第十七話 最後の滞在日
五人は首都まで戻ってきた。この日は南の地域二カ所回っただけであっという間に夜となっていたので帰ってくることにしたのである。
ホテルの扉の前、でフレッドはセレンに尋ねる。
「セレンさん、歴史とか文化とかはレポートにまとめ終えましたか?」
「……あーっ!! 楽しみすぎて完全に忘れてました!! けど書けるようなことはたくさんありましたし写真もたくさん撮りましたし考察もし終わったのであとは紙に書き起こすだけですかね」
とりあえずエルメイア共和国について一文字も描いていなかったセレンはたった今徹夜が確定してしまった。もはや何回もしているので徹夜に関しては慣れているようだった。睡眠時間が削られるというのは学生にとってよろしくはない事だが課題が終わっていないのであればしょうがないことだろう。セレンがあくびををしながら部屋に入っていったのを確認してフレッドも自分の部屋へと戻っていった。
次の日は二人が国に滞在する最後の日である。明日が終わればあとはリャーゼン皇国へ帰るだけとなっている。もしものことがあって皇国に到着する予定日に大幅な変更があってはいけないのでセレンと相談して早めに切り上げることにしたのだ。
報告会に向けての練習もあるだろうから遅くなって良いことはないが早くなって悪いことはない。
フレッドはゆっくりと眠ることが出来た。報告書を先に書き終えるというのはこんなに素晴らしいことだったのかと今更感動する。十年目にして初のことだった。
基本的に面倒くさいから後回しにして最終的に組合支部で地獄を見ているのだが今度からは最初の方に書き終わろうと思った。
全く目覚めることもなく朝に起きたフレッドは背を伸ばしてからベッドから降り着替えてからセレンや冒険者グループの人達との待ち合わせ場所である食事会場へ向かった。
既にファウスト達三人は集まっているようで黙々と食べている。そこに加わって注文をした後、すぐに提供された紅茶をゆっくりと飲む。バタバタという大きな音があった。以前も似たようなことがあった気もするので大して不快感を覚えなかった。
フレッドがセレンさん、と言うと彼女はにっこりと笑った。
「おはようございます。今日はどこに行きましょうか」
「そうだな……北部に行くのはどうだろうか? 名所の数的には南よりも多いらしいぞ」
フレッドも五千年の記憶を辿るのに時間をかけ過ぎて北は神殿しか見ていないはずだ。雑誌などでも観光スポットのピンが多く立っていたのは北側だったと覚えているのでファウストの言葉に賛同する。
というか一日では周りきれないほど多いので先に行くところだけを決めようと五人の中の誰かが言ったのでセレンの持っていたマップを広げて話し合いをしていた。
神殿は倒壊寸前の何も飾られていない場所というので絶対に行きたい場所には指定されなかった。どの宗教の神殿かも分からないから行っても意味がないという結論に至ったのである。そして絶対に行きたい場所に決まったのは二つ。魔女がかつて住んでいたと言われる家に大魔術店。
前者はベアトリーチェが出したアイディアで、難しめなダンジョンのようになっているから上級冒険者にはお勧めである。
後者はセレンの提案だ。普段の魔術道具屋には置いていないようなマニアックな物まで集まっているらしい。つまりは自分への土産だった。話し合っている時にフレッドとセレンの頼んだ料理も届いたのでフレッドはどのような道を通って最初の目的地である家に行くかを、セレンは大魔術店で何を買うかをじっくりと思索する。考えているとあっという間に食事を終えていた。五人は予定通り進行する為に早めにレストランを後にした。
* * *
やはり不可能である。旅が予定通りに進むことなんてあるはずがないのだ。詳しく述べると、強力な結界が大蛇や邪竜によって破壊されて、一斉に魔物達が流れ込んできたのである。もちろん五人もその影響をかなり受けていた。
討伐に関しては言わずもがなだったが旅の途中で中継地点として寄った旅人や冒険の最初に使い魔を捕まえようとしていた歴の浅い人などには魔物を殺す術はあまりない。だから襲われそうになっている人を助けては新しい人を発見して……というサイクルによって十分ほど前から全く前に進めていないのだ。いくら灰へと変えても無数に現れる為、かなり苦戦を強いられている。
