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或る御者の旅  作者: 駱駝視砂漠
第一章
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第三話 青と黒の竜

「わざわざすみません。料理を作っていただいて昔話しか出来ないですが……」

「良いんですよ。逆に自分としては旅の話を聞けることが千金にも値しますから」


 ローランとフレッドは食器を洗っていた。料理の方はというと肉が少なめのけれどもとても美味しいという食事制限の時にピッタリなものだった。曰く、伝統料理の一つだという。

 セレンは食事を終えたと思ったら家を出てどこかへ行ってしまった。恐らくは住民と仲良くなりたいと思って街の人達と話しているのだろうが、証拠はない。一日くらい手伝わなくても良いだろうと考えて一人で回ることにしたのだ。

 本当にこれだけで良いのかと思うフレッドだが、ローランは楽しみそうな表情を浮かべていたので淡々と話し始めた。


 御者という職を始めて一日後にクレームをつけられたこと、何も仕事の依頼が来なく暇で一人だけで旅をしていたところに邪竜が現れたこと、宗教戦争の原因となった人を乗せたなど、挙げていけばキリがない。フレッドはもう十年御者をしているのでそれくらい続けていれば変なことの一つや二つ、あるだろうと思っていたがローランにとってはそうではなかったようだ。


「それじゃあ怪奇現象とかは無かったんですか?」

「そうですねー……九年前くらい前から永年専属契約の話を持ちかけてくる貴族様ですかね」

 御者組合(ギルド)に毎日のようにかかってくる謎の依頼を話した。事務の人曰く全て同じ女性が依頼して来ているのだ。


 別に一等御者ならばリャーゼン皇国にあと二人はいるし専属契約をしていないということは知っていそうだが。それでもなおフレッドに依頼をしてくるのだった。

 怪奇現象というよりも不可解な謎を聞いたローランは深く考え込む。この時にフレッドが貴族の生まれではないことも聞いていたのでさらに謎が大きくなりばかりだった。

 何故まだ一等御者になっていないフレッドのことを知っていたのか。懲りもせず毎度毎度彼に依頼してくるのか。


「よほど惹かれたんじゃないですか? ほら、フレッドさんはすごく紳士的ですし女性ウケしそうな顔ですし」

「あはは……」

 ローランの身も蓋もない言葉に思わず苦笑する。今まで考えないようにはしていたがやはり女性に人気なのか。

 女性に興味ないが流石に告白を断るのも疲れてきたなどと思いながら食器を洗っていたらあっという間に終わってしまった。

 忙しいだろうにとても美味しい料理を作ってくれたローランに頭を下げたあと、フレッドも街を見て回ることにした。

 まず目に入るのは魔術道具店。地図によると魔術通りなるものがあるらしい。実際に行ってみるとありとあらゆる魔術書が売ってあり、更には魔術式に組み込みやすい神話全集まで売ってあった。


 一つの店あたりの面積が大きいので見て回るのにも時間がかかる。しかも売っているものが全ての店で違うので買いたいという欲を抑えるのが途轍もなく大変だった。旅人ということで多少値段を安くしてもらってはいるが、何もしていないのに優遇だと申し訳ないという感情が心を覆うのでしてほしいことを店長に聞くと、

「そうだな、竜のツノ二本にこの国の周辺にいる厄介な魔物数百匹の退治を依頼しても良いだろうか」

 中々に沢山の依頼をしてきたではないか。だが好きな商品を五つ無料にしてくれると言っていたのでそれを引き受けることにした。


 * * * 


「青竜の生息地はここか……」

 フレッドは馬車を遠くに置いて青竜がいると言われている輝きの泉に訪れていた。地名を見た時に失笑してしまったのだが、確かに緑青の色を発しながら淡く輝いていた。

 まるで伝説の存在である精霊が実在していることを泉そのものが証明しているかのような、そんな雰囲気を醸し出している。


 竜の中にも種類というものがあり、神の使いとされているのが聖龍、信仰の対象になっているのが普通の竜、そして悪魔の使いと呼ばれているのが邪竜だ。


 魔女の使い魔などと語り継がれているが実際はどうか分からない。というか神の領域に少しだけ入っている魔女なら邪竜なんて引き連れている訳ないじゃないか。自分の今まで信じていた情報が根底から覆されたことによって教会や宗教にまつわる情報を信じれないでいた。


