第十六話 Alchemy and their magic are still an enigma.
「あーあ、すごく暇になりますねぇ……」
フレッドはものすごく退屈そうな表情を浮かべながら床に落書きをしていた。砂の大地なのでとても書きやすかった。今描いていたのは幻獣や有名な魔術師、歴史に記されているかつ肖像画が残されているような人物である。思い出しながら淡々と描いている。フレッドの悲しい心情を察してくれたのか風は一切吹かず消えないようにしてくれた。
訪れた観光客や管理者がやばい人と勘違いして明らかに遠回りしたりこっそりと観察したりしている。誰か声をかけてと相談し合っている人もいるまでだ。フレッドが集中しているのでそれに全く気が付いていない。黙々と描き続けているが、一人と目が合う。そして上を覗いてみると十数名に囲まれていることにやっと気が付いた。半眼でじっと見つめるものもいれば珍妙な光景を眺めているような不思議な視線を送っている者いると悟って急に顔が赤くなる。
「えっ、あ申し訳ありません!! 普通に迷惑でしたよね!! えっと僕は待っているだけなので。あと変な人ではないと思います」
即興で風魔術を展開し、今までの落書きを全て消す。彼を訝しみながらも塔の中に入っていく人たちのことを見てフレッドは途端に恥ずかしくなったのだった。
「おい……お前何やってるんだよ。そんなところでしゃがみ込んで」
「いや、何でもないです……」
流石にいろんな人にばらまきたいという気持ちはないので四人には秘密にしてい置いた。別に隠す必要もなかったが何となく言いたくなかったのだ。一旦深呼吸をし、心を落ち着かせてから移動を始めた。四人は塔の中でエルメイア共和国に来たら一回は訪れるべき場所を聞いてくれたらしい。
ここから歩いて十分ほどの場所に目的地はあるという。
「セレンさん。塔の中には何があったのでしょう。教ていただけると嬉しいのですが」
「もちろんですよ! すごいものの数々でしたよ」
そう言ってセレンは目をキラキラとさせながら十分の間、フレッドに何を見てきたのかを話し始めた。
* * *
「とても高いですねー。これ、どこまであるんでしょう」
セレン達四人は塔の頂上を目指して登っていた。壁には古代文字でも何でもない不思議な文字の数々が刻み込んである。恐らくは暗号だろう。しかし読み取れたという情報がないことから未だに解明されていないと考えてよさそうだ。そういえば学園で暗号の種類を説明された時にこの文字列も載っていたか。
カメラで写真に収め、魔術式ですぐに紙に写して上を目指しながら解読をしてみるが、二十分で解読できたのがたったの一文だけだった。
塔に書き込まれている文の数はなんと一冊五百ページの小説が一万冊分と等しいくらいらしい。途中で疲れてしまったのか乱雑な字で書き殴られていたり誰かと交代して書いたり寝ぼけて意味不明な暗号が更に解読不可能なものとなっていた。天才でも人間味があるのだな、とセレンは感じた。
「すごいですね! ベアトリーチェさんは解読出来ました?」
「私はまだまだだよ。これが想像もつかない魔術式を作成している時の記録っていうのは分かったんだけどね。これを即興で作ってすぐに解読しながら魔術式にも取り掛かるっていうのはまさに神の成せる業って感じだよね」
セレンが解読したのは最後の一文でベアトリーチェが解読したのは最後から一つ前の文で繋げて読んでみると『灰となったあの魔術式を復活させることは決して許されない。もし僕達が死んだら魔術式を記した紙は呪いと化し世界中に絶望を与えることだろう。だから負の遺産を世界に遺さない為にも術式を仕込んでおいた。』と落ち着いた文字で書かれていた。
負の遺産とは何か。神殿や魔物博物館を訪れたフレッドならばすぐに答えられるであろう。『完全な人間の死』と。しかしここにいるのは冒険者グループの四人とセレンの計五人だけ。学者たちに聞いても千年以上前のものだということしかわからなく、その千年かけてもたったの一万文字分しか解読できていないようだ。
