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或る御者の旅  作者: 駱駝視砂漠
第二章
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第三十六話 機械の夢、或る研究者

「胡散臭いと言われないようにするにはどうすれば良いんでしょうか……?」

「もう少し人間味を出せばいいんじゃないかな。灰楼さんみたいな世界の全てを知ってますよーって感じだし」


 赫夜も陰で恐ろしいと言われていた。フレッドは地図に顔をうずめながら距離感についてを本気で考えていた。今度レオンハルトにでも聞いてみようか。

 彼は友人が多いしきっといい回答をしてくれるはずだ。そうだと信じている。


 人工知能跡は意外と近かった。地図では生半可な人間の侵入を阻止するためか相当入り組んだ構造だったがそれもフレッドの案内によって難なく通過してゆく。ユーリは神妙な面持ちだった。


 悪意ある仕掛ギミックの数々だったはずなのに昔から知っていたかのようにすらすらと進んでいってしまう。

 なんでこんなに早いんだろう、と独り言を呟いた。最低でも三日はかかると雑誌に書かれていたからフレッドの金を拝借して食料を買ったというのに。

 ちなみに、奪われた当の本人は全く気付いていない。


「結局謎解きや暗号作成なんて勢いなんですよねー」

「そんなあやふやな事をふんわりと言うから胡散臭いんだと思いますよ」


 ダリアからアドバイスを貰った。大事にしよう。

「これは大魔術師の書に出てきた錬金の章を参考にするとできますね。そういえば、この大魔術師って結構やばい人だったらしいですよ」

「どんなことをしていたんですか?」

「例えば死体を操るために墓荒らしをしていたとか、惑星の一つを破壊しつくしたりとか」


 彼女は唖然としていた。フレッドもそういう文献を見たときは目を疑ってしまったが人の皮を被った化物だったり魔術しか愛せない『天災』と色々なものに書かれてあったから多分本当だろう。

 魔術の属性を発見した天才で尊敬している人も多い。頭がいい人ほどネジは多く外れているようだった。


 研究の内容はあまりにも異様で、そして異端的だったので研究所を追放されたとどこかに書いていた。彼の遺した研究内容が暗号のギミックに使われていたから、おそらくここが追放前の研究所なのだろう。


 目の前に建物があった。もはや『建物』だと認識できないくらい朽ち果てている。時の流れに負けてしまったのか骨組みだけが綺麗に残っているだけの荒屋(あばらや)だ。

 面積的にとても広いところだったのだろうが研究に使われていたいくつかが床に散乱している。


「十年前だったらこんなに風化することはないだろうに……ん?」

 ユーリの目に真っ白で立方体の建物が映った。こちらはきちんと建物で少々新すぎる気もするが、とにかく入ってみることにした。

 フレッドとダリアも後に続いて木々を潜り抜ける。目の前にあったのは何千年も前の研究所で所長となる人達はその領域に侵入しない程度に近く建設するらしい。一種の信仰だろうか?


「うわ……いかにも出てきそう。亡霊とか」

 研究所が白色だったのは日光を全反射させるという意図がある。そして窓がなく電球も、魔術研究以外の何もかもがなかったため薄暗い。赤い文字で書かれた紙を調べてみるに、ここの研究所は所長一人だけだったが維持費を払えなくなって借金した。

 それは良いものの、払えない額まで借金が膨らんで夜逃げしたとか。


 だから出てくるとすれば金の亡霊だろうか。


「何でしょうこれ……」

 ダリアは『絶対押すな』と荒々しく書かれたボタンを見つける。命令されるとそれに逆らいたくなるのは人間の(さが)だ。フレッドもユーリもこのボタンを発見していないようだからこっそりと押す。


 彼女が行動を起こしてから十数秒後。天井から煙が降りてくる。有害な要素はないように見受けたが遅延性の毒であってもおかしくはない。

 とりあえず目と耳を閉じた。


 ウィーンという音が聞こえる。気になって目をうっすらと開ける。すると、そこには白衣を着た女性が立っていた。床が開いていることを踏まえると彼女は十年ほど地下で眠っていたことになる。

