第十話 反乱の炎、団結の旗2
宮殿の頂上が燃えた。そこが騎士団の居住地近くであることは誰もが知っているので団長が負けたと全員が悟りうおおおおおお!! と国民の士気はさらに上がった。フレッドは近くの建物に入って戦いを眺めていた。窓に寄りかかって炎上した瞬間を目撃していたが、魔術師二人がきちんと団長を打ち負かしたと分かって安堵する。
団員達も国民に対して堂々と殺傷するのは気が引けたのか、一切攻撃していない。基本彼らは首謀者である団長がいなければ暴力をふるうことも出来ないらしい。
「どうしますか? 流石に私達だけここで静観しているっていうのも罪悪感が湧いてきますし……」
「そうですね。それじゃあここから降りましょうか」
窓を大きく開けて飛行魔術でふんわりと降りると一斉に視線が二人の方に向いて表情がパーッと明るくなる人もいれば、恐怖で逃げようとする人もいた。まあ後者はほんの一部しかいないのだが。
「わぁぁぁぁ悪魔ぁ!?」
「フレッドさん、悪魔らしいですよー。怖いですね」
「悪魔の子の特徴には当てはまっていない気がするのですが……僕ってそんなに恐ろしい風貌でしょうか」
フレッドはキョトンとしていたが、セレンは苦笑することしか出来なかった。騎士団員にとっては暴言を吐かれた畏怖の対象となるはずなので彼女視点であれば当然の反応となるのだがそれをフレッドに伝える気は毛ほどに無い。
「セレンさん。何か心当たりはありますか?」
「あいつ……自分のやったことを覚えていないのかよ……」
自己紹介を忘れていたと気づき彼らに向けて礼をする。
「自分はフレッド=ヴェレスフォード。一等御者が一人です。もしお困りのことがありましたらリャーゼン皇国にある御者組合に連絡をください」
自分を殴りつけた人にさも何もなかったかのように――社交辞令かどうかは知らないが――挨拶をする狂気ぶりにセレンとフレッドが騎士団に暴力を振るわれたという噂を知っているほとんどの人が顔を青くした。フレッドの味方である国民も、敵である騎士団の人も関係なく、だ。
「ねぇ、あの人絶対におかしいよ……なんであんなに平気そうな顔をしているんだろうね」
そんな言葉が聞こえてきた気がするが、聞かなかったことにしておこう。セレン除く全員が震えあがり、敵味方関係なくフレッドに恐怖し戦いどころではなくなった。
平和を象徴する旗の下、フレッドに対する恐怖で一致団結し国民代表である貴族の一人と騎士団代表の誰かが手を固く握りあう。
団結した理由である当の本人のフレッドは若干気に喰わないような表情になり、
「僕、そんなに怖かったでしょうかね……絶対にそんなことはないんですけど」
「まあ、ドンマイってことで」
仲良くなりたかったが視線を合わせるために青ざめられていて心が傷つけられないはずがなかった。なんなら、何十回も殴りつけられたときの方がまだましだったと思えることだろう。フェリクスが困り果てたような表情でこちらを見つめてきた。お疲れ様と肩を組んで二人を労う。正直フレッドに関してはセレンが扇動した時も横に突っ立っていただけで戦いもただただ傍観していただけなのだが。
「けど、フレッド君は確実にこの戦いを終わらせた結果だよねーセレンさん?」
「ですよねー……あはは」
どちらもフレッドから目を逸らした。
「……本当に皆さん酷いですね」
* * *
「はいジークフリート騎士団長、ここに調印して? これから横暴に振る舞うことがあったら容赦なく牢獄行きだから」
見届け人であるセレンとフレッドの目の前でジークフリートは渋々サインをする。どうやらフレッドが殴られて暴言を吐いたという場面にジークフリートはいなかったらしく、対等に話してくれた。
「僕が何を言っていたのかって団員の方から聞きましたか?」
「お前意外なこと言うんだな『冤罪者を殺したお前らが犯罪者だろ』とか結構腹黒いんだな」
フレッドの表情が一瞬にして曇った。犯罪者と言われるのは中々に心が傷つけられるのではないか。記憶がないということを言い訳には出来ない。フレッドはジークフリートが書面にサインし終わった後、謝罪をするために頭を下げる。
「本当に申し訳ございませんでした。暴力を振るわれたとはいえ、汚い言葉を口に出してしまうなんて」
