第四十九話 流星の伝説2
「今音がした気がするんですけど、気のせいですかね」
フレッドは気絶している公国の人に話しかけた。当然だが、誰からも言葉が返ってこない。彼らが気絶していることにやっと気づき、青ざめた顔になる。
「あぁごめんなさい。つい勢いで……」
ツンツン、と近くにあった木の枝で突っつき始める。けがを負わせたのは自分の責任だから、せめて起こしてあげるくらいはしないとと思ったのだ。
今日は星降る夜の前夜である。そうなると当然、色々な人が大きな通りを使うからフレッドがこういうことをしているのを見られる確率も高くなるわけで。
実際、数えきれないほど多くの人達がフレッドと倒れている人たちのことを眺めていた。もちろん、道路からだけではない。窓から、扉の向こうから、なんなら屋根の上からだって。
だが、誰も止めようとはしない。どこからでも分かるような目立ちやすい銀髪、見たこともないような珍しい瞳を持っている、そして美形。これらがそろっていることを確認してゼネイア族だとフレッドのこと畏怖していたのだ。
ゼネイア族がどれだけ危険な戦闘民族かを知らない人はいないだろう。絶対的なほどの身体能力と世界樹から授かった頭の良さで人を追い詰めていくような危ない輩だ。
彼らがいるせいか、ゼネイア独立島に誰かが訪れる、ということはほぼない。ゼネイア族は島の動物だったり世界樹の森の破壊活動などを行わない限りは安全なのだが、変な噂が広まって結局、出歩いていたら怖い目で見られることが多くなってしまったのである。
木の棒でバシバシとリーダーらしき人物だけを叩いて一時間。ついに彼が起きた。舌打ちをしながら背中を摩っているが、心配そうに彼のことを見つめているフレッドを見て叫び声をあげた。
「うわぁお前誰だよ!?」
「一応あなた方に襲撃された人なんですが」
「というかゼネイアの奴じゃねぇかよ! なんで標的を見間違えたんだよ……おい皆起きろ! 死ぬぞ」
『死』という言葉に反応してか、一味はすぐさまに起きてフレッドに銃口を突きつける。
が、平常心を取り戻して彼が世界最高で最悪の戦闘民族であることを察知して顔を青ざめさせながら逃げていってしまった。これは民族意識、というよりも本能に刷り込まれている危険察知が反応したのだろう。
ありえないほどに拒絶されてしゅんとする。御者を始めたときも割といろいろな客からドン引きされたが化物のように扱われると本当に傷つく。
「家、帰ろっかなぁ……」
島に帰れば大体の人は普通に接してくれるだろうし、この際休暇を取って帰省するのもいいかもしれない。
と、そこまで考えて思い出す。フレッドを襲おうとしていたのはセリヴァンの人達だ。しかし、彼らにはフレッドを殺そうとする理由がない。
というか、襲わない、襲撃したくない理由の方がありそうだ。後ろから囲まれたはずだから、リャーゼン式の御者の服装をしていたからターゲットにされていたのだということは容易に想像がつく。
だとすると。フレッドではなく『御者』を襲撃したことになる。つまり、依頼人が原因であることを推測するのは簡単だった。
「やばっ」
フレッドは立ち上がってアルベルトを探すために高い建物へと足を運んだ。
フレッドに対する猛攻は止んでいた。
しかし、依頼人であるアルベルトは今もなお追われている。そんな威厳を出せるような人じゃないし、それ以上に恨みが深い人たちに追跡されているのでかなりピンチだった。
人間というもの、よほどの戦闘狂かフィジカルがバグっている人でない限り傷を与えられれば一定時間で疲れというものが襲ってくる。
「あいつもそろそろ限界が近い!! 一気に畳みかけるぞ!!」
アルベルトを倒せるとなって全体の士気が上がったように感じた。薄暗い裏路地で倒れ込む。流石に無理をしすぎた。きっとここなら大丈夫だろう。ゆっくりと休める。
「えっと、アルベルトさんがどこにいるか。それだけ教えてほしいんですけど」
