第十一話 宝石のような街
首都から二時間ほど歩くとそこには数多の神架教信者が訪れていて、何人もが大聖堂で祈りを捧げていた。無宗教の二人にとっては異様ではあるものの、信仰する美しさを感じた。書物を全員で音読して十字架を掲げている。
しばらくそれを続けて一冊を読み終えると信者たちは教会に手を合わせてから出ていき、大聖堂にいるのは管理人である司教とフレッドとセレンだけだった。
彼がフレッド達のところへ歩み寄って来たのでお辞儀をすると彼は微笑んで近づいた。二人は大聖堂にあるベンチの一番前に座るように促され、ゆっくり腰かけると彼は紅茶を出してくれた。それを飲みながら司教・クリストフォロスは話の聞く。
「あなた方は何故ここを訪れたのでしょうか?」
「えっと、観光です。ここが有名だと雑誌には載っていたので」
「そうでございますか。お二方は神架教の信者という訳ではなさそうですし占って差し上げましょうか?」
興味が湧いた二人はお願いします、と頭を下げて司教座の前で突っ立った。クリストフォロスは椅子を二人分持ってきて、それと同時に水晶と魔術に使用するための杖も司教座に隠していた箱の中から取り出す。
神架教の司教だとは思えない雰囲気でフレッド達に微笑みかける。まずはセレンからだそうで、集中して水晶に手を当てた。フレッドが水晶をのぞき込むと、それには花束を持って微笑んでいる女性が写った。フレッドにはそれが誰だか分からなかったがクリストフォロスが優しい声で説明をする。
「水晶に写っているのは貴女の前世です。そうですね、セレン様は昔、貴族の少女だったようです。友人なども多かったみたいですね。しかし家族からは愛されずに、更に信じていた友人は金銭めあてで近づいていたということを知って病気になってしまったようです」
セレンはうつむいたままこくんと頷く。悲しい表情をしているのを察したクリストフォロスが更に話を続ける。
「しかし今は家族に愛され、友人も少ないものの信頼できる方が多いでしょう? その方々は最後までセレン様のことを信頼し守ってくれます。貴女にはそういう力があるのです」
セレンは涙した。家族は自分のことを愛してくれて友人も打算的な目でセレンを見ていないということを知って。喜びをかみしめている間、クリストフォロスはフレッドの方を見る。
フレッドが水晶に触れると司教は物珍しそうな表情でただただそれを眺めていた。
彼曰く、フレッドはその当時世界最高峰の魔術師だったらしい。今は人生二周目だそうな。
フレッドのことを待っている人がいるだろうから迎えに行ってあげると良いとクリストフォロスにそう言われた。
「ところで、神架教は神の叡智に近い魔術を使ってはいけないというのを聞いたことがあるのですが……」
「そうですね。ただ隠れて行っているので人間の世界で処罰されることはないと思いますよ」
どうやら現世で地獄のような場所に行かなければ死後は地獄でも何でもいいらしい。この人、本当に司教か? フレッドとセレンはほぼ同じタイミングで考える。
彼は二人が革命を起こしたことに感謝をしたいと思っていたようでセレンが首都でのことを話すと跪いて感謝の言葉を述べた。
「本当にありがとうございます。彼らの横暴を止めてくださって」
いえいえ、とセレンが言うと立ち上がって彼はもう一度お辞儀した。物心つかないうちから練習してきたように完璧である。というか最早所作の全てが美しい。
二人は死者が必ず訪れるという川の次に行くべき観光名所をクリストフォロスに尋ねる。少し考えた後、彼は思い出したように話し始めた。
「そうですね。宝石の街・エデル=シュタリア観光地区はどうでしょうか? あそこの景色は人生で一回は見ておいた方がいいですよ。私は司教という身分ですのであまりこういうことを言ってはいけないと思いますが……ああいうところでお金を使うのは良いと思いますよ」
セレンが驚いた様子で彼の方を向くとにっこりと微笑んだ。若干いたずらをした後の少年のようないじの悪い顔になっている。物凄く俗世に塗れていてフレッドは驚く。
