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或る御者の旅  作者: 駱駝視砂漠
第二章
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第三十七話 ヴァスティス牢獄

「私には私を造った人間の生体信号を検知する機能が兼ねそろえてあります。しかしこれはまだ不十分ですから半径二百メートルでないと反応しないのです」


 チェルシーは今、手に溢れんばかりと抱えている人間を決して逃がさないように丁寧に説明をしてくれた。少し強引なように見えるが、緻密に計算された神経、部位などから痛くないように工夫はしているようだ。


「えーっと、詳しくはよく分からないんだけど誰がこの子を外に出しちゃったのかなぁ」

 シャーロッテ博士はヤンデレに拘束されているという状況ながらも朗らかな表情を終始徹底している。年の取り方をどこで間違えたのか、その肌年齢は二十代後半でとどまっている。


 彼女自身、三十代前半だが研究者をやっているとどうしても疲労がたまって老けることが多いなどとよく聞くので逆に若いままを保てているのはすごい。シャーロッテの手と足に枷を付けてプロジェクションマッピングとやらを見ることになった。


 チェルシーが先ほどしてくれた説明は正確性があるものの魔弾のように流れていくものだったのでシャーロッテにもう一度質問する。

「簡単なことだよ。魔術式を基にして造った機械に映像を流させるってだけ。絵で描いたものを魔術で流しているから一概に産業の賜物とは言えないけどねー」


 つまり、今まであった低画質の放映機のようなものに現実味を高くさせる魔術式を使って一気に高画質にさせる。それと同時に各地の空間そのものに刻み込んでおいた魔術式と連動させるということか。

 フレッドは自己解釈ながらもしっかりと理解できた。


「うーん。全くわからないねー」

「まあ、ここらへんはこういうのを専門にしている人しか分からないから大丈夫だよ。ただ綺麗だってことを覚えておけば良い」


 言い方的にシャーロッテがプロジェクションマッピングの開発を行ってきたのは明々白々である。今まで全く注目されていなかった技術なのによくそんなものを研究・開発できたなぁと彼女の先見の明に感嘆する。

「まあ、未知なるものの方が有名になった時多く金取れるし……そうすればチェルシーを迎えに行けるからさ」

「まぁ博士……!!」


 シャーロッテは財布から金貨を取り出す。しかも手から溢れ出してしまいそうなくらい多い。それくらいあったら借金を返すことは出来なかったのかと思ったがもう借金取りからは諦められているらしい。

 十年間もすっぽかしていたらそりゃあそうなるか。


 シャーロッテはチェルシーの頬にキスをする。された彼女の頬は魔法にかかったように赤く染まっていた。

 先ほどまで監禁するだの生体信号が何だのと言っていた人にはまるで見えない。


「さて……!! 次の場所に行きましょうか」

「博士、少し話がありまス。夜になったら研究所に来てくださイ」


 そんな言葉を交わしながら彼女達は十年ぶりの再会に感動していた。


 フレッドは嫌々ながらも時計を見た。もうこんな時間か。仕事だからしないといけないというのは分かっているがこんな空気をぶち壊したくない。


「ユーリ君……」

「どうしたの?」

「……もう時間だから行かないと」


 懐中時計をユーリに見せると思い出したようで悲しそうな目でダリアをじっと見つめている。彼女もその視線が何を意味しているのかというのは知っていたので三人はつい沈黙してしまった。

「何かあったのかな? その感じを見ていると結構重々しそうな話だけど」


 シャーロッテに説明をした。ユーリが五賢人と付き合っていたが、本命の恋人を攻撃してしまったこと、その結果『地獄』と呼称されるヴァスティス牢獄に行かなければならないことを。


 なるほどねー、とシャーロッテはプロジェクションマッピングのなか、床に座り込んだまま考え始めた。機械魔術系統の研究をしているしプリヴェクト帝国の技術発展や観光地づくり、そのほかの国にも経済的効果を与えているからなんとかならないか、と彼女は言う。


 確かにいい案だ。フレッドはそう考えたものの、相手は公爵とやらだ。経済効果どころか彼らは世界の経済全てを動かしている。だからそんな人たちでさえもひれ伏してしまうほどの権力がないといけないのだが……

