第四十四話 幽霊街~ghost town
「あっちにいるぞ!! 同伴の者も殺して構わない!!」
「これまずいだろ!? 魔弾の数が馬鹿げてる!!」
「落ち着いて対処してください。これくらい、歩いていても何とかなりますよ」
セリヴァンの人々は暴徒と化し、もはや二人だけでなく国中の人々を恐怖に陥らせる。せっかく幸せを取り戻せたというのに。公国は力をつけて民衆もほとんどが経済的に豊かになってきたので他の国の貴族ですら逆らえない、という謎な状況が出来上がってしまったほどである。
リーダーらしき人が国民の数人に銃を突きつける。そして問うた。アルベルトはどこにいるのか、と。知っているはずなのに、誰も答えようとはしない。そりゃあそうだ。国が絶望に陥ったところを救ってくれたのだから。
ヤーナ=レムの人々は恩を恩で返すような人ばかりだ。恩を仇で返すようなことは絶対にない。
フレッドは急いで馬車に乗り、国境を越える。セリヴァンの人達の鎮静化に人員が割かれていたため、フレッド達を止められる者は誰一人としていなかった。
アルベルトは馬車の窓を開けて大きな声を出す。
「どこに行くつもりだ!?」
「ユーミリア大橋を渡ってチル=ゾゴール連邦王国のある大陸まで行きます!!」
チル=ゾゴールに行くつもりはないし出来れば行きたくないのだが、万が一で追手が迫ってたらしょうがなく入国するしかない。
「もしどこに行けばいいのか分からなかったらそこに向かってくれ。知り合いがいるんだ!!」
知り合いというのは十中八九ダリアだ。以前、赫夜がアルベルトについて言及していたはずだから間違いはない。しかしチル=ゾゴールに行ってしまうとどうしても地獄の雰囲気になりかねないので彼には謝りながら別の国に向かうことにした。
ヤーナ=レムの大陸とチル=ゾゴールの大陸を繋ぐ橋、ユーミリア大橋が視界に映り始める。後ろを確認すると五百メートルほど先に弓矢や魔弾を容赦なく放ちながら追ってくる人々が見えた。相当恨みが深いのか、死ねぇなどという言葉がこんなに遠く離れていてもありありと聞こえてくる。
結界の魔法陣を馬を操りながら即興で書く。こういう失敗してはいけないときにちゃんと失敗しないのがフレッドだ。
魔法陣を描いた専用の紙は、魔法陣と紙とが分離を行おうとし始めた。敵のことを確認しようとしていたアルベルトは目をまん丸にする。
「何それ!?」
「話は後です。彼らの動きを結界で停止させます!!」
紙そのものは投げずに、魔法陣だけを風で飛ばして公国の人達が必ず踏むであろう地に留めさせた。結界の魔法陣が地に着いた瞬間、そこだけの空間が灰色に変わる。
フレッドの投げた結界は範囲で時間停止をさせるものだった。これで迷うことなく先へ進めるだろう。
アルベルトが後方を確認する。かなりの広範囲で結界を設置したものだからかなりの人が被害に遭っている。今、五体満足で動いているのは二、三人ほどか。解除しようとしているが何せ解除方法が分からない。
というのも、紙だったら濡らすか破くなどして無効にさせればいいが、実態がない魔法陣を破壊するのは本職の魔術師でも困難を極めるだろう。
「ルーダル幽世国に向かいます! 少々飛ばすので気をつけてください」
フレッドがそう忠告した瞬間に馬車の中がガタゴトと揺れた。きちんと座っていなかったアルベルトは馬車の壁に頭をぶつける。大丈夫かと声かけをしようとしたが、とにかく安住の地を
探すのが先だ。流石のフレッドも慌てながらユーミリア大橋をものすごい速さで渡る。
全長は十キロ。人間の足で渡るとなるととんでもない時間がかかるが、馬を使うと案外速いものだ。
馬の休憩を含めると一時間ほどで向こうの大陸に到着した。フレッドは地図を使ってルーダルに向かう。
ルーダル幽世国は不気味な国として知られている。一日に三回は心霊現象が起きるとか起きないとか。アルベルトがビビり散らかしていたが、きっとそれは彼らも同じだ。ならば少しは我慢して撤退するのを待つほうがいい。
「ひぃぃ……覚悟はしてたけど怖いねぇ」
「大丈夫です。亡霊より人間の方が怖いので」
