第三十九話 今は亡き誰かの記憶~二人の日々
「好きだ。付き合ってくれないか!!」
世界樹の森に突然、男の声が響き渡った。
告白の『付き合ってくれないか』を疑問符ではなく断言しているあたり、フレデリックにはかなり自信があったようだ。アナスタシアは顔を真っ赤に染める。
フレデリックが告白できなかったのは単に研究の邪魔になってしまうかもしれない、という馬鹿らしい理由だったので二人が『完全な人間』へと昇華した今、彼が告白を止める理由は何一つとしてなかったのだ。断られるとものすごく気まずい雰囲気になることくらい考えなかったのだろうか。
「本当に言ってるの?」
「うん。君が良ければ……」
「もちろん!! いいに決まってるじゃない」
アナスタシアがとても嬉しそうに彼に抱きついた。彼女も彼女で告白できなかったのだから、両思いだということが証明されて幸せなのだろう。
玉砕覚悟で告白したため、実際に付き合えると思っていなかったからか、フレデリックは突然アナスタシアに抱きつかれて少々困惑気味である。
世界樹の真下で告白が成立するとはなんとロマンチックなことだろうか。フレデリックが高揚しているのは誰から見ても明らかだった。
「ねえ、こうやって世界樹にばっかり留まるのは暇だからさ、せっかくならいろんな場所を旅しない?」
「いいね。そうと決まれば早速行こうか」
世界樹の森は島として独立している。他は全て陸続きなのが確認されているにもかかわらず、である。世界樹と独立した島から考えると神のいる森だと考えられてもおかしくはない。
森の近くに一つの戦闘民族がいるようだが、アナスタシアやフレデリック達を殺すどころか森に入ろうなんてことすら決してせず、ただひたすらに魔物を狩り尽くしている。
そんな光景を見て二人で苦笑しながら舟で超巨大な大陸へ向かうことにした。
海を渡っている間にも世界樹の森のような大きい島ではないものの、かなりの数の島があった。
「そろそろ着くかな? ナースチャ、舟を降りる準備はしておいてね」
「もちろんよ」
彼がアナスタシアにそう言ってから十分後、無事大陸にたどり着くことができた。
久しぶりの光景を眺めてようやっと帰って来れたのだと改めて実感する。フレデリックは今まで乗ってきた舟を魔術で世界樹の下まで飛ばす。大陸の景色に関して変わったことがあった。
フレデリックの生まれ育った皇国と公国の間に川が流れ始めたようだ。かなりのスピードで地面が削られているらしい。大陸が分断される日が来るかもしれない。
「フレデリックー。あれ、ルミナリーじゃない? ほら結構前に貴方が周辺の木々を焼き尽くした」
「あぁ……」
考えたくもなかったことをアナスタシアに掘り返され、苦虫を噛み潰したような表情になってしまった。焼き尽くした、というのもルツィヒ大森林の近くに住む人々から手厳しい歓迎を受けて死んでしまうかもしれないと本能的に考えてそこで一番長く生きていた木ごとごっそりと燃やしたのだ。
まあ、つまりは正当防衛だと言いたかったのだが、それを聞いたアナスタシアは半眼で彼を見つめる。
「何その軽蔑を交えた視線は」
「いや別に……結局人は死ななかったのかなって」
大丈夫だとフレデリックは自信ありげに言う。あれは対象を自然物に設定したのだから業火が人々を襲う可能性は万に一つも存在し得ないのだった。
そんなことができるのか、と今すぐに言ってきそうなアナスタシアの顔に気づいて説明した。
「天国とか地獄とか……あとは精霊とかってさ、いつも見えるわけじゃないでしょ?」
「そうだね。そもそも、前の二つは世界が違うんだし」
「そう。僕がやったのは天国や地獄のように木々と人間の世界を切り分けて木の世界の方に炎を送ったって話」
