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或る御者の旅  作者: 駱駝視砂漠
第三章
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第四十七話 幽霊街~Land with nothing

「えっともう夜なんだけど、というか三人で回って四日目になるんだけどさ。ここに滞在することになったの?」

「ここもすごくいい人が多そうなんだけど……やっぱり不気味な場所を永住の地にするのは嫌だなぁ」


 亡きたましいの塔に帰ろうとしていた途中に葬儀屋にそう尋ねられたて、アルベルトはすぐに答えた。


 確かに、治安が終わっている訳でもないしむしろその逆なのだが、何より『不気味』という一つの要素だけでもじわじわと精神が削り取られていくことだろう。葬儀屋は話を聞いてだらけたような体勢になる。


「知ってたよー。まあ、怖いのはどうしようもない要素だから止めないけど」

「ごめん……いや、けど死神なんだから謝る必要はないか」

「私から言えるのは一つなんだけど。逃げるの頑張ってね。地獄か冥府か、あるいはここで応援してるよ」


 フレッドは苦笑する。地獄と冥府の中にちゃっかり混じっているルーダル幽世国で笑ってしまう。まあ絶望的なほどの数の暴力で押されない限りは勝つ確率は高くなるだろう。


 皆、ルーダルに注目しすぎて二人が変装して脱出することくらいは可能なように感じたので早速自室に戻って荷物の全てをまとめる。


 ルーダルの出口はかなり奇妙な形をしているらしい。まさに入るもの拒まず出るものは徹底的に潰す……という恐ろしいスタンスのようだ。


「ここ、ですか……」


 葬儀屋の言う通りだった。確かに、どす黒く扉には細かく文字が刻まれている。ここを出るもの一切の望みを棄てよ、と書かれている。


 どこかで見た気がしなくもないその文言がやはり引っかかったがそれで歩みを止めてはいけない。二人で扉をググッと開ける。ものすごい音を出しながら、しかしフレッド達の力に負けているのかゆっくりと開く。


 そんな作業をし続けてたったの一時間しか経過していない時だった。門の扉は完全に開ききり、カチャンという高い音が鳴ったのが聞こえた。


 フレッドは音の鳴った方向を探すが、アルベルトはその前に葬儀屋に感謝の言葉を述べる。四日間ずっと付きっきりでルーダルを案内してくれていたのだ。仕事があるというのに、とても優しい人だと感じた。


「それにしても、こんなゴツい門なのに案外簡単に開けられたね」

「多分、人間だからかなぁ。とにかく、行ってらっしゃい」


 葬儀屋は大きく手を振る。近くに馬宿がなかったから若干萎えつつある馬に餌をあげて走らせた。リャーゼン皇国やセリヴァン公国のある大陸まで渡るには国をあと一つ越えないといけない。


 ルーダルはもはや禁忌とされている国だから近寄られることすらなかったが、あと一つの国――ミティア共和国はチル=ゾゴールに寄るときには必ず訪れる場所だしリャーゼンの大陸からプリヴェクトなどがある大陸まで移動するには絶対にミティア共和国を通らないといけないので危機的状況と言うに相応しかった。


 しかし、一回リャーゼンまで行ってしまえばどうにでもなる。いくら強いセリヴァンとはいえ列強国の象徴であるリャーゼンと戦う気にはならないだろう。


 そうすれば、国側に時間稼ぎをしてもらってフレッドの故郷であるゼネイア独立島へ向かうことが出来る。


 ゼネイア族は数でゴリ押せるほど弱くはないのでさらにそこで時間を稼ぎ、チェルノーバが契約に漕ぎ着けるまでの猶予がうまれる。


「思い出しました。あの『一切の望みを棄てよ』という文言、冷獄地帯で見ました」

「なんで冷獄地帯なんかを通ってチル=ゾゴールに行ったの? 普通に考えて頭おかしいよ」


 フレッドもあの時はまだまだ未熟だったというのもあって全く分からなかったのだ。


 しかも期限が設けられていたから直進した方がいいのではという考えに至って看板を気にせずユーリと一緒に向かったわけだが、今でもあそこを通ってしまって後悔している。


 あれから絶対に行く道の危険性などは事前に調べている。経験からものを学んでいるからマシな方ではあるだろう。

「そうそう、チル=ゾゴールで思い出したんだけどさ。ダリア=ルキーナって知らない?」


 何となく、そんな予感はしていたのだ。連邦王国が誇る頭脳なのだから。しかも五賢人同士の繋がりでもあったのだろう。実際、赫夜はアルベルトと話したことがあるらしいからダリアと交友関係があっても何らおかしい点はない。


