第十四話 フレッドの一人観光
「これで数時間もすれば全快ですよ。特訓させてあげてください……と言っても幻獣なら強さは保証されているんですけどねー」
曰く、あまり強くない使い魔は主人と仲良くなりやすく、その逆のグリフォンやその他幻獣のような強い使い魔は主人と親密な関係になるまで時間がかかると言われている。疲れているからシトリーが懐いてくれたように見えたものの、全回復すれば攻撃的になるだろう。ファウストから教えてもらった特訓場に向かう。セレンが触れることにより、自然と回復魔術をかけることが出来ているので二時間もしないうちに攻撃されたとは思えないほど元気になっていた。
予想よりもずっと穏やかな性格だったので仲がいいとまではいかないものの、セレンやフレッドを襲ってくることはなかった。
「えーっと、ここの特訓場は主人と使い魔以外立ち入りを禁じているのでそこの男性は離れてください」
メイド服を着た女性は感情のない瞳でそう言った。抵抗する理由もないためそこから離れて本屋で地図や観光名所の一覧が記載されている雑誌を買い、それを読みながら一人で観光をすることにした。
(そういえば、あの紋様は大丈夫なんだろうか……最悪魔女認定されるかもしれない)
使い魔を従える紋様というのが主人には必ず刻み込まれるらしいのだが、リャーゼン皇国では使い魔という概念を知らない人が多い。旅をしているフレッドですら使い魔というものを知らなかったのだから地方全体で認知度は低いのだろう。だから、紋様だけで決めつけている魔女狩りに遭遇してしまったら言い逃れの術はない。だが幻獣の主人ともなれば何らかのアイテムに古代文字を刻むだけで契約できるようなので魔女狩りの心配をする必要はなかった。
書物で読んで一安心。
問題は何をするかだが、有名な場所がわからないフレッドは即座に雑誌を読み込んだ。
使い魔を捕まえるための中間地点のような国だが施設や遺跡などは豊富にあるようで特に神話に登場するような幻獣神獣が国を襲ったということを表している場所も多かった。また、とある施設では国だけではなく全世界の魔物に関する史料が飾られたりしているようだ。使い魔には興味がないが、討伐することは割と好きなのでそれぞれの魔物に関する情報を見ていくことにした。
* * *
「あらお客様は使い魔がいらっしゃる訳ではないんですね」
「えっといないのですがここはどういった需要があって建てられたのでしょうか」
使い魔にするにしても見た目や好みが分からないと相性が良くないという可能性があるのでまずは使い魔について学んでから捕まえにいくという用途が多いらしい。また、捕まえたのでそれがどういう魔物かを調べるという使い道あるようだ。
フレッドがなんとなくで訪れたと言うと大層驚いている。
「なんとなくではないでしょう? 目が魔物を狩りたいと訴えているようですから」
受付嬢に言われてフレッドは目を丸くする。そんなに獰猛な目つきをしていたのかと。実際には受付嬢の勘違いでそれは好奇心に満ち溢れた瞳だったのだが。
「確かに僕は魔物討伐が好きではありますね。だから魔物の歴史を辿っていこうと」
「なるほど。でしたらここを見終わった後に幻獣の神殿というところに訪ねてみて下さい。きっと良いものが見れますよ」
とても興味深そうな内容を聞いたフレッドは早速メモに書き残した。そして入場料金を払い、展示コーナーを見た。
『紀元前30世期頃 生物が突然変異を起こし魔物へと変化。また、幻獣や神獣が地上に降臨したのもこの時期である。なお、完全な人間を殺したことによる神の嘆きだと言われているが本当なのかは不明』とボードには書かれている。フレッドも詳しくは知らないが完全な人間というのがずっと昔に存在していたらしい。神にも近い頭脳を持っていたとか何とか。正直あまり信じてはいない話だがこれが誰かに権威を見せつけるためのものではないからもしかしたら実在したのかもしれない。
次のボードには神殿の破壊状況について、なぜそれが起こってしまったのか、どんな幻獣が襲撃したのかが事細かく記されていた。
