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或る御者の旅  作者: 駱駝視砂漠
第一章
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第十二話 魔獣アンドバトル!!

「ようやっと辿り着けましたねー。首都、遠かったぁ」

「御者にすぐ依頼出来てよかったですね。それじゃないと普通に凍え死ぬところでしたから」

 フレッド達をエデル=シュタリア観光地区から首都まで連れて行ってくれた御者は一等御者のフレッドのことを知っていたようで、礼儀正しく挨拶までしてくれた。

 馬車を降りると、もう夜になっていてフレッド達を暖めてくれた太陽はいない。その代わりに吸い込まれそうなほど透明で美しい月が現われている。雲隠れしているが、それでも光り輝き続けている。二人は背伸びをしながらホテルへ戻って、寝る。騎士団の人達が反省しているらしく誰かが部屋に入ってくることはないということが確約されているのでセレンも安心して睡眠することが出来た。フレッドもこの国に来て初めて安眠することが出来た。


「おはようございます。今日は良く眠れましたか?」

「ええ。珍しく安眠でした」

 エデル=シュタリア観光地区での川の一件で川に潜ったり息を長時間止めるなどしてかなり疲れていたのですぐ眠りにつくのは至極当然の理であった。熟睡できて少し嬉しくなっているフレッドは目を覚ますために店でコーヒーを頼む。それを飲むとあちっ、という声を出してその後に何事もなかったかのように再び飲み始めた。

 丁度飲み終えたときにセレンも朝食を食べ終わっていたのでセレンとフレッドで割り勘をして店を出ると、そのまま馬宿の方へ行き、馬の返却を申し出た。それぞれでしばらく馬を待っていると、元気な嘶きの音が聞こえてきてフレッドの方にゆっくりと走って来た。懐かしそうにフレッドが撫でると、安心したのか優しい声を出す。

「セレンさん。次の国、行きましょうか」

「えっと、次はサクサマラ地区? ってところですね……私もよく知らないんですが」

 一カ国は全く知らないような国に行ってみたいが故にサクサマラ地区を選んだらしい。フレッドも知ってはいる方だが、サクサマラ地区というのは魔物が多い場所であり、他の客も好きで旅に行くようなところではないのは知っていたのだ。だが、セレンは強い。だから彼女に限って死ぬことや事故を起こすことはないだろうが魔獣の中でも強い奴はあり得ないほどに強いので油断しないことが大事である。

 セレンはサクサマラ地区に出てくる強いモンスター図鑑というものをフレッドから借りて馬車の中でじっくり読み、特徴や弱点、どんな魔術を放ってくるのかを完璧に記憶している。フレッドは窓を覗きながら暇をしていないのか確認して快適になるように馬を走らせていた。

 しばらく疾走しているとかなり大きな看板がフレッドの視界を奪う。よく見えなかったので小さな双眼鏡を鞄から取り出して目を細めながら眺めていると『この先進む者、勇気と実力を兼ね備えるべし』と大きな赤文字で書かれているのを目撃した。じっくり見ると、『ここで乗物から降りてね。魔物に壊されること間違いなしだから』と達筆で書かれているではないか。きっと本当のことなのだろう。というかもう既に魔物の巣窟が見え隠れしている。

「セレンさん、辿り着きましたよ。あと、魔物に殺されないように注意してください」

「えーっとわぁ……洞窟から魔物が溢れ出ているみたいですね」

 周辺一帯には魔物、魔物、魔物。勇気ある冒険者たちが戦いに挑んでいっているようだが数人で魔物を倒せる程度の実力のようで撃破するのにかなりの時間と労力を費やしていた。

「フレッドさんも一緒に倒しましょう! あの方たち困っているようですし」

「そうですね……ならば容赦なく。雷撃と、時の停止で」

 フレッドが指を鳴らすと魔物の時が止まり詠唱すると神の怒りを買ったようなほどに巨大な落雷を魔物たちに食らわせた。また指を鳴らすと時間が進み、魔物達が灰となった。

「大丈夫でしょうか? 怪我などはありませんか?」

「う、うわぁぁぁぁ……せっかくダメージをたくさん入れれたのに何てことしてくれたんだよう!!」

「? えっと、倒さなかった方が良かったのでしょうか」

「ああ、そうだよ……ったくこいつらさえいれば冒険もしやすくなったろうに」

 冒険者たちは舌打ちをしながら二人の元を去っていった。フレッドは悲しい顔をしながらただ冒険者三人組が見えなくなるまで立ち尽くしているだけだった。

「今のはないですねー。倒さないのが目的だとしても命の危機に瀕していたんですからフレッドさんに感謝くらいしないと」

「いえいえ、僕が彼らの考えを読めなかったのが悪いんですよってまたまた魔物ですか。ちゃちゃっと倒して街に進みましょう」

 フレッドが殺傷能力の高い剣で魔物数十体を一瞬で薙ぎ倒すとセレンは感嘆する。

「すごーい。フレッドさんて強いんですね!」

「ありがとうございます。護身のために剣術格闘技くらいは身に着けておいた方がいいですよ。オーガスト君みたいに魔術しか使えないと対応できない事象も生まれてきてしまいますし」