「そういえば、何故司教様は僕達のことを歓迎してくれたのでしょうか? 無宗教で神架教の僕達なら拒絶するのが当然なのに」
彼曰く、神に従って全ての人間に愛を与えるのが彼の信条らしい。その心がけはまさに聖人と言えるだろう。実際、彼を死後聖人と見做すかどうかは上層部の方で相談が行われているようだ。こんな人を聖なる者に認定してもいいのだろうかという話だ。まあ、信者か否かで人を差別していないのでそれに関しては聖人と通ずるところはあるのだろうが。そして二人が革命を起こしてくれたことも理由の一つにはあるようだ。騎士団派は神架教を無下にして国の司教たちは困っていたらしい。クリストフォロスもそのうちの一人だったので純粋に感謝を伝えたかったようだ。
最後に大きなステンドグラスの目の前で三人は祈りを捧げる。今後も安全に旅ができますように、と。色とりどりのガラスを通じて発せられている光が三人を包み込む。それは優しくて暖かいものだった。
「もしお困りのことがありましたらここを訪れてください。いつ何時でも門は開いております故」
セレンは手を振り、クリストフォロスも振り返して大聖堂に背を向けた。
* * *
「エデル=シュタリア観光地区? というのはここら辺でしょうかね……宝石の街という割には宝石らしいものは見えませんけど」
神父・クリストフォロスに書いてもらった地図を頼りに観光地区に来てみたはいいものの、観光地どころか人がいる気配すらない。赤い丸の付いている場所を訝しみながらも足を運んでみると、周辺だけあり得ないほどに人が固まっていた。境界がくっきりと見えた。フレッドとセレンのいるところと数多の人間がいるところはあまりにも違いすぎる。何があったのか、と間を潜り抜けながら街にある建物の数々をぼんやりと眺めているとステンドグラスが輝いていた。
色々な場所から光が漏れ出してとても美しい。
「この光景は……確かに宝石と言っても過大表現ではないですね」
「確かにー! これだけの輝きは見ているだけで壮観な気持ちになれますねー」
二人は一旦落ち着くために店に入る。しかしそこにいるのは女性だけだった。フレッドは気まずくなったのでさっと扉を閉める。セレンが興味深そうに店を覗いていたので彼女だけ店に入らせてフレッドは本を読みながらずっと彼女が出てくるのを待っていた。暇だったのでセレンが入った店の看板を見ると、ステンドグラスと魔術石を造る店らしい。
魔術石というのは魔力補強の能力を所持する石で、魔術式は導き出せているのに魔力が足りないと言ったような状況に用いられる。その他にも、魔術式を咄嗟に魔力と融合できないときにその時ごとに対応した魔術を展開してくれる。そういったとても便利なものなのだ。まあ、フレッドはあまり使ったことがないのだが。
書かないといけない報告書を放り出して遥か昔に書かれた魔術書の解読を試みる。自然と読めてしまうくらいにはフレッドは頭が切れるため、集中力を一瞬たりとも切らさず思索に耽った。目を細くして魔術書と格闘しているフレッドの様子見て歓声を上げる人も多い。何なら通り過ぎたほとんどの女性は顔を赤くしていた。勿論、集中しているフレッドには届かったのだが。
ステンドグラスを使った光の魔術の項目を解読し、幸せそうな表情になる。同じくルンルンの顔で店を出てきたセレンは驚愕している。セレンに気が付いて微笑むとキャーという最早悲鳴に近い声がフレッドの耳に入ってきた。
「フレッドさん、何してたんですか!?」
「ただただ魔術書を読んでいただけなのですが……」
「いやいや、ただそれを読んでいるだけだったらこんなに人集まってこないですよ!?」
フレッドは今更辺りを見回す。そして苦笑した。女性がフレッドのことを囲っているのだ。どうすれば良いか対処に迷っているとセレンが彼の手を握って慌てていった。
とりあえずフレッドも駆けだすと悔しそうに女性方は二人の方を見つめていた。
「えっと、大丈夫ですか?」
「大丈夫ですが……人にずっと見られるというのはあまり気乗りしません」
「フレッドさんは優しすぎると思います。もっと嫌なことがあればハッキリ言った方がいいですよ」
