てみた。もし何かを隠しているとするならば魔力の発生は隠しているものを中心として行われているからだ。
目を細めて詠唱する。すると異常なほどに魔力の流れが周囲と変わっていた。一体いつからこんなにも大きすぎる山を隠していたのだろう。誰がどうして隠していたのかも分からないのでそれを考察する材料はないのだった。
フレッドが山の場所を特定したことによって四人の目には巨大な山が映った。どうやら他の人には見えていないらしく、その証拠に何もなかったかのようにある者は酒を飲み、ある者は女性を侍らせている。
「ここで良いんですよね……?」
「合っていると思いますよ。それでなきゃただ浮いている山ってことになりますし」
そもそもの話、山が浮いているということ自体が大分変なことではあるが。
「山に浮いているということは地脈から魔力を造ることは出来ないのか……」
オリヴィエは厳しい目つきに変わる。何かと戦っている時は自分の錬成した魔力を使って魔術式のエネルギーに変換するのだが、そうするといつかは【魔力切れ】というものが発生する。自分の身体から魔力がなくなると気絶をしてしまうのだが、戦闘中に魔力が切れて気絶が起こると死んでしまう可能性が高いので普段は地からも力を借りて魔力を練っているのだが空となると魔力を地上から運ぶことになるので地脈から創り出すということは不可能なのである。
「そう言えば学校で地面から魔力を生み出せるという事実を発表したのが誰かというのは教えられなかったんですけど結局誰なんでしょーかね?」
そう言ってセレンはオーガストの顔を覗く。
「さあ、僕はたったの五百年くらいしか生きていないからね。そこら辺のことは実際に見ていそうな彼に聞いたら良いさ」
「……俺? そういえば小さい頃に魔術を教えてくれた師匠みたいな人が論文出してるのは知ってるけど」
彼曰く、師匠は何処かしらの貴族の嫡男だったそうで家を継がないといけないのに魔術の研究にばっかり時間を費やしていたから家族からも呆れられていたらしい。
しかし、彼の功績は世界を変えたようでどこかへ旅立ち消息が分からなくなった後に見つかった書物が今の魔術の基本となっているようだ。
「今の魔術の基本というと結構最近のことのように思えてしまうんですけどオリヴィエさんは何年くらい生きているんでしょうか?」
「五千年」
予想していた二倍くらいの長さを生きていて尋ねたフレッドだけではなくセレンとオーガストも苦笑していた。
子供の時に成長が遅くなった訳ではないだろうから単純に考えれば彼の師匠というのは五千年前の人である。五千年前には魔術の体系が完成していたのかと思うと驚愕より感嘆の感情の方が大きくなった。
「けど、その師匠とやらは生きているんだろうかねー」
「知らないよ。俺は子供の時に何年か教わって以来だし。けど、あれだけ功績残してたんなら魔女となって生きてそうだけどね」
四人でそんな会話をしている間にも山の入り口に到着していた。セレン、オーガスト、オリヴィエ、フレッドの順で魔力のない地面に降り立つと入り口を塞いでいた蔦が激しい勢いで死滅した。そこから漏れ出たのは青色の霧。色こそ違えど成分は魔女・エステル=ヴァレンシュタインの霧と同じだった。だが、彼女がこの山について知っているとは到底思えない。毒ではないようだから、出来るだけ魔物に遭遇しないように緊張感を持ちながら登山をした。
月夜だけが木々の中にいる四人を照らしている。頂上に登ることこそが灰楼山の薬を手に入れるための試練だと知る。雑魚敵もいたのでそれらは魔力節約のために物理的に薙ぎ倒していった。
護身のためか全員格闘技を習得していたので魔物が現れてから灰になるのも一瞬のことだ。何ら苦労することなくやっとの思いで残り半分のところまで辿り着いた時だった。
半人半獣と雷霆を持つ人型の何かが姿を現した。
獣の方はミノタウロスだということはすぐに分かった。
絵画で見たような姿そのままだったから。
だが雷霆を持っている方は知性があるようで攻撃を躱したりをいとも簡単に行っていた。魔弾が直撃したと思っても逃げるように軌道が逸れる。
まるで息がぴったりだった。
物理的で攻撃するのがミノタウロス、彼に気が逸れている間にすかさず魔術で攻撃してくるのが人型。連携が取れすぎていて一体ごとに倒すのも不可能となっていた。隙が出来た一瞬だけ、フレッドが大声で叫ぶ。
「二人に分けてそれぞれを倒しましょう!! 僕は雷霆の人間を討伐するので協力してくれる方はこっちに来てください」
セレンを狙う雷の弓の目の前にフレッドが立ちはだかる。ふらふらとオリヴィエもやって来て不意打ちで剣を投げた。
「まずはこの人が誰なのかを特定しないといけないんですが……」
「大丈夫。目の前にいるのが何なのかはおおよそ予想が付いたから」
