第四話 悠久の時と図書館
とても美しい造形だったので衝動的に貰ってしまったオブジェクト、魔術書二冊、異国の『札』というものを再現できる紙を二十枚に莫大な魔力を使う魔術を三十分の一に抑えることのできる杖、そして何故売っているのか分からない糸一束の入った袋を片手に持ちながらセレンの質問攻めをのらりくらりと躱していた。
オブジェクトというのは魔術式を自動で生成できる便利な代物らしいが、中古品でもないのに説明書が入っていなかったので手探りで使用方法を探すしかなかった。
考えている間にもセレンは逃がすまいと質問を続けている。
下手すれば、黒竜の攻撃を避ける方が簡単だったかもしれない。人の好奇心というのは恐ろしいものだ。
「どんな魔術を使ったのか教えてほしいです!! あっ、魔術式の方でもいいですよ」
話したくない理由というのは特段ないが、少しだけ狂気を感じた。リャーゼン皇国の魔導団長も魔術に対する愛はかなりのものだったがセレンも負けず劣らずだ。黒竜の情報を分析してフレッドが世界を創って攻撃したというところまで辿り着いている。
「合ってます。大体合ってますから今すぐにその不気味な笑みはやめましょう、怖いです」
「そんなに恐ろしい顔してましたか⁉︎ でも合っていて良かったです」
セレンは洞察力が高いらしい。その代わりにとても方向音痴だった。道を間違えてはフレッドが方向を修正していると案外あっという間に目的地に到着してしまった。
国立図書館。数多の人が知を求め訪れる場所だ。本を沢山収めるために他国の図書館とは違う構造になっているようだ。設計者は世界的にも有名な魔術師で魔術を使用して図書館を作ったようだ。流石は魔術大国である。外で見ているだけでも至る所に魔術が使われていることに気がついてフレッドは少しだけ感動した。
「失礼しまーすっと……うわこりゃすごいですね」
「そうですね。本当に図書館の全てが魔術で支えられています」
セレンとフレッドが見たのは地に足をつけている本棚、だけではなく浮いている本棚の数々もだった。
あまりにも荘厳で、幻想的な光景に思わず見惚れてしまう。これだけの重さのものを建設以来ずっと支えられる魔術師というのはどういうものか。自分のことを凡人だと思っているフレッドには分からない。
この大きすぎる図書館は魔術をある程度使える前提で建てられているようで、飛行の精密さと普通の建物五階建て分を継続して飛べるような魔力量を要求されていた。そもそも入国する時点で魔力検査や魔術適正の審査もするのでここを縦横無尽に移動できないとおかしいところではあるのだが。
ふとフレッドの脳裏に疑問がよぎる。
「この国って入国者にも検査をするほどに魔術大国ですよね。ならば元々魔術適正があまりない子供とかはどうするんでしょうか。流石に国外に追い出されるということはないでしょうけど……ないと信じたいですけど」
「ああ、それは小さい頃からビシバシ鍛えてそれでも駄目だったら食事の中に親の魔力をふんだんに入れるようですよ。正直どちらに後付け出来ますからね」
既に国の人と仲良くなっていたのか、セレンはつらつらと答える。後天的に備え付けることも出来ると簡単に口にしたが、フレッドは知っている。あれがどんなにえげつない方法を取るのかを。
詳細に言えば魔力を増やす方法はというと、叩いて食べさせて魔力を体内に取り込ませる。
魔力というのはそうそうに他人のものを取り込ませることはできない。それは家族間でも同じだ。
だから、魔力の流れを痛みで止めさせてから体内に入れる。それを一年ほど続けていればあっという間に平均かそれ以上の魔力量になっているようだ。
魔術適正を高める方法は魔弾に当たるか頭の壊れるような詠唱を聴き続けること。
魔術攻撃というのはあくまでも魔術式を縮めに縮めまくって放っているだけのものであり、新しくものをつくるわけではない。無から有を創り出すのは完成された錬金術師か神様しかあり得ないのだから。
