第四十六話 幽霊街~Is she a ghost?
「この古戦場には亡霊がいるんだー」
「戦闘民族の亡霊ですか……というかこの人、お母さんに似てる」
「ゼネイア族の先祖の先祖くらいって聞いたんだけど」
それにしても似てないね、と葬儀屋はフレッドと目の前で戦っている女を片方ずつ見つめる。美麗だというのと胡散臭さがにじみ出ているという共通点はあるものの、骨格から目つきから何から何まで違う。
そりゃあ何千年も前の人だと進化の影響でいくらでも変わってくるだろうから逆に雰囲気が似ているだけでも奇跡だろう。
「胡散臭いのは遺伝なんだねー」
「そうなんでしょうか……」
だが彼女はフレッドと違って戦闘をしている時だけ快感を覚えているようだった。歴史の中で英雄と呼ばれたであろう人と負けず劣らずの激戦を繰り返している。ゼネイア独立党の人々は戦闘狂だというのはずっと昔から受け継がれているらしい。
というか、見た目からしてだいぶ若いようだし、病気を患っているようには見えなかった。どうして彼女は死んだのだろうか。
フレッドの疑問を察知したのか、葬儀屋は彼に答えを授ける。
「相討ちだよ。あそこの『英雄』と戦って死んでしまったのさ」
「死んでもなお戦いにとらわれているのですか」
「異常人の考えることは分からないねー」
二人はもはや放心状態で、死んでいる存在でなければ世界を物理的に変えていたであろう決闘を眺めている。まさに互角勝負だった。お互いもう死なないし老いることもないし負けを認めようとしていないから永遠と続くのである。
想像を絶するのかと思いきや、案外戦況は理解しやすいものとなっていた。数分ごとに攻守が交代していってその度に避けては反撃し、幽雅に躱してはカウンターをする、の繰り返し。
もう何千年――いや下手したら何万年という単位で戦い続けているらしく、流石に暇になりつつあったようだ。目配せをした後、互いが攻撃を止める。その間、三人は攻撃の嵐が飛んでこないことに安心して会話をまた始めた。
「あそこの英雄と女性の関係性は何なんだろ」
「さあ? 私はそこまで見る気はないし。けど戦いを通して生まれる愛情というのもあるらしいからね」
「かなり歪んでますよ……」
フレッドは言葉を失う。ずっと戦って戦って戦い続けて。得られたものが確証のない愛、ただ一つだけだとは。もっと時間を有効に使った方がいいのではないか?
まあ、亡霊になって悠久の時を得たことで何もかもに飽き飽きしているのだろうが。
しばらくして、英雄と女性は相談が終わったようで、ハイタッチをした。そして英雄は最古の伝説の剣を、女性は圧倒的技術の塊である魔術結界を展開する。
フレッドの方めがけて。
「……は?」
あまりにも唐突すぎることだったので理解が追い付かなかった。それでも生存本能が理性を上回ったのか、考える前に魔術で彼らの猛攻の軌道を逸らしていた。こういうときに咄嗟に出てくる判断力にあらためて感謝をする。
二人は相談した結果、生きた強い人間と戦って娯楽にしようと考えたのだ。絶対的な虐殺。
彼らは既に死んでいるから死なない。よって何も問題はないが、フレッドは伝説の剣や魔術結界の攻撃が掠っただけで無事に亡霊の仲間入りを果たしてしまうのだ。アルベルトが戦いに巻き込まれそうになっていてすっかり顔から人間という人間の色が消え失せている。
西行もそうだったが、長寿で戦闘狂というのはそこそこの強さの人を見逃す傾向にあるようだ。突出した強さを持っている人間の寛容さ、高慢さ、とでも言うのだろうか。
たかだか寿命百年ほどで得られるような強さを彼らは求めていない。望んでいるのは量よりも質。それが出来るのが何千年先でもきっと楽しみにして待つことだろう。
「なんで僕なんですか!!」
「……『国王の剣』展開、聖遺物の槍」
「彼の武器に聖なる力を」
疑問に思った。なぜ魔術式に関することや武器にまつわることを言ってしまうのか。全ての情報を隠して戦った方が理不尽に蹂躙闊歩できるはず。