そうすれば何をしようが炎で亡くなる人間はいなくなる。なんたって木と人間は全く関係ない、ただ目に映っているだけの『何か』と化してしまうのだから。
「で、ルツィヒ大森林から大砂漠になってしまったと。環境破壊も甚だしいよねぇ」
謝罪と和解のためにまずは大砂漠の中心にある砂漠の国・ルミナリーに向かうこととなった。
フレデリックはルミナリーに到着するまで、白紙十枚分の謝罪文をアナスタシアに書かされた。しかも裏表だなんて! 途中で馬車を使ったりしたから時間はあったものの、気絶してしまいそうなくらいだった。
なんなら、手を扱う魔術では弊害が出ている。
まあ、彼女がそうなるのもしょうがないだろう。ルツィヒ大森林は神の住まう森として崇められていたのだから。多分これくらいで許してくれるほど聖人ではないだろう。
――何かしなければ。
アナスタシアの脳裏にそんな考えがよぎった。国境につくと、空が一気に暗くなる。月が煌々としていた。太陽のように眩しく、太陽に代わるようにして輝いている。
「どうやら、太陽の神様が月の女神に飲み込まれたらしいよ」
「ふぅん……けど死んでいるみたいだね。昔の太陽は」
フレデリックには別の世界が見えるようになる魔術があった。それはルツィヒ大森林を燃やした時にも応用しているやつだ。だから天国を見ようと思えば見ることが出来るし地獄だって覗こうと思えば覗けるのだ。
そんな彼がたかが隠れている太陽を見つけられないはずがない。同じ世界にあっても全く違う世界にあったとしても。絶対に『視える』はずなのに。
だから推測したのだ。太陽の神は死んだのだ、と。
「そういえば、太陽光を浴びないと発狂して死ぬっていう話があったね」
「とりあえず謝罪のためにそれを考えておこうか」
太陽の神を生き返らせること――これを謝罪にすれば許してくれること間違いなしだ。まあ、問題は神を生き返らせられるほどの力を持っていないという話なのだが。
「こんにちはー……」
「きゃあ、侵略者! 皆逃げて!」
どうやらフレデリックの銀色の髪、紫色の瞳で彼がルミナリーを支配し、必要とあらば破壊するような人だと判断されたようだ。傷ついたらしく、一瞬で分かるほど萎れている。
「というか、そもそもはフレデリックが悪いんじゃないの。だってさ、大切なものを破壊したんだよ? というか森が燃えたことと太陽の神が消えたことが関連付けられているんだってー」
「その二つは絶対に関係ないでしょ。太陽が消えたのなんて千年くらい前らしいし」
そういえば、近くに一つだけ太陽が現れない国があったか。蓬莱鬼国というらしい。絶世の美女がいるとかいないとか。なんでも、彼女が年を取っているところは誰も見たことがないとのことだった。これに頭のねじが数本ぶっ飛んだフレデリックは嬉しそうな表情を浮かべる。
「あのさ、ルミナリーの観光が終わったらその国に行ってみない?」
「魂胆は分かってるんだからね。どうせ不老不死とやらがどこまで適応されるのかを調べたいとか言うんでしょ」
アナスタシアは、彼の優しい顔に困惑しつつも人間として倫理的に終わっている実験なので彼をすぐに止めた。二人は首都だと悪いほうで有名人になってしまうので、どうしても国の辺境に行かないといけなかった。国全体を結界で覆ってその範囲だけに風を送っているからか、想像よりも暑くない。というか、とても風が吹いていて爽快感がある。
ん? と二人が遠くを眺める。結構距離があったので見えにくかったのだがその形は完全に神殿だった。
ここでなら太陽の神の蘇生方法を教えてくれるかもしれない。そんな思惑を持って砂の神殿に向かった。
――人は、いない。どの宗教でも基本は各々の神殿を管理している人がいるはずなのに、いるのは小さくて貧しい神。ただその一柱だけだった。