「あぁ? 知らねぇよ。というか、あいつら……御者仕留めれなったのかよ」
全員が一斉にフレッドに銃口を向けた。どこかで見たような光景だ。
フレッドは帽子を被っていた。だから、誰もフレッドのことをゼネイア族だと気づいていない。おまけに服装も平民階級のそれだから、舐めていても大丈夫だろうとでも考えていたのだろうか。
一瞬のことだった。全員の銃器が燃え、地面に落ちる。暴発としか言いようがない。金属を操るのは世界的にも難しかったはずだ。暴発くらいなら魔力の操作で何とかなるだろうが、フレッドの行っていることはそれをはるかに上回っていた。
「えぇ……」
痛みを我慢して睨みつけるように戦況を見ていたアルベルトも呆れている。フレッドは戦いに慣れているようだった。一人を蹴り倒し、その反動で高く舞い上がるそしてナイフを見事胸に命中させ、バサバサと倒していった。少しくらいビビったっていい気もするが、あくまでポーカーフェイスを一貫してナイフを回収している。
「えっと、どこにいるのか……いたら返事指してくださーい」
「痛っ、ここにいるよー」
フレッドが後ろの暗い場所を覗くと、そこに彼はもたれかかっていた。ものすごく出血しているが、フレッドにはどうすることもできないのでとりあえず周りにいる人に医者を呼んできてもらった。汗がにじんでいてとても痛そうだ。
医者の家で診てもらったところ、急所は外していたので、命の危機ではないと医師から伝えられる。ひとまずは安心だった。だが、いつ襲撃されるか分からないので護衛の依頼をされた。
アルベルトは俯いて話し始める。
「フレッド、君の都合を全然知らなくて。辛いことを思い出させてしまってごめん」
「全然いいですよ。というか僕の問題ですし」
フレッドは笑った。人間らしい微笑みだ。そもそも、人にそんなことを押し付けたくない。嫌そうな顔をしたが、それも『嫌だ』といっていないだけで、もしそれを言っていたならばアルベルトだって詳しくは追及しなかっただろうから責任はフレッドの方にもある。
なぜアルベルトを助けたのかを尋ねる。
困っている人は助けないといけない。そうやって親から教えられたからなんとなく応戦しただけだ。
「えっと……」
「なんです?」
「これ、戻すから。また一緒に逃げてくれない?」
「いいですよ」
意外とあっさりと頷かれてあっけにとられた。もっと抵抗されたりするかと思っていた。
フレッド的にはなんでもいいし、何なら護衛はしないと旅がもっと嫌な記憶になる気がするのでもはや食い気味に引き受けた。
「知り合いからの依頼もありますし」
アルベルトは知らないだろうが、フェリクスに協力してもらった縁があるから何をどう断ろうとしてもできない。しかも結構仲が良かったのでここでアルベルトが死んだら深い恨みを持たれることになるだろう。
一国の王を敵に回すのは中々に怖い。そんなフレッドの事情はつゆ知らず。顔をぱぁぁっと晴らして手を握った。
「あと、友達にならないか!!」
「ごめんなさい」
「さすがにダメか」
「そこまで仲良くなってしまうといなくなった時が悲しいですから。だから、安住の地を見つけて依頼が終わった時に友人になりましょう?」
もうユーリのような思いはしたくなかった。だから、絶対に死なないでと約束した。
「流星ってどこから見れるんですかね。一応それのことも踏まえて結構高いところを取らせてもらったんですけど」
ミティア共和国ではあまりにも高すぎる、あるいは発達しすぎているものは禁止になっている。というのも、ずっと昔に世界で一番高い建物を造り、神への信仰を疎かにしてしまって天罰が下ったのだという。
だから調子に乗らないように高さ百メートルまでの建築物しか作れないようになっているらしい。その分、星は見えづらくなっている。もちろん、遠くの状況を観察するための双眼鏡は持ってきているが、たったの一つだ。同時に二人が観察できるような術はない。