「その人たち、情報開示して勝った方が快感を得られるとか言ってわざと対策できるようにしてくるからー。あとは騎士道精神が欠けたら一瞬で折れるらしいから堂々と、って意味で宣言してるのかなー」
その伝承や持っている人とまではいかなくとも弱点は知っていたのである。ただ、この世にそもそも存在していなかったものなので後付けで英雄の元にやって来たらしい。
槍の方は『完全な人間』とやらを絶命させたことによって神を怒らせてしまい、存在ごと人々の記憶から抹消されたのだと死神に教えてもらった。曰く、傷つけた聖人であればあるほど相手の傷が深くなるというものだとか。
そんな情報を整理できるほど、時間に余裕はなくフレッドは歯噛みする。
「……っ、どこまで精神異常者なんですか!?」
フレッドが人のことをボロクソに言うのは珍しい。とにかく不条理と不合理の寄せ集めみたいな存在と争闘しているから仕方ない節もあるのだが。
表情や雰囲気は亡霊たちの方が人間らしさがあったのに、逆に動きの洗練度合いに関してはフレッドを凌駕していた。というか、彼は逃げるのに必死だった。
理由は簡単だ。聖遺物の槍が相当手ごわそうだからだ。しかも、魔術師の女の方は近接戦だってできてしまうほどタフだった。どうせ魔術師だから、と油断していたフレッドが馬鹿だった。
フレッドの気配で彼の存在を察知した女はどす黒く穢れた笑顔でフレッドに応戦する。
「変幻術式」
女の声は柔らかく、されど目の前にいる娯楽物を倒そうという確固たる悪意が包まれもせずにじみ出ていた。
突然、フレッドの見えていたものが全て極彩色へと変わり、歪む。眩む。痛む。
最初に見えたのは女性だった。フレッドはそれでも自分の命のために斬りかかろうとするが、動きが止まった。戦意がそがれていく。こんなに絶望を味わう戦いは初めてだろう。
遠くから観戦していたアルベルトは神妙な面持ちで下を見ていた。フレッドは先ほどの女を前にしているだけなのに、彼女は油断しきってそこに立っているだけなのに。
「おかしいよ。自分の友人がそれまた友人に聞いた話だとフレッドは目的のためなら誰だって傷つけると聞いたけど」
「あぁ、あそこにいる女は変幻術式といっていわゆる変装の天才なんだ。今頭を覗いたけど……彼の眼には今、世界で一番愛してる人が写っているようだね」
葬儀屋の言っていることもまた、不自然だった。かなり――というかとても失礼だが、人を恋愛的に好くような性格だとは思えなかった。一切を『友人』か『客』か『それ以外』で区別しているように感じてしかしどの区分にいる人にも全てを語っていないように見えた。だから『愛してる』という言葉が似つかわしくないのだが。
「まあ、魂に刻まれるレベルでその人を愛する……っていう前例もあるからさ、前世で深く愛していたとかなんじゃないの?」
アルベルトはパッとしない表情のまま、そのまま試合を傍観し続けた。
人間にしてはよくやっている方だとフレッドは思う。伝説――なぜか存在は消え去っている――英雄に、実質先祖で上位互換の魔術師。もう無理だ、とあきらめかけた。
「なんで……斬れないんですか」
「覚えて、ないんだ。まあ、当然か」
フレッドはいよいよ混乱し始めた。目の前にいる儚げな印象の女性が魔術師の変そうであることは分かっている。だが、本能が、魂が、彼女を斬るな、とでも言っているようだった。逆に、言っていないのであればなぜ出来ないのかという疑問点が浮き彫りになるだけだ。
演技なのに、随分と長々話す。
――フレッドは知らないが、彼女の『変幻術式』は見た目を変えると同時に性格や立ち振る舞いも完全に模倣してしまうほど強力で恐ろしい術式だった。
仕組みは簡単だ。魂の色を見てそれと合致する人を探し出すだけ。前世とか今好きとか嫌いとかそんなものではなく。俗にいう『運命の人』を見せてあげているだけだ。
とは言っても、効果は絶大で、死ねといったら死んでくれるくらいの力はあるみたいだ。このときの彼女に自我はなく、ただ魂に身を任せているだけなのだが。
「元気してた? いや、貴方を見ている限り大丈夫か」
「だから、誰です……?」