何がそんなに学者たちを混乱させているのかと言うと、まず大きな理由が一文一文全く違う暗号の解法なのだ。たまに解き方が近いものもあるがその場合でも隠語か何かを使用しているのかそれがどういった意味なのかを再び考えていかないといけない。
次に、膨大な魔術式だ。
基本的なものから本職の魔術師さえもが何を言っているのか全く分からないような天才じみた魔術式までもが頻出する。分からないものに分からない説明をされたらどちらも調べるしかないだろう。
こうして人の精神をゴリゴリと削っていって学者たちが次々に研究をあきらめているのだ。もちろん、もし全ての内容を解明することが出来たならば賞金や功績はそんちょそこらの貴族の比ではないだろうが。
しかし『塔の暗号』として全世界に広められているもので暗号の解読方法は全世界の教育に影響を与えているので少なくともこれらが世界の教育水準を高めていることは間違いではないだろう。
「そういえば私も塔の暗号の規則性について卒論書いたなー」
「ベアトリーチェさんも学園に通っていたんですか!」
「リャーゼン皇国にあるサアドネ魔術学園なんだけど……もしかして君もそこだった?」
「はい!!」
セレンはベアトリーチェと同じ学園に通っていたということを知って、驚く。学園で習ったとは思えないような魔術式の精巧性だったからだ。二人はファウストと銃撃師の後に続いていくと綺麗な景色が見え始めた。
セレンは疑問に思う。確かに絶景と言えるのだが雑誌に載っているほどのものではない。確かに人生で幸せを考えるならば絶対に訪れるべき名所であると書かれていたのだ。だがそんな壮大な光景が広まっている訳でもなくただ単に美しくのどかな風景や荒れ狂う砂漠が展開されている。
ファウストら含む冒険者たちは感動していたがセレンの疑問は増えていくばかりである。何か感動する条件があるのかと考察して雑誌を取り出し、隅々まで読み込む。
『世界の幸せについて考えたいのならばお薦めの場所です。ただし、自己責任でありこの素晴らしい光景を見つけた方はほとんどいません』と書いてあった。つまり、この塔の本質は頂上でも一番上へ行くまでに記されていた暗号でもなかったのだ。
「……? ファウスト、どうしたの。顔強張らせてるけど」
「いや、なにか変な音が聞こえてな。この塔に入る少し前から聞こえ始めたから観光客ではない事だけは確かなんだが……」
セレンが考え込んだ。そして数分だけ考え込んだ後、ハッとして考察を三人に告げた。
「多分この頂上に塔の本質はありません!! ファウストさんついてきてくれませんか」
セレンがファウストの服の袖を引っ張る。少々いぶかしんでいる様子だったが彼女の表情のそれが、ただことではないと語っていたので黙ってついて行くことにした。もちろん離れ離れになってしまってはいけないので四人で塔を駆け降りる。
「ちょっと待った。ここ、音が大きいよ。どこよりも」
そう言っていたので銃撃師が透視をして壁の向こうを覗く。そこは塔の中心と言えるくらいの高さで、本来なら何も見えないはずなのだがなぜか一か所だけ明るい場所があることを確認する。
「ファウスト、ちょっと死ぬかもしれないけど頑張ってくれ」
銃撃師は恐ろしいほど躊躇いなくファウストを壁に向けてぶん投げた。壁に当たると思っていたが、ファウストの体はそのまま壁をすり抜けて暗闇の中に落ちていく。
「これはあたりだね。先を行こう」
「おいルーカ!! 僕が防御の姿勢を取らなかったら死ぬところだったんだが!?」
「信用していたからね。無事に生き残っていて何よりだよ」
そんな会話を続けながら。光の方へ足を運んでいると徐々に悲しい感情で心が覆われ始めた。何も悲しい事象などないはずなのにまるで人を殺した後のような空虚感でいっぱいになった。紫色に輝いている光があった。
――それが世界の幸福であり、人間が背負った原罪だった。負の遺産とはまさにこれのことだったのだ。幻獣による襲撃、そして何百年、何千年と償おうとしてもしてもしきれない原罪。それが人間が幸せにならないといけない理由だった。
完全な人間が殺された日までに魔女狩りや冤罪事件で処刑された人々の数だけ完全な人間が死に際に具現化させた原罪は大きい。邪悪を祓えるのはやはり愛や幸福だけである。世界の幸福と悪が凝縮されている奇妙な光景を見て四人は唖然とする。