「大丈夫だよ謝ることないってフレッド君。そんなんで罪悪感抱いていたら君が謝っている相手だって全国民に謝罪しないといけない訳だし」
赤い瞳を持ったフェリクスがにやにやとしている。セレンはため息を吐きながらレポートを淡々と書いていた。歴史を変えているかもしてないと若干興奮しながらもそれでも落ち着いている。何故か気まずそうになった三人が沈黙し、セレンのペンの音だけがフェリクスの職務室を満たしている。
「終わったぁーっ!! ほらほら、いつから騎士団が横暴を続けてきたかを必死に調べて反乱に備えていたんですよ!!」
どうやらセレンは騎士団の気持ちを察することが出来るほどの空気を読む能力はないらしい。やっぱり横暴を極める人は愚かですよねーやら結局殴ることしか出来ない人は最終的に負けるしかないんですよーやら目の前に諸悪の根源がいることに気が付いていないくらいにズバズバと発言していた。
彼女も夜に不安で覆われていたっぽいのでフレッドの隣で彼女に悪口を言われて体力がゼロになって机に伏しているジークフリートのことは言わない方がいいだろうか。
「というか、そんなにショック受けているなら何で部屋の扉を壊して彼女を恐怖させてんですか」
「可愛い女の子はいいだろ!! 男だったら全員好きだろ!!」
「えぇ……心底軽蔑しますよ……」
心のこもった本気の半眼にジークフリートは苦笑した。フェリクスは大爆笑して机をたたく。机が壊れんばかりに。
コンコンという音が鳴った。はーいとフェリクスが穏やかな声で言うと、二人組が彼の職務室に入ってきた。ヨハンとテレーゼ魔導団兄妹だ。
「ひぃぃ……よ、よ、ヨハン団長は置いておいて、私がこんなところにいてもいいのでしょうかっ」
「テレーゼ副団長。今夜は国王も騎士団長も無礼講だ。酒に任せて不満をぶちまけてもいいんだよ」
それじゃあ……と言ってテレーゼは持ってきたと思われるワインを一本ラッパ飲みで飲み干して手で口を拭う。
「じゃあ今までの話させてもらうけどねぇー。騎士団長・ジークフリート。お前何で学校時代あんなに虐めてきたんだよ成績も私と横並びくらいだったから蔑視されるような事もしてないし何なら私の方が成績良かったよね? マジでお前が喧嘩吹っ掛けて私が卒倒したせいでいじめが後を絶たなかったんだから責任取ってほしいんだけど。ねえ君は良かっただろうねえただ下級生の私を殴り倒しているだけで人気者になれたんだから。反乱がなかったって私は革命のときにこうやって酒を飲んで決闘吹っ掛けてアンタを殺すまでボコボコにすることだって出来たんだから感謝しとけよ……ってまずは謝罪だ謝罪。床を這いつくばるようにして詫びろ騎士団長というに隠れたこのド畜生!!」
あまりにもテレーゼの性格と形相が変わっていたのでフレッドも気絶して何も覚えていなかった時はあんな感じだったのかと頭を抱えた。
「うーん初めて見たねぇ……まあ、テレーゼ副団長の人生を狂わせた本人が目の前にいるんだからね」
テレーゼと違って酒を飲んでも酒に呑まれることはない様子のヨハンは永遠にブツブツ言い続けている彼女の頭を撫で続けて宥めた。
セレンも酒の代わりにジュースを飲みながらレポートを纏め、神聖バグラド帝国にいたときには書ききれなかったものを記していた。あそこの国にいるヒュライゾの森の魔女について、国立図書館について、悠久を生きる魔術師について。綺麗な文字でテンポよく書き続けていた。
フェリクスはそれをこそこそとのぞき見して感嘆する。
「へぇー。あそこのオリヴィエって魔術師は不老不死だったんだー」
「正確に言うと老化が極限に抑えられているって仕組みらしいですけど」
セレンはフェリクスからレポートのアドバイスを貰い時々ニェルトン騎士団国について雑学を教えてもらったり、フレッドはジークフリートと剣術について語り合い、ヨハンとテレーゼは酒を飲みながら部下の愚痴を吐いたり云々。
完全に各々で無礼講の場を楽しんでいた。
「『魔術師が減速する魔術を使って自分たちを拘束してくる』、こういう状況の時はどういう技を使うべきか? お前はどう思う」
「そうですね……ここは神巧の業でしょうかね? ゴリ押しで神速の業を使うよりも確殺率は高いと思いますし」