 それでも確かなことはある。


 青竜がこの泉の深く、もっと言えば地獄の管理をしているということ。

 そして青竜はいわゆる聖竜であるということ。

 魔術道具店の人から教えてもらった青竜を呼び出すための詠唱をする。するとゴゴゴ、という音が鳴ると同時に地面が揺れ、泉の水が天に届いてしまうほど上がり、まるで滝のようになっていた。


「……やって来たか。青竜!!」

 フレッドは今までには見せなかった好奇心という言葉をそのまま反映させたような表情を浮かべる。護身用のため腰に装備していた短剣を強く握り、青竜の隙を見た。


 図体が大きいからか、攻撃範囲は広いものの、その分フレッドの雑な攻撃も割と当てやすい。とりあえず近づくことが出来ればナイフで竜の固い鱗を削ぎ落し、攻撃をされればはらりと躱して魔術による弾幕の雨を降らせる。怯んだところを再び接近して素材を集めるというルーティーンを行っていた。フレッドの技量は神の使いである竜と対等かそれ以上だった。


 泉の水も魔術式を即席で創り、操って全てを青竜へと当てた。圧倒的な魔力量と即興で立式ができる頭の回転の速さは、各国の魔導団長よりも高等なものとなっているだろう。青竜の、殺傷能力の高い(ブレス)を避けるように回転しながら目に魔弾を打ち込む。見事に必中したがパニック状態になったようで唸り声を大声で上げていた。

 青竜はどうやら疲れ切ってしまったようなので、いっそのこと爽快なくらいのスピードで竜角を刈り取った。


 どうやら聖竜というのは優しい心の持ち主なようで勝負で人間側が瀕死になっても回復させ、自身もかなりの速度で回復ため何でも取っていいというスタンスのようだ。


 海のように青く美しい血を出しながら青竜は地下に潜ってしまった。猟奇的ではないフレッドはそこで終わり、何も無かったかのように鎮座する泉に背を向ける。そして深い息を吐いた。


 黒竜を倒しに行かないといけないのだが、青竜ほど簡単には行かない。なんとなくだが手加減されていた気がする。そもそも、神からの恩恵を沢山受けて地上に降りてきている神の使いがあんなに弱いわけがない。良くても全力の八十%と言ったところか。強さを求めているわけではないので不機嫌になることもないが。

 黒竜は邪竜だから人間の心配をしなくてもいいのできっと手加減なしで襲ってくることだろう。死なないようにと願ってから馬車を一時間ほど走らせた。


 黒竜がいるところは全くの真逆で、死後罪を犯したら辿り着く『地獄』そのものだった。人間の阿鼻叫喚こそないものの、中心にいる黒竜だけが安らかに眠っており、それ以外の木々や虫は溶けているものもある。


 境界があり、一つは例えるならば凍てつく地獄(コキュートス)。薄暗くされど美しい光景に息を呑めば最後、冷獄にやられて死んでしまうことだろう。

 もう一方も例えるならば業火の地獄(インフェルノ)。世界を焼くことすら容易そうなその炎に近づいたら溶けて跡形もなくなる。

 中心にいるのは黒竜。黒い空間に鎮座し、フレッドのことを睨んでいた。とても鋭い目つきで、今にも切り裂かれるようだった。


 邪竜は(人間)を見つけて悪辣な笑みを浮かべる。食べられると本能的に悟ったのか、フレッドは険しい顔つきになり、不意打ちで魔団を撃った。

 しかし、装甲のような固すぎる鱗によって反射された。どうやらこれは人間に対する警戒心、あるいは人間への敵対心が高いほどに鱗は固くなっていくらしい。実際、人間のことをさほど警戒していない青竜はフレッドの短剣を弾きはしたもののそれでも何回も削ったら刃は通ったのだが、反射にすらも明らかな殺意が芽生えていた。

 絶対に殺すぞ、という確固たる意志が黒竜の真っ赤な瞳に宿る。


「……罰を罪深き生物に与えよ!!」


 フレッドの最初の詠唱は邪竜にこそ効果のある物だった。神様に審判を任せて対象が犯した罪を物理的に裁く。悪魔と契約して強大すぎる力を手に入れたので神の怒りを買うのは当然のことだろう。神架教の書物から来ている即興の魔術式は成功を収めたようで黒竜から血が噴き出してきた。

