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或る御者の旅  作者: 駱駝視砂漠
第三章
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第五十八話 逃亡の果てに

『さあ、私たちの時代にも世界最大の主演が来たようだ』

 どこからか、ワクワクしているような声が響いてきた。フレッドはそれに構う余裕がない。どうせ独り言だろうから無視して先に進むことを決めた。


 聖霊を通じていつでもアメリアと会話ができる、というのが判明したのでとりあえずアルベルトの仮の家に逃げることにした。


 逃げるまでの道のりは地獄のように長かった。というのも、フレッドが張った結界が全く意味をなさないのである。理由は単純明快。結界の表面には、組み立てあげるまでに使った無数の魔術式が刻み込まれている。


 その全てを解析するのには世界最高クラスの魔術師でも最低一日はかかる。なのに張ってから数秒で解除されているのには何か理由があるはずだ。


 結界が解除されていくごとに、砂の嵐が巻き起こる。そこに秘密があるのでは、と考えたフレッドは殺されること覚悟で近づいた。


「オーガスト君!?」

「……フレッドはなんでここにいるのかい?」


 敵かと思って身構えていたオーガストは地面に向けて強く振り下ろそうとした杖をふわふわと浮かせ、ストンと落下させた。


 本来ならば発生し得ることのない衝撃波が周囲に伝わる。きっとオーガストがあのまま地面に直撃させていたらフレッドはひとたまりもなかっただろう。

 衝撃によってオーガストのふんわりとした髪がなびく。


「まさかこんな危険地帯に足を踏み入れているなんて」

「オーガスト君は仕事かな?」

「そうそう。セリヴァン公国のいざこざを鎮圧せよだってさ。フレッド君みたいな雑用係じゃないんだから」


 さらっとフレッドが雑務しかしない、という前提で進められていて驚いた。確かにユーリやアルベルトなどの特異な依頼は多いが、それはフレッドの戦闘の実力を買われて依頼されたものなのである。

 こう考えたフレッドは思う。


 御者に戦闘技術は不必要では? と。フレッドの考えていることが何と無く分かったのか、オーガストは若干苦笑していた。


「まあ、君がすごいっていうのは事実だから……それが御者に向いているのかはノーコメントだけど」


 そんなことをほのぼのと話していた時だった。アルベルトの声が聞こえて来た。


「ねえねえ、ここからの逃走ルートはどうする……っ!?」


 フレッドの耳元を魔弾が掠める。それは殺意の全てが乗っかっていた。殺意の波動が強すぎて波に近かったというだけで耳の皮膚が少々焼ける。照準先にいたアルベルトは驚いていたものの、難なく避け切った。

 何をやってるの、とフレッドは声を荒げる。こんなに焦りを見せたのは実に五年ぶりだろうか。


 突如としてアルベルトに向けての猛攻を始めたオーガストの瞳はとても冷たいものだった。だから、彼が意図的にアルベルトを襲撃したのを悟った。フレッドは近くにいたからアルベルトを殺させないように覆い被さる。

 突然阻害されたオーガストは友人を見る目からフレッドを敵として見る目に変わった。


「そうか。アリエットの息子は御者を雇っているという情報があったが君だったか」

「一旦止まって。なんでオーガスト君は殺そうとするの。あの人は何かしたの?」

「殺しに理由はいらないよ……強いて言えば、さ。僕が皇国に仕えた年数はどれくらいだと思う?」


 フレッドは何も答えられなかった。見た目は二十代から三十代ほどだが生きている年数は容姿の百倍以上もあるのだ。

 数秒だけ立ち止まり、その後にフレッドの周りをぐるぐると回る。数分回答が出ないとオーガストは肩をすくめて解答を教えた。

「『466年』だよ。信頼を得るまでは長かった。皆、不老長寿だっていうだけで目つきが変わる。けど今は違う」


 オーガストの周りに無数の魔術紙が浮かび上がる。生まれて五百余年の風格が彼にはあった。


「公国のいざこざを鎮圧するって言ったよね? 僕は考えたんだよ。彼をそのまま殺しちゃえば一瞬で消化できるってね」


 魔術紙がフレッドを目掛けて舞い始める。魔弾がフレッドの視界を覆い尽くす。


「君があれを庇うのなら友人であろうが戦うよ。信頼を一から作り上げるのは難しいんだ」


 フレッドの諭しはオーガストにとって何の意味もなさなかった。逆に彼の戦闘意識を煽動させてしまったらしい。

 魔弾はなんとか避け切れたものの、魔弾の嵐とも言える攻撃が空から降り注ぐ。流石に人を庇って逃げれるくらいの魔弾の少なさではなかった。アルベルトを結界の中に入れて本気で戦おうとしたその時だった。


