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或る御者の旅  作者: 駱駝視砂漠
第三章
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第四十二話 ヤーナ=レムは笑わない2

「すごく接戦だったんだけど、今の戦いで何か得られたものはあるの?」

「アルベルトさん、それは言わないでください。殺しにかかってきた鬼が悪いのですから」

「うむ! 確かに見切り発車で戦い始めたが主は勝ったのだから情報の一つくらいは教えてやろうぞ」

 あの後、フレッドは西行の背後に回って勝った。


 西行は床に胡坐をかきながら座った。二人の国には『胡坐』という概念がないので彼のことを不思議そうな目で見た。

 彼はもちろん蓬莱鬼国とその周辺国以外の地域のことを知らないのでそのまま座り続けている。フレッドが来て興奮して目を覚ましたようだが二人が鬼にヤーナ=レム問題に関連することを尋ねてきたのでフレッドが西行に勝てば教えてあげるつもりだったのだ。


「そういうことは先に言ってくれませんか?」

「言ったはずじゃがのう。こんな爺だから記憶があいまいでな」

 多分、フレッドが逃げていた時にボソッと言ったのだろう。まあ、情報を貰うという条件を提示されても逃げることには間違いないのだろうが。アルベルトは二人が戦闘している最中に路地裏へ逃げ込んでいたらしく、服が若干煤で汚れている。鬼が恐ろしかったようでフレッドの後ろに隠れている。


「よぉそこの男、結構風貌変わったなぁ」

 アルベルトが眉をひそめた。彼に、鬼と会った記憶など一切ない。というか、そもそもで家族やメイド、執事以外とは会ったことがない。一度だけお見合いがあったが、彼はもごもごとしてしまって破談になった。こんなに馴れ馴れしく話しかけてきているのに。意外だ。

「あれ、彼女は? いたんだろう、別れたのか?」

「西行さん、その人は別人ですよ……彼は死んでいます」


 人が死ぬのは当たり前だ。鬼となってから実際に人が死ぬところも見たことがあるし、殺したことだってある。フレッドがなぜ落ち込んでいるのかが理解できないから笑いながら二人にヒントを与えた。一つ、彼らの感情を殺したのは人間ではない。二つ、それを殺せば幸せは戻って来る。三つ、それは見ただけで元凶だと分かる。


「そんなに教えてもらってもいいのでしょうか」

「別に儂には関係ないことだからのう」

 瓢箪から酒を取り出して豪快に飲んだ。戦っている時の何十倍も幸せそうである。ぷはぁ、と爽快そうに飲んでいる彼を眺めていたアルベルトはビクッとした。あんな戦闘狂、いつ殺しにかかるか分からない。


「そこのは安心しておれ。弱い者いじめなんてする気はないわ」

「弱い……」

 当然のことだが、西行からしたら二十年くらいしか生きていない人間なんて弱弱しいことこの上ないだろう。西行はアルベルトに酒を進めるが、怖かったのか首をブンブンと振って断った。

 これからどこに向かうのか、と白髪の鬼に尋ねる。

「帰る!」

 そう言って高く高く跳躍した。あまりにも高度がありすぎて太陽と重なり、目が眩む。ヤーナ=レム問題を解くためのヒントは貰っている。『これが元凶なんだろうな』というのは結構曖昧だ。どういう特徴を持ってそれだと明言しているのか。


 しかし、何千年と生きている鬼が語彙をかき集めた結果の『元凶っぽい』なのだからそれはさぞかし『THE・元凶』なのだろう。

 フレッドは考えていて頭が痛くなる。頭が良いから、情報量が少なすぎて考察するのも困難なのだ。


「フレッド、自分ってそんなに弱そうに見えるかなぁ」

「大丈夫ですよ。人生は長いですし」

 フォローしたつもりだが、全く響いていないようだった。というか、フレッドがアルベルトの質問に答えなかった時点で彼が傷つくのは確定だったのだ。


 * * * 


 塔があった。どこまでも見渡せそうなくらいだ。世界樹くらいだったら望めるのではないだろうか。昼食を提供してくれるところはないため、料理抜きとなった。フレッドは軽食として魔力補給分の簡易的なジュレを飲み干す。徹夜のときに使っているものだ。

