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或る御者の旅  作者: 駱駝視砂漠
第三章
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第五十一話 連結地点

 二人はその後も色々と見て、星降る夜によって行動阻害が出来るということから一週間は滞在し続けた。とても人間らしい、生にしがみつくような汚い理由である。


「一度リャーゼンに寄って、彼らが油断している隙にゼネイアまで突っ切ります」

「あそこって独立した大陸だしかなり時間がかかると思うんだけど何かいい案があるの?」


 ふっふっふ、とフレッドが不気味に笑う。何か変だと思ったアルベルトは俯いている彼の表情を覗いた。


 こころなしか、目が虚ろで絶望しているようにも捉えられる。何となく嫌な予感はしていたのだ。フレッドがなにかを諦めた表情は見たことがない。


 今回も作戦があるのかと思ってたのだがフレッドは親指を堂々と立ててこう言う。


「特にないのでこっそりと行きましょう」

「意外と脳筋なんだねー」


 リャーゼン皇国がゼネイアに近いとはいえ、二百キロ以上はある。普通に馬車で別の国に向かうのとは全く違う。


 休憩できる場所がほとんどないのだ。あったとしてもそれはただの無人島だったり奇跡的に人がいても攻撃してくる可能性がある。


 特にフレッドと一緒に行動していれば狙われる可能性は高くなるだろう。一部の民族はゼネイア族に対して恨みを持っている。


 たまに独立島に漂流して討ち滅ぼそうと考えている人も多いが、ゼネイア族が負けるはずもなくほとんどの人が逃げていっている。


 だから憂さ晴らしに、とゼネイア族もどきに見えるフレッドに宣戦布告してくる可能性が高い。まあ、どうせフレッドも返り討ちにしてしまうだろうが。


「おい、アリエット公爵の嫡男があんなところにいるぞ!! 殺せ!!」

「それじゃあ、早速逃げましょうか」


 フレッドはアルベルトの手を引いて逃走した。美味しいものを食べてエネルギー補給が出来たのだろうか、彼の足取りはとても軽かった。


 それと相反するように手を掴まれている方であるアルベルトは今まで食べてきたものを全て吐き出しそうなほどだった。うぇっぷという音が聞こえてきて急停止する。


 追手の影はまだ見えないから少しくらい立ち止まっても大丈夫だろう。


「ごめんなさい。食後でしたよね」

「いいよ。自分が死ぬよりはましだから」


 そう言いつつも彼はまだ口を押さえている。このままではセリヴァン公国の人に捕まるのは時間の問題だ。しかし、彼に無理強いをさせるのもいけない。


「はぁ?」

「大丈夫です。あなたくらいなら片手でも持てますから」


 フレッドは有言実行した。ひょいと片手でアルベルトを持ち上げ、脇腹辺りで抱えた。アルベルトは混乱している。


 それもそうだろう。割と華奢な方だと思っていた男が見事なまでの怪力だとは想像もしていなかったのだから。


 馬宿はほとんどの場所が連動している。例えば、馬宿に馬車や馬を預けたときに次にどこへ行くかを伝えておけば魔術で預けた馬や物品を目的地までの道のりにある馬宿に転移させてくれるのだ。


 しかもそれは連絡用の紙に書いてくれるからどこの馬宿に行けば回収できるのかを瞬時に判断できる。


 フレッドの馬が転移したのは彼の目と鼻の先にある賑やかな酒場も併設された場所らしい。彼らの移動手段は徒歩しかない。だから、応援を呼ばれる前に先にリャーゼン皇国のあるミルリー大陸に行かないといけない。


「受取人の名前をどうぞ」

「フレッド=ヴェレスフォードです!!」


 フレッドとアルベルトの焦燥感が伝わってきたのか、何も言わないでもすぐに馬と馬車を出してくれた。


 酒場の人達もアルベルトの顔を見て、それから世界新聞に載っているアリエット公爵の嫡男の顔と見比べる。完全一致だった。


 まずい、と思ったが彼らは助けてくれるらしく、公国側の人達が来たらここで押さえつけてもらうことになった。本当に感謝である。


「頑張って逃げ切ってくれよな!!」

「フレッド、早く行こう」


 彼らの善意を無駄にするわけにはいかない。アルベルトが馬車の中に乗り込んだことを確認して素早く馬に鞭打った。


 誰もが緊張している状況でも馬は安定した素早い走りをしてくれた。どれだけリャーゼン皇国に早く到着できるかで命運は分かれる。結界を張ろうとすると野生の感で馬が暴走してしまうので絶対に使わない。