「流石に無理かぁー。けど、五賢人が世界にまつわる何かを決めるときは議決を採るんだよね。だったら協力者と書いたら強いと思うんだけど」


 今の景色は蓬莱鬼国を模したものだ。満開の桜が立体となって散っている。元の国がとんでもないほどに綺麗なものだから月光と合わさって美しい。


 空間を魔術式経由で連結しているから蓬莱鬼国で風が吹けばここでも風が吹くし等々。そんなことを気にする間もなく紙にそれぞれのパターンをしらみつぶしに考えている。

「僕が言うのもなんですけど何故関係ないのに協力してくれるんですか」

「当たり前のことでしょ? だってうちのチェルシーを保護してここまで連れてきてくれたんだから。今度はこっちが助ける番って話」


 端的に話し終わってシャーロッテは再び紙に向き合う。チェルシーが彼女の腰に手をまわしてから耳元でささやく。

「まずは行ってみることが大事ではないでしょうカ。そうすることによって相手の行動パターンや心理状態を解析することが出来まズ」

「私、そんなことをすらすらと出来るほど簡単じゃないよ。だって人間だから」

「何故私を頼ろうとしないのですか博士。この人工知能であれば全てを解析可能です」


 シャーロッテの表情が急に明るくなった。というか、三人も忘れてはいたがチェルシーはれっきとしたコンピューターなのである。しかもかなり高性能の。もはや十年前のオーパーツとでも言うべきくらいに冴えている。

 彼女に番人や裁判官の論破は任せておいて、とりあえず地獄・ヴァスティス牢獄へ五人で向かった。


 * * * 


「その意見はおかしいでス。世界法律で世界のどの人々も平等でありどの身分も対等な裁きを受けるというのですガ」

「うるさい! とにかく、こいつは五賢人の逆鱗に触れたんだよ。どの人々も平等とはいえ圧倒的に格差がありすぎる」

「じゃあ私が口を挟めば彼はここに入らなくても済むのかしら?」

 ダリアがチェルシーの陰から出てくる。人助けと五賢人会議以外では領地からほとんど出たことがないが五賢人というだけで顔は相当知られているようだった。


 五賢人と対面することは一生ないと思っていたのかあからさまに青ざめている。

 忌々しいものを見てしまったのか、というか忌まわしきものに話しかけられたような反応をされて少し落ち込んでいたがユーリのためなら、と彼の手を握りながらヴァスティス牢獄の番人との議論を続ける。

「カトーネ公爵だって単独でユーラを押しやったのでしょう? ならば私が一人で彼を護送してもいいのでは?」

「ルキーナ伯爵……少々お待ちください」


 門番が困りに困って牢獄の中に入っていった。どうやら、上司である裁判長が牢獄の管理をしているようなので彼と相談してユーリの処遇を決めるらしい。

 どうなるんでしょうかねー、と当の本人であるユーリは言う。現実逃避かそれとも本当に思っているのか。少なくとも本当に思ってしまえるほど頭がおかしいという訳ではない。


 今は収監されているわけではないが、手錠をつけられて灼熱地獄とでも言えるルツィヒ大砂漠にフレッドと一緒にいる。ユーリの体力が絶望的にないという情報を事前に聞いていた看守が話し合いを続けている間に転移させたのだ。

 砂漠の中心部なのでどこに逃げようとしても一日以上はかかってしまうから彼の体力的に脱走しないための対策らしい。


 依頼人である国際裁判所からも見張っておけという命令が出てしまったものだから従うしかない。


 フレッドに出来ることといえば彼の体温を下げて耐えられる温度にすることくらいだが。


「範囲半径二キロ、対象……地面そして砂を凍結」

 フレッドが簡単な詠唱を終えると彼を中心として分厚い氷が生成される。それが広範囲でつくられている。それはきちんと――正確には五分くらいかけて詠唱しないとここまで大規模なものは造れない。


「すごっ……というか寒いね!?」


 上は暑くて下は寒い。何かしらの謎かけのように聞こえるが実際は砂漠地帯で氷の上にいるだけである。

 フレッドが氷について気にしているような素振りもない。彼にとっては日常茶飯事のようだ。


 ユーリが下の氷をコンコンと叩いてみても割れる気配がない。


「まるでチル=ゾゴールの氷城壁みたいだよね」

「確かに……言われてみればそうかも」

「そうかも、って気が付いていなかったのかい?」


 チル=ゾゴールの氷城壁は有名だが、性質やどんなもので創られているのかは全く知らなかったので奇跡の一致といえよう。氷を撫でながら考えた。彼は、聞いたことはあるものの、氷城壁に関する文献や資料は一切閲覧したことがない。


