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或る御者の旅  作者: 駱駝視砂漠
第二章
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第二十七話 火山の中に佇む者

「ここ何度あるのさ……というか外界とこの火山だけで温度違いすぎない……? これは歩けなくて当然だよ」

 ユーリは不満げにそう言う。確かに、そとのチル=ゾゴール連邦王国の平均気温はマイナス十度でこの火山周辺の気温は四十度を超えているが。


「ユーリ君、それを言ったら今まで一度もあの領地から出てないダリアさんが平然と歩いているのはどう説明するのかな」


 二人はダリアのことを見る。生き生きとしていた。何なら、街にいた時よりもずっと顔色がよくなって彼女が生きているということを実感できる。こんな地獄のような場所で笑っていられるのは最早異常以外の何物でもない。


 フレッドもユーリほど萎れている訳ではないが暑いという感情が勝ってしまっているので魔物が出てきても対処するのに五秒ほど時間がかかってしまう。


「お二方、そろそろ火山の山頂部に来ましてよ!! あそこは転落とか溶けないようにするために結界が張られていますので十分に捜索できますわね!!」

 とのことである。エルタイ火山聖結界は調査をするために作られたもので、結界のある場所では暑さをほとんど感じなくなったり胎動するマグマに触れても一切体に影響がないという優れたものらしい。


 ただし、体力は二倍吸収されていくようだが。それを聞いたユーリは絶望していた。先ほどの大聖堂の件では威厳を持って発言していたはずなのに運動が関わればすぐこれである。

 そういえばテーリア共和国のときもこんなことになっていたか。ダリアは笑うこともせず、さも何もないかのようにユーリのことをひょいと持ち上げる。


「もし歩けないならわたくしが足となりますわよ、ユーラ?」

 意地悪な笑顔を浮かべながら言っていることに全く気付いていないユーリはそのうだるような暑さとほんのわずかな恋心のせいか、また顔が赤くなった。今日だけで何回顔の色が変化しているのだろうか。なかなかに興味深い。


「いや流石にダーリャに負担させすぎだから自分で歩くよ!!」

 適宜水を飲みながら三人は結界装置の場所まで歩いて行く。途中、本当にユーリがぐだってフレッドが抱擁したが彼の名誉のためにも詳しくは言わないでおこう。そんなことをしていたら想像よりもあっという間に山頂付近に辿り着いた。


 マグマが生きていた。結界があるから今は安心して見られるが、その光景は人を恐怖させ、絶望させるだろう。沸々とマグマが蠢いているのを見てこの惑星の神秘について考えた。


「えっと、とりあえずマグマの中に入りますわよ……ちょっと怖い」

「それでは僕が入りますよ。大丈夫だと判断したら降りてきて下さい」

 そう言ってフレッドは飛行魔術を使いながらふわふわと灼熱の液体に足を乗せる。瞬間、フレッドの周りに球体ができて彼を暑さから守る。彼のことを眺めていた二人も安全だと分かり一息ついてから共に落下する。


 この火山は成層火山という分類に分けられていて、数百万年という長い時の中で何千回と噴火するらしい。地上に降ってきたマグマは結界で防げるが火山灰などの火砕物や溶岩は直撃したら死にかねないので噴火したらすぐに逃げると三人で誓って先に進む。


 どうやら、宝石を手に取った瞬間火山の番人が怒って噴火させるらしいので見つけても触らないようにとユーリは言った。


 * * * 


「全く見つからないですね……当然といえば当然のことですけど」

「ここら辺に巨人族が歩いたような足跡があるんだけどさ。追跡してみても良いのかな」


 フレッドはユーリに手を引かれて足跡のある先まで連れて行かれた。確かに大きい。人間の身長の十倍はあるのではないか? じっくりと解析してみるとマグマとはまた違った成分の炎が混じっている。番人が他の幻獣やらを許すとは思えないのでここを歩いた巨人族とやらが番人なのだろう。

「ダーリャは見つけられそうかい?」

「ないですわー。別の火山もあるので他を探してみても良いんじゃないかしら?」


 ダリアの言う通りだ。他の場所もあるのならばそっちを捜索した方がいい。一箇所に集中するよりも全体的に探せば可能性は高くなるはずだ。結界は装着したまま別の火山まで移動できるようなので今度は躊躇いなく火の海に飛び込んだ。