ガラス張りで保管されていた何千年も前の現物史料と現代語訳された数々の写本資料によると数多の幻獣が人間への怒りで神架教の主となっていた教会、聖堂をことごとく破壊尽くしていったらしい。
地上からは神話の存在である首なし騎士やフェンリル、鳴き声を焔とする東方の幻獣麒麟などが。空からはグリフォンや鳳凰が。地下からは神殺しの竜・ヨルムンガンドや世界を支えるバハムートなどが。一斉に人間達を襲ったという。それもこれも全て魔女狩りの集団が間違えて完全な人間を殺害してしまったかららしい。だからエルメイア共和国では一切の魔女狩りを禁止して逆に追われている人を保護しているようだ。もう二度と神とその守護者によって世界と人間が壊されないように。
流石にここまで言っているのならば『完全な人間』とやらもいたことだろう。
館長と思われる女性は掴めない笑顔を浮かべたフレッドに尋ねる。
「どうです? 不謹慎ですが中々に面白いでしょう。これによって神の恐ろしさを知った人間がさらに信仰をしたようです。興味深いですよねーってこれもはや魔物の歴史ではないですよね」
「神はものすごく豪快な方なのですね。魔女だとでっち上げた人もいるかもしれませんがこんなに人を殺すとは……」
下に書かれていたのはその年に魔物の襲撃で死んだ人の数。『8億2300万人』と大きな文字で書かれている。今は世界人口が増えて五十億人ほどいるだろうが現在で考えてみても六人に一人が死ぬという計算になる。もしそれで愛する人に別れの言葉も言えずこの世を去ることとなってしまったら目も当てられない。
「そういえばここに書かれている『完全な人間』とはどのようなことを成し遂げたのでしょうか。どこを探しても見当たらなくて……」
「ですよね。あんなに歴史に残っているのにどこを探しても文献どころかその人間を知っている魔女もいないんですよ。というより語りたくない様子ですけどね。恐らく私のような凡人では理解できないようなことを成し遂げたんでしょうね」
魔物、悪魔と魔女の関係はあるのかという展示品を見ていると再び館長が話しかける。
「知ってますか? 完全な人間は二人説っていうの」
「確かに……以前学者の方と話した時に言っていましたね。確か恋人だったとか」
「そうです。二人での共同研究だったんですって」
魔物博物館の展示品はどれも正確性が高そうで剥製も今にも動きそうなほどに精巧なものだったので思わず息を呑んでしまった。各々の種族の虹彩の違いやどのような毛の硬さか、さらには食性から考察した歯の形や目つきまでもが展示されている。まさに魔物を飼っていたり灰になる前に死体を保存しておく高度な技術の集大成と言っても過言ではない素晴らしい出来だ。その後全世界魔物図鑑を買い、館長と談笑してエルメイア共和国の最果てにある幻獣の神殿ことヴェスティア神殿に向かった。
* * *
ヴェスティア神殿というのは現存している中で世界最古の神殿であると同時に幻獣襲撃の際に唯一攻撃された多神教の神殿だった。何でも神殿の管理者が完全な人間を殺害するようにと依頼したようなので神架教の神にとってはその多神教も攻撃対象の一つだったという。今は大分下火になっている宗教だが襲われる前までは神架教と肩を並べるほどの信仰力を持っていたらしい。すでに倒壊寸前だが人間に瓦礫が飛んでこないように結界で厳重に保護されている。幻獣がどれほどに恐ろしいか、神とはどれだけ理不尽なのかをその目で見ることで後世の人々に伝えていくために。
「ここが神の現われた神像安置所跡……五千年経っていても聖霊はここにいるのか」
聖霊は神が地上に君臨したところ――正確には神が地上に降りて足の付いた場所に聖霊というものは登場する。神は歩くたびに霊を精製している。そして聖霊もまた神に付き従うので神の逆鱗に触れた人間を許すわけがない。
遥か昔は神と幻獣と聖霊という現世が地獄に変わってしまいそうな戦いの中で生き残っていた人がいたのか。それを考慮して八億人しか死亡しなかったというのは最早快挙であろう。昔の方が魔術研究は盛んだったと言うのできっと神の叡智を使いながら抵抗していったのだろう。もちろん、最終的に負けることは間違いなしなのだが。