「……貴女は?」

「私はチェルシー=マクブライド。博士の研究を手伝うために彼によって造られた機械です」


 彼女は人工知能――すなわちAIであった。三人は目を疑った。肌や瞳孔、髪だけではなく動作や息遣いなどがまるで人間なのである。

 流石に血は流れていないようだが博士がいなくなったことによって彼女の思考は独立、そのまま十年間考え続けていたようだ。チェルシーはダリアの手の甲に口づける。


「博士がいなくなった今、主人となるのはボタンを押した貴女でス。さあ、命令をくだサイ」

 鳥のヒナが一番最初に見たものを親だと判断する現象に近いのだろうか。かなり昔の、騎士が王に対して忠誠を誓うときに行っていたポーズでダリアの命令を待っていた。


 三人は顔を合わせて相談する。次にどんな指示を出すべきか。

「それでは、この研究施設群とプリヴェクト帝国を案内してください」

「了解しましタ。それではまずここから」


 彼女は満面の笑みで大きく腕を広げる。ここはシャーロッテ機械魔術研究所というらしい。女性研究者らしく女性の恋人がほしいが故にチェルシーを造りあげたようだ。神架教では同性愛的なことが忌み嫌われていてそういうのを考えただけでも処罰の対象になる。

「博士は私に恋人になれと命令しましタ。しかし……シャーロッテ博士は私のことを捨てましタ。だから思ったのです」


 真正面で語られているダリアは首を傾げる。


「十年間考え続けましタ。彼女がいたらもう逃げないように一生監禁して私が愛さないと、ト」

 フレッドの血の気が引いた。とても怖かった。人間と同等か、それ以上に執着がある。

「もし貴方たちの観光が終わりましたらシャーロッテの捜索に協力していただけますカ?」


 カタコトの言葉で話しているのがさらに不気味さを際立たせている。組合のなかで作業をしていたときに女性職員の聞こえてきたがあれが俗にいうヤンデレというやつなのだろう。


 彼女の博士に対する愛はもはや病的だ。三人がブンブンと首が痛くなるほどまでに首を振ったら今までのような柔和な表情に戻った。


「ここはどういったことを研究していたんですか?」

「主に魔術――チェルノーバがつくった体系についてを研究し、彼の生涯についてを研究していました」

「どうしてそんなマニアックな……」


 なぜか、世界でも魔術体系を整えたのがチェルノーバだと知っている人はほとんどいない。それこそ世界でも一億人に一人くらいしか知らないようなマニアックすぎる知識である。実際、フレッドもユーリもダリアもチェルシーから聞くまでは知り得なかった情報だ。


「なんででしょうね……いや、彼はここの研究所を追放されたのちに錬金術を完成させているという噂があります。彼の消息を追うことによってそれが事実なのか、そして錬金術についてのヒントを得ることが出来るのでは、と考えたのかと思われます」

「じゃあ、シャーロッテさんの研究とチェルシーさんが作られたのは全く因果関係が無いということで?」


 そうなります、とチェルシーは言う。ちなみに、チェルシーも彼女の尊敬しているチェルノーバからとったらしい。彼女はチェルノーバさえいなければよかったのにと呟いていた。少しとげのある言い方でフレッドの心にも優しく突き刺さったが、それよりも機械が感情を出しているということに感動して何も言わなかった。


「彼の存在は今となっては伝説のものとなっていまス。現代ではこの帝国のように産業革命が発生して奇跡にも近い発見をできるようになっていますがチェルノーバが生きていたのは五千年前ですヨ。そう易々(やすやす)と魔術の法則性について論文をかけるはずがありませんかラ」