「皆さん!! 教会は安全ですからこの鷹に乗って都市部に向かってください!」
セレンが大きな声で言った。他の人たちは怪訝な目で彼女を眺めていたがそれを気にすることなく小さな声で通常化と短く詠唱する。すると肩に乗っていたグリフォンが光に包まれて天へ昇ったかと思うと巨大化した。太陽を覆い尽くしてしまえるほどに大きくて、凛々しい。
セレンの先ほどの発言を聞いていた人々は慌ててシトリーの方へ走って向かう。砂埃が舞い上がった。即ち降りてきたシトリーが再び高い空へ舞い上がったことを意味している。幻獣は教会周辺への立ち入りを禁止されている為百メートル前でしか止まれないがそれくらいだったら皆も走れるだろう。
数往復して残るは上級の冒険者達や旅慣れて魔物をよく倒している猛者だけになった。焦っている様子の者は誰一人としていない。
「魔術は使えるものは『魔獣』の退治と封印に。剣を扱えるものはその他大勢の魔物を討伐せよ!!」
ファウストが通った大きな声で他の冒険者たちに指示を出す。フレッドはどちらも出来るが見てみると封印役である魔術師が少なかったため、数十体いる魔獣の討伐に動いた。とりあえず魔術師全員で魔獣を塞ぐための結界を展開する。数々の精巧で美しいそれは幾つも合わさることによってとてつもなく強力になってそれらを襲う。魔獣を外に出さないようにしつつも結界の構成で攻撃をするように仕組む。
「えっと、フレッドさんは私と一緒にあいつを倒しましょう!! 二人だけで倒せば他の人達にも余裕が出るはずです」
賛同し砂嵐の先に映る鰐のようなものに乗った老紳士を見つめた。
「危ないですよ。そこから降りて教会へ向かうことを推奨します」
「そうかい、ありがとう。だが私としてはここを離れるわけには行かないのだよ」
「一緒に戦って下さるのですか?」
「…………そうだね。私は君達人間と戦う使命がある。さあ、悪魔と踊ろうか!!」
突如地面が揺れた。フレッドとセレンの周りだけ、そこだけがものすごいエネルギーを消費して二人のことを殺しにかかっていた。鰐からスタイリッシュに降りて被っていた帽子を頭から外す。紳士然とした様子で彼自身の名前を話した。――アガレス。とある古き魔術師が封じ込めたとされる七十二柱の悪魔の内の一柱だ。公爵位だという。何故復活したのかは謎なままだが魔力が人間と比べて圧倒的に多いと言われているので封印結界装置が錆びてきて緩んでいたところに付け込んで突破してきたのだろう。
悪魔が復活したのだからエルメイア共和国の大結界を破壊したのも恐らくは彼だろう。フレッドが辺りを見ても他の七十二柱など圧倒的な魔力を保持している者は見当たらない。正直勝ったと思ったとき、アガレスはほくそ笑んだ。
セレンが手を閉じたり開いたりする。フレッドにも確実な異変があった。正確に言うと体が少しだけ軽くなった気がするのだ。子供の時のような懐かしい感覚である。やっと気が付いた。
「「魔力が奪い取られてる……!?」」
その通り、とアガレスが嘲笑の表情を浮かべる。
彼を閉じ込めた魔術師の史料によると霊的な尊厳――つまりは絶対に犯してはいけない『魔力』というものを二人から奪ってしまったのだ。幸い、彼が蘇生してから間もなかったお陰か、取られた魔力は各々の三分の一程度で済んだ。だが本人たちにとっては魔力が減るというのはかなり支障をきたすもので体の重さすらも変わってしまうのだから戦闘スタイルも大幅に変更を加えないといけない。
鰐が砂漠の中突進してくる。軽くなったことを生かして難なく避けながら着実に距離を詰める。セレンが減った魔力を消費しないように節約しながら魔術式を膨大に組んで遠距離から魔団を放っていた。かなりの執拗さに老紳士は舌打ちをする。魔力には圧倒的差があるとはいえ、努力量にあまりにも歴然とした差がありすぎた。
じりじりとアガレスの体力を削っていき、ついには人間に隙を見せてしまった。
「「『魔族封印』!!」」
即興で持っていた紙に魔法陣を描き、アガレスという悪魔の鰐の部分と人間の部分に二人で貼る。砂漠の太陽で焼けるように老紳士が溶ける。最後視界が極光のようなものに包まれて一瞬だけずっしりとした重みが腹のあたりを襲う。
――これが最後の一撃。
