第四十八話 流星の伝説
「何するんだ!!」
「そっちこそデリカシーがないのでは。貴方は好奇心を優先しすぎです。人が泣いているのに自分を優先するのは嫌いです」
フレッドは厳しい目つきをして言い切る。アルベルトがだいぶ動揺していたが、それでも言い返そうとしている。
「僕は貴方の護衛などしたくありません。もし不安なら僕の所属している組合から人をよこしてください。ここはリャーゼンからも近いですし大丈夫ですよね」
御者を一人頼めるだけの金貨を彼の手の上にのせてその場から立ち去る。職務放棄をしたのはこれが初めてだった。
いかなるときでも諦めないようにとしていたが、流石にフレッドの中の地雷的なものを踏み抜いてしまったようだ。最初の方にもう少し強く言っていれば良かったが、もう耐えられなかった。
あの処刑を思い出すだけでも涙が出そうなのに、それを詳細に語れというのはフレッドにとって拷問にも等しかった。
赫夜が息を切らしながらフレッドのもとに駆け寄ってくる。
「大丈夫なの? 一等御者を降格されたりは」
「別にいいですよ。そんな肩書はどうでもいいですから」
フレッドもフレッドで、言い方が子供のようだった。暗い暗い夜を、吊り下げられているランタンの光だけが切り裂く。その境界面でフレッドは弱音を吐く。
思い出さないように旅をしていたのだと。ユーリやダリアと訪れた場所は絶対に行かないように、早く忘れるように、と。だから、出来るだけ別の大陸には移動しないように組合長にお願いしていたが、今回はうまくいかなかった。
「本当……僕も馬鹿ですよ。なんであんなに強く言っちゃうのかなぁ……」
「まあ、人間なんて生きてりゃ失敗の数の方が多いなんてことザラにあるんだしそんなに自分を責めなくてもいいんじゃないかしら」
フレッドは頭を抱えたまま何も話そうとしない。赫夜は母のように彼の頭を優しくなでる。
「落ち着くまで一人で行動していなさい。私はあっちを止めに行くから」
赫夜は走って門の近くまで走っていった。彼女が見えなくなるまでずっと見続けてその場にしゃがみ込む。
「僕、本当に大人気ないなぁ……」
「アル君は何も分からなかったんだから、しょうがないよ」
ダリアの『何も分からなかった』という言い方に少し棘を感じた。おそらく悪意などは全くないのだろうが。
あの三人だけ知っていて自分だけ教えられないのはおかしい、とダリアに伝える。
「じゃあ、私が話してあげるよ。ダリアは一回落ち着いて」
赫夜は突然現れた。ダリアにそっと触れてどこかへ転移させてしまった。赫夜曰く、二人はユーリのことを思い出すだけで辛くなってしまうほどらしい。
なぜこの勘の鋭さがさっきに出なかったのか。アルベルトは何と無く察する。
「そのユーリって人は……死んだのか?」
赫夜の沈黙が全てを物語っていた。先ほどフレッドから奪った十字架に触れて一部始終の残留思念を読み取る。
ルインレットでは一緒に舟に乗り色々なところを訪れていた。ゾゴーリア地方では騎士団に殺されかけ、必死に守っていた。そして、ダリアと出会って恋に落ちていた。ルミナリーでは彼女を見てさらに好きになっていた。雰囲気的に蓬莱鬼国も行っているのであろう。
プリヴェクト帝国は何も見えなかった。鞄に入っていた時期だから当然だ。だが、緊迫感だけは伝わってきた。そして誰かの首が切断される鋭い音も。アルベルトは絶句してしまった。
「僕はなんて酷いことを……」
「これは私たちの責任よ。もっと抗えば処刑を免れたのに」
赫夜はアルベルトのご所望通り、何も包み隠さずに事実だけを淡々と述べた。彼女だって考えるだけでも泣いてしまいそうだ。
ナタリアが怒って父であるカトーネ公爵に言いつけたこと、最初はヴァスティス牢獄に収監するだけだったがナタリアが満足せず死刑を求めたこと。
そして、ユーリの死刑反対派が賛成派に負けたということ。
アルベルトは沈黙してしまった。仲の良かった人が、または愛し合っていた人が突然殺されたらどんな気持ちになってしまうのだろうか。きっと、彼の想像を絶するほどだろう。フレッドのあの態度も、今考察してみれば思い出したくもない、封をした記憶だったはずなのに。アルベルトが興味津々に尋ねたせいで辛いことを思い出してしまった。
