第三十話 神を探せ
メリンテ砂市というのはルミナリーの中で最も栄えている都市だ。住民も多く、商いを生業としている人も一定数いるので繁華街として栄えているらしい。
ダリアとユーリはこれでもかというほどに首を動かして周囲を見回している。そして見終わったのかと思うと二人で目を合わせてすごいという旨のことを語り合っていた。あんなに首を使って痛くはないのだろうか。
「フレッド、ここの治安は悪そうに見えるか?」
「うーん……実際に話を聞かないと分かりませんが首都の治安の良さと全体的な雰囲気での推測で平和の方なんじゃないかな」
ユーリはほっと一息を吐く。そして優しい目つきでダリアの方を眺めた。どうやら、スリやら痴漢やらで旅というものをトラウマにしないでほしいという配慮らしい。
確かに、彼女は今、結構際どい服を着ているからその心配はあるだろうが、フレッドの経験上こういうところは大体近隣住民の方々が優しく接してくれてトラウマになるどころかもう一度訪れたいという念に駆られることだろう。
フレッドも怪しい動きをしている人がいないかを確認する。ここは首都よりも日差しが強かった。風も同じくらい吹いていたから暑さに影響はない。
が、それ故か褐色肌の割合が他よりも多いように感じる。三人みたいな色白は国の中でも相当珍しいらしく、ダリアの服装云々よりそっちの方が目立っていた。
どこから来たのかと尋ねられてフレッドとユーリはリャーゼン皇国からだと答える。リャーゼンはルミナリーほどではないが戦争ではかなり勝っている方だ。国民も知っているのか、あーと納得したような声を出している。
「そっちの男はリャーゼン出身じゃないだろう?」
「何故分かったんです?」
曰く、瞳の色がリャーゼンでは見ないような珍しい色だったかららしい。フレッドは五年くらい旅をしているがどの国でもフレッドと同じ、深い紫色の瞳を持った人を見たことがない。かなり珍しいのだろうが世界中を探せばきっと似たような瞳の色を持つ人はいるだろう。
ダリアがチル=ゾゴール連邦王国だと答えると全員が驚く。中には顔を真っ青にする人までいるではないか。
ここは十分涼しい、というか風通しがいいのだがルツィヒ大砂漠地帯に入れば当然のごとく暑くなる。それに耐えられるようになるために日々砂漠で修業を行っているようなのだがそうすると寒い地帯に言った瞬間に耐性がなくなりぶっ倒れる人まで現れるとのことだ。
だから、極寒の地であるチル=ゾゴール出身というのは驚くべきことなのだろう。
三人は話してくれた彼らと別れてどんどん先へ進む。フレッドが瞳の話を思い出し、言った。
「そういえば、ユーリ君とダリアさんは瞳の色がよく似ているんですね」
「「……っ!?」」
その時のフレッドの表情は少々悪魔的だった。絶対に知っていて言っていた。というか、リャーゼン出身でないことは瞳以外からも明らかで指摘するべき場所は他にもあったはずなのにピンポイントでそこだけを言われたのだ。
どう思います? と詰め寄るフレッド。
「本当だ。ここまで色が近いとは」
「そうだね! 国も違うのに珍しい……」
フレッドはのらりくらりとうまいこと躱されてため息をつく。ダリアもユーリも告白するタイミングはここではないと考えたのだ。
ユーリが先頭となって道を歩く。観光客らしき人は三人しか見当たらないが、普通に地元人と思われる姿が多かった。ダリアの服装が舞の衣装だと気がついた人からは途中途中で話しかけられたりしたが特に困ったこともなく町をぶらぶらとしていた。
ただ、魅力的なものが多すぎて買いたい衝動を抑えるのが中々大変だったが。
「フレッドは皇国出身じゃないって言ってたけど、どこ生まれなの」
「えーっと……ゼネイア独立島で十年くらい過ごして働きに出る時にリャーゼン皇国に来ました」
二人はとても驚いていた。それもそうだろう。ゼネイア族というのは個人での戦闘最強とも言われていてかなりの確率で戦闘狂なのだから。
戦闘に関するプロフェッショナルとまで言われているからそんな民族の人が御者になる訳がないだろうと思っていたらしい。幼少の頃から凶暴個体の魔物と戦いはしていたが敵が発生して興奮するようなそんな異常者ではない。
「まあ、親は完全な戦闘狂だったね。そのおかげで護身術も備えている訳だけど」
魔術の体系も大体親から教えてもらった。遺伝なのか才能なのかあるいは両方なのか吸収がとても早くて親からも驚かれたことはある。
そんなことを話しているとユーリの肩になんだか不気味な手が乗っていた。
「わあああぁぁっ!?」
「失礼ね。どれだけ血色が悪くたってそんなにビビり散らかさなくても良いでしょ」
あまりにも心外な反応をさせたのかローブを着た女は不機嫌そうに口をとんがらせる。手が幽霊のようでとても怖かったとユーリは言い訳するが逆に落ち込ませてしまったようだ。
だがそんな顔も一瞬だけで本題を思い出したのか表情をパッと変えて蜘蛛の巣に似たものを取り出す。
「それは?」
「悪夢や悪霊を追い払ってくれるものよ。どう? そこの二人はいらない?」
そう言ってダリアとユーリに渡す。
「代金は?」
「いらないわ。それじゃあ良い旅を!」
どこかへ行ってしまった。一体あの人は何をしたかったのだろうか?