気がつけば頂上に戻されていて、不思議な感情を抱いたまま一番下まで降りていったのだ。
* * *
「世界にはそんな奇妙なこともあるんですね。僕も見てみたかったです」
「壮大な感じでしたよー。シトリーが普通に戻った時の十倍くらいでしょうか」
世界の呪いと幸福が一つの塔に凝縮されているのだから相当密度は高いはずだ。本気で行ってみたかったとフレッドは溜息をつく。彼女に話を聞いてみるに、絶望的なほどに美しく哀しい感情になるという。羨ましかった。というか何故あの門は通してくれなかったのか。
不満を持ちながらも地図を見る。次に訪れるべきとセレン達が他の観光客に教えてもらっていたのは『錬金術博物館』というものらしい。何でも博物館でもあるが共同研究スペースというのがあるようだった。セレンが少し悩んでいるのを見て話しかける。
「どうしたんですか?」
「ええと……」
他の人達には絶対に聞こえないように冒険者グループの少し後ろを歩きながらセレンが困りごとを話した。
曰く金を操れるようになったという。単純な金属ではなく、だ。金であれば研究は革新的に進むだろうし逆に手柄を狙うような輩からも襲われることが多くなる。彼女の困りごととは学会に発表した方が良いかだった。
「僕は秘密にしておいた方が良いと思いますよ。言っても酷い目に遭うだけです」
彼はとても真面目に言っていた。そして言葉に妙な信頼感と経験があった気がするのでセレンは発表しないことにした。
「ついたぞー。ここが錬金術研究の最高峰らしいな」
ファウストが言ったのに気がついて上を向く。決して豪勢な建物ではなかったが神殿のような洗練された無駄のない作りとなっていた。中に入った瞬間に錬金術の進展に一役買った人たちの肖像画や石像が並んでいるのが見える。
「というか、よく分からないが錬金術というのはなんなんだ?」
「簡単に言うと非金属を貴金属に変えると言うのが錬金術なんですが最終目的はそれを人間にも当てはめて神に近い人へと昇華することだそうですよ」
フレッドは端的に錬金術の方法とその到達点について解説すると彼は悩み込んだ。何故それを完成させないといけないのか、と。
フレッドも、彼の意見には同意だった。神に近くなる必要は人間にはないし研究をすることによって殺される可能性が高くなるのなら功績も何もいらない。ただ平穏に生きたいだけなのだ。
「僕もだな。強い魔物と戦って平穏に死ぬのがいいな。物騒な死に方は嫌だから……老衰死が一番いいのではないだろうか」
二人は人がいるにもかかわらず弾んだ声で会話を行っていた。死とは隣り合わせといったような魔術師の方が多いから今はいいだろうが、少数派である普通の観光客からは白い目で見続けられること間違いなしだろう。
セレンとベアトリーチェは一緒に行動していたので現在は彼女のことを気にする必要はない。が、何もしないというのも暇である。錬金術については好きではないものの資料などは読んだことがあるので事前知識が全くないファウストと銃撃師・ルーカと一緒に回ることにした。
「フレッドさんは本職が魔術師か何かですか? とても強いし即興力もあるので」
「いえ、僕はきちんと御者ですよ。お客様に何かあったら困るので護身術として身に付けています。まあ、楽しいのは事実なのですが」
ルーカは目を丸くする。フレッドの強さと傲慢さが全くと言っていいほど比例していないことに。
とにかく三人は錬金術について調べる気もなかったのでただぼんやりと眺めているだけだった。それでも情報というものは入って来る。神の予言によって与えられた課題であるということ、錬金術の発展から魔女や悠久の時を生きるものなどが発生したということ等々。研究はしたくないが歴史に関してはとても面白そうだった。
あるエリアでは貴金属を精製することが出来た後の仮説が立てられていて、人間を構成する物質に非金属の所の魔術式を書き換えて人が必要とするエネルギー分を加味してみれば人間を完全な物質とすることが出来る。
だがそれはあくまで仮説にすぎないしそもそも何万年という研究の中でも貴金属に変えることすらできていないのだ。
まだまだ錬金術は謎に包まれていた。




