第十三話 セレンの使い魔
青銅の泉から帰還すると、銅像のところにセレンはいた。心配そうな表情をしていたが、フレッドを見ると少しだけ安堵したような顔に変わる。
「フレッドさん!! 遅くなってごめんなさい」
「いえ。こちらも楽しかったですよ」
「と言うか何でお前はあんなに敵と戦ったのに悠々としてるんだよ」
冒険者達と肩を並べて歩く。どうやらフレッド達と泊まるホテルは一緒だったようなのでお礼にエルメイア共和国を紹介してくれるようだった。
「あっちが美味しい料理店であっちが使い魔の紹介をしてくれる店。そうそう、使い魔の売買は普通に犯罪だからもし使い魔を捕まえたとしたらしないようにな」
セレンは首を傾げる。使い魔とは何か、と。そういえばセレンには説明していなかったか。
フレッドが端的に説明するとみるみるうちに目を輝かせた。曰く、しばらく戦力不足と魔術式の精製に時間がかかっていたらしくまた、中々アイディアも出てこなかったので誰かから話を聞こうと思っていたようだ。
冒険者から使い魔にできる魔物一覧というパンフレットを貰ってじっくり眺めていると突然目の色を変える。
「このウロボロスってやつすごく良いですね!! 永劫の魔物とかどうやって生きているのか、錬金術に変換できるか研究してみたいですし」
「えっと……その魔物、倒してしまいました」
指差していたセレンだけでなく何となく歩いていた冒険者グループですらも一斉にフレッドの方を見た。
ウロボロスというのは即ち永劫。文字通り永遠に生き続けていく。つまり死ぬことは万に一つもないはずなのだ。よって冒険者達も遭遇してしまった場合は直ちに逃げるし、セレンも逆鱗に触れないように研究材料のものは取っていたのだが。フレッドは自分の行ったことに苦笑する。人の命を守るためとはいえ、流石にやり過ぎたかと反省していたところだ。
冒険者グループのリーダーであるファウストは強い気持ちを込めた視線でフレッドを見る。
「僕達は強くなりたい。戦闘の際のコツを教えてくれないか?」
「……セレンさんはどうですか? この後したいことなどは」
「ないです! 明日使い魔とやらを探しに行けばいいので。あと私も知りたいですし」
フレッドは恥ずかしいと少しだけ照れながら周辺にある稽古場を探した。魔物を使い魔にするための目的か、他に国よりも圧倒的に剣術を練習できる場所が多い。その中で空いている場所は二ヶ所で、広い場所を借りることにした。部屋に入ると、誰もいない。静寂が五人を襲ってきているだけだ。
ファウストとフレッドが一対一になって木刀を取り出す。近くにいる魔術師が試合開始の合図をすると早速フレッドが仕掛けた。一文字に空気を裂き、ファウストの方へ攻撃をした。彼はそれを空中で一回転して避けた。本来ならば美しく普通の人には出来ない芸当だ。だがフレッドは躱されたというのに余裕のある表情である。ファウストが地面に足をつけようとしたとき。その隙を見計らって木刀を彼の脇腹辺り目がけて斬りかかった。
「回転して避けるのは美しいので良いとは思いますがその分だけ隙を生んでしまうことになるのでできるだけ魔物との戦闘時は使用を避けた方がいいかと。あとは自分から仕掛けた方が相手を怯ませることが出来るのでお勧めです」
薙ぎ倒されたまま聞いていたファウストは呆然としながらもフレッドのアドバイスを完全に覚えていた。本来は剣術を極めているような人――騎士団長クラスだと尚よい――に聞いた方がいいのだがとりあえずフレッドが分かる範囲で直すべきところを教える。目立っているのはそれだけだったが心構えだともう少しあった気もしたが。
「ありがとう。参考にして鍛錬に励むよ」
訓練場から出ると外は凍えるほど寒く、何なら雪が降っていた。
旅先で雪が降ることはよくあるため、フレッドも慣れていたしファウスト達もよくエルメイア共和国に来ていたので日常の光景と化していたのだがセレンは手に雪を乗せてみたりじっくりと見てみたり興味深そうな表情を浮かべていた。
リャーゼン皇国では雪が一切降らない。というか、エリヤウェ地方のほとんどの場所は雪という概念がないのだ。美しいから人生に一度は見ておくべき、とどの雑誌にも載っている。紙のように白く素晴らしく儚い雪にセレンが微笑んだ。
流石にファウスト達とは階が違ったのでセレンとフレッドの二人で階段を上りながら明日の予定を相談した。
「えっと、それじゃあ明日は使い魔を探すために朝に行ったダンジョンかその周辺に潜って……」
「使い魔はどんな魔物がいいのかは決めたのですか?」
はい、と言ってセレンが見せたのはグリフォンという鷹の上半身と獣王の下半身を持つ精霊に近い幻獣だった。神々の黄金を守っていることや発見されたことで知の生物とされている。研究に没頭するセレンにとってはぴったりの幻獣だった。