なおかつ外で堂々と見るとまたしても公国の人に襲撃される可能性があるので出来れば屋内で見ることが出来れば、と思って限界である百メートルの部屋を取っていたのだが。
脇腹を摩りながら起き上がる。術式で回復に向かっているものの、まだ完全に治りきっている訳ではないようだ。フレッドが椅子から立ち上がって彼の体を支えるとニコッと微笑む。
「それは明日にでも聞けばいいんじゃないかな。あ、ここって山があるじゃん? そこで見るとかなんじゃないの」
「確かに。もし運動しても大丈夫になっていたら一緒に街でも回りましょうか」
明らかにたったの数時間で完治するような傷ではなかったから、アルベルトは頬を膨らませた。いくら拳銃で攻撃されたといっても、弾が数発掠っただけだからまだ許容範囲だ。星降る夜の終わる一週間後には治りきっていることだろう。
「早く治したいのならばもう寝た方がいいのでは? ほら、日付変わってますし」
「うわやべっ」
せっかく予約していたホテルだが、一日目は使うことがないだろう。フレッドが自ら攻撃しなくても良いように、医者の家の周りに罠を仕掛けておいた。悲鳴がフレッドの耳に届いているから、多分引っかかっている。しかも大勢の人が。
愚者は経験からも学べないとどこかで聞いたことがあるが、まさにそんな状況だった。アルベルトが寝られるように外界から音が届かないように結界を張っている。フレッドは罠を置いた本人なので鮮明に聞こえている。
(これ、僕は眠れないよなぁ)
獰猛に罠を越えようとしてくるセリヴァン公国の人々に敬礼。目を擦りながら窓のある方から壁しかない方角まで三百六十度見張り続けた。
* * *
「……は? なんで予定とずれてるんだよ……」
アルベルトの看病をしてくれていた医師が突然窓に近寄り、空を見上げる。フレッドも彼につられて夜の美しい空を覗いた。
「星降る夜が始まってる……?」
ミティア共和国は自らの手で最新技術を造り上げないと決めた代わりにプリヴェクト帝国などの機械大国から色々なものを輸入している。
天気・星空予報なんかはその最たる例だ。占星術、神の叡智など魔術もそのほかの技術も詰め込んで闇鍋にしたことによっていわゆる『スーパーコンピューター』となるのだ。
星降る夜は必ず成功させないといけない為、それを国費から出して予言を行った。始まるのが今日の夜だという演算結果が出て、国全体で成功させようという団結力だって高まったというのに。
その演算機は予言を外したことが一度もなかった。予想や予測ではない、予言――確実に起こることを当てるものなのだから。それは次、誰が国を治めるべきかという質問にも正確に答え、帝国を栄えさせたほどだ。
素晴らしき演算機がたかが流星群の日付を間違えるなんて。
「君! 回復魔術はどれくらい使えるかい!?」
「ごめんなさい。使えません……」
「なら見守ってるだけでい。色々話してくるから頼んだぞ!!」
そうやって医者が扉を閉めた瞬間、フレッドの体がふわっという感覚になる。結界の効果がなぜか消えたようだ。
国にいる大体の人が最初で最後になるであろう星降る夜の一日目は阿鼻叫喚だった。誰も彼も、星を見るような暇すらなかった。フレッドが窓のある壁にもたれかかって不安そうに空を眺めているだけだ。
アルベルトが突然目を覚まし、起き上がる。そのままベッドから降りて水を取りに行こうとしていた。視界に映ったフレッドが彼の下に駆け寄った。
「ダメじゃないですか。早く治さないといけないでしょう?」
アルベルトは思い出したように目をかっと開く。その顔は汗ばんでいて少し青ざめている。
「自分、全く痛くないんだけど……」
そんなまさか、と思い銃弾が通った場所を見せてもらった。弾丸が通過したとは思えないほどだった。医者は今日中の回復は無理だといっていなかっただろうか。
流星群には魔力が混じっている。そして、神の怒りも。
だからフレッドの結界も破壊され、アルベルトの傷が偶発的に回復したのではないか。
「不思議だ」
言葉では、そう表すしかなかった。




