第二十一話 光雷奇想曲
「もう満腹……こんなに食べたのは初めてだよ」
「確かに僕もユーリさんに押し付け……結構あげましたから」
やはり強要されていたのかと恨めしそうにフレッドの方を睨む。囚人となった今はほとんど何も食べていないらしく、かなり多いものとなっていた。
フレッドも、想像のはるか上を行くほど多くて正直驚いていたところである。それは二人で分け合って――というか押し付け合いで何とか完食した。
正午を過ぎ、消化もなかなか進んできたことで動けるようになった。公園で休憩していたフレッドは読書を止め、立ち上がる。彼の読んでいた小説をのぞき見していたユーリもそれにつられて立った。
そこにいた人たちの話を盗み聞きしてみるに、どうやら花の公園と水の都なるものがあるようだ。御者を何年かしているのでフレッドが聞いたことがない、なんていうことはなかったが彼の隣に立っていたユーリは不思議そうな眼差しで御者を見つめる。
「水の都って――沈んでいるんですか?」
「実際に見てみればわかることですよ。花の公園は少し遠いだけですが水の都は国境ぎりぎりのところにありますから明日一日行きましょう」
ユーリはそれに賛同する。微笑んでから覚えている限りの『花の公園』までの道のりを辿っていった。方向が分からないがとにかくレオンハルトから聞いたことのある道から何とか連想して目的地まで向かおうとしていると、ユーリがフレッドの袖を引っ張る。
頭に「?」を浮かべていると彼は苦笑しながらこう言う。少々考えすぎではないだろうかと。確かに、旅をするのに考えすぎるのはあまり良くない。そもそも行き当たりばったりで行うのが旅ではないだろうか。
「本当に今日中に辿り着けなかったらごめんなさいとだけは言っておきます! 行きましょー!!」
「流石に吹っ切れすぎじゃない!?」
紳士然とした立ち振る舞いから一転、歳と同じかそれ以下の精神年齢かと思った。もう思考するのを諦めたようで純粋に観光を楽しんでいる。まるでフレッドが客かと思ってしまうくらいに。
こんなにはっちゃけたのは久しぶりだと。彼は満面の笑みを浮かべながらそう言っていた。正直はしゃがれても構わないし何ならそっちの方が人間味があるのでユーリは何も言わなかった。
それからというものの、花の公園に到着できる兆しは一切見られなかったがそれでもとても楽しかった。何でも売っている屋台に、優しい国民。少々警察の目が怖かったのも、見つからないように行動できると考えればとても楽しいものへと変わった。まるで少年の頃に戻ったみたいに。これほど幸せな時を客と過ごせたのはこれが初めてではないだろうか。
「あっ、到着しましたね……花の公園への入り口はこちらですと書いていますよ」
目的地への到着というのは道を探しているよりもあっけなく、驚きがないものだった。二人は入園するために受付へ向かう。これは経費で落とすことが出来ないので自動的にフレッドの自腹になってしまうのだが経験のためなら金はいくらでも払おう。
「二人分チケットを頂けますか?」
「は、はいぃ……料金はここに置いておいてくださいっ」
受付嬢のような女性が顔を真っ赤にしながらチケットを探すためにどこかへ行ってしまった。そういえば先ほどからジロジロとみられている気がする。主に女性から。慣れているから別にいいが、ユーリが不自然そうな目で辺りを見回す。
「不快ですか?」
「いや……というかさっきと性格違いすぎだろ……」
五賢人の公爵令嬢から一目惚れされて追い掛け回されただけはある。というか、彼女から告白される以前は集団が出来てしまうほどに囲まれたこともあるようだ。
「色々な方から好かれているんですね」
「まあ恋愛とかそういうことは興味なかったからさ。付き合えって言ったのも親だからしょうがないよね」
フレッドは苦笑する。まあ、フレッド自身も職場で囲まれることは多々あったので分からないでもないが。のらりくらりと躱す方法の一部を教えると、目を煌々とさせて興味深そうな表情をしていた。なるほど、と。
