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或る御者の旅  作者: 駱駝視砂漠
第一章
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プロローグ

 広い広い職場だった。中央にはこれまた巨大な円卓があり、十数人がそこでまったりと休憩をしている。

 今は昼休みであるためにフレッドもまた、コーヒーを飲みながら同僚と談笑をしていた。

「なんで一等御者なのに貴族様のところの御者にならないんだ? フレッドは」

「僕は縛られるのが嫌いなんだよ。あとは単純に楽しい旅がしたい」


 世界には御者のランクというものがあった。乗り心地が最上級でかつ、立ち振る舞いが丁寧なほどにランクが上になるのだが、ランクが高い御者ほど高価な賃金でしか動いてくれない、または貴族としか契約しない。だから御者や馬車なんてものは庶民には高嶺の花で、一生乗ることなく死んでしまうことがあるらしい。


 だがフレッドは庶民にも乗れるような安い値で、しかも貴族専用の御者ではないという。それで最上級の『一等御者』だと言うのだから羨ましい限りだ。

 貴族から依頼は来ないからね、と優しい表情で話す彼に受付嬢含める大体の女性は視線を逸らせないだろう。

 同僚のレオンハルトはフレッドに向けられている視線を全て見て苦笑する。彼にとっては本気で謎だった。何故、(フレッド)が御者という職業を続けているのかと。


「そういえばまた永年専属契約を断ったんだってな。公爵家からの依頼だったようだが」

「うん。あまり惹かれるような条件じゃなかったから」

 フレッドの所属する、御者を管理する会社に依頼が来るのだがどういう訳か何回断っても諦めてくれない貴族がいるらしい。間に仲介人がいるから直接は見たことがないものの誰でも知っているような大貴族のようだ。

「まあ、一時的な契約だったら貴族でも何でも良いんだけどね」

 それを聞いたレオンハルトはため息をつく。結構長くフレッドの同僚を務めているが今までも含めて醜い部分というのを一度も見たことがなかった。強いて言えば旅に対する異常なほどの執着といったところだろうか。

「それじゃあ僕は行くよ。依頼人が待っているようだからね」

 彼の姿が見えなくなってからレオンハルトは独り言を呟いた。

「もうあいつ聖人君子の生まれ変わりなんじゃねぇの……」

 そんな疑問が誰かに拾われるなんてことはあるはずがなかった。


 * * * 


「わぁ、ずっとお金を貯めていた甲斐がありました!!」

「……もう少し安くしても良かったんですが」

 フレッドの目の前には初めて馬車に乗ると言って目を煌々とさせる女性がいた。女学生と言うべきだろうか。とにかくフレッド自身より若いことは確定である。名をセレンと言うらしい。今回馬車を使う理由というのは学園の休暇で一カ国以上回って文化や歴史についてまとめるという課題が出たからだそうだ。それは一年生に一回目そして五年生に二回目の、計二回しかない課題だと言う。聞いてみれば彼女は特待生として学園に入学しているため学費は払わなくて良いので貯金できたらしい。


「やはりもう少し安価にした方が……」

「良いんですよ!! これが最後の課題なので」

 平民だがなんとかして職につけるように努力しているようだ。

「魔術などは学んでいるんですか?」

「はい! 学園で学んでからは趣味になっているんですよー」

「良いことですよ……もし興味があるのなら魔導団に斡旋してあげましょうか?」

「えっ⁉︎ 本当ですか!?」

 セレンはとても驚いているようだった。それもそうだろう。フレッドも一等御者とはいえただの平民であり、魔導団などに所属しているような貴族階級なので話すのは夢のまた夢なのだ。

 普通の御者ならば。

 以前、魔導団が他国と協力して神話の世界からやって来てしまった赤竜を倒した時にフレッドも少しだけ協力していたのだ。その時に団長と仲良くなり、今でも連絡を取り合う程度には交友があったのだ。客の情報なのでセレンに言うつもりはないが。驚いたような顔をしながらも、セレンは青く澄み切った空を眺めながら思っていることを言葉にする。

「やっぱり私の力じゃ魔導団に入れないだろうから……もし就職先が見つからなかった時はフレッドさんの御者組合(ギルド)に就職させてください」

「良いと思いますよ。学園で一番の成績を取っている人を不合格にする理由がありませんからね」

 行きましょう、と声を弾ませてセレンは馬車に乗る。特段はしゃぐ訳でもなくあくまで落ち着いた様子のフレッドは静かに馬車の扉を閉めた。


 御者台に座り、馬に鞭打つ。瞬間、馬は速すぎずされど遅すぎずで走り出してあっという間に国境を通り越してしまった。

 彼女はまず一つ目に魔術大国である神聖バグラド帝国へ行きたいようだ。そこはフレッドのいる国とはかなり近かった。これであれば三日もしないうちに到着するだろう。そう考えて再び馬に鞭打った。


 神聖バグラド帝国に向かい始めてから一日が経過した。特に事件といった事件が起こることはなく、近くにあるホテルを借りてそこに宿泊することになった。フレッドは今日頑張ってくれた馬に自らが餌を与えてそれから大事なものを扱うように優しくなでる。馬の純粋で吸い込まれるような瞳が夜の空と同化していて美しい。


「今日もお疲れ様。ゆっくり食べな」

 馬宿はホテルの近くにあった。彼が帰ってこないことを心配していたのかセレンが手軽な燭台に灯を燈したものを持って探してきてくれた。彼女の暗闇でも透き通った青い瞳はとても目立っている。フレッドが彼女の手の方に目をやるともふもふのブランケットを持っていた。