「なんだか変な形だねー。というか、蜘蛛の巣って不気味」
「名前は忘れたけど家の前に飾っておくと良いとかじゃなかったっけ」
うろ覚えの知識でユーリは説明していた。フレッドは二人が貰っていた『ドリームキャッチャー』を眺める。ダリアの言っている通り不気味だったがどこか神秘的な感じもする。とても不思議なアイテムだ。
結局あの後に女性が戻ってくることはなくフレッドにドリームキャッチャーとやらを渡すこともなかった。フレッドが御者で、滅多に家に帰らないということを分かっていたのだろうか。話しかけられてもいないことから自分が亡霊かと勘違いしてしまうくらい影が薄かったのかの二択だ。
疑問に思いながらも歩いているとダリアが手に持っているドリームキャッチャーを見た近くの店の人が駆け寄ってくる。
「それ、今日貰ったのかい?」
「え、そうですけど」
店主の女性はあちゃーと額に手を当てている。呪いの品――という訳ではなかった。どうやらあの女が活動しているというそれ自体がかなりの問題らしい。
「なぜそんなにまずいんですか?」
「あの女、活動の条件が神を彼女の体に宿すことなんだよ」
本来ならまずいことではないし、何なら主神である太陽の神もノリノリだから全然良いらしいが、祭の直前にやられると召喚は神様も断れなくなるしで結局太陽の神様は怒ってしまう。
で、彼女は言わずもがな独裁者なのであの女は殺されてしまうのだ。そうなれば彼女の不機嫌は民衆へ向かうかもしれない。今まではそんなことがなかったのだが何の偶然か、この年だけは被ってしまったのだ。
「その女性が神の召喚を解除させるのはどれくらいですか?」
「大体一週間だから普通だと間に合わない」
メリンテ砂市の人に止められる術はない。だから三人にお願いしてきた。神を天界に戻してくれないか、と。それは先ほどもやっていたことだし自分たちがやらなかったら旅先の人に損失が出てしまうと考えるのならば絶対に引き受けた方がいい。
ということで店主の願いを引き受けた。今日は夕方でダリアも舞の稽古を行わないといけないため首都に帰って明日また来ることにした。
* * *
「今日は砂市にずっと滞在、って感じになるのかな」
「どうだろう。女の跡を追って砂市にいないと分かれば一応別の地域にも行けるけど」
女――マルガリタの移動範囲はルツィヒ大砂漠の間らしいが移動手段を何も持っていなかったことを考えるとこの国だけを捜索すれば良いとフレッドは考えた。
「いや、相手は神を宿しているんだ。しかも砂漠地帯を支配する太陽の神。移動手段の有無とかは考えない方がいい」
さすがは神官を務めていただけある。説得力がまるで違う。今までにあったことを思い出したのか嫌そうな表情を浮かべている。神に不可能なことはほとんどない。ユーリは実際にそれを体験してきたらしい。
二時間ほど市民から話を聞いた。どうやらマルガリタは太陽の神だけに飽き足らず別の宗教の神を降霊させたりしているようだ。
噂に上がっているのが『楽園の神殿』というもの。ユーリみたいなのは例外だが、降霊させるためには基本的に神殿が必要だ。
一回だけ彼女がオアシスと口から漏らしたことがあったらしいのであるかわからないオアシスとやらに神殿があると考えていい。
フレッドは地図の中で怪しい場所を探して向かってみることにした。
三人で考えた結果、ルツィヒ大砂漠の通称蟻地獄と言われる場所とルミナリーの中央にある蜃気楼らしき場所が怪しいと踏んだ。
場所的には蟻地獄の方が近かったので先にそっちへ向かう。
何もなかった。三十分ほどかけて歩いてきたのだがマルガリタいたという気配も精霊も全くもって見当たらない。無駄足だったかとため息を吐き次の蜃気楼へ身を運んだ。