絶対に的外れであろうフォローをする。しかし人間に追われているアルベルトは彼の意見に共感できたらしく、安心できる表情に変わる。
「身分証を」
「はい二人分です」
「……へぇ、一方は貴族ですか」
「追われている身で……迷惑かけるからだめですか?」
「いえいえ、それではお楽しみください」
二人は頭にハテナを浮かべながら、パッとしない表情で入国する。彼らが門を潜ったところを見た後、国境警備員は帽子を深く被り、こう言う。
「地獄のように美しく恐ろしい国をお楽しみください」
と。
* * *
「何もない……よね?」
「そうですね。特に大したものは見当たらないですね」
普通だった。本当に何もなくただ人が行き交っているだけだ。『幽霊街』、なんていうおどろおどろしい名前が付けられていたが、普通の……失礼だがありきたりな人ばかりだ。
「すみません。ここら辺に宿泊できる場所ってありますか?」
「あっはい。この高い塔がここの国民全員住んでいる場所なんですけど……あまりがあるのであなた方も泊まれますよ?」
この国には泊まることのできる建物がたった一つ。亡き霊の塔だけだ。亡き霊とか物騒なことを言っているが、要はただの人間が作ったただの人間のための宿泊施設である。
アルベルトは辺りを見回す。
「良かった……誰も追ってきていないようだね」
「セリヴァンか、それか近くの植民地から魔術師をよこすんでしょう。この大陸にはないから一安心ですね」
フレッドの言う通り、今いる大陸には公国の植民地はない。チル=ゾゴールが牽制をしているからだ。ゾゴールは大陸の面積の半分を占めている。そんな超大国を無視して攻め入るほどアリエットは愚かじゃない。
まあ、そもそもの話。ルーダル幽世国に攻め入ることが禁忌だとされているからここにいる間は誰も手出しできない状況にあるのだが。
亡き霊の塔で借りた一室に一式の荷物を放り投げ、魔術で動かされた箱に乗って一番下まで降りる。
フレッドは財布から金貨を取り出して支払おうとしたがロビーにいた男性が止める。
「皆、この国に誰も来なくて悲しんでいたんです。だから、きてくれただけでも十分すぎるほどです」
「ですが……」
「いいんんですよ。というか言い辛かったんだけどここでは貨幣を使うな文化はないですから」
「フレッド、ここまで言ってくれているんだ。下がるべきだよ。えっと、君の名前は」
「ルイスだよ」
「じゃあありがとう、ルイス」
アルベルトが笑顔でルイスに手を振った。三人の様子が気になった住人はこちらを窺いながらも手を振替してくれた。
手を振るアルベルトはまさに貴族の立ち振る舞いそのものだ。歩き方に自信の量が現れている。こういう行動の積み重ねで人心掌握というのはできるようになるのだろう。
フレッドには出来そうもない芸当だった。
不気味な雰囲気は出ているものの、狂っている場所や恐怖感を覚える場所はなかった。少なくとも、住民が幽霊とか呪ってくるとかそういう迷信じみたものを忠実に再現しているわけではない。あくまで劇場レベル。心の底から驚き鳥肌が立つようなものではないだろう。
そんな中でもアルベルトはもはや日常茶飯事だと言わんばかりに怖がり、フレッドの後ろに隠れる。
「さっきの威厳はどうしたんですか」
「いやあの人たちは優しそうだしなんなら今ここにいる人たちも怖くはなさそうなんだけどさぁ……雰囲気と店の外観が怖い」
フレッドはビビらなかったが、確かに幽霊が出そうな雰囲気ではある。
「ほら、この中の誰かが幽霊になっていてもおかしくない?」
流石におかしすぎる。第一に紛れ込んでいたとしてもそれこそ本能や動きだけで判別できてしまうのではないか。フレッドがこう指摘すると口をぽかんと開けたのちにそれが出来るのは先天的な戦闘狂だけだとツッコミを入れられてしまった。
親からは信頼できる人の見分け方でみっちりと教えられたり色々な人を観察する中で学んでいったのだが……
「アルベルトさんも教えてもらいませんでした?」
「そんなこと教えられてたまるか! 結局、大切なのはいかに自分が利益を出していないかを相手に伝えることなんだよ。相手には格下のように見せた方が都合がいいし」