「ちょっと待って赫夜」
「どうしたの」
「ユーリって人を殺したのは五賢人なんだよね。なんでフレッドは依頼を受けたの」
公爵の息子とはいえ、恨みを持っている可能性は高い。平民が悲しい思いをしているくせにのうのうと生きているなんて。革命が起きたのはいい気味だ。
これくらいは思っていてもいいはずだ。だが態度にも声色にも表情にすら。何にもアルベルトに対する嫌悪感というものが見えなかった。記憶を読み取った限りだとかなり仲が良さそうだった。あんなに自然に笑っているフレッドを知らなかった。
多分、ユーリの死を受けて閉じてしまったのかもしれないけどそれにしても、だ。
「知らないけど、以前の依頼で助けてもらった代わりに君の逃亡を手伝いようにお願いされたらしいわよ」
「はぁ……それがなかったら絶対引き受けていないんだろうなぁ……」
再びアルベルトは落ち込む。命を助けてくれたのはフレッドではないか。恩を仇で返すことをするなんて。自分でも信じられなかった。もう少し空気が読めるようになれば。
「どうしよう。絶対怒ってるよね。こんな大金、受け取ることが出来ないよ」
「あら、それを大金だと思えるその感覚は良いと思うけどね。あと、本当にまずいと思ったら私の国を訪れなさい。最悪、鬼のいる山に籠って守ってもらえばいいし」
灰楼家が管理している山にいる鬼の名前は『西行』というらしい。とにかく戦闘狂という三文字で済ませられる。
彼もフレッドと面識があって彼が惹きつけてくれたおかげで鬼に襲われなくて済んだのだ。
「……謝らないと」
「答えは得られたみたいだね。じゃあ、私はダリアの方に行ってくるから。あっ、ダリア!!」
赫夜は十二単の裾を握ってダリアの方に駆け抜けていった。少女のように楽しそうだった。
「許してくれるかなぁ……」
アルベルトは不安だったが、謝らない事には何も始まらないことを知っているので、とりあえずフレッドを探すために歩き始めた。
パァンという音が周囲に響く。フレッドが平手でたたいたときとは全く違って殺意と悪意のある音だった。アルベルトが痛みを少し感じ、下腹部を覗く。白いシャツが血の花で咲き乱れていた。実に満開である。
生々しい血を見たことによって今、誰かから攻撃されていることに気づいた。
「ったくこんなときにっ……!!」
アルベルトは舌打ちしながら逃げ始めた。
* * *
「この国には古くから伝わる『流れ星伝説』というのがあってねぇ」
「へぇ。どういうものでしょうか?」
フレッドは心を落ち着かせるためにひとまず色々な場所を回ってみることにした。夜だというのに子供達が駆け回っていて、注意をしようとしたが星降る夜だから大丈夫だと言い返されたのだ。
その『星降る夜』というものについて詳しく聞きたいと思った。
今目の前にいるのは、百年前からずっと生き続けている老婆だ。魔女ではないのに根気とノリと勢いで生きながらえているらしい。
――星降る夜、というのはそこそこ有名だから知っている。いわゆる流星群だ。しかし、普通の流星群と違う点がある。魔力のこもった隕石が落下してくるのだ。
だから、占星術を使ったり星を媒介とする魔術を使う人間にとっては神にも近しいような素晴らしい日になるのである。
星を掴められれば神の叡智を受け取ることができ、星から魔力を吸収できれば二十年間は幸福になることができ、落ちる星に向かって願い事を唱えればそれが叶う。
しかし星を降らせているのが誰か、そしてなぜ降らせているのかは不明。というか、星降る夜に関しては研究が一向に進んでいないし進む兆しもない。
世界七不思議の一つだった気がする。
「そうそう。それで一番有力視されているのが神の涙という話だよ。あの隕石が輝いているのは燃えているから。普通の流星群よりも燃えているのは神の激しい憤りを表している。そして魔力が含まれているのは死んだ人間の復元を地上で行おうとしている、というのがアタシの国での通説だ。ところで兄さん」
フレッドは老婆に突然話を振られてキョトンとする。彼女は真面目な顔つきから一変。急にニタニタとした表情を浮かべた。