 馬車を置いてきたところの近くには馬宿があったようで馬や馬車の保護を無償で行ってくれるようだ。なぜ利益を求めないのかをやって来た宿主に聞いてみると『あそこの地域に入り込んだら死ぬ確率の方が高くなりますから』と言っていた。それだけ油断してはいけないのだろう。資料の中でも冒険者などの戦闘に慣れているような人でも何千人と死んでいるのだから御者はサクッとやられないように注意しなければならない。

「へへっ、強い敵と戦えるんですねー楽しみです」

「油断はしないようにしましょう。この薄暗い洞窟の中だと背後から殺される可能性も無きにしも非ずですし」

 セレンが炎属性魔術を展開して辺りを明るくする。早速強いと言われているミノタウロスの軍勢が現われた。灰楼山の時には偽神もいたから苦戦していた訳だが今回はただの半獣と戦うだけでいいので難しいことは何もなかった。まずはバックステップで大槍の攻撃を躱す。背後からも攻撃の雨がやまなかったので以前買ったオブジェクトを大剣に変化させて三匹のミノタウロスの目を潰す。

 魔術で魔獣に幻影を見せながら首を刈り取る。それが灰と金に代わり、同時に奥深くにあった門が開いた。

「第二層ってやつですね……ここはダンジョンってやつでしょうか」

 セレンはキョロキョロしながらそう言う。

 ダンジョンは洞窟上になっていて奥行きはあまりないところが多いが何よりも、とにかく深い。曰く深いところは五十階層よりも下があるとかないとか。あまり戦ってエネルギーを消費したくないフレッドはこのまま下へ行くか尋ねる。

「いえ。ここから下に行っても疲れるだけですしお金なら灰楼山とかの魔物討伐で手に入れたもので十分ですから」


 二人は人がいるところまで急いだ。フレッドの知り合いの御者の情報によるとサクサマラ地区には人が休憩できるように居住地域が置かれているらしい。そこは結界で魔物が入ってくることが出来ないようになっているため安心して探索することが出来るのだ。

(確かレオンハルト君はもう少し何か行っていた気がするけど……まあ大事なことではないよね)

 フレッドはできる限り思い出そうとしたが八年前くらいの遥か昔の記憶だったので結局思い出せなかった。

 セレンと魔術について会話していたら三十分ほどでサクサマラの居住地域であるエルメイア共和国に到着した。そこに辿り着くまでに地上に出ている魔物は粗方討伐したのだが、何かおかしかったのか、物珍しい目つきで国の門番からは見られた。

 入国審査は意外と早く終わったので、セレンを待っていると指差している人がいることに気がつく。

 先ほどの冒険者達だった。

「えっと、こんにちは?」

「こんにちはじゃないよ!! 何で魔物殺したんだー!?」

「殺さないと危険では?」

 フレッドが言ってから三人組は話し合っていた。内容は少ししか聞き取れなかったが本当に知らなかったのか等々。フレッドが地上にいた魔物を滅ぼしたと聞くと呆れた眼差しを彼に向けながら説明し始めた。

「いいか? 僕たちは『使い魔』を探しにここまで来ていたんだ。僕の右にいる魔術師と左にいる銃撃師(スナイパー)はもう捕まえてて後は僕一人ってところだったのに……」

「待って下さい。使い魔って何でしょうか?」

「知らないのかよ……使い魔ってのはいわゆる冒険者のサポート役として機能する奴だ。普段はこんなに小さいが主人が通常化と詠唱したら普通の魔物と同じ大きさになる。アンタも戦力不足になったことはないのか?」

「そうですね……基本は自分だけで足りているので僕は良いですが」

 もしかしたらセレンが欲しいかもしれない。

 伝書鳩がフレッドの元に届く。セレンからのもので半日くらい入国審査を受けることになったらしい。半日をただ何もしないで過ごすのも暇なのでフレッドは提案した。

「僕もついていってよろしいでしょうか?」


 冒険者達は熟考し、頷いた。人数がいることにデメリットはないと判断したのだろう。

 目的の魔物は青蛇。聖蛇ではない個体だ。本人は聖なる者を使い魔にしたかったらしいが、天罰が下ったら怖いので普通の個体に留めているらしい。よく蛇が行き来していると言われている青銅の泉に足を運ぶ。

