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或る御者の旅  作者: 駱駝視砂漠
第一章
19/99

第十八話 そして、帰還

「えぇと、今日は帰るんですよね。皇国に」

「そうですよ。まあ、途中の休憩などで寄っていくところはありますが」


 時間的に余裕があったので二人は昼過ぎに起きてホテルの前で集合した。セレンは早起きをしていたらしく、首都辺りをぐるぐるとして暇をつぶしていたようだ。少しだけだが魔術学園のクラスメイトへのお土産を買ったらしい。僅かだが彼女にも友人くらいいるようだった。貴族だが驕り高ぶらず、平民であるセレンにも優しくしてくれる。そのお陰で表立ったいじめはないとのことである。


 ファウストやベアトリーチェ、ルーカは既にヒューリエ冒険組合を探すための旅に出たようで昨日朝食を食べたレストランを見回してもいない。彼らが無事に見つけられることを願って。



「あ、僕が荷物持ちますよ。重いでしょう」

「ありがとうございます! ちょっと重いですが……辛かったら私が持ちますから」

 若干いたずらをした後の子供のような笑みを浮かべる。セレンの買った土産の量を考えてかなりの覚悟をしたものだが、想像していたよりも軽かった。そんなわけで二人がエルメイア共和国にある大きな馬宿まで辿り着くのにあまり時間はかからなかった。


 彼女の方に乗っているシトリーを見て次々と感謝をし始めた。最初は少しだけ困惑していたものの、優しい待遇を受けて今は柔らかい顔となっている。こんな雰囲気をぶち壊す訳にはいかなかったし別にかつかつのスケジュールだという訳ではないので数分だけ馬と一緒に待つ。


 するとあったのは手を振りながら国民に別れを告げるセレンの姿。まるで聖人のような立ち振る舞いである。自慢などをしない謙虚さ、それでいて過度な謙遜をしない精神力。学生だとは考えられないほどに人間として完成していた。

 二人が他の人々に手を振って国境を越えた。


 * * * 


 帰路につこうとしたとき、最初に訪れたのはいわゆる休憩所だった。なるほど、ここの地域は魔物が多いからこうしてグループ同士でパーティを結成しているのかとフレッドは目を見張る。

 一グループ三人で計四グループほどでパーティを結成する。それがちょうど良い人数なのかそれ以上もそれ以下もいない。というかそれ以上だった場合は討伐の報酬があまり貰えなくなるし以下だった場合は戦力的に問題が発生するから四つのグループがちょうど良いのだろうが。


「んー、ああいうのって組んだ方が良いんですかねー。裏切られそうで怖いんですけど」

「セレンさんは強いから必要ないと思いますよ。信用できなければ断るだけです」


 他の冒険者達がピリピリという緊張感のある雰囲気を醸し出しているが、二人はあくまでほのぼのとしている。というのも、馬が想定外のところで疲れてしまったのだ。夕方の時点で残り半分のところまで来ているから間に合わないということはないだろうが今夜はこの休憩所の宿に泊まることになるだろう。という訳で今から何かをする意思もないのでとりあえずで大きなパフェを頼んで食べていた。


 二人の光景はかなり異様なもので冒険者達がセレン達の方をじーっと睨んでいる。

「あのー……食べたいんですか? そっちで売ってますよ?」


 フレッドは思わず笑ってしまった。彼らは『こんなにも緊張感のあり雰囲気で幸せそうに甘いものなんか食べるな』的なことを言いたかったのだろうがセレンは全く違うことを考えていたらしい。

 そんな彼とは対照的に他の冒険者達は白い目で彼女のことを見ていた。何やってんだこいつ、と明らかにそういう視線だ。強者の余裕かそれとも本当に天然なだけなのか。本人であるセレンにしか分かるまい。当然フレッドもどちらか分からなかった。


「お前……馬鹿なのか?」

「ばっ、そんなんじゃありませんよ! これでも学園で学年一位を五年連続でとってるんですから」

 超自然に馬鹿扱いされたセレンは顔を真っ赤にしてツッコミを入れる。そう見えなかったのか、冒険者の男が二人に忠告をした。

「本当に強い奴以外は油断して旅をしない方がいい。それで死んだ輩が何人もいる」

 ということは亡くなった人達を見てきたということだ。セレンが目を逸らしてスプーンを置く。彼が話した強い奴の条件に二人とも当てはまっていたが油断などは出来ない。


 誰かの成功は他の誰かの失敗の下に成り立っているというように誰かの生には何十人もの死がまとわりつく。いつ死の方になるかは神様しか知らないので黙ることしかできなかった。