目の前の優しい女性に話は通じているはずだが、ただもの悲しそうな表情を浮かべているだけである。
「あなたは幽霊なんですか」
「そうだよ。ずっと前に死んだ。けど、今は生きてる。記憶を保持して、君に会うために生きてる……だからさ」
女性はフレッドの手に一輪の花を乗せる。ポピリアという、花弁のもとが深い紫で先端に向かうにつれて淡い黄色になる珍しい花だ。
「これ、あなたが私のことを思い出すまで持ってて。もし思い出したら捨ててほしい」
涙を浮かべながらも彼女はそう言う。行動パターンの推測や隙を見るだけで分かる。彼女はフレッドに相当心を許していた。
いつ彼が攻撃を仕掛けてもおかしくはない状況だというのに、フレッドになら殺されてもいい、といわんばかりの覚悟をしたような顔つきになっていた。
「死なないように……頑張って」
フレッドは目を覚ます。極彩色の世界は存在せず、そこにはただただ平凡な古戦場と非凡な人々が集まっているだけだった。
右手が視界に映る。その手は、優しくポピリアの花を握っていた。なんだか懐かしい気分になってつい微笑む。彼女から――全く知らない人だが、勇気を貰った気がする。とても暖かかった。挙動不審になったが、ずっとあの空間にいたかったものだ。
英雄は彼の顔の前に剣をもってきて何やら詠唱。魔術師は唱えるということはしないものの、険しい目つきでフレッドのことを睨んでいる。
突然試合に放り込まれたことによる緊張もあったのだろう。だが、今なら対等に渡り合える気がした。
まずは英雄が剣を大きく振るったのを剣自体に乗って軽く回避。体の部位で頭が一番地面に近くなった時に彼の足をめがけて短いナイフを突き刺す。フレッドに牽制された英雄は舌打ちをするとともに後ろへ引き下がる。
魔術師は大魔術をポンポンと撃ってくる。死者には魔力という概念がないのか、フレッドでも繰り出すのに労力がいるような魔術を魔力が切れるどころか、表情を変えることなく大胆に放つ。
しかしそれももう慣れた。魔術式に魔力を込めるところは一瞬だが、魔術式を生み出すのには数秒間のラグがあることに気づく。バレたらいけないので次に巨大魔術弾幕を放ってくるときに猛攻を仕掛けようと意気込む。
「これで終わり……っ!?」
「これで終わるのは貴女達ですよ!!」
フレッドは手を拳銃の形にした。大魔術師に対抗できる火力で即興で魔術式を作られないようにとフレッドが展開できる魔術式の中で一番簡素的かつ威力が高いかつすぐに発動させられるこの型を選んだのだ。
フレッドの体内にある魔力の十分の一を手に集中させる。
あっという間だった。ついさっきまでピンチになっていた人とは思えないほど格好良く古人を倒していた。
「さっさと行きましょう。ここで起きてまた戦闘開始が怖いですから」
葬儀屋は若干驚きながら、アルベルトはフレッドの発言に苦笑しながら。三人は古戦場を後にすることとなった。
* * *
「うわぁー……もう記事に書かれてるよ」
「どれどれ、『アリエット公爵嫡男、全てを捨てて幽世へ』……早すぎますね」
世界新聞社の記事によって、数日前に逃亡先としてルーダル幽世国を選んだことが既に世界的に知られてしまった。当然誰も来ないということを願いたいが、全世界六十億だか七十億だかのうちだと一人くらいは怖いもの見たさで突っ込んでくる恐れだってある。
アリエット公爵の国の経営は強引だったところはあったが、それでも彼らの苦労を最大限減らせるような努力を行っていた。だが、今はこうして『悪行』として新聞の一面と二面を飾っている。
アルベルトはとても悔しそうな顔をして幽霊街を歩いていた。
「一旦あそこのベンチに座りましょうか?」
三人で座ると緊張の糸が緩んだようにアルベルトが泣き始める。
「大丈夫ですよ。これの情報だと公爵はまだ逃げているようですし。チェルノーバ家が手続きを終えたら誰も手出しできなくなると思います」
手続きは最低でも一か月、下手すると一年という期間が必要だ。しかし、あの幽霊たちを倒せたからフレッドはなんとなくアルベルトを守り抜けるような気がした。