とりあえず笑顔を振りまいておけば何とかなると聞いて今度収監が終わったら一回やってみようとユーリは決意した。
「こちらが二人分の入場券です。あちらに渡して下さい」
フレッドが二枚分受け取り、そのまま門のある場所まで移動する。すぐに入場を許可されて大きな門を通り抜けた。そこで見えたのは花ばかり。どうやら人工的に育てたものもあるが自然に生えてきたものも多いようでそれらが自然の壮大さ表現していた。とても豪華絢爛だが整っていて美しい。
「これ、一体何なんだろう?」
そう言ってユーリは一際目立っていた一輪の花に手を伸ばす。どうやらある人の死によってとても悲しんだ神が落とした十粒の涙が全世界に広まってその一部がこの花のようだ。
世界に広まったいわゆる改造版は寿命があるのだが、最初に落ちてできた十本は雨が降っても人に踏み潰されようと可憐に咲き続けているらしい。まるで神の悲しみは無くならないと言わんばかりに。
「想像できない。神がたかが人間のために悲しみ涙までこぼすなんて」
ユーリは神の存在を信じているが、人間に有利なことをするとは考えていなかった。あくまでも世界を見て壊れそうになったら少々干渉するだけの傍観者。人間という、神にとっては矮小な生物に一々感情移入するどころか涙を流すなんてことはあり得ないと彼は考えていた。
確かに神は全てにおいての上位存在であり他の生物だっているのにわざわざ人間だけに肩入れする必要はないだろう。
花『ティアーズ』を通り過ぎて行くと、そこには光に満ち溢れた空間があった。陽光が花畑に差し込んでいて、それと対応するような花々が個々で咲いているから平均的に奇麗なものとなっている。様々な花が優雅に咲いている時、黄色い花を見つけた。
ヒマワリというもので太陽のある方に向かって咲くことから『サンフラワー』とも呼ばれているらしい。他の花にはあった、儚さや優しさはどこにも見当たらない。生命力の溢れる凛々しい立ち姿である。フレッドがじっくりとそれを見る。
「なんだか懐かしい感情になりますね。実際に見たのは初めてですが」
花の公園はゴミが一切落ちておらずそのお陰もあってか、全く不快感を募らせることなく夕方のかなり遅い時間までじっくりと過ごすことが出来た。
出口に書いてあった情報だが、この公園にはなんと十万種はあるようだ。道理で土地が大きいわけである。というか、国の地図を見てみたところ、なんと国土面積の二十分の一を占めているとは。
テーリア共和国は総面積がかなり広いほうなので、リャーゼン皇国の地方の一部くらいはあるのではないか。
それを踏まえると当然の話ではあるが、まだ見きれていないところもあるらしいのでそれらは今度一人になった時に行こうとフレッドは心に誓った。
* * *
二人は走って帰っていった。雨が降り、無数の雷霆が地上を襲う。自然災害に人間が抗えるわけもなく、他の人達もただひたすらに逃げているだけだ。
どうやらテーリア共和国の北部では雷が落ちやすいようで、花の公園や首都を含む国の中枢機関となっている場所はよく損害を被っているようだ。なぜそんな土地から首都を移動させないのかと言うと面倒くさい天候にすることで他国から襲撃されるような可能性を出来るだけ低くしたいらしい。
そして先ほどの文脈から察せられる通り、この国には天候を変化させることの出来る凄腕な魔術師がいるとかいないとか。
というのも、実際に見たことのある人はいなく、ただの伝説として取り扱われることが多いらしい。
「はぁ……ユーリさん、大丈夫ですか」
「ごめんちょっと無理かもしれない」
獄中にいたときは当然だが運動することは一切ないどころか動くことすら、一日に一回の食事を受け取るときだけだったらしい。だから五十メートル走る前に息切れが多発していたのだ。
外は危ない。雷にいつ当たるのかは分からない。
「わぁっ!?」
ユーリが突然しゃがみ込む。
聞こえるのは雷鳴。轟音であった。先ほど光はしていたが音が鳴っていた訳ではないのでこれが前の一回分ということだろう。かなりの時間差があったから遠くだと考えて良いが、遠距離からでも音が聞こえたということはかなりのエネルギーで地上に落下したのだろう。