「ここからどうしようか。あれだと一日以上はかかっちゃいそうだけど」

 ユーリの言う通り、五賢人と五賢人の対決で権力は拮抗しているからかなりの時間を要しそうだった。公爵である分、権力面で有利なのはカトーネ公爵。人工知能や博士がいるので頭脳面で優勢なのはダリアだ。


 彼女の身分は今、代理である父親にわたっているからそこの分の判断は難しいだろうが。

「まあ、僕達にできることは何もないから皆さんがなにかしてくれるときを待ちましょう」


 フレッドはこうやって遠くに飛ばされたとき、するべきことは何もないということを知っているので魔術式で遊ぼうと彼を誘って百年や千年で壊されることはない絶対零度の氷の上で魔術を使ったバトルを行うことになった。


 * * * 


 ヴァスティス牢獄が地獄といわれる所以ゆえんは数多くあるようだが、有名どころだと、通常犯で一日十八時間の獄中労働。世界の全てに嫌われるような極悪犯は労働にすら恵まれず魔術で作られた結界によって死刑執行以外で出られないようになっている。

 その間に行われるのは夢幻地獄という名の精神攻撃。判断力を衰えさせて永遠に現実を楽しめないような脳にさせるらしい。


 基本的にプリヴェクト帝国で捕まえられた犯罪者――例えば窃盗犯や平民を殺した数が二十人未満等々――が前者の方になる。そして後者がもうどうしようもないと国際裁判所に認定された人やユーリのように五賢人の怒りを買ってしまった人が収監される。


 彼らの逆鱗に触れたような人は前代未聞だった。そして、収監されかけた人を別の五賢人が止めようとしている、というのも。


 このヴァスティス牢獄の全てを取り仕切っているのがまたもや五賢人のカミーユ=グランジェである。彼は絶対的な権力を持ってしてそれを振りかざしていない。というか、グランジェ家は純粋な爵位すら所持していない。


 グランジェ家が持っているのは魔術師として国に活躍した功績をたたえたものである。百年前くらいに先祖がつくりあげた犯罪者拘束結界を使用して各国の犯罪者管理を行っている。プリヴェクト帝国の科学技術のようなものをもってしてもまだまだグランジェの魔術技術の方が高い。


 リャーゼン皇国の魔導団長と同等な実力を持っているので五賢人となることが出来たのだ。


「なるほど……ルキーナ伯爵がそう言っていると」

「ええ。ルキーナの代理に任せないといけないと言った方が良いのでしょうか」

「いや大丈夫だ。それは彼女たちに反論の余地を生ませてしまう恐れがある」


 シャーロッテのつくった機械をつかって彼女たちの口論を見学していた。

 そして彼女たちの意見を聞き入れる可能性は万に一つもない。なぜなら、カトーネ公爵に嫌われてしまえば今後、施設維持費を貰えなくなるかもしれないからだ。


 もう一つの別の機械から声が流れる。

『なぜ君はそんな気が狂いそうな場所にいるのかね?』

「あぁ、夢幻の結界ですか。こっちの方が魔術を使う身としては良いのでね」

『自分の世界に入り込んだら魔術式が思い浮かぶ……だったかしら? そんな頭おかしくなりそうなこと、私には出来ませんわね』

 赫夜は口元に扇子を近づける。夢幻の結界はまだ変化があるから良いものの蓬莱鬼国は空が何一つとして変わらないからそれを六千年くらい続けてきたというのも中々に異様な話ではあるが。


 カミーユはヴァスティス牢獄にいないといけなかった。ここを離れてしまうと誰かが脱獄する恐れがあるのだ。

 まあ、カミーユが管理している極悪犯は自ら地獄に入っているという節があるので外に出てもいいが。

『それじゃあ、最後の判決をするか』


 アリエット公爵は重々しく言う。結局、最後の審判は貴族が決めるのだ。


『ユーリ=メンゲルベルクを死刑にするか否か、を』

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