すぐに倒してミノタウロスと戦っている二人の方へ応戦しようと考え、猛攻を始めた。
「オリヴィエさん、貴方の考察を教えてくれませんか!! 一体この魔術師は誰なのか」
「君はどう思う? 教えてくれないか」
考えながら戦うのは中々の難易度だった。まず分かったのは目の前の敵が全知全能であるということだった。流石にこれで普通の人間ではないという考察に至った。次に、人型の人外は雷を扱う者ではないということが判明する。正確にはありとあらゆる気象を操っていた。疲れさせたいのなら干からびさせるように眩しい日光を、そして圧倒的な攻撃を当てたいのならば落雷を。
全知全能で気象を操ることの出来て更に主な武器が弓だという『神』をフレッドは一人しか知らない。
「あの多神教の主神か!!」
判明した時には雷の極彩色が月の光に勝って辺りが赤や、青、黄色に包まれ一斉に避けることの出来ない攻撃が二人を襲う。まだ魔力切れの心配がないフレッドは防御結界を即座に展開し、割と余裕そうに守りに徹していた。その間に極彩色に包まれた周囲を見る。見回したところ、セレンとオーガストはこの世界にいない。
そして主神が『本物の主神』という訳ではなく、激しい権力争いの果てに敗れた神が主神に化けたものというのも判断することは容易かった。それが彼にとって攻撃の着火剤となったのだろうか。優しく、しかし好戦的な笑みを浮かべる。
「君危ないよっ……は?」
五千年生きているオリヴィエですらも困惑した。
何故御者が神と対等に渡り合っているのか。
どうして戦っているときに笑っているのだろうか?
フレッドは懐かしい感情を思い出す。竜とは違って神そのものなので戦いごたえがあったのだ。本気で戦ったのがいつなのかは覚えていないが徐々に感覚を取り戻していく。とにかく戦況が変わってあっという間に二人の方が有利な盤面になっていた。
一瞬で戦闘の不利をひっくり返してしまったフレッドに唖然とする。彼は神にも劣らぬスピードで戦いをしかけては神の体に無数の傷をつけている。
まさに戦闘の天才としか形容しようがなかった。逆に天才と言わずしてなんと表現できようか。
「正面に主神を、左に巨人族を、右に十一の神を」
魔力だって切れるかもしれないのに容赦なく大魔術を紙に向けて放った。正直、神が魔力を発しているのでそこから魔力供給を行えるので魔力の心配をしなくていいというのは大きい。
「さあ、神話の大戦の再来だ。じっくりと負け続けるといいよ」
フレッドが召喚魔術で繰り出した神々は敵である神の心を打ち砕くには十分すぎる面子だった。
戦争で勝利した主神含む十二神、家族に等しい巨人族。それらを倒してやっとフレッドと戦うことが出来るのだ。神話によると神々の戦争は万単位で続いたらしく、十二神は手加減をしていたようだ。そしてフレッドやオリヴィエも参戦するのでこの極彩色の戦争が終わるときは敵の神の精神が壊れたときなのだろう。
「オリヴィエさんも手伝っていただけませんか?」
「分かった……」
オリヴィエもなんだか懐かしい光景を思い出していた。だが、フレッドと違って明確な記憶が残っている。師匠に魔術を教えてもらっていた時に似ている。フレッドはもちろん師匠の実力よりもかなり劣っていたがそれでも魔術式の方針が重なっていた。
「師匠……」
「オリヴィエさん、ここに師匠は存在しません。なので今は戦いましょう」
無言でうなずき、彼も神々に交じって大魔術を放った。
『天星降臨』
読んで字のごとく天にある星の数々が偽の主神にめがけて攻撃してきた。魔力の流れが一気に変わり、星々の魔力が周囲に散らばる。散らばった分を取り戻そうとして星が数多の手を出して偽神の魔力を一気に吸い取った。
【魔力切れ】を起こした神は気絶し、フレッドの召喚した主神が彼の首を掻き切った。
* * *
「やっぱり難しいかっ……フレッドさんにオリヴィエさん!!」
「二人とも!! あっちはもう終わったのかい?」
どうやら魔女狩りに遭ってしまった人たちの怨念が宿ったミノタウロスらしく、大魔術師による攻撃も多かった。
「あ、けど必要ないかもです……」
セレンは思い出したように跳躍し、剣をミノタウロスの眼に刺して素材を得た。
「お疲れ様です」
「本当に疲れましたねー。これ以上戦いがないといいんですけどねー」
「どうだったかい? 僕は割と役に立ったと思うんだけどオリヴィエ君はきっと役に立っていないのだろうよ」
「うん……俺はあんまり役に立てなかったと思う」
オリヴィエが不満を抱いている中、山を登っていると日の光が見え始めた。
山頂はもう近い、と四人は思ったことだろう。
登った時間はおよそ六時間。山の魔物は光に弱いのか出てきすらしない。
「あと少し……!!」
セレンは興奮気味にそう言った。