 アルベルトは目を輝かせて眺めていたが、流石に貴族様にこれを飲ませる勇気はないので全力で拒否した。

「自分もかなり空腹状態なんだけど。っていうか到着したね」

 その建物――ディシアの塔は蓬莱鬼国の桜と同じくらい高かった。国どころか大陸を一望できるほど眺めがいいようだ。


 飛行魔術で飛びながら探すことはできるが、せっかくならディシアの塔から探そうということになった。フレッド達が塔の扉を開けると、階段が急に動き出した。ゆっくりとした速度だが塔が高すぎるが故に、登る人が疲れないように階段を機械化させたのだ。


 高さは実に七百メートル。どうやって古代の人がこんなに高度な技術のものをつくったのか。未だに解明されていない。


 つまりはオーパーツである。


 確かに塔は登るにしては高かったが機械型階段によって格段と楽になった。そして、灰楼家の桜ほどではないがとても見晴らしの良い風景だった。

「あそこらへん、怪しくないか?」

「そうですね。人がいないですね」


 人が生きていくためには仕事して金を稼ぐことが必要だ。ヤーナ=レムもそれの対象外ではない。だから出勤するために辺りをふらついていたり、上司のような人に頭を下げる人も見えた訳だが。

 ただ一つの地域だけ全く人が出歩いていなかった。人が住んでいないと考えられるがそれにしたって誰も住んでいないなんてことはあり得るのだろうか。

「フレッド、あそこを捜索しても良いか?」


 フレッドはそう言われて頷く。ちょうど怪しいと思っていたので異議はない。


「そういえば、あの鬼が自分と間違えた人って誰なんだ? そこまで似ているかな」

「似てないと思いますよ。あとは自分で調べてください。すぐに見つかると思いますから」


 フレッドが言いたくなくても守秘義務があるからむやみやたらと言いふらすことは出来ないのだが。とにかく、死んだ人のことをペラペラと喋ることができるような性格ではないのだ。

 彼が死んでいるという発言を思い出して黙ってしまった。


「ここがリシェル田園都市か……」

「この景色だけ見れば田舎って感じがするけど」


 アルベルトの言う通り、周りは美しい花を見せない稲ばっかりで和めるような優しい雰囲気。これで凶悪な何かが水面化で蠢いているということはなさそうだ。しかしそんなところこそ不気味なものが佇んでいるという可能性もあるので隅々までしらみつぶしに探索することになった。


 リシェル田園都市は農地であり国の半数の食料を賄っているようだった。元々ヤーナ=レムが農業や食料品の倉庫とまでいわれるほど沢山のものをつくっていたのでそれが一つだけになった。


 しかしそれでも一区域で国全体分プラスアルファで国外へ輸出しているので相当だと言えよう。

「すみません。リシェルを観光しているのですがお薦めの場所はありますか?」

「えーっとねー。山の最奥に綺麗な綺麗な花があるよー。気になるのなら行ってみればいいよ」


 少女はとても絵が上手かった。だからどんな風景が展開されているのかがありありと分かったのである。


 正直言って、異常だった。色鮮やかに花々が咲き乱れ、不幸な国とは思えないほどに天国のような景色である。少女にここへ行ったことがあるのかを尋ねる。

「ないよ。お母さんが見たことあってそれを撮ってもらったんだ」

「そうかい。ありがとう」

 フレッドが少女の頭を撫でるととても嬉しそうにしていた。幸せのない国で笑顔を見るとは。どうやら、まだ希望はついえていないらしい。


 アルベルトが頭を撫でるとスンっと元に戻ってしまった。多分彼に頭を触られたのが嬉しくなかったから元の表情になったのだろうから、ガーンという効果音が聞こえてきた気がした。


