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或る御者の旅  作者: 駱駝視砂漠
第三章
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第四十話 貴族の逃亡

 フレッドのもとに依頼が来た。ちょうどレオンハルトの寮にお邪魔して、協力したり雑談などをしながら美味しいスイーツを作ろうとしていたというのに。


 不満を露わにしながら紙で送られてきた依頼書を眺める。普段は綺麗な字を書いているように見えるが、相当切羽詰まった状況なのか、汚い字になっている。内容を要約するとこうなる。


『我が息子・アルベルト=アリエットの海外逃亡の手伝い』


「よく思うんだけどさー。お前に来る依頼っておおよそ御者の仕事だとは思えないよな」

「僕も同感だよ。最近は何でも屋になっている気がする……」


 本当はとても断りたかったが、セレンと騎士団国をなんとかしようと試みる際に彼に見つかって、見なかったことにしてもらう代わりにアリエット公爵の依頼を半額で引き受けるという条件と提示されたのだ。

 今、フレッドが牢屋にいないということは即ち彼の取引に応じたという証である。無下に人の約束を破るわけにもいかない。アルベルトがよく言えば若々しく、悪く言えば平民を差別するような人ではない事だけが唯一の救いか。


 嫌々と自分の家へ向かった。

「珍しいな、フレッドがそんなに面倒くさそうにするなんて……ってまあそうか。アリエット公爵ならそうなるわな」

「ごめんね。僕の話を聞かせるだけになって」


 そう言いながらフレッドは慌ててレオンハルトの寮を飛び出た。



 フレッドは気持ちの整理をつけるために、五年前の鞄を取り出す。部屋の一番奥の、よほどでなければ取り出すことはないであろう場所に保管してあった。絶対に忘れないように。それでいながら忘れたいと願いながら。


 あれ以来、フレッドは着替えなど生活に必要なもの以外をその鞄に詰めたままだったのだ。思い出したくないが、逃げ続けることは出来ないのだ。


「……っ!」


 それは彼の形見だった。聖霊がふわふわと浮遊している。なぜなら、フレッドの手元にユーリが首からぶら下げていた十字架があったからだ。そういえばどうしたのだろうとは思っていた。まさか鞄に隠されていたとは。

 ぽろぽろと涙が落ちる。数分だったが、とても辛い記憶だった。

 覚悟が決まったのか、フレッドは彼の家の扉を開け、馬を馬小屋から連れ出して、アルベルトのいるプリヴェクト帝国まで走らせた。


 * * * 


「もう一生来たくなかったのに」

 フレッドはあからさまに不機嫌な様子で帝国の門を潜った。フレッドの顔を覚えている人はほとんどいないようで、通り過ぎても誰も何も言うことはなかった。


 そもそもプリヴェクト帝国は次の年くらいに革命が起こり処刑を沢山行ったと聞いている。そしてそれに漬け込んでセリヴァン公国――アリエットが治めている国だ――が帝国を侵略し、混乱に陥って、最終的に恐怖政治を行っていた人を処刑して革命は終わったらしい。


 プリヴェクトとセリヴァンは別の大陸にあるのだが、セリヴァンからできるだけ遠く、という気持ちで飛ばしたようだ。

 植民地にある彼の邸宅を訪れる。


「……失礼致します」

「君はダリア君と囚人君の旅を案内していた……」


 現公爵であるエドガーは驚いていた。それとは相反して、フレッドの顔はみるみる暗くなっていくばかりだ。ユーリではなく囚人と呼んでいるあたり、彼の名前を覚えていなかったのだろう。五賢人会議で死刑になったのは彼一人だというのに。


 やはり貴族は平民の死をどうでもいいと思っているようだ。彼も味方してくれていたはずなのに利益だけで賛成派に移ってしまったと聞いたのだ。フレッドは拳を強く握る。

「囚人君のことは悪く思っているよ。だからそんな気を悪くしないでほしい」

「別に……いいですよ。さっさと依頼について話して頂けませんか?」


 フレッドはエドガーの肩の方を睨みながらそう言いつける。エドガーはグランジェが広めた偽情報だということを知っている。しかし、自分が仲良くしていた人を投票で殺した人が目の前にいるのだから。恨まれていてもおかしくはない。