フレッドは優しく神殿の床を撫でる。神殿の中にただ彷徨うことしか出来ない聖霊の記憶を読み取る。ずっと前の出来事なので視ることが出来るのかは疑問だったが音が戻り、フレッドの脳裏に浮かぶ映像も逆からの再生を続けている。五千年前の神殿の記憶が読み込まれ始めた。
本来ならば辿れても半世紀くらいまでだ。フレッドは脳の容量がかなり大きい方だったらしいのでずっと古い記憶も読み取れるのだ。
『……どうする。ここもあの神に襲われてしまうかもしれない。主神をこの世界に降ろして対等に戦えるかどうか……どう思う? 神官』
『そうだな。完全な人間達は処理したからあいつらを使って降臨の儀式を行うか、あいつらを人質にして僕達の元に来させないようにするか……』
独特な衣装を着ていた男たちは二つの死体を眺めながら焦り果てながらも話し合いをしていた。
結局彼らは二人の死体を使わないで主神を召喚できる方法を一瞬で探し当て全員で詠唱を分割しながらたったの数分でそれを終わらせていた。神像を安置している場所から燐光の如く光り輝き、神像が割れ、大地が震えあがる。神に反応して一斉に花が咲き乱れる。
その光景を五千年後の人間は透過して覗いていた。主神ですらも部外者がいるということを確認できずに人間共に人間が使う言葉で問うた。
『汝等、何故我を呼び出す』
『それは貴方様がおられないとこの神殿が破壊されてしまうからでございます。お願いします。矮小な人間を救ってはくれませんでしょうか』
長と思われる者がそう言った瞬間に全員が跪く。そんな状況を見ても焦りも驚きもしない主神は虚空から世界でもっとも有名で恐ろしくそして素晴らしく美しい槍を取り出す。なにも詠唱せずにふんわりと飛び立つ。翼はない。そんなもの神には必要ない。
『儚き下々の民の信仰を守るために。我は槍を振るおう。それがお前のような神だとしても』
『信仰なんてなくなっても良い。愚かな人間はここで消えるべき。新しい生命でも創ってしまえばいい。自分の利益だけで罪を作り上げ殺すなんて』
多神教の信徒側が瞳孔を開き切って、声を震わせながら男の方の死体を引きずり出し指さした。
『こ、こいつは!! こいつの遺体を損壊してもいいのか!?』
『…………!?』
消えた完全な人間の遺体を捜索していた神架教の唯一神は憤慨する。二人を天界から覗いていつか死んだ後に神の世界に招きたいと思っていた唯一神は魂を導くために必死に探していたのだが傷つけられるために保管されていたと知って段々と顔が曇ってゆく。二柱の神が衝突した。主神は槍を、唯一神は世界を味方にして。
フレッドはただただ見ていた。世界でも珍しい異教の神と異教の神同士の戦いを。火花どころか攻撃をするたびに地震が起こっている。
『お前のところの人間が二人を殺した。ならば主神のお前が責任を取るべきだろう』
『何故お前はそこまであの人間共に執着する? あの程度、年を重ねていったら別の人間だって発見できることだろう』
フレッドの頭に直接言葉が流れ込んできた。唯一神は友人が欲しかったのだと。彼は人間に顔を見られていないので普通に天界に住んでいる人間として話し合えることが出来るのではないかと。
「そこまで神様は独りだったのでしょうか……」
油断した主神は唯一神による魔術で首を討ち取られた。彼がフレッドの方向を見ると驚きながらも攻撃をせずにただただ眺めていた。若干落ち着きを戻したような、そんな表情に変わっている。
『君たちを赦した訳ではない。故に殺す』
――神は強かった。信者は薙ぎ倒され、無惨な死体がただ神殿の中にあるだけだった。
* * *
「あぁ。完全な人間二人説というのは本当だったんですか」
フレッドは床で寝ていた。回復をしながら過去を眺めていたのだろう。夢というほど現実から遠ざかっている訳でもなく現実というにはあまりにも想像できないような光景だった。
「そろそろ街の方に戻ろうかな……」
見たことを忘れないようにしながら、フレッドはセレンを迎えに行くために特訓場まで行った。