髪や肌はフレデリックよりも輝いている白だった。いくら風通しがいいとはいえ、日焼けくらいはするだろう。まあ、神だから一概に言うことは出来ないが、ルミナリーでは遺伝で褐色肌だということが多い。しかし、そんなことはどうでもいい。
問題なのは血のようにおどろおどろしく、思わず委縮しそうなくらい真っ赤な瞳である。太陽の神は『陽』を司るため、彼女と同じ色の瞳だったと文献に書かれている。
つまりは、彼女は太陽の神の娘だ。太陽は信仰されているはずなのに彼女だけが崇められていないところから考えると、やはり白いというのが不気味で仕方なかったようだ。
「君、父さんの居場所がわかるかい?」
「あれならもうどこにもいない。探そうったって生き返らせようったってどうしようもないよ」
「そうかい。じゃあ、君は月の女神についてどう思う?」
「そうだね。個人だったらどうでもいいと思うよ。けど、信仰してくれている人たちを自分の利益のためだけに殺しているようなものだからそれは許せないよ」
アナスタシアは思った。この質疑応答に一体何の意味があるのだろうと。おそらく、彼女だけではない。この状況を見た人ならば全員思うのだろう。そんなことは気にせずに、フレデリックは娘に向けて優しく、されど恐ろしい笑みを浮かべていった。
「だったら、君が太陽の神の代わりになりなよ。僕が手伝ってあげるから」
「……どういうこと言っていることがまるで分らないよ」
「僕が月の女神を殺すっていう話だよ」
「ばっ、馬鹿なこと言わないで!?」
少女と話した時にアナスタシアが割り込んだ。彼女の言っていることはもっともだ。その地を統べている神を殺すなんて言語道断。その神が嫌われていようが何だろうが、とりあえずは混乱によって攻撃してくることだろう。
かなり独裁体制を敷いてきた――それでも当然のごとく成功しているのだが――チェルノーバ家に慣れていて物騒な考えが出てきてしまっていたらしい。情報を客観視するため、再び熟考する。少女が彼女なりのアイディアを出してくれた。
「私、太陽の神の代わりになるよ。けどそれだと困惑しちゃうだろうからさ、お兄さんが他の人達の記憶を改竄してよ」
「いくらフレデリックでもそれは……」
「少なくとも死体と人形ごっこするよりは簡単だね。もちろんいいよ、それじゃあ戦ってきな」
フレデリックは顔を空に向ける。
――月が輝いていた。とても殺意の高い光だ。月の女神の青い瞳は太陽の神の娘を見つけて嬉しそうにしている。この分だと、負けて不服……なんていうことを言い出しそうにないか。
「戦いましょっ!!」
突然、月が太陽のように眩しく光る。そしてその光は殺人兵器と化しフレデリック達を襲う。避けることのできない光線。アナスタシアも即座に銀色に輝く刃を作って応戦した。
戦いを始めてから二、三時間後。月の女神の手札がなくなった。あれだけ見開かれ、興奮状態だった瞳も勝とうとして必死である。
「これで終わりだよ。封印!!」
少女が月まで届くような大きな声で短く詠唱する。月の女神は余裕ありげに笑っていたが、彼女に付きまとう黒い黒い鎖に抗えるほどの力を持っていなかったようだ。勝利した、という実感がわいた少女は緊張の糸が緩み、嬉々とした表情に変わっている。
「まだ終わっていないよ」
「「?」」
フレデリックが何やら意味深なことを言う。そして彼の人差し指はまん丸の月を指さす。
彼に詠唱は要らなかった。少なくとも、月という惑星を破壊する程度の事では詠唱なんてしない。
彼の放った光線は空間を切り裂き、月まで一直線に飛ぶ。月のど真ん中に命中した。よほど威力が高かったのだろうか、その一撃だけでメキメキという音を出して爆発してしまった。
「何やってるの!? 夜を壊すのは流石にやりすぎよ……というかまた実験かな?」