攻撃に当たることで子供の本能がその魔術式を完璧に覚えるらしい。再びそれを体に当てられたときに対応できるように。また詠唱も脳に刷り込んで自然と詠唱できるようになっているようだ。
簡単に『後付け』などと発言したセレンにそれを聞かせると彼女の顔がみるみるうちに青ざめていった。
なんで知ってるんですか、と言いたげな表情をしている。
「いやなんで知ってるんですかそんなこと」
「……前に居たんですよ。親子でで馬車に魔術強制している方が」
その家族というのは有名な魔術師を沢山輩出しているような家系らしく、珍しく才能のない子供が産まれてきたので責任を感じていた両親が国をこっそりと出て鬼の形相で教育を行っていた。
『あれ』は流石に怖かったと思い出したフレッドは苦笑いをする。
本当は説明したものの十倍は恐ろしかったのだが、これで青ざめているのなら伝えない方がよいか。そう考えて口をつぐむ。上を見上げると箒で空を飛ぶ人もいれば、何の道具も使わずに悠々と飛行を行いながら読書をしている人もいる。多種多様な魔術の使い方を見てわくわくしたのかセレンも図書館の中心の床を起点としてふわりと煙のように舞い上がる。
フレッドも遅れまいとして飛び立ち、神聖バグラド帝国の文化や慣習についての文献を探し始めた。世界中の魔術書と神話をまとめた書物が半数を占めており、残りの四割が他国の文化歴史書で一割が自国にまつわる物だった。
一割と言っても全体が五千万あるらしいので量自体は多いのだが。また、魔術に関する史料も恐ろしいほどあり、世界最古の魔術道具や古代大戦にまつわる書物の原本など、魔術に関係するものならほとんど何でも収められているので魔術だけでなく古代の研究をするには持って来いの場所だった。
また、神架教では禁忌と言われる人体の研究の内容も容赦なく飾られている。
「……これだけの史料を集めるのにどれくらいの時間がかかったのでしょうか」
「少なくともフレッドさんの寿命の百倍くらいはかかってそうですよね」
フレッドの年齢の百倍ということは二千六百年くらいだろうか。確かに魔術書の謄本を集めるのは割と簡単だがそれの原本はと言うと、誰よりも早く見つけないといけないしそれが原本なのかも確認して古代文字で記されているなら翻訳もしないといけないので公的に発表するには一つの史料当たり三年ほどかかると以前魔導団長に聞いた。また『あの魔術師に先を越された』と恨めしげに言っていたのを覚えている。神聖バグラド帝国に所属している魔術師が彼にとっては宿敵なのだろう。
「魔導団長君にもこの光景は見せてあげたい……いやもう見てるか」
「そうだねー。確か半年前くらいに竜の討伐で魔導団の人達を引き連れてやって来ていたけど俺見た瞬間にブチ切れてさ」
「オーガストさんってリャーゼン皇国の魔導団長さんですよねー……ってうぉっ、誰!?」
セレンの驚き具合を眺めてあははー、とほのぼのとした表情で手を振っている男が突然二人の目の前に現れた。どこか不敵な笑みを浮かべる彼はオリヴィエと名乗った。顔は見たことないがオーガストが何百回と言い続けた名前だったので目の前にいる男が宿敵でかつ国立図書館を作り上げた魔術師だということが一瞬で分かった。
「貴方がここを創設したんですよね? ここにある全てを集めるのにどれくらい時間がかかったのでしょうか」
「そうだねー。確か二千年前くらいから集め始めたと思うよ。たかが百年くらいしか生きていないオーガスト君が俺に追いつけるわけがない」
百年だとか二千年だとかおおよそ人間の寿命とは思えない単位が平気で登場しているので普通の年齢のフレッドとセレンは彼のひとりごとにただただポカンとしているだけである。
ちょっと待ったぁぁぁ、と。図書館では絶対に出してはいけないほどの大声で扉を開ける音があった。どんなに無視しようと思っても余りにもうるさすぎたので三人は扉の方を凝視する。
オリヴィエは好奇心に満ちた目で。
フレッドは最早呆れ返ったような目で。
セレンは邪魔をされたという嫌な目つきで。
部下らしき人に抑えられながらもオリヴィエを指さしている男のことを図書館にいる全員が眺めた。