「……少しは慣れてきたかな。フレッドはそこの赤黒いところを探して欲しい」

 ユーリが指差したのは半径三メートルくらいの小さな小さな場所だった。他はメラメラと燃えるようなオレンジ色だが、そこの部分だけは血のように悍ましいのだ。この火山で何かがあるとすればそこにあるとしか考えられない。


「……? こんなところにレバー?」

 マグマの上を歩いて血の色の場所にきたフレッドは早速強烈な違和感を覚える。なぜこんなところに人工物があるのだろう。しかも何に使うのか全く分からないものが。レバーを引いたら何かが起こるというのは確実なのでフレッドは他の二人に忠告してから行動した。


 ゴゴゴ……という轟音と共に、二人の姿が見えなくなった。キャーやら、わーやら叫び声はきちんと聞こえているので遠くにいるということはない。……はず。


 とりあえず竜の涙の捜索よりも二人を見つけ出すところから始まった。数分歩いているとユーリたちの声も聞こえなくなり一気に静寂が彼を襲った。こんな神秘的で恐ろしい場所にただ一人取り残されていることに吐き気を覚える。一回だけ屈み、二人の名を呼びながら周囲をうろついていると、フレッドの目の前に突如として黒い空間が現われた。


 そこから光が漏れ出ているということはそこに二人がいるに違いない。確かダリアは最近発明された懐中電灯なる物を所持していたはずだ。そしてその光は宇宙までも直進するらしい。だから一筋の光が見えて一安心した。


 深淵の先は何があるのか本当に未知数なのでとるに足らないランプで辺りを照らしながら飛行魔術で降下する。降り始めてから一分位したとき、足がどこかに着地した。恐らくはここがこの火山でもっとも深い場所なのだろう。


 あれだけ火山の中を満たしていたマグマも一緒に降りてきたようだが、今はフレッドの足しか埋まっていないほどだ。これほどまでに広い場所というのは初めて見た。というか、ここは多分チル=ゾゴール連邦王国の全てに繋がっている場所ではないだろうか。この寒さも、一か所に集中しているマグマのせいで地下に熱が貯まらずに冷気が地上を襲っているという考察も出来なくはない。


 きっと、ここを進めば何かがあるはずだ。

 空は見えない。

 視界を覆うのは九割九分の闇とたった一分の光。


 とりあえずは二人と合流するために光のある方へと走っていった。



「ああ良かったですわ!! 無事に合流出来て」

 ダリアはほっと一息をついていた。ユーリは彼女が痛まないように抱っこしてフレッドのことをずっと待っていたらしい。

 ユーリの予想はほとんど合っていた。あのレバーが引き金となってマグマが深淵に転落してきたのだろう。だいぶ雑な隠し方だったがこの火山群は無数にありしかも細かい所まで探すような人はそうそういないはずなので面倒くさくなってこうなったのではないだろうか。


 ダリアがユーリに抱擁されているということに気が付く。最初はキョトンとしていたが、心なしか顔にほんのりと赤が乗っている。


(早く付き合っちゃえばいいのに)


 フレッドは初めて人に対してそんなことを思った。


「ユーラ、この先は何があると予想する? 私はやっぱり宝石があってほしいわね!!」

「うーん。現実的に考えるとやっぱり門番じゃないかな。というか、戦って観る宝石の方が綺麗だと思うなぁ」


 二人が深淵の先にある物予想の会話で花を咲かせていた時、フレッドは今の状況をきちんと整理していた。

 まずは竜の涙というものについて。これに関してはある程度予想はついている。北の、チル=ゾゴール連邦王国ほどではないが極寒の地に伝わる神話では死者の国に辿り着いた光の神の死によって流した涙を花の女神によって宝石に変えられたものだという仮説に至った。


 次に番人についてだが、北の神話の最終戦争で世界を焼き尽くしたスルトという巨人族がいる。全身に炎を纏っているらしいので以前の火山にあった足跡はその巨人と一致している。


「そうなるとスルトになるか……」

「なにかありましたの? フレッドさん」

「いえ、特にはありませんよ」

 フレッドは安心させるために微笑みを浮かべた。三人は肩を並べて歩く。


 そこにはヘイムダルという神がいた。人間界と天界を繋ぐ橋の見張りを行っているものだ。三人が願うと、何も言わずに門を開けてくれた。笛を大きな音で響かせながら。


 その瞬間、門と虹の橋は焼け消えて地獄、と形容できてしまうような光景が展開された。炎を携えてフレッド達を睨むはスルト。即座に戦闘準備に移行する。

 殺意を包み隠さず何も言わないで攻撃してきた。


 スルトが手で振り払ったのは温度にして千万度の熱を帯びた炎。何ということか、太陽の表面温度を軽く超える攻撃を当たり前かのように繰り出してくる。結界のおかげで熱さはなんとか凌げた。これがなかったら今頃は骨も残っていないことだろう。