「まあ、雰囲気からしてお前らは強い奴だろうし別に気にしすぎることもないよ。ただ魔物退治に困っていそうな人を見つけたら助けてくれって話だ」

 言い過ぎたと感じたのか男はその後明るいトーンで言った。セレンが不安そうな声ではい、と頷いて借りた宿の部屋にそそくさと行ってしまった。少しだけ悲しそうな彼女の後姿を見て、

「ごめんな。恋人さんを傷つけてしまって」

「あの……恋人ではないです」


 男は目を丸くした。すごく似合っていたらしい。実際に付き合ったらいいのではないかと提案されたがフレッドとセレンでは十歳くらいの差はあるし、そもそも付き合うという意思がない。交際をするということ自体が面倒くさそうだし旅なんてできそうにないし。

 男は苦笑する。誰かと結婚したいという考えはないのか、と。


「特にはないですね。興味がないので」

「お前本当に聖人か何かなのか……?」

 目を伏せて少しだけ微笑む。今日は眠れそうにない。フレッドはそう思う。何故なら他の冒険者が旅の話を求めているから。どうやら、冒険者というのは冒険と共に旅というのが好きらしい。以前にも誰かから聞かれた気がする。色々な人に質問されすぎて誰だったかは忘れたが、とにかく満足してもらえるような話を語った。


 現実は小説より奇なり。旅をするならば奇妙なことはそれだけ増えていくことだろう。実際、フレッドよりも変な体験をしている小説はないし、未来永劫出てくることはないだろう。そして流暢に語り始めると、珍妙な眼差しでフレッドを見ていた。


「何でそんな経験をしているんだ?」

「そうですね……長く続けているからだと思いますよ。かれこれ十年くらい御者ですから」

 冒険というのは魔物を倒さないと稼げない。そして実力をつけるためには金を払って訓練してもらわないといけないようだ。その分御者はと言うと、実習などである程度は身に着けることが出来るし依頼が来るまでは時間があるのでその時間に独学で剣術や魔術を身に付けることが出来る。――まあ、こんな時間の使い方をしているのはフレッドくらいしかいないだろうが。


「他の奴はどういった時間の使い方をしているのか?」

「そうですね……他の国について調べたり僕の同僚は副業でスイーツを作っているようです」

 フレッドは以前撮ったスイーツを見せる。

「おぉ、お前リャーゼンから来たのか!!」

「そうです。僕は子供の時に皇国に移住してきた身ですが良い人多いですよ」


 フレッド自身も写真の数々を眺める。そういえば前はレオンハルトと作って食べたなぁ、などと思い出しながら。そのあとも色々なことを話し、その日の夜は本当に眠るどころか泊まる予定だった部屋にすら行くことはなかった。


 * * * 


「なんか、すごく元気そうですね。というか寝ました?」

「一応一時間だけ仮眠は取りましたが。眠くないので寝る必要はないですね」


 話が盛り上がりすぎて眠れなかったが別に睡眠不足というほどではなく仕事に支障をきたさないレベルのものであった。二人とも早朝に起きたものだから、上手くすれば昼頃にはリャーゼン皇国に到着できるだろう。馬も昨日の一日で完全回復しており、たてがみが風で靡いていた。二人に宿を貸した主以外、誰にも知られないまま休憩所を出てそのまま最終目的地であるリャーゼン皇国へ向かった。


 でこぼことしている道を慎重に進み、視界が開けたかと思うと霧が馬車を襲い掛かり、挙句の果てには目の前に堂々と山賊共が現われる始末だった。馬はセレンによって回復され、精神を何とか正常に保っていたが二人とも声には出さないものの、完全に疲れ切っていた。

「はぁ……あとこの門番を何とかすればリャーゼン皇国ですかぁ」


 セレンが疲弊をあらわにした声でそう言う。国に戻って来るのにも相当な数の手続きが必要でまずは身分証明書、国に疫病を持ち帰ってきていないかを検査する。そして次に敵国のスパイとなっていないかを調べて署名をした後にようやっと国には入れることとなる。その時間はまさに一日。これがフレッドが早めに国へ帰ろうと急いでいる理由だった。


 リャーゼン皇国の門番はかなり面倒である。というのもコネがないと絶対に通してくれないのだ。フレッドも以前は何とかしていたがなぜか――いや理由は明らかなのだが、かなり嫌われてしまったために相当厳しいものとなるだろう。