フレッドはそんなことを思いながらユーリに手を差し伸べる。
「立てますか?」
「……うん」
そうは言っているがなかなか立とうとしない。怖くていてもたってもいられないのだろう。誰にだって怖いことの一つや二つ、存在する。
フレッドはいとも簡単にユーリを抱きかかえた。急に地面に座っている感覚がなくなって彼は目を点にしていた。中が空洞化しているのかと思ってしまうくらいに軽い。
「なんで持つんだよ!?」
「僕が受けた依頼は『死なせずに』ユーリさんを護送することですから」
それだけを端的に伝え、雨の中を駆け抜けた。暗闇の中を走り、たまに光ったと思えば音が鳴る。そんな光景の繰り返しだった。
光った。その場所はフレッドの丁度真上。すごい速さで落下しているので逃げることは不可能。あり得たとしても重症で生還だろう。ならば防御するしか。
「!?」
フレッドが自分から雷に触れた。ユーリが衝撃を受けたような顔をしたがそれもそうだろう。自分から死にに行くなど正気の沙汰だとは思えない。
だが、実際にはフレッドは死ななかった。いや、それどころか傷一つも負っていない。というか直撃を免れているのだ。どういうこと、とユーリは思わず呟いていたが話す余裕もなかったようで水たまりを踏んづける音と雷鳴だけが空間にただ虚しく響いているだけだった。
とりあえず無事にホテルまで辿り着けた。フロントロビーにいた全員が雨で濡れている二人を不思議そうな目で見ていたがそんなことを気にすることができないほどに必死だったので階段を上がって自室に入る。
「大丈夫ですか? 今は怖くないですか」
「ああ、うん……」
何とも言い難いような表情をユーリが浮かべていたのでどうしたのかとフレッドは尋ねる。
「さっきお前がやったあれ、何なんだ?」
「あれ、と言いますと……」
心当たりが全くないようで、ユーリは先ほどの雷がフレッドを躱して地面に落ちたということを指摘すると、思い出したかのように説明を始めた。
「あれは魔術の一つですよ」
フレッド曰く。雷というのは『イオン』というもので構成されていて、イオンも二種類に分かれている。雲で発生した一種類と元々地面にある一種類を均等にさせるために落雷というのは発生しているらしい。
それを利用したのがフレッドの術式で、雲の上で発生した一種類のイオンを手の一極に集中させることによって反発し合う力が生じ、結果的に別の方向へ軌道が逸れるようになっている。ちなみにイオンは大気中に漂っているのでそれを集めれば良いだけだった。
「結局、世界は均一になりたいんですよねぇ」
それを聞いたユーリは唖然とした。
「雷霆とは神の怒りによって落とされるものではないのか?」
「そうですよ」
フレッドがバッサリと彼の意見を切り捨てた。
「ユーリさんの考えていけば神様が人間如きに怒りを露わにする必要は微塵もないはずです」
彼の意見はあまりにも正しすぎてツッコミどころが全くない。確かにとユーリは呟いた。そしてフレッドがホテルの天井を見ながらボソッと発言をした。
「結局、この世界の事象の大体は説明できてしまいます。僕達は奇跡で魔術を行っている訳ではありません。理論的に式を組み立てているだけなんですよ」
それは実質の奇跡なんて存在しない宣言だった。フレッドは奇跡など信じてはいないらしく惑星上の全てが決まりきったレールの上で歩いているだけであると考えているようだった。
だが全ての事象が説明できると言ってもまだ解明されていない謎は数え切れないほどたくさん存在する。興味深そうな顔をしていた。フレッドが本を読み出すと、ユーリが呟いた。
「フレッドは頭が良いんだね」と。
「それほどでも」
フレッドは少しだけ嬉しそうな表情を浮かべてそう言った。
やはり照れ臭さがあったのかフレッドはその気持ちを隠すために閉めていたカーテンをわずかに開けた。
空を覆っていた雲は完全に消え去っていて、その代わりにまん丸の月と、目が眩んでしまうほどに明るい星が姿を現している。嵐のような時間はとっくに過ぎたと安堵して、ベッドへ戻っていった。