 人間と同じ赤色の血をしているが、物質は完全にマグマで、黒竜の心の臓が鼓動するたびに噴火寸前の火山の様に血に見えた『それ』が垂れ流されていた。流石に近づくことは出来ないので適当な魔術弾を何種類か黒竜に向けて放っていた。まるでルーティーンだと呆れかかっていた瞬間。


「……っ!?」

 

 雰囲気が変わった。今まで、それこそ手加減されていたような。

 当然だろう。全力で戦ってしまえばそれ分のエネルギーが消費されてしまうのだから。しかもたかが人間一人に。そして全身全霊を賭けても負けてしまったら主人である悪魔への言い訳がなくなってしまうので最初は慢心から手を抜いていたということか。


 ギギギギギ、という鳴き声と共にこれまで経験したことないほどの地割れが発生する。黒くて何もない空間から黒竜が怒って空に飛んできてしまった。このまま神聖バグラド帝国を襲撃するのは時間の問題。

 さて、ここで国が混乱に陥らないようにするには何をしないといけないか?


「……君は僕を倒せない。絶対に」

 それで一瞬だけ怯んだように見えたがやはり気のせいか。容赦なくフレッドの元へ突っ込んでくる。かくして一人と一匹の戦闘が開始した。


「魔力を倍加させても駄目か……黎獄を左手に、天上の楽園を右手に」



 フレッドはそう言って黒竜のいた何もない空虚な暗く地獄のような空間と同等な世界を左手に、優しい光に包み込まれているまさに天国と言うべき世界を右手に展開する。当然のことだが一介の人間に神の世界を呼び出すことが出来るはずがないので自分なりの天界と煉獄の解釈を行っただけだ。よって、邪竜を滅ぼすという解釈を行えばフレッドの創り出した黎獄の悪魔も天国の天使も攻撃を勝手に行ってくれるはずである。

 実際に悪魔も天使も共同で竜を容赦なく攻撃し、主人に裏切られたと錯覚している黒竜は、だとしても裏切るまいと天使だけを攻撃している。彼の襲撃は相当強かったようで、天使すらも戦いの開始から数分で倒してしまった。

「くっ……だったら、破戒」

 どこかの宗教で厳しい戒律を破ってしまう場合のことを指しているらしい。それと神架教の地獄をつなげて黒竜がフレッドに攻撃する度、内部から邪竜が破壊されることになる。

 だが、必ずしも核を壊すわけではないので短期決戦をするならばやはりフレッド自身が動くしかなかった。

 変形という単語を発すると、短剣が伝説上の弓に変貌を遂げた。それは百発百中で、技術があまりないフレッドですらも巨体の中の小さな瞳を撃ち抜ける。

 彼の聖人のような立ち姿に一度――たったの一度だけ古い聖人に瀕死状態に追いやられた邪竜は細い片目を恐ろしいほどに開け、凝視した。

 体格差だけで見ればあまりにも絶望的。あまりにも勝利からほど遠い。


 だが勝利したのは魔術を行使したフレッドだった。


 * * * 


「おぉ……本当に持ってきてくれたのか、しかも青竜と赤竜じゃなく黒竜を倒したのかい」

 店長は目を疑っていた。青竜も赤竜も聖竜だから倒しやすいのだが、黒竜と、聖竜の中でも特に強い『白竜』に出会ったら逃げろというのは神聖バグラド帝国では常識のようだ。素材は黒竜の方がレアなため、喜んでくれはしたがその二倍は心配している。

 フレッドは怪我をしてもいないし、危ない行動もしていないので心配しなくていいと言ったら店長は安心したようにほっと一息をつく。

「邪竜を倒してくれてありがとう。しばらくは封印で眠っていることだろうよ」

 諸説では神話上の聖人に倒されてから三千年後――今から七千年も前に復活してあの空間を治めていたようだ。しかも復活から途方もないくらいの年月が経っているため、力も蓄えていて凶暴な時期だったらしい。


「フレッドさん聞きましたよ!! 邪竜を撃墜させたんですよね。すごいです!!」

 気がつけばセレンも目を輝かせてこちらを見ていた。どうやって倒したのか教えてくださいと言うものだからどうやって説明をすればいいのか困る。とりあえず魔術道具を無料で五つ貰い、迷惑にならないように魔術道具店を後にした。

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