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或る御者の旅  作者: 駱駝視砂漠
第三章
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第五十七話 時を超えた憤激

「五千年前というと――幻獣襲撃の頃ですね。これだと納得できはするですが」

「幻獣襲撃? 学園の歴史で習った記憶がないんだけど」

「確かにあれは(むご)いですから。学生に悪影響を及ぼしかねない内容ですし」


 アルベルトがとても興味津々といった表情でフレッドの瞳を覗くから仕方なく概要を説明した。もちろん、彼に悪い影響を与えないように贄の話はしなかったが。

 それでもえげつない話だったから青ざめていた。


 フレッドがアルベルトに説明したのは多神教の主神と神架教の唯一神の戦いの話だったが死にたくないからという理由で主神を呼び出すために人という贄を捧げたり唯一神も主神や多神教の信徒まで惨殺したりでおおよそ人に語れるような内容ではない。


 というか、フレッドが異様なだけで普通の人であれば聖霊の記憶を五千年も辿ることは出来ないから学園の授業で出てこないのは割と当たり前である。


「アルベルトさんも学園に行っていたんですか」

「そうそう……といっても人に慣れなくて最後の一年しか行ってないけど」


 それ以外の年は自宅から受けていたらしい。

 引きこもりの貴族に青春はちょっとばかり酷だったか。大貴族という性質上、利益を求めて寄ってくる人もいるだろうから賢明な判断だった気もする。


「学園って何か楽しいこととかあったりするんですか?」

「フレッド君って学校行ってなかったの!?」

「……まあ、大体のことは本を読めばわかりますし親に聞けば一発ですから」

「絶対に頭の構造違うよね」


 アルベルトが若干引いていたが、学び舎に行かずとも頭がいい人というのは少ないけどいるのはいるので一応納得していた。


 そんなことは置いておいて。今一番気になっているのはこんな凄惨な状況がどのようにして生み出されたのかである。


 確かに幻獣が襲えばこれくらい悲しいことになるのだろうが、地面にに映る影や五千年間蕾をつけることすらなかった花々のことを説明する事はできない。


 幻獣は良くも悪くもあっさりとしている。だから後世に影響は与えないとも言われている。しかも再生の象徴である幻獣も少なくはないから幻獣襲撃が原因で滅ぼされたというのは考えにくい。


「じゃあなんなんだろう……魔術関連でないと仮定するとプリヴェクト帝国みたいな技術が超古代にあったって話になるけど」


 アルベルトの話は信じられないものだった。しかし、プリヴェクト帝国は十年前くらいは弱小国で誰にも注目されないような場所だった。だが研究部分で突然頭角を現し、一気に大国へと変わったのだ。


 それまでは帝国が研究を進めているという情報が全く来なかったから突然幻獣襲撃についての文献を発見し、それをベースにして色々と造り上げたのかもしれない。

 なので、この地域の『何か』に怒った人が古代技術で全壊させたというのが仮説の最有力候補となった。


「うーん。なんででしょうか……この街について見ていけば分かるんですかね」

「まあ、そうしないことには何も始まらないから」



 二人はまず、高度があったであろう建物の跡地を訪れることにした。フレッドが古代語を解読すると、それは『冒険者組合(ギルド)』と記されていた。


 冒険者組合は今でも栄えていて、というか今の時代が一番組合所属人数が多いとされている。というのもおよそ五十年前、魔物の神という意味での魔神の一柱を倒した人間があまり有名でない組合だったことから冒険者組合が再熱したのである。


 まあといっても元々冒険者は職業として人気があったし国の魔導団に入れないレベルでも冒険者パーティではとてつもない活躍ができる可能性もある。


 また、旅を主軸にしているのが冒険者だからそれを全力でサポートしてくれる組合と収入をくれる冒険者いうのは双方にとってメリットでしかない。


「……ん? フューリエ冒険組合って今でもあるよね? 確か伝説の冒険者組合とか言われてるはず」

「そうやって書かれていたんですか? あれの本拠地はここではなかったんですけど」

「自分のクラスにもヒューリエ冒険者組合に入った人がいるんだってー」

「それはすごいですね。あそこ、自力で見つけるのは困難を極めますよ」

「いやその言い方だと見つけたっぽいけど」


 フレッドは確かにヒューリエ冒険者組合を見つけた。だが、それはあくまで依頼の途中であり、少し協力しただけなので自力で発見したというわけではない。ちなみにヒューリエ冒険者組合の在処(ありか)は世界の七不思議となっている。