「君が安全だと思った国に息子を置いてきてくれ。できるだけセリヴァンの人がいないところで」

「了解しました」


 フレッドの表情と声色は依然冷たいままだった。あれ以降笑顔を見せることがほとんどなくなったダリアや普通に振る舞っている赫夜から聞いた雰囲気とは違ったのだろう。絶望感や殺気が混じりに混じった負の感情そのものという感じだ。


「ところで、このままだと公爵家は潰れると思いますが対策などは?」


「我らが財産を引き継ぐ者は既に決まっている。チェルノーバ家だよ」


 リャーゼン皇国の没落貴族とも呼ばれるような家だ。確かそれまでは独裁制で名を馳せていたようだが、侯爵に娘が生まれてから煙のように社交界から消えたという情報を聞いていた気がする。なぜ、という疑問が顔に浮かんでいたのか、エドガーは説明してくれた。


「あそこは姿を消しただけで会って没落したわけではないんだよ。というかその逆で五賢人にも上り詰められるくらいの財力になっていた」


 皇帝は知っていたらしい。まあ、貴族が反乱を起こさないように財力を確認するとは当然のことではあるのだが。歴史書にちょこっとだけ出てきたり、魔術に関する本でチェルノーバの名前が出てきたことがあるなど、とても由緒正しき家柄のようだ。


 アリエット家もチェルノーバの支援を受けていたひとつで、反乱を収めるために人を動員させたり復興のための金をどれだけもらったか。少なくとも、屋敷の中に敷き詰めてもまだ余るくらい資金を調達してもらったという。

「話はこれで終わりかな? じゃあ、息子を頼んだよ」

「はい……」


 あまり乗り気ではなかった。いくら優しいとはいえ、『貴族の割には』という序文が付く。つまりは、平民基準からすると優しくないどころか厳しい人にまで化ける可能性だって大いにある、ということだ。フレッドはアルベルトが隠れていると教えられた家の前まで行った。


 その家の真隣は処刑広場である。今は人を百人くらい殺さないとヴァスティス牢獄に入ることが出来ず、五百人くらい殺さないと死刑になることはないので、革命が終わってから一度も死刑が執行されることはなかった。


 約束の時間が過ぎる。正確には十分ほど。数分なら待っていられるが流石に待たせすぎではなかろうか。

 フレッドは別にいい――といっても単純に待つのが苦手だからかなり苛つくことだろうが、アルベルトは逃亡する立場にある。時間がずれ込んだらいつ刺客が襲ってくるのかも分からないし、魔船に乗り遅れてまた明日。なんてことになれば目も当てられなくなる。一つ乗り遅れるだけで地獄のような旅になる恐れだってあるのだ。

 数分経ってはドアをノックし、再び待つ。そんなことをしていると当然周りからは変な目で見られるわけで。


(そんなにゼネイアの人が珍しいのだろうか……)


 世界樹の森があるゼネイア独立島の人々が島を離れるのは珍しい。彼らは通称森の番人などと言われる。読んで文字の如く森に入って来る不純物を追い払ったり必要とあらば殺しているようなのだが、写真の一枚や二枚くら撮っていても良い気がする。


 フレッドの銀髪はゼネイア独立島にある世界樹の恩恵らしい。紫の目は世界樹がこぼした涙が直撃したとか何とか。父や母からそう教えてもらったが信じたことはない。そんなことを思い出しながら本を読んでいると、ガタゴトと家が悲鳴を出した。

 賊か、と思って急いで扉を開けようとした。鍵がかかっていたがゴリ押しで何とかなった。


「大丈夫ですか!?」

「あぁ。遅くなってごめんなさい」


 アルベルトがパンを食べながらジャケットを着ていた。あまりのマイペースにフレッドは唖然とする。もはや怒りを通り越して呆れてしまうくらい。

「何やってるんですか……」

「えっと、君がフレッドさんで良いんだよね。アルベルトだ、よろしく」


 そんなことをやっている暇はない。フレッドが注目されている分、彼の隣にいるアルベルトだってどう頑張っても見られてしまうのだ。プリヴェクト帝国の人は植民地脱却のためにアルベルトを殺そうとするだろう。つまり、