相当珍しいので一日で見つけられるかどうかは分からないが上手くいくだろうと信じて。二人は扉の前で別れた。
* * *
フレッドが目覚めたのは、ベッドに入ってからたったの三時間後だった。魔物との戦いの時に眠ってしまっていたのであまり眠くなかったまま寝たのだろう。それにしても浅い睡眠だった気がしてやまない。もう一度寝ることは出来そうになかったので部屋の中にあった本を読んだり報告書を作成したりで暇を潰していった。
「今日はあまり寝れなかったんですか? すごく眠そうですけど」
「少しだけですが……何も出来ないわけではないですよ」
セレンに指摘されてフレッドの顔がほんのり紅潮する。
ホテルの一階にあったレストランで二人は会話をしていた。近くで採れた果物を使用しているジュースを飲んでいた彼女は窓から景色を眺めて言う。
「それにしてもここ、良いところですね」
「そうですね。サクサマラ地区自体は魔物が多いですがここはほとんどいませんし」
朝食を終えて二人は迷いもなく共和国外へ向かう。本によるとグリフォンは北の果てに生息していると記されていた。
巣を見つけるのは相当容易いことで黄金で作られた巣があればそれがグリフォンのものらしい。しかし一日どころか一ヶ月見張っても姿を現さなかったので伝説の存在とされている。
本当に使い魔にしたいらしく、一日中巣を監視する覚悟はあるようなので方向音痴のセレンに代わってフレッドがグリフォンがいると思われる場所まで案内した。
巣がないことを確認しては別の場所まで行きを繰り返しておよそ二十回目の時に見えたるは金色の巣。あれがグリフォンのものだと認識するには大して時間は掛からなかった。
やっと発見したと安堵したのもつかの間、大きい影が二人のいる地面を通過した。疑問に思い、空を覗くといっそのこと清々しいほどに大きい鷹が空を飛行していた。
セレンが歯を見せて笑う。グリフォンが空想上の動物ではなかったとその目で確かめた彼女は魔術で大空を飛び、戦いを仕掛ける。
「セレンさん!! 体力が残りわずかとなった時に『矮小化』と唱えてください! そうすればその生物は使い魔となります!!」
フレッドが大声を出す。フレッドは飛ばなかった。いや、飛べるほどの状況ではなかった。
――空間が斬れていた。フレッドが見ている景色というのは遥かなる大地と野原。そして昼なのにもかかわらず真っ黒な空のような『何か』である。
神の力を借りてこの世界に君臨しているグリフォンにとっては空間を斬ることなど難しいことではない。ただ流れ作業のようにしているだけでいい。世界は神にとっては脆いのだから。
セレンに届くよう大声で叫んだが彼女に聞えているかどうかは分からないので一縷の望みをかけてフレッドは暗闇から発生した魔物達と戦う。
* * *
「フレッドさんは!? ……まあ大丈夫か。あの人が負けるところなんて想像つかないし」
魔物は夜から――正確には暗闇からなのだが――生まれるというのは常識中の常識で、全てが真っ暗になったと思われるので魔物が大量発生している気がしないでもないがフレッドが全て討伐してくれていることだろう。
セレンは目の前にいる幻獣に聞えているかどうかも分からないが宣戦布告をした。
「私はセレン=ミネルヴァ。学園から来た。今、あなたを使い魔にする人間だよ!!」
きちんと聞き取れたのか、グリフォンはどこか余裕のある立ち振る舞いをしている。
逆に人間であるセレンは戦闘開始早々で切羽詰まった状況だった。空間が裂かれているというのに魔物だけは裂け目を通過できているのだ。
セレンは魔物の対応に追われているだけでグリフォンを視界に捉えることが出来ていない。これなら不意打ちされること間違いなしだろう。
炎を振るい、雷を落として天の恵みである雨を降らせど鷹に当たることはない。舌打ちをして魔術だけで戦うのを止めた。
学園で習得した剣術を使ってグリフォンの体力を直接削りに行った。ジークフリート騎士団長とフレッドの剣術にまつわる話をレポートを書きながら聞いていたのでコツは覚えている。後はそれを実践するだけだ。
「俊敏の能力を上昇させよ!!」
一気に詰め寄ると流石にグリフォンを焦らせたのか黄金に輝く爪をセレンの元に振りかざした。
セレンは戦闘狂のような笑顔を浮かべる。
「【黄金よ、私の手の元に。金よ、私の思いのままに】」
旅の途中途中で錬金術の研究していたセレンは金を造り出すことこそ出来ないものの、絶対に黄金を操れるようになっていた。フレッドにも話そうとしたが以前バレるとどこかの国に殺されると聞かされていたので言えないまま時が過ぎていたのだ。
だからセレンの研究の集大成を神の使いである幻獣に全てぶち当てる!!