「だな。俺でもそれ使うわ。まあ、一番いいのは減速魔術の範囲外に出て動揺した瞬間に畳みかけるが一番手っ取り早い気もするが」
「流石に一般人にはそんなこと不可能ですよ」
酒を飲みながら六人はそれぞれ夜を明かした。
* * *
セレンは呆れていた。
大人の半数以上酒の飲みすぎで潰れていたからだ。
例を挙げよう。フェリクス、ヨハン、テレーゼ、ジークフリート、以上だ。
フレッドはセレンがウトウトとしている間もずっと起きていたらしく、セレンが目を開いたときには室内の掃除を全て終わらせていた。ジークフリートは結構飲んでいるのを見ていた。それでただ酔いつぶれていただけなのがすごいのだが、酒豪なのかフレッドは二日酔いしている様子もなくセレンに微笑みかけていた。
「おはようございます、セレンさん。よく眠れましたか?」とさも何も飲んでいないかのような発言をしていて驚愕したことだ。
「えっと、フレッドさんはお酒を飲んだんですよね?」
「はいあれくらいは飲みましたが酔うほどの量ではなかったです。それより、今日の予定はどうしましょうか」
フレッドが指をさしているところを見ると十本のワインボトルが丁寧に立てられていた。その十本だけが隔離されていて、残りの約二十本は同じところに置かれている。まさか一人で飲んだ量だったとは思ってもいなかったのでドン引きしながら彼のことを見つめた。
何も言わないのは失礼だと思ったのか彼女は今日の予定を話し始めた。ニェルトン騎士団国分のレポートは書き終えたので最後の日である今日は観光を目一杯楽しむらしい。
まずは大聖堂。神架教を信仰している訳ではないものの神聖で厳かな場所には興味があったのでここにある世界最大級の聖堂に行ってみたいようだ。
次に死者の川。死んだ者は生きている人間には見えない船を使って冥界に行き、そこで裁きを受けて神に許されたものは天界に行き、許されなかったものはそのまま地下に下り、自分の犯した罪の重さに応じて階層が変わるらしい。一番軽い罪は信仰をしなかった罪で、一番重い罪というのは誰かを裏切った罪だと書物には記されてある。まあ、もちろん生者が見れるはずがないのでただただ書物の聖地巡礼ということになるのだが。
二人は爆睡している四人にメモ書きを残してフェリクスの執務室に背を向けた。
二人が王宮から出ると、空気が明らかに変わっていた。そう、皆表情がとても明るいのだ。顔を曇らせて街を歩いている人はいない。例外として、騎士団過激派だった貴族は不機嫌どころか最早泣きだそうとする人までいたのだが、そこは気にしないでおこう。
主婦がセレン達のところに駆けよって来てセレンの手を握る。熱い眼差しを向けられて挙動不審になる。
「あぁ聖女様。私達を扇動して革命を誘導してくださりありがとうございました!! 何とお礼すればよいか……」
「聖女様!? 私なんて一介の学生でしかないですけど!?」
「いいえそんなことはありません。聖女様か、あるいは勝利の女神様か……とにかく神様は貴女様をこの国に送ってくださったんですよ」
セレンは顔を真っ赤にする。恐らくは照れているのだろう。彼女は平民だからか他の人に褒められるどころか貶されることが多かったらしく、自己肯定感が途轍もなく低かった。
彼女の元に寄って来て感謝を伝える国民がいなくなって二人で手を振りながらフレッドはセレンのことを悲しい目で見た。
「セレンさん、魔術学園で褒められたことはないんですか?」
「そうですねー。なかったと思います。教師の方々は貴族からお金を貰っているので貴族の方を褒めることは多いんですけど私の家は貧しいですから特に褒められたような記憶はないですよ。けど、きちんと成績は付けてもらっているのでそれでもいいと思いますよ」
次に貴族に差別されたことはあるかと尋ねる。優しいセレンが珍しくきっぱりとない! と言った。目には涙を浮かべて発言したため、自身は否定しているものの実際は差別を含んだような発言をされたことがあるのだろう。
静かな声でごめんなさいと言った後、大聖堂がある北の方角へ向かった。
フレッドが街を歩きながら周辺を見回していると、そこには騎士団の旗と王族の旗があった。両者が永劫に仲良くできるよう願いながらセレンについて行った。




