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或る御者の旅  作者: 駱駝視砂漠
第三章
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第五十六話 鬼と狐と巫女と

 夏があった。風は心地よい程度に吹いていて、潮の匂いがフレッドの故郷であるゼネイア独立島を連想させる。確かにとても快適ではあった。フレッドだって、この世界で安住の地を決めろと言われたならば絶対にここと即答していたことだろう。


 だが、今はそんなことを気にしている余裕はなかった。


「僕の……僕の十年使った馬車がぁ……」

「西行さんって絶対に脳筋だよね。あのご老体からは想像もできない力だよ」


 見事にボロボロだった。車輪に至っては本当にそれが馬車を支えていたのかと疑いたくなるほど脆くなっていて、実際にアルベルトがツンツンとしてみたところ、塵の如くぽろぽろと崩れ去ってしまった。馬も、フレッドがここから歩いて保護しに行けるような距離ではない。あの愛らしい瞳を思い出すとなんだか西行が憎く思えてきた。


「うむ! あの敵をぶっ倒してきたぞ!!」

「西行さんそのですね!! 器物損壊を堂々と行わないでもらっていいですか!?」


 フレッドは鬼が報告を終える前に食い気味で彼に詰め寄ってそれから泣きそうになりながらも馬車――とも言えなくなるようななんとも惨たらしい『何か』を指さす。


 西行はそれがどうかしたのかと言わんばかりの表情になっている。フレッドがいかにその馬車を大事にしていて十年間どんな思いで使い続けてきたのかを事細かに語った。


 が、西行は何を言っているんだみたいな嘲笑をした。西行の何千年の寿命とフレッドのたかが数十年の精神では違いがありすぎた。というか、西行に老人としての落ち着きがえげつないほど備わっていたのだ。


「天狐様。ここは絶景ですね。新しく神社でも建設しましょうか?」

「いいわね。まずは許可を取って……」

「フレッド、なんで人外がこんなに堂々と振る舞っているんだい?」

「僕にだってわからないですよ」


 鬼と妖狐と巫女。明らかに異色である。なんというか、もう少し世界を隔離した方がいいような面子ばかりだ。割と鈍感めなアルベルトさえもこの雰囲気に圧倒されていることだろう。というか、フレッドの後ろに隠れて三人の会話を見守っていた。


「わたし、鬼と話すの……というか神社の外から出るのは初めてなんですよねー初めましてー」

「うむ、強そうじゃの。鏡園巫詠子といったか。もし戦うときがあればよろしく」


 緊張感のある中、二人は握手を交えた。どちらも笑顔を張り付けているが、相手に心を許すことは全くない。フレッドに負けず劣らずの胡散臭さである。こんなに感情のこもっていない笑いはアルベルトにとって初めてだった。


 鬼は狐と盃を交わし、楽しそうだった。フレッドも鬼の酒を飲ませてもらったが、人間には合わないような酒らしく、酔いはしなかったがとても苦かった。これを素面で楽しそうに飲める辺り長い間生きてきた人外なんだな、とつくづく実感させられる。


「おい、こんなにゴミを放り出しておいて。お主らは何様のつもりじゃい」


 五人が声のあった方を振り返る。ナイトキャップを被った老婆が箒で西行のことをつついていた。彼が戦闘狂だということをフレッドとアルベルトは知っているからやばいという焦燥感に包み込まれたものの、西行本人としては戦い甲斐のある人にしか攻撃は仕掛けないし老婆はそんなに強そうに見えなかったのであくまで穏健な表情だった。

 フレッドが老婆を怒らせないように優しい言葉でいさめる。


「まあまあ……というか、この国の住民の方でしょうか?」

「そうだよ。なんだい、国民になりたいってのかい」


 老婆は人外ほどではないが、生きている年数が長い。だからフレッドの考えていることもある程度予想できたのだ。ただ、アルベルトが住んでみたいというのは悟れなかったようだ。しばらく老婆は放棄を持ちながら考え、フレッドとアルベルトだけを案内した。