「……五賢人でしょう? それが何か」

「フレッドが鞄につけてる十字架、五年前くらいに全て回収されたって話聞いた。あとダリアが大切そうに持っていた写真にそれとよく似たものを持っている人がいたから」


 それは、蓬莱鬼国で撮られたものだった。満開の桜が咲いているのは映っていたが、男の顔だけは写真にない。写真の中にある十字架には『神官 ユーリ=メンゲルベルク』と小さく刻み込まれていた。


 アルベルトはフレッドが油断しているところを狙って十字架を奪い取る。

 普段なら絶対に警戒しているはずなのに、写真に魅入って完全に気が抜けていた。


「これ、そこの写真の人と同じ名前があるね。魔術で読み取ったところ、瞳の色から違う。橙色っぽいけどもしかして……結婚詐欺?」

「なんでその発想に至るんですか!?」


 ものの記憶を読み取ったところまでは良かったがそれ以降はポンコツになっていた。というか、普通であれば窃盗を疑うはずなのにまず先に結婚詐欺を疑うとは。中々にぶっ飛んだ思考の持ち主だ。


 とにかくなんらかの犯罪を疑われそうになったが、アルベルトはカメラを構えてルーダル幽世国を写真に収めようとした。不気味だがそれによる美しさが際立っていて、門も妖しい雰囲気を醸し出していたから撮りたくなってしまったのだ。


「……は?」


 アルベルトは目の前の光景が信じられなくて、信じたくなくて絶句する。ルーダルの全てが黒い(もや)に包み込まれる。あの高すぎる亡き霊の塔も処刑場も門も全部が。

 葬儀屋の声が聞こえた気がした。耳を澄ます。


『これから生きた人間が入ってこないようにしないと。ここは死霊だけの国。憶えられている人が来ていいような場所じゃないの』


 黒い靄は吸った瞬間に倒れる、即死性のある毒だった。きっと冥府仕立ての人間にはどうすることもできないような代物なのだろう。結界でその靄が外界に出ないように封じる。


 いつの間にか入ってきて、いつのまにか誰かが消えている。死神はフレッド達を見て『人間』と驚いていた。


 最初に聞いた時は心残りの方の未練かと思ったが、彼女から聞いた未練を当てはめればこの地にある残留思念を消し去ることが出来るという話だ。この惑星を燃やし尽くせるというのも、地上にある原子単位で残留思念を焼き払ったら可能というものだろう。


 亡霊は残留思念でこの地に残っている。人間は地ではなく個として残留思念を所持している。

 いつの間にか消えているのは、いなくなった人数分だけ彼女が残留思念の葬儀をしているからだと気づいてしまった。

 黒い靄が脆く朽ち果てていく。そこにはどす黒い結界があるだけだった。思わず怖くなって乾いた笑いを発する。亡霊は既に見えなくなっていた。だから、それが辺りにいる誰かに届くことは決してないのだった。


 * * * 


「何これ……怖すぎたんだけど」

「えっと、つまり()()()()()()()()()()()()()()()()()って事なのでしょうか」

 あまりにも浮世離れしていてとんでもない様子だった。まるで物語の中に登場する厄災。そのものである。国一帯を厄災が包み込んで誰も近づけない。フレッドとアルベルトを追っている人もつい止まってじっと眺めている。


「今のうちに。ハレー地方にあるミティア共和国に行きますよっ」

 フレッドは彼の襟をがっしりと掴み、強引に馬車にのせる。敵陣営が油断というか完全にルーダルの方に見入っているので逃げるのであれば今というのは絶好のチャンスだ。うげっ、というアルベルトの声を聴きながらも彼のことを気に掛けられるような余裕はない。


 自然を壊すことになるが、持っているものの一切を使って安全に運ぼう。ルーダルにいたときに何となく思いついた、地獄の業火を再現したような術式で一帯を燃やし尽くす。これをよく自力で考えついたなあなんて思っていたが、きっと知らないうちに脳が死霊だと認識していたから発見できた術式だろう。


