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或る御者の旅  作者: 駱駝視砂漠
第一章
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第一話 ようこそ魔術大国へ

「フレッドさんは何で御者になろうと思ったんですか? 貴方ほどの魔力と技術があれば魔術師になっても良いはずなのに」

 どこからかセレンはフレッドの魔力検査の話を聞いていたらしい。困ったような顔を浮かべてフレッドは喋り始めた。


「僕は旅がしたいんです。魔導団などの組織に入ってしまったら遠征以外で国外に出ることはないでしょう?」

「じゃあ何故旅をしたいんですか?」

「……分かりません。けどそれを見つけるために旅を望んでいるのではないでしょうか」


 彼女は妙に納得したような表情になり、チビチビとテーブルに置かれている紅茶を飲み始めている。

 二人は今、人気のありそうなカフェにいる。外には老若男女たくさんの人がいて更に一キロほど遠くまで並んでいる。開店がいつになるか分からない不定期営業のようで、一ヶ月のうちに三回しか開くことのない『伝説』の店らしい。


 最初は二人も疑問を抱いていたが店に入った瞬間に分かった。匂いがとても良く、従業員の態度も丁寧で。

 そして全て魔術を使って調理されているのだ。流石は魔術大国だ。魔術を日常的なものに置き換えて更にそれを発展させている。

 フレッドの頼んだ紅茶は深い赤の色をしていて、味もまた深かった。


「ところでセレンさん。この国の情報は調べているんでしょうか」

「はい!! えーっと……人口が千万人、主な宗教は神架教らしいです」


 神架教というのは世界のおよそ六割の人が信仰している有名な宗教だ。魔術の研究も神という存在について明らかにさせるためか世界で一番進んでいると聞いたことがある。魔術というのは神のものであり人が新しく創り上げてはいけないとか何とか。だから神架教は研究こそ進んでいれど魔術式の開発などに関してはどこよりも進展していない。

 しかし神架教を国教としているものの目覚ましいくらいに魔術式の創作を行っている国があった。それが神聖バグラド帝国という訳だ。なので一部信者からは忌み嫌われているような国らしい。

 フレッドもセレンも神架教ではなく単なる好奇心だけで動いているような人間なので驚き困惑すると同時に嬉しかった。もちろん表情には出ていないが。


「うーん……文化や歴史について調べるのなら国立図書館などが良いと思いますがそれだとありきたり過ぎますよね……発表もするから被らない方がいいかな」

「確かここの国には不老不死がいるという噂があったと記憶しています。その方に話してもらうのはどうでしょうか」

「それって凄いことじゃないですか!! どこからその情報を貰ったとかはありませんか?」

 情報元を聞かれたフレッドは首を傾げる。噂はあくまで噂。それ以上でもそれ以下でもない。それに誰からの情報か、覚えていなかった。十歳頃にはすでにその情報は脳に刻み込まれていた気がする。セレンのいう通りただただ図書館で調べるだけでも課題はこなせることだろう。だがそれだと発表するとなった時に他の人との差別化を図れない。ならば一か八かで不老不死の人物を探してみるのがいいだろう。文化に関しては街を眺めればある程度分かることだし歴史に関しては最悪、文献から全て持ってくれば良いのだから。不老不死の人物を捜索した方が手っ取り早い。


「それじゃあどうやって探せば良いんですかね?」

「その不老不死の方が魔術を使ってそうなっているのか、あるいは元から非人間なのかは不明ですが前者の方であるならば魔女という認識でいいと思いますよ」


 あそっか、と彼女は思い出したように手をポンと叩いた。

 魔女というのは神架教の行っている【魔女狩り】に見つからないようにしていることが多い。そのためには普通の人に紛れて日常生活を送る魔女というのが最近までは一般的だったそうだ。しかしそれでも信者に遭遇してしまう可能性は否めないので人に会いたくなくなった。

 そこで、だ。人と接触しなくてもいい場所はどこか。そう、自然豊かな場所だ。

 大抵の人間は文明の発達している地域を好む。何でも便利に扱えるからだ。正確に言えば森などが人気らしいのだがそれは事実ではないかもしれない。正しいかそうでないかはフレッドには分からないことだった。