 つまり、窓ガラスを貫通して入ってきてしまったら文字通りおしまいである。客の生死を握っているからか、フレッドは馬車を操縦しながらも頭を抱えていた。



 橋も最後の段階まで渡り切り、あとは国境の門番をどうにかするだけとなった。


「まずい……! なんでこんな時に限って彼女なんですか……!?」


 どこで運を使い切ってしまったのか。フレッドの目の前にいるのはハイデマリー、その人だった。


 彼女はユーリを護送した時に因縁があるからもう二度と会いたくなかったし、何ならセレン以降は目に映ることすらなかったはずなのに。


 セレンをリャーゼンに戻したときの門なら問題はないと考えた。ハイデマリーは二人もいないから今からどの速さで国の反対側の門へ向かっても馬より遅いことは確定だ。


「おい、なぜここを通らないんだ。後ろめたいことでもあるのか? あぁ?」

「なんでバレてるんですか……!?」

「殺気とかで分かるんだよ。とにかく、通さないからな」

「まずいんです! 追手がすぐそこまで来てるんですよ」


 ハイデマリーが遠くに目をやる。確かに、大勢の人たちが橋を渡り終えようとしてた。


 彼らが渡り終わったところを見届けてから彼らの脇腹を遠距離から切り裂いた。アルベルトの腹を掠った弾丸よりも鋭く、そして彼よりも痛みを伴った。


「あの状態で治療を受けなければ一週間は足止めできるだろう」

「助けて下さったんですか。ありがとうございます……!!」

「これでお前らを通す理由はなくなったな。どうする? この近くに国はないぞ。あるのはただの平原だけだ。野垂れ死にでもしたらどうだ?」


 もはやいつものことだが、ハイデマリーの一言一言には殺意があった。彼女の義手の方の腕がフレッドの頭に振り下ろされる。


 金属ということも相まって、とても痛い。必死に頭を押さえてその場を凌ごうとした。門が開かないことに違和感を持ったアルベルトが扉を強引に開けて地面に足を付けた。


「えーっと、誰?」

「見たらわかる通り、門番ですよ」

「そうだ。元々は副騎士団長を務めていたのにこいつが私の片腕を斬ったせいで全てが水の泡となったしがない門番さ」

「申し訳ないですが……後悔はしていませんから」


 ハイデマリーは舌打ちした。およそ五年前のことを思い出して今でも腹が立っているようだ。


「お話相手を勤めてくださり、ありがとうございます。それでは」

「……は? おい、待て待て。リャーゼンに行くためにはここを通らないといけないんだぞ?」

「ええ。もちろん知っていますよ。ただ、貴女が追手を斬ってくださると思ってりよ……賭けてみたんです」


 利用、と言おうとしたことは秘密である。リャーゼンからのほうがボートがあるし何より馬を預けられるから良いのだが、別に近くにある海から直接ゼネイア独立島に行くことだって可能だ。


 フレッドとしては万が一の可能性を考えていたから大してデメリットはなかった。というか、ハイデマリーが公国の人間を倒してくれた方が急がなくて済むし、時間稼ぎができる。