セレンはグリフォンの背後に周り、刀で十文字を刻み込む。翼が使い物にならなくなったことで一気に形成は逆転して人間の方が有利になった。だが油断するなと戒めの言葉を口にする。相手は幻獣だ。どんな攻撃方法があるのか分かったものではない。文書や古文書に記されていないだけで使っていないものだってあるかもしれない。
呼吸を整えて攻撃を見切る。いつでもカウンター出来るように。
透視をする。瞬間、全てが透き通って時間の進みが遅くなった気がした。だからグリフォンの攻撃だって飛翔して躱さなくても良かったしグリフォンに刃が当たるような場所に一瞬で移動することもできた。
最後の抵抗で何かしらの巨大な魔術式を使った魔弾が飛んでくるのを察したセレンは大声で言う。
「『矮小化』……!!」
天空の世界が極彩色に包まれた。透視を使用したままのセレンは直視してしまい目を痛める。たった今使い魔になったグリフォンは矮小化されているのですぐさまに呼び出すことは不可能。諦めかけたその時だった。
「セレンさん!! 大丈夫ですか!?」
フレッドがそう言いながら下にある空気を圧縮しながらセレンを丁寧に掴んだ。彼の本物のように美しい銀髪が風で揺れている。セレンがフレッドの深い紫の瞳を覗く。
「フレッドさんっ……!! あのですねえっとグリフォンに勝ちました!!」
良かったですねと一言だけ。しかし勝ったという事実はあるのだから誰に誉められなくても嬉しいものだった。
だがフレッドはセレンにとって初めての言葉を彼女にかけた。
「おめでとうございます。恐らくセレンさんしかなし得ない所業だと思います。よく頑張りましたね」
フレッドが満面の笑みを浮かべながらそう言ってくれたのでセレンは思わず泣いてしまった。
どこまでも優しいようで彼はあたふたしている。とりあえずハンカチで彼女の涙を拭った。
「私、頑張りました!!」
フレッドは微笑みセレンを地上に降ろした。
* * *
噂が広まるのはとても早かった。それもそうだろう。成人してもいない女学生が単独で幻獣・グリフォンを使い魔にしたと言うのだから。というか目立たない方がおかしいのだが。二人は物珍しいような視線から驚愕と尊敬、羨望の目で見られ始めた。
「どうしましょうか……とりあえずグリフォンさんを回復させてあげたいんですけど」
まだあだ名は決めていないようで――というか神聖な生物に名前を付けること自体がおこがましいと考えているらしく――考える気はないようだ。グリフォンを使い魔としている人はかなり少ないはずなので別に名づけをしなくてもいいのだが。
「けど親しみやすい名前の方がいいですよねー。じゃあシトリーで!!」
「悪魔の名前でしょうか?」
「そうです! グリフォンの翼を携えている奴です」
ぐったりとしているグリフォンにシトリー、と優しい声で囁くと少しだけ精神が回復していた。
「これからよろしく。シトリー」
シトリーはセレンの頬を優しく擦ってきた。