立ち入り禁止、と書かれているところがフレッド達の探していた『蜃気楼』らしい。曰く、何人も神隠しに遭うようなエリアだから神に魅入られない自信のある者だけが入っていいようだ。
この条件から、ダリアは絶対にここに入ってはいけないだろう。踊っただけであんなに好かれているのだ。こんな『どうぞ誘拐してください』みたいなゾーンに入れさせるわけがない。
とはいっても彼女を一人きりにさせるのは不安だったのでユーリと一緒に居させることにした。つまりはフレッド一人の探索となる。
「それじゃあ行ってきます」
「頑張って見つけてください!!」
そう言って魔法陣に足を踏み入れた。もちろんそこに魔法陣があるなんてことは知らない。数秒の沈黙が辺りを包み込む。普段は温厚な表情を貫き通しているフレッドも流石に苦笑いをしてしまった。これは現実か? と。虚構であってほしかった。というか絶対に戻れない気がした。
フレッドは戻ることなどしなかった。もう神隠しに遭ったならばそれでいいや。なんてのんきに考えながら光に包まれた。
「ここはどこ……ってうわっ!?」
「やっと来た……遅かったね」
「誰ですか貴女!?」
大層焦った様子で髪が白く瞳の真っ赤な女性を指さす。あれ、と思った。前はこんな神々しい風貌じゃなかったはずだ。もっと掴めない感じで、恐ろしい。第一印象はそうだった気がする。だから多分、フレッドを見て知ったような口をきいているのは勘違いで、マルガリタではない誰かだろう。
「恐らく人違いですよ。ところでローブを着た女性を見かけませんでしたか?」
「マルガリタなら捨ててきたんだ。大丈夫、貴方の嫌いな殺しはしていないから」
白い肌を持つ少女は蜃気楼の向こう側にある楽園を指さす。そこには目をかっ開いて倒れているマルガリタがいた。色々なスピリチュアルグッズを持っているから担いで帰るのは難しそうだ。そんなことは置いておいて、フレッドは誰なのかと再び問う。
「大方予想はついてるんでしょ」
「……太陽の神」
せいかーい、といじらしい笑顔をフレッドに見せる。やはり女神で美形だからか少しだけ心が揺れ動かされる。
「流石はチェ……フレッド君だねー」
「どうして僕の名前を?」
「神に出来ない事なんてないんだよ」
フレッドは、はぁと呆れる。神で何千年も何万年も人間を見て達観しているはずなのにまるで本当の人間みたいだ。まあ、多神教の神は大体人間臭さがあるし別に当たり前といえば当たり前なのだが。
「うーん。ちょっと一緒に話さない?」
ここで断ってしまえば絶対に殺される。拒否する理由もなかったので近くにあった岩場に腰かけて話をする。
「懐かしいね。ナースチャはどうしたの?」
「……はい?」
「もしかして喧嘩中だった? まあどうせすぐに仲直りしちゃうんだろうけどね。やっぱり仲がいいよねー」
「何を、言ってるんですか」
フレッドは困惑していた。彼女はフレッドのことを同格の神様と見做して話しているのか。ナースチャと呼ばれる人にも、喧嘩というのも記憶がない。だが、何かが共鳴していた。絶対に見つけなさいという天啓がいまにも聞こえてくる。
太陽の神は驚いていた。フレッドに似た人が五千年前にもルミナリーを訪れて彼女を神格化させたらしい。彼女にとって彼は命の恩人に等しかった。
「もし何か思い出したらここを訪れてね。ナースチャにも会いたいから出来れば彼女も連れてきて」
聞き覚えのない名前だがなぜか愛着が沸く。もし太陽の神を知っている『ナースチャ』という愛称の人がいれば連れてきてあげようと心に誓った。