「けど、魔女のいる森は結界があってそこに侵入してしまえば最後、二度と帰れなくなるという話が有名ですよね」

「そこのところは行けば分かることじゃないですか? 多分」

 結界がなかったとしたら魔女がいない、あったとしたら探す価値はあると考えていいだろう。フレッドはいるかもしれない魔女に期待をして泊まる場所を探し始めた。


 * * * 


「魔女の捜索は明日からって事でいいんですよね? ……うん、これ美味しい」

「でしょう? この国は料理も美味しいと御者の中でも有名だったのでとても期待していたんですよ」

 二人は大衆食堂にやって来ていた。高級店というのもあったものの、セレンの予算外でしかもフレッドも高いものを食べる気はなかったため、美味しいかつ安いところを探していたときに食堂の看板を見つけたのだ。


 未成年のセレンと酒に強めなフレッドは完全に素面だが、他の客が絡んできたりして中々に楽しい時間を過ごしていた。出てきた沢山の料理も他の人達と分け合って相談などをしていた。一人の男が羨ましげな目つきをしてフレッドに語り掛けてきた。

「お前はいいよなぁ……御者だろ? 旅をしながら稼げるって最高じゃねぇか」

「そうですね。僕は旅が好きなので嬉しいと思いますよ」

「お前も旅を望んでいるのか。どうせ好奇心一つで旅してるんだろ? じゃあ教えてやるよ。この国にいる『魔女』の話を、さ」

 エレンの表情が変わる。フレッドも不思議な表情をして魔女に関する事情をその男――カルロスから聞き出そうと沈黙を守った。


 カルロスは詠唱も何もせずに時を止めた。証拠に、エレンとフレッドとカルロス以外の動きが完全に停止し、そして色が失われて灰色へと変わっている。魔術大国のここでも考えるだけで時を止めるというのはとても高度なことではないだろうか。そこでカルロスが魔女と何らかの関係を持っていることを察することが出来た。


「時を止めてまで話したいこととは何ですか」

「こうでもしないと【魔女狩り】の処刑対象になりかねないからなぁ」

 酔いはどこに行ってしまったのか、フレッドの隣に座っている彼はまさに冷静そのものだった。どういうことかと訝しみながらも尋ねる。

「俺、酒は強いからさ。ほら、酔っている風にすると誰でも油断するだろ?」

 そしてもう一回酒を飲む。瓶を乱雑にテーブルへと置くと遥か昔を懐かしむように話し始めた。その碧色の瞳はどこか遠くを覗いているようだ。

「そこのお嬢さんとはどういう関係なんだ?」

「私は学生で、他国の文化や歴史をまとめて発表するという休暇中の課題をこなすために旅をしています」


 その言い方だとサアドネ魔術学園だろ、と自信満々に言う。

 サアドネ魔術学園というのはエリヤウェ地方のフレッドの出身国・リャーゼン皇国が代表する天才を育成する学園というものだ。学生ということは知っていたものの、まさか世界最高峰の学び舎に所属していてしかもそこの特待生ということに驚いていた。

「なら、ヒュライゾの森に魔女がいる。建国時代からずっとこの国を見てきたらしいからありとあらゆることを知っているから聞いてみるといいぞ」

「どうしてそこまで魔女の詳細を? あとなぜ【魔女狩り】に参加しないのでしょうか」

 カルロス曰く、捨て子だった彼を拾って森で匿ってくれたのがヒュライゾの森の魔女らしい。それ故か魔女が悪い人ではないというのを知っている。人々が勝手に悪いように仕立て上げているだけだ。

「場違いな質問かもしれませんが、魔女は不老不死ということで合ってますよね? なら魔女狩りで処刑されても死なないはずですが」

「まあ……そういうことだ」

 つまり今まで処刑されていた人たちは全てが冤罪だったのだ。何と無く冤罪が多いのではと考えていたがまさか処刑された人全員が悪くないとは。しかも魔女も悪い存在ではないと来た。彼の話によると魔術を極め過ぎた者が魔女になるだけであって悪魔と関係を持ったからと魔女になる訳ではないらしい。