 他三人はとても行きたがっていたが、結界が張られてそこから身動きが取れていない。本来なら秒で結界を破壊できるが、とても狭い範囲で張られていたのと人外とそれに関わるものに対して有効的だったからどうしても壊せていないのだ。


 三人が全く視界に映らなくなったところでフレッドはアルベルトに耳打ちする。


「僕達だけ連れてきて……一体何があるんでしょうか?」

「全部聞こえてる。あの奴らは人間でなさそうだったからのう。結界で封印しておいた。あと一日でもすれば元いた場所に帰っていくことじゃろう」


 鏡園に関しては人間だったが、それにしても神と密接にかかわりすぎてバッサリと人外認定されてしまったのだろう。まあ、彼女自身が脱出できたとしてもあの妖狐が出られていないとその場に待機するはずだ。


 歩き始めてからざっと五十分。そこは崖の上であり、海がとても綺麗に見えていた。多分、この見晴らしの良い崖以上に美しい景色というのはバハル地方のどこを探しても見つかることはないだろう。フレッドがそう思ってしまうほどである。


 二人がただただ眺めていると、老婆がアルベルトの背中辺りを箒の先端部分で突っつき始めた。しばらく歩かされていると、家がだんだんと見え始めてきた。


「あれは……?」

「どうせ誰かから追われておるんじゃろう。そいつらの熱が冷めるまでここに泊まっておるがよい」

「本当ですか!? なにか家賃を払うとかそんなのはあるんですか?」

「いや、全くないよ。ただ、きちんと掃除はしてほしい。あとここに来た人たちの案内も」


 アルベルトは強制的に国籍を外されているし、バハル地方はそんな人を優しく迎えてくれるような人ばっかりだった。そしてここは穴場だったたのか、訪れる人がフレッドとアルベルトと老婆以外誰もいなかった。


「もしかしたら気に喰わないかもしれんから、一週間くらい住んでみな」


 老婆はそれだけ残してどこかに行ってしまった。フレッドはアルベルトの護衛のために、老婆に紹介してもらった家で一週間滞在することになった。


 * * * 


「えー。行かないといけないのかのー」

「駄目に決まっているでしょう。ただでさえ信仰、畏怖力があの鬼に劣っているというのになんで本山にいないんですか。ささ、神社に戻りますよ」


 西行も鏡園に呆れられて、二人とも首根っこ掴まれて別大陸まで帰っていった。そういえば、リャーゼン皇国のある大陸は蓬莱鬼国やヤーナ=レムのある大陸とは橋がつながっていない。つまり、転移だか橋を最速で渡り切ったのだろう。


 フレッドは三人に感謝をしながらも本当に何をやっているんだ、と思って家から彼らの帰りを見守った。


「どうしましょうか。この家にずっと留まっているのも暇でしょうし今も晴れていますしね」

「確かに。少し散歩に行ってみてもいいかな?」


 アルベルトがフレッドにそう尋ねる。フレッドとしては断る理由は全くないのですぐに頷いた。ちなみに、バハル地方に関しては前提知識が何もない。


 だからどこに行けば絶景が見れるか、そもそもここ意外に奇麗な眺めはあるのかすらも分からないのである。まあ、海の見える国々を自称しているのだからそれはもう綺麗な風景ばかり広がっているのだろう。


 しかも入国審査がだいぶ緩々なため、セリヴァン公国の人に追いつかれたとき、どうしても侵入される可能性がある。だからフレッドが要警戒で一緒に回ってみることにした。家から出ずに一日過ごしていた結果、アルベルトの不満がかなり高まっていたので外に出ることによって彼の鬱憤はとても晴れていた。


「最初はどっちに向かうかい? 自分は右側が良いんだけど」

「そうですか? 僕は何となくそっちにはいかない方がいいと思います」


 勘がそう告げていた。絶対に当てにしてはいけないのだろうが、戦闘狂が雰囲気から『あそこには敵が多くいるぞ』というのを感じたのである。


 それはフレッドでさえもおぞましくなってしまうほどだった。それこそ、植民地も本国も含めた公国の人々が一致団結してアルベルトを殺しにかかってくるような。フレッドは片手で彼の歩みを止めた。