 さらに解読を進めていったり捜索を続けていくと、馴染みのある言葉の羅列が発掘された。つまりはフレッド達が今使っている文字である。五千年前に今の言語が使われていたとは思えない。実際、どの文献を探しても古代語しか見当たらない。


 ――これを見つけた、古代及び現代文字が読める方々へ。我らの祖先となるフューリエ冒険組合が壊滅した理由を考察してほしい。材料はここに置いておく。もし判明したらわかりやすい暗号で紙に書き記しておいてくれ。

 ――シュヴァリエ


 そうやって書かれた紙と共に何も書かれていない、真っ白な魔術紙が置かれてあった。魔術紙は非常に応用性があって、例えば連絡や通信用の紙も魔法陣を描かなくったって魔術紙さえあれば一発だし、文字を書いただけで魔術を繰り出せたりと例に挙げられないほどたくさん存在する。


 シュヴァリエというのは、ヒューリエ冒険者組合の創設者だった気がする。彼はとても頭が切れていたと聞く。百年前ほどに世界七不思議である組合本部の在処を考えた張本人なのだから。


 フューリエ冒険組合の由来は世界共通語である『フューリー』つまりは憤激からきているらしい。それを少しアレンジしたのが今のヒューリエ冒険者組合という訳だ。


 怒り、なんて組織の名前に入れ込むほどなのだから何かに対してさぞかし怒っていたのだろう。ならば、怒りを向けられた対象がこうしたのだと考えていい気がした。


「なるほど……こんなに木っ端微塵になってるけど何か見つかるのかな」

「安心してください。僕は結構前まで聖霊の記憶を読み取れますから」


 嘘ではない。ただ、結構前というのは五千年前にも適応するのかは疑問であるが。アルベルトはフレッドの感覚がだいぶぶっ飛んでいることをこの旅を通して学んでいるのでフレッドに何も尋ねていなかった。


 他にも色々な場所を訪れて聖霊が最も多くいる場所に手を触れる。そこは何もない、ただの更地だった。しかし記憶を辿ってみたところ、元々は劇場があったようだ。遠くから何やら騒がしい声が聞こえてきたので身を任せてみることにした。


 * * * 


『劇場が今日で終焉だとはな……信じられんよ』

『今日は盛況しそうだ。そういえば、あの二人はどうなっている』


 男二人でボソボソと何かについて話し合っていた。聖霊はその時地面に付着していたようで、かなり煽りの目線だった。どうやら『完全な人間』探しも佳境に入り、このバハル地方に二人がいることを事前に知っていたらしい。


 二人はガヤガヤとしている方を心配そうに見つめる。視線の先にいるのは衣装を完璧に着こなす麗人だ。顔つきからして女性であり、男性はもちろんのこと同性である女性にまで好印象を抱かれていた。


 だが彼ら彼女らの求婚をのらりくらりと躱しつづける。


『やあ君。どうして聖霊を使って覗き見をしているんだい?』

「……僕ですか!?」


 その通りだと言わんばかりの表情をしている男装の麗人、アメリアは聖霊視点のフレッドに向けてにっこりと微笑みかける。


 フレッドは五千年も後に生きている人間だ。こうやって会話しているのはかなりおかしいことである。


『君、だいぶ後の時代の人らしいけど何か用でもあるのかな』

「いや用も何もないですけどなんで僕が今記憶を辿っているって分かったんですか」

『そりゃあ私は本職が魔術師だから。君が五千年前を見れるなら私も当然五千年後をみれるということになるからね』


 確かに、フレッドが過去を見れるのであれば誰かが未来を見ることができてもおかしくはない。ただ、疑問に思う点があった。


「ところで、未来予知ってどうやってするんですか? というか今のこの状況は予知っていうよりもっと別の何かだと思うんですけど」


 フレッドは聖霊の記憶を読み取ってこうやってアメリアと会話もどきをしている訳だが、彼女には読み取るための記憶など一切存在しない。未来の記憶を持っているのは神くらいしか存在し得ることはないのだ。