「はっははー。僕は古代世界大戦の全てを記した原本を手に入れたんだっ!!」
褒めてと言わんばかりにドヤ顔になるオーガストを三人でジーっと見つめて一分が経過した。気まずくなったのか彼はオリヴィエから目を逸らす。すると、フレッドがいることも発覚し、大きく手を振られる。目立つのが嫌だったので魔術で彼の隣まで瞬間移動して彼と一緒に図書館から出る。オリヴィエとセレンも二人の所まで転移してきた。いつうるさくなってもいいように四人は喫茶に徒歩で移動した。
* * *
「フレッドも来てたんだねー。そちらの方はお客さん?」
「あ、セレンと言います。えっと、魔術学園の課題をするためにここに来ました」
「で……どうしてオーガスト君はいるのかい?」
曰く、邪竜が再発生したから協力国の神聖バグラド帝国に支援するようにと皇帝から直々に命令を受けたらしい。しかし、発生させたのも倒したのもフレッドだと聞いた瞬間、誰でも分かってしまうくらいしょげ始めた。
「へぇー倒しちゃったんだ……」
「まあまあ、というか、オーガスト君は百歳以上なんだね」
魔術師には魔女までとはいかないものの研究のしすぎか偶発的に起きたミスによって体の成長速度が遅くなっているという事例があるらしい。まさかそれが友人にも当てはまっているとは思ってもいなかったのでつい驚いてしまった。
「……コーヒー飲むんだね、君達」
「飲まないんですか? 砂糖を入れたら苦いのが嫌いでも飲めると思うんですけど」
セレンが不思議そうな顔をしていたが、何千年も生きているということは神架教の古めの考えを尊重している可能性が高い。百年前くらいにコーヒーは神架教が禁止されている飲み物から外されていたのだが、長い期間飲んでいないと慣れるのが難しいのだろう。
オーガストはセレンの方をじっと見つめてそれから口角を上げる。気味が悪かったのか彼女は椅子ごと後退りしている。
好奇心をその目に宿したオーガストをフレッドとオリヴィエが必死に押さえる。そして彼は早速スカウトを始めた。
「ねえ君、僕の魔導団に入らないかい? 素晴らしい才能だよ!!」
「ほらオーガスト君目をガン開きにしない。セレンさんが困っているよ」
オリヴィエはオーガストの奇行に苦笑し、制裁を行うかのように脇腹へ殴りを入れた。
殴りによってふと我に返ったのか落ち着きを取り戻して喉を一回鳴らしていた。今度は奇怪な笑みを浮かべる。本当に表情がコロコロと変わる。百年生きているとは考えられないほどの落ち着きのなさだった。
セレンにはリャーゼン皇国魔導団の平均を大きく上回る魔術適正があるようだった。
平均が低いと言うわけではなく逆で水準が他国の魔導団よりも圧倒的に高いので他国の魔導団長でも入団するのは至難の業だった。だからセレンは直接誘いを受けたことに喜んだ。
「本当ですかっ!? 私賎民の生まれですけど」
「もちろんさ。僕たちの職場には貴賎なんて関係ないからね」
ぱぁーっとセレンの表情が明るくなった。団長を除くほとんどが貴族の嫡男以外だと聞いたことがあるのでフレッドに紹介してもらっても採用してもらえるのか心配だったのだ。
「セレンさん、どこに行きたいとかありますか?」
「えっと、ここに書いてある所に行きたいんですが……一種の都市伝説らしくて」
「魔女に聞いたらどうかな? 俺、一応森に入る権限を貰って要るっぽいけど」
「神架教って魔女狩り行っているんじゃないんですか?」
「それってかなり最近のことだから。別に魔女は国に害をなす訳じゃないから俺が討伐する理由もないしね」
喫茶なのになぜかワインを飲んでいた――というかワインが提供されていること自体が異常なのだが――オリヴィエはため息を吐きながら立ち上がった。見覚えのある場所をしらみつぶしに探してくれるようだ。
半年後に帝城にある、魔導団の職場である研究所で会うということを約束して四人は喫茶を後にした。
神架教をずっと信仰しているオリヴィエ以外の三人のうちの誰かが飲んでいたコーヒーが少しだけ残っていてそれはまだ冷めていなかったので優しい湯けむりを出して四人を見送っていた。