 本気でこれ以上進んだらまずいと本能が言っていた。


「多分……死にますね」

「それはフレッドですらも圧倒されてしまうくらいの?」

「はい。さすがに全国民レベルで集結されると。僕も人間ですから余裕で殴られると思います」


 アルベルトは不意に苦笑してしまった。フレッドが負けるようなシーンを見たことがないからである。ただ、フレッドだって人間だし何ならアルベルトとの旅の途中で死にかけることも多々あった。


 そしてセリヴァン公国の人の恐ろしさというのを身をもって実感した。だからもうあの人たちとは関わりたくない。


 フレッドとアルベルトの意見は一致していたようで、これ以上話し合う必要もなく左側に移動した。森の地域に突入したが、隣にある平地からとてつもない轟音が鳴り響く。右の方からだ。安全安心な平野の中で一体フレッドが気配を完全に消してこっそりと音源まで近づいた。


 フレッドは目を見開いた。そこには今までに見たことがないほどの巨大な銃があった。ガトリング砲とでも言うべきか、威力は人を殺すためにあるようなものだ。


 あれに一発でも当たれば蜂の巣のようになること間違いない。プリヴェクト帝国から直々に輸入したものらしく、彼らの戦闘意欲は高まるばかりだった。


 バレてはいけないと思って草の音を出さないようにしてアルベルトのいる場所に戻っていった。彼の焦燥感からアルベルトもなんとなく察していたようだが再び銃声が辺りに響いて萎縮する。


 プリヴェクト帝国から輸入出来ているのなら他に何か輸入していてもおかしくはない。例えば追跡用のものだったりとかは帝国の誇る技術だったか。


 とりあえず見つかるとどうしようのなくなることは確定なので彼らの進行方向と逆になるようにして音を立てないように移動する。


「ここら辺で殺気がするとこの装置から伝えられたんだが。もしかして敵か?」

 何でそんなものがあるんだろう。耳を澄ましながら森を抜けようとしていたフレッドは心の中でそうツッコミを入れる。プリヴェクト帝国は変なものまで作っているらしい。


 フレッドの敵意と少し混じった殺意がバレてしまった。だが、セリヴァン公国の人たちはアルベルトに向けた彼らの殺意だと勘違いしてくれたおかげで大々的な捜索は行われなかった。フレッドはほっと一息をつく。


 木の枝などを踏まないようにしてなんとか森を抜けると、そこにはのどかな風景が広がっていた。天国と見間違えるほどの絶景。バハル地方は海だけではなく普段見えるようなところまで唖然としてしまうような美しさのようだ。


 だが残念な点が一つだっけあった。ガトリング砲の通過ルートだったのか、生い茂る草の一部が焼けていた。この目を離せないほどに綺麗な景色に傷を与える。それがどれくらい罪深いか。


 フレッドがそんなことを考えていると、アルベルトはフレッドの目の前に立つ。


「どうしたんですか?」

「いや、そろそろ村とかないのかなーって。考えたらここに来るまで全く人を見かけなかったよね」

「確かに……」


 今、フレッドとアルベルトがいる場所というのがどこの国に位置しているのかは全くわからないがそれにしても先ほどから人の気配がない。それこそ、セリヴァン公国の人たちの殺気くらいしか読み取れなかった。国と言っているのに国家として機能していない雰囲気を醸し出している。


 家がポツンとあった。二人はようやく人のいるところに辿り着けたのかと安堵し、なんの躊躇いもなく家の方に足を運んだ。



「なんだよこれ……」


 フレッドも声に出すまではいかなかったものの、同じ感想を抱いていた。理由は簡単だ。二人が訪れた街は全壊だった。誰かの影が地面に写り、家は荒屋(あばらや)と勘違いする程度にはボロボロである。ここだけ時の流れが遅い。


「かなり前に壊れたという推定ができますが……なんでここは注目されていないのでしょう」


 かなり前、というが実際には四、五千年に壊されてなくなったものだった。バハル地方は誰がどう見ても文句なしの観光地である。だから開拓されていない場所は存在しないと考えていた。なのに歴史の文献にすら載っていなかった土地があったのだ。

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