「うまく使えてよかったですよ」

「ころっ、殺してやるー!!」

「あぁ、フレッド。彼女暴走してるよー……」

「利用できる人はものはすべからず使わせていただきますよ。行きましょう?」

「怖い怖い」


 アルベルトが呆れたような顔をしていたが気にしない。

 そしてフレッドは馬の手綱をハイデマリーに渡した。最初は首を傾げていたが意図がわかって顔を怒りの赤で染まらせる。


 魔物を除く動物は全て保護の対象とするということが以前の五賢人会議によって決まった。


 よって、そこら辺にいる動物をむやみやたらに狩ってはいけないのはもちろんのこと、所有している動物の保護を頼まれたら必ず引き受けないといけないのだった。


「おい、乗り物の方まで渡さなくてもいいだろ!?」

「フレッド=ヴェレスフォードの名前で馬宿に登録してくれれば良いですから。お願いしますねー」

「えげつない……」


 そこに容赦などなかった。アルベルトは唖然とする。フレッドが彼の手を引いた。


 この後、馬と(じゃ)れて破顔しているハイデマリーをレオンハルトは目撃してしまったのはまた別の話である。


 * * * 


「ボートは借りれなくなったけどどうするつもりなんだい?」

「ゼネイアに向かうような観光船はありませんが世界一周をするような客船でしたら普通にゼネイアの海は渡りますしそこに乗せてもらいましょう」


 確か、近くに世界一周旅行のための船が寄っていたはずだ。リャーゼンの港に留まっている訳ではないので二人でも入ることが出来る。


 客船の予定表を見ると今日が丁度出発日だったので金を払って乗船させてもらうことになった。


 ゼネイア自体は観光地ではないが、世界樹とそれがある森は立派な名所である。


 しかし世界樹の森に入ることが出来るのは立ったの二人という天啓が来ているので神の啓示を聞ける人が判断して不適合だったら森に入れないのだ。


 ちょくちょく逆恨みで森を燃やそうとしている人がいるらしいが、殺気を読み取って事前に対処しておくという。


 対処というのは言わずもがな攻撃のことだが、神との連結点の破壊未遂な訳だからかなりえげつないらしい。


「すみません。あなた方はどこまで行く予定なんですか?」


 船の旅を始めてから二時間、三人組の女性に話しかけられた。顔が紅潮していることから少なからず二人に好意があるのだろう。こんなのは慣れたものだ。


「レクトーヌ島に降りてからボートを借りてゼネイア独立島に向かう予定ですが」

「あら、私たちもレクトーヌ島まで行く予定ですの! もし良ければゼネイア独立島までご一緒しても?」

「えっと、執事の方が困っているようですが」


 中年の執事が何とも言えない表情を浮かべていた。レクトーヌまで向かうのは事実なのだろうが、ゼネイアまで行く勇気はない、といったところだろうか。だが身分的には彼女達の方が圧倒的に上であり、それは覆すことのできない確固たる事実だ。


 地獄の雰囲気になることは予想できたが、ここでバッサリと断ってしまえば彼女達も敵に回してしまうだろう。それは不都合なのでそれとなく断ってみることにしたのだ。


「ジルベール、もちろんお前はいいよね? ほら頷いているので断る理由はありませんよ?」

 圧がものすごく強かった。アルベルトが彼女達に気づかれないように逃げようとする。しかし、腕に飛びつかれて逃げられなくなってしまった。


 彼の周りにいるのは高貴すぎる生まれの人達ばかりでむやみに接触してくる人が少なかったから、すぐに顔が真っ赤になっていた。もちろん混乱という意味である。


「そこのお兄さんも容姿端麗で優しそうで素敵ですわね!」

「えっ、そうですか……?」

「もちろんですのよ! さぁさぁ、船の中を回りましょう?」


 否応なしにアルベルトは別の所に連れ出されてしまった。コミュニケーション能力がないとこうなる、といういい例だ。ちなみにフレッドはのらりくらりと躱して何とかなった。


 というか、アルベルトの方にほとんどの女性が吸い付けられてどこかにいってしまったから少人数になって対応出来た。


「どこに行きましょうかねー。結構娯楽施設が多いですけどありすぎて迷います……」


 世界一周を行う船なだけあって様々な国の郷土料理があった。


 両親にお土産を買わないといけない気がしたので、美味しそうなクッキーや飾りを購入しておいた。


 あの両親の喜ぶものなんて想像もつかないが、大体甘いもの系統やかわいいものを買っておけば笑顔にはなってくれるだろう。


 フレッドが食べるものを悩んでいる間にも誰もがジロジロと彼を眺めていた。格好いいと思って話しかけようかと迷っている人、そしてゼネイア族の特徴とほぼ合致していたので恐れおののきながら視界に映らせている人。


 かなり奇怪的な眼差しで観られて悲しくなる。


『あと一時間ほどでレクトーヌ島に到着する予定です。忘れ物には気を付けてください』


 そんな声が天井付近から聞こえた。

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