「死にかけている魔物に矮小化と言った人がその魔物の主人になる。間違えて言うなよ?」

「はい。青銅の泉には魔物が多いと聞きますので襲撃してきた魔物を退治するのでいいでしょうか」

 ああ、と冒険者グループのリーダーは言った。曰くここには何十回と訪れているがまだ一回も体力を四分の一まで減らせたことはないらしい。最悪、負けたとしてもエルメイア共和国に戻ればすぐに治療してもらえるらしいし半日あれば捕まえることが出来るだろう。


「青銅の泉に現れし青蛇よ。地上に降りて来給え!!」

 リーダーがそう唱えると水の中からではなく天から竜のような形の大蛇が降りてきた。神直属の手下ではないものの、降臨するその姿はとても美しく、また神々しかった。

 聖蛇が叫び声をあげると、泉の中から魚類の魔物が、砂漠の中から砂を纏った魔物と砂嵐が、近くにあった森から出てきた永遠を意味するウロボロスのコピーが四人を襲う。

「御者!! お前はあいつ等の撃破を頼む。殺してしまっても構わない!!」

「了解しました」

 まずフレッドは掌から真剣を取り出す。魔術式で防御と殺傷の威力を高めた武器だ。属性魔術を付与すれば魔術と併合して攻撃にすることも出来るだろう。

「神聖魔術を剣に付与せよ……あとは【神霊の降臨】」

 本来であれば数分は詠唱しなければならないものをフレッドはたったの二十秒で唱え終わり、剣には妙に青白い光が纏わりつく。それが魔獣のいる森に生息していた精霊であり、神霊だった。

 霊がいない場所もあるためここもいなかったらどうしようと考えていたがもしもの時の対策は要らなかったようだ。

 面倒くさくない魔物から討伐する。ゴブリンやドヴェルグの中でも狂暴、そして暴走化した奴らを適切に処理していった。ドヴェルグは即座に武器を作って攻撃していたので若干面倒ではあったが。それでも一体十五秒くらいのペースで狩っていくと残るは永続と円環を意味するウロボロスただ一体となった。

 双眼鏡で冒険者たちの方を見ていると体力は半分を切っていた。フレッドは微笑む。これで安心安全にウロボロスと戦えるということを。

「円環のウロボロス。君の相手は僕だ。手加減はしないよ」

 ウロボロスは叫ぶこともなく淡々と戦い始めた。

 フレッドは試しに鱗の固い装甲を斬るとすぐに回復した。体全体に【輪廻】の概念を宿しているらしく、核となる部分を徹底的に壊すか、全体を壊すしか方法はなかった。

「君の核はどこか……見させてもらうね。【透視】」

 上からじっくりと見ていくと、核はすぐに見つかるものだ。額の箇所に宝石らしきものが隠れていて、攻撃しろと言わんばかりの輝きを放っていた。透視というのは目を過度に働かせてしかも明暗をはっきりさせるために透明度を変化させているので光はフレッドにかなりのダメージを与えた。が、そもそも目を頼るような戦闘スタイルではないフレッドは難なくその問題を突破してウロボロスに飛び掛かった。

「永続なんてないよ。いつかは誰でも滅びる。そうだろう? 君だってこうやって死んでいるんだから」

 フレッドが言葉を発し終わった後にはもう、灰に変わっていた。フレッドの人生上、最も静かな戦闘だった。


 * * * 


「うおぉぉぉぉっ!! 使い魔の条件満たしたぞぉぉぉっ!!」

「「「おーっ」」」

 フレッドがウロボロスを討伐して青銅の泉に戻って来た時のは、既に冒険者たちが青蛇を手懐ける直前だった。

 ぐったりとしている青蛇からは極彩色の政令が飛び出している。冒険者グループのリーダーは魔物に手を触れ、矮小化と優しい声で言った。すると、目まぐるしい色は次第に落ち着きのある優しい色に変化しそれがリーダーの手の甲に収まった。精霊は手に紋様を刻み込んだ。

 花の紋様だった。

「これ!! 格好良くないか!?」

「そうだねぇ。けど私の奴の方が格好いいよ絶対」

 魔術師が見せたのは煌々とした何かよく分からないもので、だけど何故か神聖な雰囲気を醸し出していた。

 手の甲を見たフレッドは頭が痛くなる。まるで記憶が流れ込んでくるように。


 どこか知らない場所だった。

 小鳥がさえずり、綺麗で透き通った川が流れていた。きっとこれより幸せな世界はないだろう。あるとすれば天国くらいだろうか。

 綺麗な女性が目の前に座っていた。花冠を作っている彼女の頬に優しく手を添える。

「どうしたの? 寂しいの?」

 何も考えずに頷く。微笑んだ女性はどこか悲しそうだった。


「……おい大丈夫か? すごく苦しそうだったが……」とファウストが心配そうに言う。

「ごめんなさい。夢を見ていたんです」


 夕暮れの中、フレッドは夢を思い出す。そうだ。


 あの時、女性は僕に口づけをしたんだ――。

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