 ニーア大陸には三つの地方、合計七つの国がある。まずは通称冷獄地帯ともいわれるゾゴーリア地方、次にルーダル幽世国の一つしか属していないユーミリア地方、そしてミティア共和国があるハレー地方だ。


 ニーア大陸で一番栄えているのがゾゴーリア地方を超えてハレー地方といわれるほどに華やかな国らしい。正直、移動するときしか行ったことがなかったのでかなり怖かった。しかもミティアというのは民族意識が高くて世界を脅かすようなゼネイア族などもってのほかだという。


 馬宿に馬とそれに付随している馬車の本体を預け、徒歩で行くことになった。

 というのも、馬車に乗りながら応戦することも考えれば魔弾の照準を当てにくかったり、防御結界を張りにくかったりと色々なデメリットがあるのだ。


 それだったらフレッドが災厄をばらまきながらミティア共和国に向かった方がいい。その旨をアルベルトに話すと、快く頷いてくれた。


「ところでさっきの話だけど、『ユーリ』って誰? 馬車に乗ってた時記憶を読み取っていたんだけどさ、相当仲良かったよね。どこからよそよそしくなったの?」

 かなり昔のことまで遡れるらしい。確かに、ユーリの十字架には聖霊がこれでもかというほどこびりついていたから聖霊をつかって過去を辿ることは出来るだろう。


「それにダリアも乗っているみたいだしすごくイチャイチャしている。自分は彼女に恋人がいることだって知らなかった。フレッド、君にとってのダリアの認識は嘘だよね。どうしてそんな嘘をつく必要があるの、ダリアの表情が一気に暗くなったのには彼が……ユーリって人が関わっているの?」


 何も言えなかった。本来ならば怒るべきシーンだというのは分かっている。だが、逃げてはいけない気がしたのだ。

「ええ、あなたの言う通りです。ダリアさんは以前に客としてあの馬車に載せました」

「じゃあ、彼女の表情が変わらない理由を教え

「そこまで言う義務はありません。資料でも読み漁って探してください」


 結構キツい言い方になってしまっただろうか。亀裂が生まれたように感じてしまっただろうか。アルベルトに対して申し訳と罪悪感で心が埋め尽くされそうになるがそれでもこれ以上ユーリのことについて話したくなかった。言葉の一音一音が、フレッドの心を打ち負かそうとしてくるのだ。


 流石は貴族といったところだろうか。精神力が半端なかった。というか、悪く言うと全く空気が読めていなかった。一度は怯んだものの、執拗に質問してくる。

「だからこれ以上答えられることはないですって」

「いや絶対ある。ダリアの旅が終わった時からひどく落ち込んでいると聞いた。その御者が君なら確実になにかは知っているだろ」


 フレッドは珍しく問い詰められていた。アルベルトの話術が巧みだったこともあるが、五年前の事件が絡んでいることによって一層のこと思考がまとまらなくなっていた。フレッドは入国手続きを終えた後、後ずさりしてアルベルトの追及を免れようとした。


「きゃっ!」

「すみません!! ……って、あ」

 フレッドはアルベルトから視線を逸らして謝罪しようとした。実際、きちんと頭は下げたのだ。恐る恐る顔をあげると落ち着いた色の服を着たダリアがそこに立っていた。横には灰楼赫夜もいる。

「いいところにいるね二人とも。今さ、『ユーリ=メンゲルベルク』って人の話を聞きたいんだけど、いいかな?」


 二人は彼の顛末を知っている。というか、赫夜に関してはそれに加担してしまった面があるのだ。隣にいるダリアに対して申し訳なく思ってその場にうずくまる。


 もちろん、こんな状況を見てもアルベルトが行動を止めることはなく次々に質問していく。ダリアとユーリの関係性はなんだったのか、今彼はどこにいるのか等々。ダリアは必死に泣くのをこらえていた。


 パシッ、という乾いた音が響く。アルベルトは正面に目をやった。フレッドがとても憎んでいるかのような表情で彼を見ている。平手で頬を叩かれたのだ。


 それはもはや殺気に近かった。

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