今の代は有名になりすぎてその戦法は使えないがいざとなったら五賢人の権力を振りかざせばそれで万事解決だ。
「そういえば、五賢人の座とか、セリヴァンの植民地などはどうするんでしょうかね?」
「ああ、それは前言っていたチェルノーバ家が全部継ぐんだってー」
「領地で独裁制を採っているところですよね」
「そうだけど……というかチェルノーバってリャーゼンでしょ。知らないの?」
フレッドは彼らの領地に住んでいるという訳ではないし、確か組合の中にそこが出身の人の話を聞いたことがあるが、独裁体制でも争いなどはなかったと言っていた。
どうやら、チェルノーバ家の娘が目を疑うほどに頭がいいらしい。だが、あくまで隠れた裕福な土地というだけで表向きは『没落した家』と捉えられることが多い。
しかし彼女は社交界は愚か、外にすら出ないほどの引きこもり体質なので顔は誰も知らないという噂がある。アルベルトは目を真ん丸にして答えた。
「あの子と会ったことあるよ?」
「本当に? 僕の職場でどんな人なのかって結構話題になっていたんですが」
アルベルト曰く。金の三つ編みに金の瞳。会うときは大体白い手袋にフードの付いている白衣とゆったりとした長いスカートだという。彼と話している時もそうでないときも、いつもどこか遠すぎるものを覗いていて、何を考えているのか全く理解できないとのことだ。
だが話は合う――というか彼女の方が話を合わせてくれている――ようで、仲が悪いという訳ではない。
彼女も没落貴族とはいえ一応『貴族』という体裁をとっているため見合いや縁談などはどんどん来るようだが、悉く断っている。普段仲良く会話できているアルベルトに殺人予告が送られてくるくらいには人気があるとのことだ。まさに高嶺の花。
知性もあっておとなしくて淑女という言葉をそのまま擬人化させたような完全無欠さ。その彼女の断り文句が、
「ずっと想っている方がいるので……外に出たことが無くてそれはないですね」
「そうだよなー。頭いいはずだから気づかない訳ないんだけど……というか本当に好意とか興味とかないんだね。人に興味がなさそうっていうか」
唐突に話を振られたのでとりあえず首を傾げた。どの要素がフレッドをそうしているのかが皆目見当もつかないのだ。アルベルトに要因を羅列された。ざっと二十個ほど。
辛いほどに自覚があった。もう他己紹介をされているのではないかというほどだった。
一回チェルノーバの令嬢にも同じ質問をしていたがフレッドと答え方までまるで一緒のようだ。
「どっちとも胡散臭いし人とは思えないし、えっと良い面も悪い面も含めてね?」
フォローしているような言葉の並びだが彼の表情は全く申し訳ないという反省の色がなかった。フレッドは頬を膨らませて少し不機嫌になる。
「まあ今の見てると彼女の方が人間っぽくないかなー。笑顔は薄っぺらいし唐突に全然分からない言語で話してくるし」
「紳士であれば悪口はよした方がいいかと」
正論を言われてムッとする。そういうフレッドこそ不満はないのかと若干苛つき気味に尋ねた。フレッドの不完璧なところを暴きたいという意図は見え見えである。
「――迷惑電話」
「は?」
予想以上に人間っぽい、というかしょうもない回答が出てきて一瞬あっけにとられる。フレッドならもっと、国の不平等性についてとか魔術研究の効率の悪さとか頭がパンクしそうな話をすると思ったのに。それでも表情に出さずに詳細を聞く。
「結構昔から届くんですよ、どこの誰かも知らない貴族様から。しかも旅をしている途中に空間が裂けて招待状だって送られてくる。しかも世界樹の森とかいう絶対に入れない場所に!!」
今の会話だけでどれだけ恨みが籠っているのかがよくわかった。確かに空間に自動設置というのは考え辛いから追跡しているという説が一番あり得るだろう。
そうなると日頃から付きまとわれている可能性だってある。
「僕、待つのも……追われるのも嫌なのかもしれませんね」
弱点をアルベルトに見つけられたからか、フレッドははにかんだような笑みにかわる。それがアルベルトとの旅で一番人間らしい表情だった。
夜の幽霊街。人間二人が日ごろの不満を言い合いながら街の中を歩き回る。