 結界がポロポロと崩れ去り、アルベルトの足元を魔弾が襲う。急所は外したものの、足が使い物にならなくなった。これで彼が逃げるにはオーガストを倒すしかなくなった。


「以前から思ってたんだよね。君と戦えればどんなに楽しいかって」


 そこには凶器だけが存在していた。フレッドはダンジョンのラスボスと対峙すると同等の危機感を持って彼の前に立ちはだかる。


「最高に楽しい戦闘(バトル)で僕の心を躍らせてよ!!」

 リャーゼン皇国魔導団長・オーガストとの戦いが今、幕を開けた。


 * * * 


 彼が主に使うのは精霊の宿る四大属性だ。そこに自然そのものの精霊を組み込んで爆発性を増している。火属性と氷属性という正反対の属性を使って大きな爆発を巻き起こしているのが有名な例だ。


 本来であれば高火力と高火力が釣り合っていないといけないしそれには魔力切れのおそれが伴うのだが。

 五百年も生きているだけあって魔力量が桁違いだった。彼の速度に対応できているフレッドもかなり異常だったが、それにしても魔弾の量が尋常じゃない。


「……っ!? もう少し容赦してください!!」

「戦いに容赦なんていらないよ! あるのは覚悟だけ!!」


 オーガストは空中へ舞い上がり、フレッドを目掛けて蹴りを入れる。灰楼山の時は目を疑うほどに体力がなかったはずなのに。彼も彼で日々鍛錬を積んでいるらしい。ただ、時が経つのはフレッドも同じなので両者とも実力が拮抗しているままだった。


 賭けに出よう。フレッドはそう思った。


「痛っ……」

 本当に何もない草原の上で戦っていたものだからオーガストを油断させるには虚空でコケるしかなかったのだ。フレッドの下手としか言いようのない演技でも彼は引っかかってくれた。


「良かった。君が油断してくれたおかげで早く終われるよ」

「そんな訳あるか!!」


 フレッドは堂々と近づいて来たオーガストに向けて全力で頭突きをした。まさか起きてくるとは思っていなかったのか、相当狼狽している。これほど泥試合になったのもそうそうないだろう。それくらいに両者とも傷を負いあっていた。


「ええい。国に帰ったら覚えてなよ? 説教することがあるから」


 キョトンとするオーガストだが、フレッドが浮遊魔術でアルベルトを抱えた時に目を見開いた。おい待て!! と強めの口調で言葉にする。


 そこに躊躇いとか忖度とかそんな人間くさいものは一切ない。ただ本気で逃げたい御者と殺して回りたい頭のおかしい魔術師だけである。


 こんな状況に陥っているのだから、アルベルトが心の底からドン引きするのも仕方ない話だ。


「というかフレッド傷口!! 開いてる!!」

「大丈夫ですか? 僕は回復魔術が使えないので病院に行くことになりますけど」

「違うわ君のだよ!」


 フレッドは後方を確認する。めちゃくちゃ身体強化してきていたオーガストでも流石に追いつけなかったようだ。元々が違いすぎるというのもあるので仕方ない。


 ほっと一息をつき、アルベルトを一旦降ろして自分の脇腹を見る。こんなに深い傷を負ったのは久しぶりだろうか。


「全く、フレッドは自分の状況を確認できないきらいがあるらしいな。自分が運ぶよ」


 足に傷がありながらも男性一人を持ち運ぶというのは不可能だったのでとりあえず浮遊魔術で浮かせておいた。血もふわふわと浮いているおかげで出血量はそこそこである。

 二人の脳に色褪せた景色が映った。


『なんとか逃げ切ったようだね』

「アメリアさんじゃないですか。最後の舞台はどうでしたか?」

『まだ日は沈んでいないというのによくわかったねー。結果は楽しかったよ。そして人も逃がせた。私の人生でこれ以上の功績はない』


 多分、彼女は完全な人間たちの逃亡幇助を行ったから八つ当たりとして歴史上から魔術師という三文字の役職が消えたのだろう。それはフレッド達から聞いて覚悟はしていたはずだ。