 どうしようか考えていたところ、丁度馬車に乗ろうとしていたセレンがアイディアを出す。

「変装するのはどうなんですか?」

「いや、あの人は声や見た目ではなく仕草や立ち振る舞い、息遣いまでも気にしてきます。いないことだけが唯一の入国方法なんですが……」

 とワンチャンスに賭けていたフレッドが駄目だった。やはり、最悪なケースをいつも想定しておくべきなのである。でないと事態が悪い方にばかり進んで行ってしまうから。


 もはや当たり前かのように背丈が高く恐ろしい風貌の警備員はそこに立っていた。門番の女性を見てフレッドは自分の頭を押さえる。あの人、つい最近まで賄賂罪で捕まっていた気がしなくもない。そんな早くに出られるものなのか。

「セレンさん、先行っておいた方が良いですよ。僕が同伴するとどうしても時間がかかってしまいそうなので」

 彼女にそう促して先に入国させた。逮捕によって反省したのか、金を差し出すようにしていた手も今は身分証明書を握っている。

「どうしようかな。君も考えてくれない?」


 フレッドは無駄だと思いながらも馬に尋ねてみた。当然だが人間の声で何かが返ってくる、なんて都合のいいことは起こらない。本当に詰みかけていたとき、女性の門番がセレンを連れてどこかへ行き、門番を務めていたのは別の女性だった。おそらくはセレンに対して質問を行っているのだろう。ならばこれはチャンスだと安堵する。馬に指示を出して堂々と門の前まで行く。


「はーい。帰国ですかそれとも観光或いは仕事で来た外国の方ですか……ってあー!!」

 フレッドを見た女性はとても驚いた顔を彼に向ける。そして大声で呼んだ。ハイデマリー、と。唐突に訪れる静寂。その中でフレッドはもの凄く早く頭を回転させていた。もういっそのこと逃げてしまおうかとも考えたが時すでに遅し。ハイデマリーと呼ばれた高身長の女はフレッドの目の前に立っていた。


「えっと、こんにちはレディー?」

 馬車から降りて過去の中で一番だと思ってしまえるほどの辞儀をする。

「そんなんで私が調子に乗ると思ってるの。もしかして馬鹿?」

 あまりにも辛辣すぎる言葉が第一声で出てきて思わず萎縮。なんという厳かさなのだろう。

「お前のせいで騎士団から門番に落ちぶれたさ。これをお前が見るのは何回目か覚えていないがな。どうだ、意外と似合っているだろう。これもどれもお前があんなことをしたせいなんだよ」

 空気があっという間に変化した。


 ハイデマリーはリャーゼン皇国の元・副騎士団長だったが五年前ほどにフレッドと戦って負けたことによって解雇されている。

「今は良いが、私はお前を一生恨み続けるぞ」

「しょうがないことでしょう。僕もあの時はお客様がいましたし」


「罪人だったろ」


 フレッドの顔から色が失われた。今まであった優しさはない。殺気を包み隠さずにただそこに立っているだけだ。それを見たハイデマリーは舌打ちをして他の人に門を開けさせる。

「良いんですか? 僕、まだ審査すら受けていないんですが」

「『五賢人』様からの賄賂だよ。国にも金が支払われているようだから私が門を開けないと即刻クビになる」

 曰く、陰の賢人なる御仁がフレッドが門に来ても審査をしなくて良いようにしたらしい。不審に思いながらも開けてくれた門を馬車と一緒に通過する。懐かしいリャーゼン皇国。この思いに浸れるから旅というのはやめられない。

「ただいま」

 フレッドは清々しい顔でそう言った。


 * * * 


「おう、いつ帰ってきたんだ?」

「昨日だよ。ねえレオンハルト、陰の五賢人とは誰なんだい?」


 彼と職場である組合の支部でコーヒーを飲みながら至って普通な会話をしていた。その中でハイデマリーや国ですらも従えてしまうような偉さの人はたくさんいるがフレッドと交流のある五賢人など聞いたことがない。この一カ月で変わったのだからレオンハルトなら何か知っているのではないかと考えたのである。


 レオンハルトの話によると『陰の賢人』というのはアリエット公爵の裏にいると言われている貴族の通称で彼らは貴族として働いていることは確定らしい。どういう意図かは分からないがとりあえず優遇されてハイデマリーの『あれ』から逃れられて何よりである。誰が助けてくれたのかを教えてくれないのは少し不満なところではあるが。


 セレンは無事学園に到着して誠心誠意発表資料の作成中だそう。オーガスト率いる魔導団に入団することが決まったので今後彼女と会うことはないだろうが、とりあえず彼女の平穏を願っておいた。

 そして僅かな間の休暇を楽しむことにした。


 フレッドの所属する御者組合は、報告書が膨大にあることを除けば、とてもホワイトなのである。

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