「ごめんなさいねー。結構傷ついたでしょう」

「絶対本心で思ってないでしょ!! そんな棒読み声で言われたって許したくないし……そんなんだから胡散臭いって話なんだよ」

「今言ってはいけない一線を越えましたよね? へぇそんなこと言うんですかー」


 フレッドは怒ってもいないし悲しんでもいない。つまりは無感情でアルベルトの話を聞いているのだが、彼は顔を真っ赤にして反論し始めた。


 少女もどこかへ行ってしまい、再び二人が歩き始める。少女が指さし、花が咲いている場所の山はリシェルという。それよりもフレッドは別のことが気になっていた。

「この花、どこかで見たことがあると思うんですよねー……」

「本当か? 花としては絶対にありえない構造な気がするけど」


 まず、茎が鋼鉄の色だった。本来であればほとんどが緑色、あったとしてももう少し主張が低めな色だった気がするが、ギラギラと輝いている。

 少女がここを輝かせているあたり、本当にこんなものだったのだろう。

 次に、花弁が開きすぎていた。本来であればもう散っていても良いはずなのに。さらに、ところどころに(しわ)が描かれている。

「この絵を見て分かる限りだと大分長生きしているようですね」

「そうだなー。というか全然着かないな」

 到着できないので一瞬だけ迷いの魔術式を展開されたのかと疑問になるが、普通に考えて展開する側にメリットは一切ない。


 あっ見えてきたよ、とアルベルトの声。どうやらフレッドが考えに耽っていた間にリシェルの花々を発見していたらしい。フレッドに報告しにきていた。

 二人で花々のところまで駆け寄ると、唖然とした。


「これ、チル=ゾゴールの……」

「えっ知ってたの?」


 とりあえず花の一帯を焼き尽くしてみる。もちろんだが、燃えない。

 炎の巨人の断面から生まれた花だから炎に対する耐性は強いのである。


「はぁ……これ地道に探して当たりの一本を引き抜かないとダメそうですね」

 事情は知らないがフレッドが目を遠くしているのを目撃してアルベルトも顔を青ざめさせた。

 仕組みとしては、元凶の一本が地に根を張り、水分や栄養の代わりにありとあらゆる場所にある魔力を吸い取るのだ。


 これだと地脈を使って生きている花が枯れたのも、魔力の少ない小鳥が死んだのも魔力が減ると落ち込む人間が表情に乏しくなっているのも納得ができる。

「西行さん曰く見たらすぐに分かるらしいですけど」

「それってこの花畑のことを言っていたんじゃないの? もっとほら、別の殺し方が存在するとか……」

「いや、西行さんはそれ、と言いました。複数ではなかったと思います。あと彼が元凶って感じ、と曖昧な表現を使ったのは魔力が視えていてもなんと形容すべきか分からなかったのではないでしょうか」


 彼は魔術を使わない蓬莱鬼国とその周辺しか見たことがない。だから魔力という表現を探せなかったのだ。

 アルベルトは納得していた。


 一本だけに五年分の魔力が集約しているとなると絶対に見つけやすくなるので魔力を視る目を使いながら一本一本を精査していく。

「だけど恐ろしいね。だって花のたった一つが国のほとんどの魔力を占領しているんだよ?」


 確かに。本来であれば精神が揺らぎ、心が弱くなった人が大犯罪を引き起こす――なんて怖すぎる事件も過去に幾度となく起きているのだから落ち込んでいるだけで済んでいるのはすごいとしか言いようがなかった。


「っていうか、みんな心が弱くなっているんだったら鬼の出る幕じゃないの? 付け入る隙があるんだし。ここでも鬼の伝説くらい知られてるでしょ」

「じゃああのお爺さんただただ戦いたくてこの地を訪れたやばい人って事ですよね……」


 フレッドは完全に忘れていた。恐怖心や信仰心から妖怪や神などの格が決まって来る。信仰心は神でない限り獲得することは出来ない。

 つまり全力で驚かせたり怖がらせたりしてくるはずなのだが。


 あの鬼は戦うことに集中しすぎて畏怖の感情を抱かせることを忘却の彼方に追いやっていた。いや、フレッドが恐れて逃げたから一応恐怖心は植え付けられたのだろうが。


「……? アルベルトさん。あそこだけ魔力の量が尋常じゃないですよ」

「よし。引っこ抜いてみるか」


 アルベルトは土が被らないように長い袖を引き上げる。よいしょっと、という大きな声と共に土の中から出現したのは不気味な花だった。顔や感情はなさそうだがキヒヒッと不快になりそうな笑い声を出している。

 フレッドが魔力を視ると、魔力は空へ浮かび上がり、様々な山へ渡っていく。


 山は赤や黄という色を取り戻した。どうやら、今は秋だったようだ。花畑の全ては一瞬で枯れ、二人の下にも葉が舞い降りてきた。


 西行が言っていた通り、神に愛されている風景だった。

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