「兄さん好きな異性はいるかい?」
「いませんけど……げ」
フレッドはその表情と質問でなんとなく察してしまった。それっぽいことを言ってのらりくらり躱そうとするがやはり人生経験が全く違う。圧倒的な貫禄でフレッドを追い詰める。
「あはは、ごめんなさい。やることを思い出したんでしたー。あはは……はぁ」
絶対にバレるであろう、から笑いと棒読みに疲れてため息をついた。これだから自分から話したくなかったのだ。絶対に異性に興味がないと確信した人には気安く話しかけられるがそれ以外だと覚悟が伴う。
フレッドだって人間だから、嫌悪感よりも好意を向けられた方がいいし、なんなら好意を向けられるのはとても嬉しい。が、あまりに酷いと萎えてしまうのだ。
「どうにかできないんでしょうかね……」
星降る夜の期間は明日から一週間。屋台なども出されるようだから楽しみだ。
パァンという音が響く。明日がお祭りだから花火でも上げているのだろうか。フレッドは思わず上を覗いた。夜空には数多の星があるだけでそれ以外はない。
「……? 何もない」
(確かに音は聞こえたはずなんだけどなぁ)
フレッドは首を傾げながらホテルの方に向かった。話を聞くと、ミティア共和国自体がかなりの観光地だから数分歩くごとにホテルが見えてくるらしい。
その中でも、安くてそこそこ評判の良いところに泊まることにした。早速入ってすぐの所にある受付で、チェックインする。待っている人もいないようだったので、少し質問をしてみることにした。
「すみません。今日って花火をしているんでしょうか?」
「……? やってないよ。というか、星降る夜の一週間前からは夜空に衝撃を与えるものの使用は法律で禁止されている。何かあったのか?」
フレッドはせき込みながら頷く。受付をしている男は怪訝そうにフレッドのことを見ながら煙草を吸い、体を乗り上げる。
「教えてくれ。星降る夜は何もかもを成功させないと次の年に厄災が襲ってくるという話もある」
星降る夜が出現するのが、せいぜい百年に一度だ。そして神様も関わっているとなるとそれなりの代償も出てくる。国が呪われると観光客が来なくなるのでホテル側としては相当まずいのだ。
「先ほど、破裂音が聞こえたんです。皆さんガヤガヤしていたからてっきり祭りの時に使われる用の花火の練習かと思っていたんですが……」
「いや、きっと銃声だ」
誰もいないから、フレッドの動揺する声がよく響いた。政治的な面での対立構造も無いようだったし治安も良いように感じたが、夜になるとギャングやマフィアが出てくるのだろうか。
「それはない……結構長く住んでるけど銃器の類を持ってる人なんて聞いたこともないね。だからあるとしたら別の国からだと思うよ」
なんとなく不安になったのでフレッドもいつでも対応できるようにナイフと魔法陣が描かれた紙を持って夜の街を歩いた。
「なんでずっと追い掛け回すんだよ。子供なんてほとんど関係ないだろ!!」
「政治にかかわっていたか否かは論点じゃない。ただ、恨みを晴らしてぇんだよ」
セリヴァンの中でも過激派だった人たちがアルベルトのもとに一斉に集まっている。狩猟で標的とされる鹿の如く逃げ回っていた。引きこもっていたが、運動神経には自信がある方だ。
腹に傷があったとしても一つや二つなら大丈夫だろうということでその場で高く跳躍する。
そのまま空気を圧縮し、屋根のある場所までひとっ飛びだ。
戦況を確認するため、辺りを一望する。
「……っ!? 何やってるのあの人は!?」
さも何もなかったかのような顔つきでフレッドが佇んでいた。彼の周りを公国の人が囲んでいる。最新式の銃もあるから、いくら彼でも避けきれないだろう。
こうなったのは自分の責任だ。飛び降りてフレッドの支援に向かおうと思って一歩を踏み出す。その時だった。
フレッドは純粋な表情で人々を蹴散らしていた。銃器から火花が飛び散っているが、それも彼が持っていたナイフで全て封殺する。致命傷は外して公国の人達を難なく倒してしまった。
「はぁ……先ほどのはこの人たちの仕業ですかねぇ」
(というか、なんでそんな平常心でいられるんだよ!?)
アルベルトは心の中でツッコミを入れた。