困ったように頷き、知らないどこかに向けて走り出した。
しばらく風を切るように駆けていると突然セレンは歩みを止めた。息切れしていないので疲れている訳ではなさそうだがかなり落ち込んでいる。
「どうしました?」
「……フレッドさん、ここはどこか分かりますか?」
「いいえ、ただ人の量は少なくなっている……というか僕達以外はいませんよ」
「その……」
迷いました、と。旅先でここまで地獄を生み出す宣言は未来永劫現われることはないだろう。そもそも、フレッドもニェルトン騎士団国に精通している訳ではないし、セレンは方向音痴なので論外なので、どうやって元に戻ればよいのか分からない。
諦めて下を見ると宝石のように煌々とした、美しい川がフレッド達を覗いていた。エメラルド、あるいはサファイアだろうか。それくらいとても綺麗で見惚れるほどだった。
「あの川を下っている人たちは誰でしょうか? フレッドさん、話しかけてみてもいいでしょうかね?」
「良いと思いますよ。ここから抜け出すためには誰かに尋ねないといけない気がしますし」
セレンは橋を渡って川岸に行った。セレンが手を振ると櫂を使って漕いでいる、ローブを着た女性が驚いたような表情をして動きを止めた。
被っていたフードを脱いで美貌をあらわにする。彼女は宝石に似た川にも負けず劣らずの輝きを放っていた。フレッドもセレンを追いかけて女の方を見た。謎の雰囲気を醸し出していたので警戒しながら挨拶をすると、女も妖しい笑みを浮かべてお辞儀をする。
「貴女は誰ですか? ここに住んでいる方ですかっ?」
「ええ、ここに住んでいるヘカティスと申しますわ。あなた方もこの舟に乗っていきたいので?」
「いいえ、僕達は自分で道を探していくので結構です」
「フレッドさん、せっかくだから乗らせて頂くのはどうでしょうか?」
そこまで言われると断ることの出来ないフレッドはまずそうに頷いてヘカティスの漕いでいる一つの船に乗らせてもらった。
フレッドはいつ攻撃されても良いように短剣を準備する。ヘカティスには殺気こそない。しかし、何を考えているのかもわからないので不敵な笑みを浮かべている彼女を完全に信頼しきることは出来なかったのだ。
宝石のような花が咲いている。上を見ると散っている花もあった。恐らく、あれは遠い国にある『桜』というやつだろう。そこまで遠くに足を運んだことはないため、不確かな情報だが疑問を抱いたフレッドはセレンに耳打ちする。
「セレンさん、今は何月でしょうか」
「え? 今は八月ですけど……」
ならばおかしい。桜というのは異国で春――すなわち三月から五月に咲く花らしくそれ以外の時期には咲くことはない花のはずだ。ならば、今いるここはどこなのか?
「ヘカティスさん。説明していただきましょうか。というか貴女、生きていないでしょう?」
「えっ、じゃあ死んでいるんですか?」
フレッドは首を振る。恐らく、彼女は生きている存在でも死んでいる存在ですらないだろう。
何故ならば、彼女は神だから。
ヘカティスは舌打ちをして鎌を取り出す。曰く、死神という役割を与えられているらしく、魂を導いたはいいものの、暇だからたまに人の魂を攫っていたらしい。
「セレンさん、川に飛び込みますよ!! 現世に戻るために」
「……はい!! せーのっ!!」
バシャンという音が鳴る。フレッドは水中で息が出来なかったが、それでもさらに深く沈もうとする。ヘカティスが物凄い表情で水に入ろうとしたが、川からは光が溢れ出てきたので気絶しかけているセレンを抱えてどんどんと潜った。
* * *
「はぁ、はぁ……」
「大丈夫でしたか? セレンさん」
気が付くと二人は川の上にある橋に寝転がっていた。太陽で暖められた床が先ほどまで冷たい水に包まれていた二人を癒す。とても奇妙で恐ろしい夢のようだった。実際には夢でも何でもなくただの現実なのだが。
フレッドは濡れたジャケットを脱いで急いでセレンに掛ける。帰りましょう、と優しい声でそう言って二人は宝石のように美しく、冥府の様に狂った川を後にした。