 にもかかわらず二人を逃がしてくれたということはそれくらい人の幸せを願える人格者だということなのだろう。

 これらを踏まえてフレッドは言った。


「やっぱり演者が一番向いてたんじゃないですか?」

『あーあ。そんなこと言っちゃう? まあ趣味に生きてるから全然いいんだけど』


 フレッドが笑おうとすると、衣服から血が滲み始めた。傷口が塞がらず、痛みだけがフレッドの感覚を埋め尽くす。


 アルベルトはどうしたの、と言わんばかりに彼を降ろして駆け寄った。魔弾は割と致命的なところを通っていたようで、徐々にフレッドから余裕がなくなっていく。


 焦ったアルベルトがさらに加速させ、やっとの思いで崖の家に戻ってこられた。フレッドはやんわりと断ったものの、それでも二人は強引にベッドに寝かせた。


 アルベルトだけでは不安だから、とアメリアも防御結界の展開を手伝っている。


「アメリアさんってこの五千年後の世界に干渉できるんですね……」

『まあ、五千年前からいる人っていう認識じゃなくて五千年も彷徨っている亡霊っていう方が正しいからね。ほら、君たちも見たことない? 亡霊が生者に恐怖をもたらしているところ』


 見た。というかなんなら会話さえもしている。死神も見たし、亡霊がこの現世に影響を及ぼしていることは間違いない。亡霊が魔術を使えたってなんら違和感はないだろう。


 二人が協力して組み上げた結界は、それはもう完璧すぎるものだった。

 五千年前の失われた魔術式に現代の式を組み込んだりしている。たかが五百年の歴史しか持たないオーガストにとって、五千年も前に失われた魔術式を解読するのは難しいだろう。


「フレッド。リャーゼン皇国が会見を行うらしいよ」


 なんとなく嬉しい報告な気がしたのでフレッドはのっそりと起き上がり、ラジオの電源をつけた。


『本日をもってセリヴァン公国および公国の植民地は我々が統治することに決定した。そして全ての管理をチェルノーバ家に一任する』


 プリヴェクト帝国の映像技術を使った会見が行われていたが、家にはそれを見るための媒体がなかったので音だけだった。


 ラジオからは統治すれども君臨せずという方針と統合に関わった人たちのことを傷つけてはいけないという旨のことが伝えられた。つまり、アルベルトはもう自由だということだ。襲われることはもうないし、じっくりと余生を過ごすことができる。フレッドは澄んだ空を眺めながら問うた。


「アルベルトさんは今後何をしたいとかあるんですか?」

「なんだろう……まずは昔できなかった自給自足に国内旅行、経験を小説にしてみてもいいかもしれない」

『いや名前バレするでしょ。少なからず偏見は残ってるだろうからさー』

「そんなの名前隠せばいいだけだよ。だってこっそり投函しておけばいいんじゃないの?」

「雑すぎですって……」


 出版には編集者が必要なはずだ。やりとりは魔術紙で何とかなるかもしれないがずっと紙だけ、というのも酷だろう。

 まあ、小説を書くのに関しては面白そうだからいいが。


「もし出版されたら読んでみますよ」

 うすら笑いを浮かべたのち、アルベルトの顔が真面目な雰囲気に変わった。あまり見たことのない表情だったので他二人も神妙な面持ちになる。


 どうしたのかと尋ねた。


「フレッド、ミティア共和国でした約束……果たしてくれるかい?」

「なんでしたっけ。あぁ思い出しました」


 もし死なずにこの旅を終えられたら友達になってくれ的なことを言っていたか。人とタメ口で会話をするのにはあまり慣れていない。フレッドは自らの髪を触る。


「えっと……アルくん、でいいかな?」

「うわぁぁ言ってくれたよ」

『あ、できた』


 アメリアが間の抜けた声を出す。書いている魔術式をみるに、回復術式が完成したらしい。


『いっくよーそれっ!!』


 アメリアがそんな声を上げると瞬く間に出血がなくなり、辺りに聖霊が発生した。どれだけ腹をさすっても全く痛くない。


 こんな大それたことをしたのに本人はといえばウインクして塵の如く消えていった。聖霊を通じていつでも会話可能だからちょくちょく顔を出されるだろう。どうせフューリエ冒険組合の謎を解いても出てくるのだからちょっとばかり面倒だ。


「そういえばそろそろ皇国に戻んなくていいの?」

「……そうだった。一人でも大丈夫です、かな?」

「親じゃないんだから。そんじゃあまたね!!」


 アルベルトは国の外まで見送ってくれた。彼はまだ若いから今後が楽しみである。

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