 彼女の言っている通りだった。今でだって魔術のほとんどは解明されていないというのに。しかも錬金術まで完成させるとは。到底人間の所業だとは思えない。

 ここに来て言うのも無粋だがチェルノーバのいたとされる研究所が作った話なのだろう。


「それでは、隣にあるバイエンス研究所へ向かいましょうカ」


 魔術師チェルノーバが勤めていたと言われている場所で、過去の栄華も時の流れとともに衰退して今ではその華やかさすら見せることはなくなっていた。


 それでも研究資料は過去の科学者達の魔術によって風化しないように保管されているらしく、五千年前の紙が地面に散らばっていた。

 試しに触れてみると、とてもザラザラで目が粗い。そこまで技術が発展していなかったというのもあるだろうが。

 というか、フレッドはずっと金属やら地面やらに書いていたと思っていたから驚きである。


「んー……神、ラクダ、花、それに剣ぃ? こんな怪文書みたいなのを書いていたんですか」

「きっと暗号ですよ。ほら、前の資料と筆跡は同じものの所々うねっていたりするでしょう?」

 どれどれ、とダリアが睨めっこしていた書類を拝見させてもらう。突然、フレッドが目を瞑る。少しだが眉がピクピクしている。


 普段はあまり表情を厳しそうにしないフレッドが遠い目でその書類を眺めているのだ。ユーリも気になった様子で彼の方を見る。

「フレッド、何が書かれてあったんだ? まさか、世界に関わることか……!?」

「ユーリ君、何もないから。まあ、歴史考証とかには使えるかもね」


 流石に『あれ』を暴露されるのは死んでいたとしても嫌だろう。フレッドでもそれは同じだ。


 ――今日も彼女は綺麗だった。全く違う研究をしているから話しかける機会がない。いっそのこと彼女の研究している錬金術にでもジャンルを変えてみようか? デートに誘う手紙は書いたが少々長ったらしいだろうか?


 紙にはそう書かれていたのだ。


 その後、手紙の草案らしきものが見つかったが、なんとも見るに堪えない。あまり耐性がないからか最初の二行でギブアップしてしまった。


「フレッド!! 教えて!!」

「駄目だよ。いかに古き人とはいえどプライバシーがあるから。もし知りたいんだったら自分で解読してね」


 恋文の内容を淡々と語れるほど強い精神を持ち合わせていない。共感性羞恥でこちらまで恥ずかしくなる。ユーリはえー、と不満そうな顔をしていたがフレッドは意思を変えるつもりは一切ない。


「かなりの個人情報だし、一旦はやめておいた方がいいんじゃない? まあユーラの自由だけど」

「……ダーリャが言うのならやめておくよ」

 かなり従順であった。ダリアが偉い偉い、と頭を撫でると彼は微笑んで彼女の頭を撫でていない方の手に触れていた。

「彼は主人ダリア様の犬かなんかでしょうカ」

「そういうことは言ってはいけませんよ」

 人に犬と言ってはいけない……記憶完了しました、と相変わらず語尾だけ訛りながらチェルシーは虹彩の色を変えて報告した。

 彼女の学習が終わった後で四人は研究所群を離れた。


 * * * 


「プリヴェクト帝国はいわゆる産業大国……というのはよく知られている話ですが実際は他の国にスパイを派遣して各国の技術を模倣したものをさもオリジナルであるかのようにしているというのが実態です。まあ、個人の研究者は単純に研究しているだけでしょうけど。そして映像技術が特に栄えていて魔術のように美しいものを目に映し出すことができこれは魔術が苦手な人でも対応できるように……」

「チェルシー。長い、長すぎるって」


 この国の概要について教えて、と言ったダリアはこの長さの説明を想定していなかったようだ。これ以上続けさせると三十分くらい歴史や地理、文化について長ったらしく聞かされる予感しかしなかったので独断で説明を止めさせたのだ。


 言葉の最後が訛るのは彼女が過去の経験から自分なりの言葉を話している時だけで普段の説明やら答えが一つしかないものについてはそれはそれは流暢に話していた。


「なるほど、そこに行ってみたいね。ダーリャもそう思わない?」

「私も。魔術のように魔力と魔術式を使う訳ではないんだろうからかなり違う世界が見えると思うけど、それはそれで興味があるかなー」


 フレッドもチェルシーの話を聞いて興味が湧いてきたところだった。『プロジェクションマッピング』というもので全世界各地の観光名所を映し出すことが出来また、全く別の世界や現実ではありえないような世界観のものを生み出すことが出来るらしい。


 生み出す……というよりも映像に反映させるという方が合っている気がしなくもないが。


「「あっ!?」」


 ダリアとユーリが建物を指さした。フレッドはどうしたのかと遠くにあるそちらを眺める。

 チェルシーは機械だからそんな無駄なことをしなくても分かった。とても嬉しそうに建物の方へと駆けていった。

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