目を閉じて刺激しないように数十秒だけそのままにしていると元の感覚に戻り、魔獣たちを覆っていた結界が解除されていた。
「おぉ御者!! 無事だったか」
「はい。お陰様でこちらは被害者がいませんでしたよ」
どうやらファウスト達の方も魔物に傷を与えられた人はいたものの、死んだ人はいないとのことだった。
「それでは、魔女の家へ行きましょうか」
一騒動が終わった時には既に昼頃だった。ダンジョンは階層にもよるが基本的には四時間ほど潜らないと利益を得ることは出来ない。だから、首都まで戻る時間を加味すればセレンの望みである大魔術店はいけなかった。
「うーん、私はさっきので沢山戦えたから魔術店でもいいよ。というかそっちがいいんじゃないかな」
ベアトリーチェが杖をいじりながらそう答えた。確かに、これから沢山の魔物と連戦していくのは疲れるし精神的にもやられてしまうのでいいかもしれない。
フレッドは覚えた地図を使いながら大魔術店まで他四人を案内した。
* * *
「神聖バグラド帝国の大図書館にも劣らないような広さですね……魔術関連の物だけでこんなにあるんですね」
雑誌によると、数万点の魔術道具を保管しているのはもちろん、古い魔道具のコピー品などがあり実物でも高値で取引してくれるという。魔術店というのだから魔術関連の物を保持しているのは当然のことだが、剣士のためのものや他の戦闘スタイルをとるような人たちのためのものもあるいわゆる、魔術店兼戦闘専門店という場所だった。
「これだけの広さだと見つけたいものも発見できなそうですよね」
「曰く何でも覚えている店員さんがいるようですよ」
セレンがへぇと感嘆する。フレッドも彼女と離れて自分の興味ある魔術のコーナーへ足を運ぶ。
魔術書や属性を付与した杖、かなりのスピードで魔術式を構成するための紙などがずらりと棚に並んでいた。ぼんやりと眺めていると、後ろから足の裾を引っ張られていることに気が付いた。
「にーさんにーさん! 何をお探しでしょーか?」
少女である。振り向いたフレッドに彼女はにんまりと笑顔を浮かべた。
「えっと、ではここに必ず目的地にたどり着けるコンパスというものはありますか?」
「なかなかにマニアックなものを尋ねてきますねー。にーさんは旅人ですか?」
頷くと少女はおー、と言いながら羨望の眼差しをフレッドに向ける。少し話を聞かせてほしいと言われたものだから子供にも伝えられるような旅の途中の出来事などを語っていくと嬉しそうに舞い上がっていた。
「嬉しいです!! わたし、この国を出たことが一度もないので話を聞けて良かったです!!」
彼女に手を引かれるまま、フレッドはどんどん最奥へ連れていかれる。少女は急に止まって上を見た。背伸びをして指差しているのをみるに、そこがコンパスの在処らしい。
ギリギリ届くか届かないかの境目だったがフレッドは何とか手を伸ばして固く掴む。よく知っていますね、と彼女の頭を撫でながら小さな声で言うと、自信ありげに仁王立ちしながら、
「えっへん、ここにある全部は私が管理しているので」とそう話した。一度は聞き流そうとしたが余りにも不自然すぎる言葉に少女のことを二度見した。管理する少女という光景が想像できなかったので僅か数秒だけ頭が真っ白になる。フレッドにじーっと見つめられていることに気が付いた女の子――エミリアはハッとして自己紹介を始めた。
「わたしはエミリア=ベルナーレ。ベルナーレ大魔術店の六十代目店主です」
「そうなんですか……確かとても優秀な人がいるって雑誌に掲載されていましたね」
何でも覚えられるという特異体質らしくその神憑かった頭脳のお陰で商売は繁栄しているらしい。学校に行ってはいたが気味悪がられたようで一人だけで全ての学問を習得しているようだ。何を尋ねても店のことならなんでも答えてくれたので世界の状況を知ることが出来る地球儀や神話武器をモチーフに出来る魔術書などを買った。
「それではもし再びこの地を訪れることがあればまた寄ってください。いつでも待っていますので」
エミリアが幼さの全くない貴婦人のような微笑みを浮かべて五人が首都に戻っていくのを眺めていた。何も知らないセレンが首を傾げながら彼に尋ねる。少女はどういう人なのか、と。
「才能のあるすごい人だと思いますよ」
砂漠の中にある一つの店から五人は去っていった。