「ここに公爵の嫡男がいるぞ!! 殺せ!!」


 フレッドが目立ちすぎてしまったのが仇となった。銀髪などを隠そうが、体格やら彼が纏う王にも負けないような荘厳な雰囲気でゼネイア独立島出身だとほぼ確実にバレる。


「アルベルトさん。少々強引ですが突っ切りますよ」


 フレッドは体が痛くなるかもしれないから注意して、というのを忘れていた。『ゴウイン』の四文字に首を傾げるが一言詠唱して半径十メートルの範囲の人を薙ぎ倒しているところを見て察してしまった。

 フレッドは自覚していないようだが、こうやってすぐに人を倒そうとするところがゼネイアの人が戦闘狂と言われる所以なのだろうとアルベルトは悟ったのだった。



「とりあえずプリヴェクト帝国を抜けることは出来ましたが……どこか行きたい場所などはありますか? 家督を継ぐ人間ならろくに旅行などしたことがないでしょう」


 セリヴァン公国は嫡男が家に籠ったまま色々なことを学び、次男以下が沢山の国を訪れて嫡男が家を継いだときに補佐ができるようにするという方針をとっていたはずだ。

 アルベルトが一番上だというのは聞いていたのでせっかくなら彼の選んだ場所に赴いて彼が良いと思ったところを居住地に決めて欲しかった。


 アルベルト=フォン=アリエット。年はフレッドの二歳ほど下で、恨めしいことにアルベルトの雰囲気のそれに、ユーリの姿がちらついた。


「とりあえずここらへんに行ってみたい。弟が興味深いと言っていたんだ」

 そう言って彼は地図の中にある山岳地帯を指差す。砂漠を抜けた先にあるのが、神々の連なる山だった。


 国の名をヤーナ=レム山岳領という。


 * * * 


「確か、あそこには心穏やかな人が多くいた気がしますよ」

「えぇっ。ヤーナ=レムといったら絶望する人たちの問題が有名でしょ」


 数年前、ヤーナ=レムには笑顔が満ち溢れていた。なぜならそこが神架教を信仰している国の中で一番標高が高いところに位置していたからだ。

 小鳥はさえずり、小川は清らかに流れ、山中が光で一杯だったはずなのだが。


 突如彼らの幸せはなくなる。小鳥は山々を離れ、小川は濁流となって住民を襲う。

 一度綺麗な景色を見たくてヤーナ=レムを訪れた人がいるとのことだったが曰く、地獄のようだったと。


 数年前に死んだ、というか処刑された聖人候補を殺してしまった怒りで天界に一番近い山に呪いをかけたのではないか、という推測が建てられたらしい。


 これが呪いによる現象なのかそれとも別の要因なのか。そして解決する方法があるのかを探るのが『ヤーナ=レム問題』だった。


 酒場でアルベルトの話を聞いていたフレッドはこう思う。

「少なくとも神が関係していることはないと思いますよ」

「はぁっ!? なんで決めつけられるのさ」

「僕の経験上……という訳ではないんですが神架教の神が本気で怒ったら山とか国とか。そんなちっぽけなものだけで済むとは思わない方が良いかと」


 神は信仰によって神格が上がる。ならば世界最大宗教の神架教ならどうなるか。言わずもがなだが最強になる。


「なるほど。神は怒れば世界を恐怖に陥らせることができるのにしなかったから君はそう言ったんだね?」

 アルベルトは頭が切れるようでフレッドの言ったことを発展して考えていた。エルメイア共和国で見た、朽ちた神殿の記憶の限り、本気で怒ったら宗教でも殺しかねないくらいの――というか実際に主神を殺して下火にさせるという偉業を成し遂げたのだ。


「まあ、行ってみない事には分かりませんけど」

「そうだな……かなり疑問なんだけど何でそんなに距離感が遠いんだ?」


 アルベルトが何の悪意もなくフレッドに尋ねる。貴族は適度な距離感を保っていると聞いたことがあるが、彼は引きこもり気味だったので隔たりがほとんどなかった。


 慣れ親しい人たちから胡散臭いやら考えていることが分からないやらかなりボロクソ言われている。彼自身も改善したいと思っているのだが、どうすればいいのか分からない。


 フレッドは考え込みながら、酒に呑まれたアルベルトを馬車にのせてとにかく早くヤーナ=レムに到着できるようにした。

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