 自分は今、世界を滅ぼした神と戦っているということを自覚して詠唱を行う。


 剣は駄目だ。どうやら人間を除くスルトに攻撃できるものは結界の加護の対象外らしい。先ほどユーリが半ば諦めかけて投擲していたが取り出した瞬間に溶けていた。

 ならばすぐに展開できる魔法陣を描くための紙も同じだろう。取り出した瞬間にドロドロと溶けるところが目に見える。


「フレッドさん! 貴方は時間稼ぎをして頂けませんか? 私がトドメを刺しますわ!!」


 フレッドは頷いてすぐさま彼の懐へ走った。即興で詠唱できて魔法陣の要らない魔術式を次から次へと魔力を込めて巨人に向けて放つ。

 スルトも少しふらついていたものの攻撃をものともせずにフレッドに炎剣・レーヴァテインを振るった。


 フレッドはそれを避けた。だが。


「……っ!?」


 それは細い枝のように分解し、再び剣のように固くなってフレッドのことを襲った。それは世界樹を縮小させたのかと思うくらいに壮観なものだった。

 細い枝はフレッドの体内に入り込み着々と蝕んでゆく。スルトの攻撃を十回受けた時、フレッドの右腕が引きちぎれた。


「神よ、目の前で邪神と戦う青年に祝福与えよ!!」


 遠くからユーリの声が聞こえた。彼が短く唱え終わった時には既にフレッドの体は全回復していて、五体満足で次の攻撃を行おうとしていた。


 手からは何やら神々しい光が溢れ出ている。本能がもうやばいと言っていた。とりあえず目の前にいる敵をぶっ倒すために利用させてもらおう。

 祝福を受けた者に詠唱なんていらない。ただ思考していれば良いだけなのだから。天啓に近しいものが降りてきていた。そこはこの魔術を使いなさいだの何だの。うるさかったが実際に使ってみるとスルトには十分すぎる効果を与えていた。


「というか貴方は誰なんですか!?」

『まあまあ、君と友人になりたかった奴だよ』


 そんなことを言っていたが客としてこんな声質の人を乗せた記憶がない。女神ですらも惚れ惚れとしてしまいそうな声ならば絶対に気がつくはずなのだが。

「ダリアさん! 今です!!」

「分かりましたわ。請来【霜の巨人】!」

 彼女が長い長い詠唱を終えた後に放ったその言葉は炎の巨人に大打撃を与えた。巨人の軍勢は霜によって凍りつき、スルトも足から徐々に凍っていく。


 どこからか出現した『勝利の剣』でダリアはスルトを一刺しする。彼女は賢く、そして正しいものであったので本来の効能を発揮した。刺した部分からは勝利を表す古代文字がびっしりと出現し、彼が膝をついた瞬間に辺りが花で埋め尽くされた。


 古代文字の節々にも花が咲いている。地獄に咲く花は可憐で――しかしながら神の命を奪えるほど恐ろしい。


『それじゃあまたね……今度は君が思い出した状態で話したいな』


 どうにも胡散臭い人だ。掴みどころがないというか怪しいという言葉を擬人化させたらあんな風になるのだろう。一応フレッドもさようならとだけ言って別れた。

 スルトは倒れ込み、熱を失っていた。一週間もしたら完全回復するようだ。彼が起きないうちに宝石探そう。


「あった!!」

「ユーラ、早いですわね!?」

 とても目立っていた。多分マグマの中に隠されていたとしても絶対に分かっていた。それくらいだ。

 ユーリが両手でそれに触れると周辺が黄金の光で埋め尽くされた。花も、金色の光と混ざっていて大変儚く見える。


 後から聞けばこれは全世界で起こっていた事象だという。その光が差していた時だけは全世界が幸せになっていたらしい。ダリアが目をまん丸にしている中、そんなことも気にしないでフレッドは尋ねる。

「ユーリ君、あれは何ですか? 君は詠唱した瞬間に神の権能が使えた気がするんですが。あと天啓も」

「あれは神架教の唯一神をフレッドの体に卸しただけだけど……おかしいなあれはただ傷を癒すだけの効果だったはずなんだけど」


 謎を抱えたまま、結局それが明かされる訳でもなく三人は街に戻ってホテルに宿泊した。

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