「この国は魔女に対しても割と優しい方だからな。熱狂的な信者がいない時は出歩いているらしいぞ」

 話がここで終わる。時がまた進み始め、それと同時に大衆食堂の音は大きくなる。貴重な話が聞けたとカルロスへお辞儀をし、店に代金を支払ってから冷たい冷たい夜の中に飛び込んだ。

「魔女、本当にいたんですねー。私達が会っても良いんでしょうか」

「信頼できると判断したからこそ彼は話してくれたんだと思います。だから……良いと思いますよ?」

 食堂からホテルまでは意外と遠く、二人は凍える風に当たって寒がっていた。こんなに寒くなるとは思っていなかったので羽織るものも持ってきていない。

 フレッドの持っていた全世界の国情報で調べてみたところ、空気のほかに分散された魔力がとても冷めやすいのでこんな寒冷地になっているようだ。

 セレンは温度だけ測っておいてダッシュでホテルへと駆けて行った。


 フレッドはこの寒さに慣れていないせいか、いつも起きる時間より一時間早く目覚めてしまった。ただ部屋で何かをするだけというのも暇である。せっかくなので今日セレンと行く予定のヒュライゾの森に一人だけで行ってみることにした。

「ここが『魔女の住む森』か……」

 外見は明らかに不気味で、子供が見たら泣いてしまいそうなものだった。蔦が木々に巻き付いているところまでは怖くないのだが、それらの木を覗くとこちらを睨んでいるように錯覚してしまうのだ。あるいは本当に睨んでいるのかもしれない。この神聖な森から人間という矮小な存在を追い出すために。

 また霧が深く、外の二倍は冷えていた。

 流石にその状況のまま行きたくはないのでフレッドは残念そうに諦めてホテルに戻ることにした。


 * * * 


「フレッドさん、ちょっと機嫌悪いですか?」

「いえ。そう見えましたか?」

 ナイフでステーキを切りながら首を傾げてそう尋ねる。確かに魔女の森を探索することができなかったのは悲しい。しかしあと少しすれば二人で行くことができるので不機嫌になる要素がない気がするのだが。

「うーん。行きたくないって顔に出ていた気がするんですけど気のせいですかねー」


 朝食を食べ終わった二人は早速森に向かった。気のせいだろうか。早朝に薄くかかっていた霧は今、森全体を覆うように広がっている気がする。花の蜜の甘い匂いがさらに不気味さを際立てている。この世界から二人だけが隔離されたような孤立感を覚える。

 セレンが後退りしているのを見て心配したフレッドは声をかけた。

「戻りますか?」

「……いいえ。森の奥まで行きたいです そして魔女と話したいです!!」

 元気はあったようだ。

「君たちこの『ヒュライゾの森』に入るのかい。止めはしないが迷ったと思ったなら何かの魔術で火を蝋燭に灯すこと。そうすると来た道を戻れるから」

 二人が入ろうとしているところを見た老人は道に迷わないようにと蝋燭を三本渡してくれた。離れ離れになったら連絡を取る手段がないのでお互い手を握った。


(懐かしい……)


 フレッドはいつの記憶かもわからない、そもそも鮮明ではない記憶を思い出しながら森の奥へ奥へと歩を進める。


「フレッドさんは迷わないんですか」

「何と無く進んでいるだけですから……もし見つからなそうでしたら蝋燭を使って元に戻ってまた入りましょう」

 だがフレッドの直感は言っていた。あと少しだ、と。実際、森の外側よりも空気が随分と冷えている。中心部に近づいてきていると考えて良さそうだ。

 セレンの顔色が次第に悪くなっていく。森の中は冷えていると知っていたので忠告はしたはずだが彼女は重大ではないと考えて上に羽織るものを持ってきていなかったようだ。それを予想していたフレッドは馬宿でセレンに貰ったブランケットを彼女にかけた。

「大丈夫ですか?」

「はい。暖かくなりました。もう少しで着いてくれると嬉しいんですが……」

 その気持ちはフレッドも同じだった。ここまで来ると花が凍り、木は枯れて葉をつけているものが全く見えないので全ての時が止まった空間に訪れたのだと錯覚しかける。

 歩いて十数分。風が吹いていた。優しく二人を迎えてくれるように。しかし外に出たという訳ではない。


 冬が終わり、春が来たということを小鳥が告げていた。

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