「ルミナリーの神話に存在する月だけを取り出して破壊したんだ。だから次に日が沈んでもきちんと月は現れるよ……まあ、たまに不具合で欠けたり見えなくなったりなんてことはあるだろうけど」
「だめじゃん」
アナスタシアに突っ込まれたフレデリックは思わず苦笑する。月とはまん丸だから美しいのだ。そう突っ込まれてしまったら返す言葉がない。
「とにかく、君の名前は何かな」
「……ホルシャ」
「きっといい名前なんだろうね。けど、その名前は捨てなさい」
「え?」
「君の名前は神話に残され続けるだろうさ。けど、まずは形から入るべきだろう?」
ホルシャが自分の名前を投げ捨て、「我は太陽神なり!!」と大声で言う。すると、今まで隠れていた陽の光は姿を現して堂々たる立ち振る舞いで圧倒的存在感を出す。フレデリックに出来ることはもうない。そう思ったのか彼はアナスタシアの手を引いてそのまま砂漠を抜けてしまった。
* * *
「結局、観光することなくただ主神を造り上げただけで終わっちゃったんだけど……」
「あ、忘れてた」
アナスタシアは目をパッと見開いた。頭がおかしいときは多々あるが、何かを忘れるなんてことを彼がしたことが一度もなかったからである。記憶面では彼は非人間だと思っていた。だから意外だ。頭を掻いておかしいなぁと言っているところがなんだか人間らしい。
今二人がいる、ゾゴーリアというのはいわゆる冷獄地帯で何の対策もしなければ死ぬことだってあり得るようだ。事前に知っていたので二人でマフラーを共有しながら寒い道を歩く。
なにやらとてつもない量の熱がある場所に辿り着いてしまった。ここには番人がいて人間の挑戦者を待っているとか。
フレデリックとアナスタシアは顔を見合わせる。そして、数時間も経たないうちに番人のいる火山の最下層にいた。完全な人間としての性なのか、神がいる場所というのが何となくわかってきたのである。
「ナースチャ、君が倒すかい? ルミナリーでは僕が動きすぎたしね」
「そう。じゃあ遠慮なくやらせてもらうねー」
軽い口調とは裏腹に、数々の魔弾が炎を纏った巨人族の神、スルトに命中する。最後に錬金術と他の神話を混ぜて伝説の剣をたった数秒でつくり出した。それで彼を一刺しすると凶悪な花が咲き彼の生命力を根こそぎ奪い取る。
剣を高く上げて彼女はにっ、と笑う。やっぱり、彼女のこの表情が一番可愛らしい。
戦いは言わずもがな圧勝だった。最後の方はフレデリックがアナスタシアに抱きついていても攻撃されることなく勝っていたのだから。
「ねえ、こんなんだと探検に来る人達は暇だよね」
「そうだろうけど。それがどうかしたの? ナースチャ」
「ここに希望の宝石を置こうよ。ここに辿り着けた人は世界の幸せそのものを見れるってことで」
フレデリックの意見も聞かず、アナスタシアは花々を集めて固体にする。それが彼女なりの『奇跡の宝石』だった。花は跡形もなく消えているが完全な人間がつくっただけあってフレデリックの見てきた宝石のどれよりも綺麗だ。
「そろそろ地上に上がろうか」
「そうだね!!」
二人は希望と奇跡を火山の最下層に置いて無事に脱出した二人はありえないものを見てしまった。
「この周辺に魔女かそれ以上の存在がいるのが確認されている! 発見次第捕縛して陛下の下に連れていけ!!」
「最後の魔女狩りの標的はフレデリック=イリイチ=チェルノーバ、アナスタシア=ニコノヴナ=メレフだ。懸賞金は金貨六億だ!!」
思いもしていなかった。自分達が懸賞首になっているとは。
――逃げないと。
こうして、二人の逃亡劇は幕を開けた。
第二章呼んで頂きありがとうございました。
本編も追憶も不穏な雰囲気で終わりましたね。
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