 彼女曰く、聖霊も神の一部であり一万年くらいだったら未来予知――というか未来との会話が出来るようになるらしい。そんな魔術を見たことはないので彼女独自の魔術師機を使用していることが判明した。そして彼女が相当の魔術の使い手であることも同時にわかった。


「あなた方の時代で怒りを買っている人っていますか?」

『そりゃあ一択だよ。アナスタシアさんとフレデリックさん。錬金術を完成させたんだってー』


 今までフレッドが聞いてきた噂というのは本当だったらしく、彼らの研究成果を面白く思った記者が全世界に記事をばら撒いて全世界の人々で彼らの捜索と捕縛を試みているようだ。

 アメリアから情報を一つ教えたから交換条件で国がどうなるのかを伝えることにした。


『あなた達の時代ではこの国はどうなっているの?』

「滅んでいますよ。僕たちは今、滅んだ理由について調べているんです」


 彼女はなぜか納得していた。曰く、アナスタシアとフレデリックは神に認められたとかなんとか。だから二人が殺されれば神からの報復は不可避らしい。


 ちなみにアメリアは彼らを殺すことに反対しているようだが、懸賞金が桁違いに多いので誘き寄せて捕縛することになったとか。


 フレッドはその完全な人間達がどのような被害を出しているのかは全然分からないが、とにかく色々な人から忌み嫌われていることは事実だろう。


「えっと、国が滅びてもいいんですか?」

『うん。全く問題ないからね。というか、それが運命っていうか』


 アメリアは宿命なのであれば滅んでもしょうがない、と言った。そして彼女はフレッドの隣にも誰かがいることに気づき、記憶を共有することを提案した。一旦元の時代に記憶を移し、アルベルトに話しかける。


「五千年前の人がアルベルトさんも交えて話したいと言っているんですけど」

「えぇ……信頼できるの? その人」

「大丈夫じゃないですか? とにかく聖霊の記憶を共有しますから」


 フレッドがアルベルトの額にそっと触れた。這っていた聖霊がフレッドを通じてアルベルトの精神にも侵食する。二人の記憶は五千年前に転移した。


『やあ、連れてきてくれたのかい』

「とりあえず、自己紹介してくれないか? 自分は貴女のことをよく知らないから」


 申し訳ないねと前置きした後、道化師がやっていそうなおどけた辞儀と共に述べた。


『私はアメリア=マクレイ。適当に呼んでほしいな。本職は魔術師なんだけどちょくちょく劇団に来てたから。よろしく』


 突然の過去形のアルベルトは首を傾げていた。フレッドが劇場が終焉を迎えるということを説明すると驚くようにしてアメリアを指さした。


「あのアメリアか!! 世界中を旅してた劇団の一員というのは」

「有名人なんですか?」

『へぇー。私が魔術師だったってのは隠したかったようだね』


 当時はかなり名を馳せた有名な魔術師でもあったらしく、しかし二人のように重大な禁忌を犯したというわけでもないのでただ歴史から『魔術師』という面が抹消されただけのようだった。ただ、彼女は魔術研究に命をかけていたのでだいぶ落ち込んだような表情になっていた。


『ところで』

「「?」」

『二人を愛してやまない加害者達が私の街を訪れているようだね。頑張って逃げなよ』


 アメリアから突然そう言われて不意に現実を見てしまった。アメリアの姿はどこにもなく、あくまで別の時代に生きている人のだと実感させる。


「ここにいるのは分かっているんだぞ!! さっさと出てこい!」


 プリヴェクト帝国製の追跡システムによって二人の居場所が特定されてしまっていたようだった。そろそろこの逃走劇も終わりに近いな、などと思いながらフレッドはアルベルトの手を引いて逃げ始めた。

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