「あっ、どうぞ!! ……フレッドさんは優しいんですね」

「そうですか? まあ、彼に優しくしないと荒ぶってしまうんですよ」

 ありがたく頂戴いたします、とフレッドはそう言って両手でブランケットを受け取った。とてもふわふわとしていて、暖かい。馬宿の人にお願いしますとお辞儀をし、セレンと一緒にホテルへ帰っていった。


「昨日はありがとうございました。あれ、とても暖かくてよく眠れましたよ」

 フレッドが感謝をするといやいやいや、とセレンが完全に焦っていた。

「良いですよ!! そんなことしなくて。ほら、人に感謝の気持ちを伝えるのは当たり前ですし」

 最近の貴族というのは自分の身分が偉いということを自覚しすぎて己よりも身分の低い人間のことを徹底的に軽蔑する嫌いがある。だから御者をしていてもそれが『当たり前』だと思われているので謝辞を伝えることはなく、あまつさえ暴言すらも吐いてくることがあった。だから、彼女のような優しい客がいるといつも心安らぐのだ。フレッドは優しい微笑みを浮かべ、馬車の扉を開けた。

「それじゃあ、今日で着くことを目的としていきますね」

 昨日時点で既に残るは五分の一という到達度だったのだ。そんなに飛ばした記憶もないのでセレンに尋ねてみると、魔術で移動速度を速めたらしい。道理であまり馬が疲れていなかった訳だ。セレンの魔術に感心したフレッドは今日も飛ばすことなく神聖バグラド帝国に向けて走り始めた。


「囲まれちゃいましたねー」

「別に金目のものはないので強奪しようとしても無駄なんですけど」

 フレッドは一時的に馬車を止めている。そして困ったような目つきで当たりを見回した。おそらく馬車が通ることすら珍しいのに割と豪華な馬車がやって来たから貴族が乗っていると考えたのだろう。しかしそこにいるのは全財産を使って旅に出ているセレンと彼女から貰ったお金は自宅に置いて来ているフレッドだけなのだ。強盗の望んでいるものなど、何一つとしてない。

 気がする。

「えっと、私たちはただの旅人です! 豪華なものは何も持っていません」

「うるせェんだよ貴族様達よォ……!!」

 相手の方はと言うと完全に戦闘体制に入っていた。一人は折りたたみナイフを広げて、一人は長剣で、一人は拳銃を構えて威嚇している。それを売れば良いのにと呆れていたフレッドも戦う準備をしようとしていた。


「希少なるもの暴発せよ」


 セレンから発せられた言葉はすぐに拳銃と共鳴し、内部で爆発が起きた。持っていた男はその影響で手を痛めてしまったようだ。体をくの字に曲げてとても痛がっている。

 悔しがっている男が今度は長剣で襲いかかって来たが、これもまたセレンの詠唱によって長剣が右左と不安定になりグリップから手を離してしまって顎が地面に直撃していた。しばらくは気絶状態だろう。

 あと一人はセレンのことを魔女と言いながら足早に立ち去って行った。仲間のことを見捨てて逃げるとは何とも浅い関係である。

 フレッドは気絶している強盗二人を担いで市警に突き出しておいた。

「すごいですね。僕の出る幕もありませんでしたよ」

「私は錬金術を研究しているんですけどその過程で他の金属についても調べていたら金属を操作する魔術式を発明したんですよ!!」

 錬金術はこの世界で誰もまだ成功していない物質を金に変えるという『禁忌』とも言って良い内容だった。遥か昔の文献に金の錬成に成功しただの何だのと記されていたが見栄を張りたかっただけなのだろう。実際、それが後の戦争で使われるといった事実は全くなかったのだから。

 しかしどの国も研究を進めたいのは事実だ。金属の法則性が分かったのなら金がどのような物質で構成されているのかも分かるはずだ。

「そこまで判明しているのならやはり魔導団の研究チームに参加したらどうですか?」

「国に帰ってレポートを出したら就活頑張ってみましょうかねー」


 強盗に襲われたとはいえども馬が傷つけられた様子も馬車に刀傷がつけられた様子もない。ほっと一息をついたフレッドは馬を撫でていた。

「そろそろ……か」

 セレンの便利な魔術のお陰で昼の間に目的地に着く予定だ。腕時計に示されている時間を眺めてそう言った。暑さでやられそうにもなるが汗を拭い、我慢する。

 時間を見てからたったの数分後。高い高い城壁が見えて来た。馬車の一キロほど先に国境隊員が警備をしているのが双眼鏡を覗くと分かる。


 神聖バグラド帝国に入るためには高水準の魔力検査と魔術適正審査、それから身分証明が必要となる。一番最後の審査は提出するだけで良いので簡単なのだが魔術大国、そして異常なほどに神を信仰しているバグラド帝国には神に認められているかの審査として魔力が一定水準超えているのか、そして神の叡智を取り扱えるのかを半日かけて検査することになる。もしも入れなければそれまでだ。

 小さい頃に一回しか測ったことのないフレッドは入れるのかを憂慮していた。


「セレンさんは大丈夫なんですか? 魔力検査」

「はい!! 心配だったので学校で検査したんですが通過の二倍くらいの量でした」

 審査の水準は一般魔術師の魔力量の一、二倍ほどだった気がする。魔力の方さえ通過してしまえば彼女の頭の回転の速さから魔術適正の審査だって軽々とクリアしてしまえるだろう。

 最悪、御者だから国に入らないという選択肢もある。その場合は国外で待ち合わせ場所を決めてそこでずっと待っているだけだ。

 だがフレッドは旅を望んでいる。ただ待っているだけはつまらない。


 フレッドは待つという行為があまり好きではなかった。

「それでは入国できるように頑張りましょう」

 二人は手を振ってそれぞれの検査会場へと進んだ。


 * * * 


「それではこの水晶に手を当てて普通に魔力を送ってください。普通に、ですよ? 全力でやるのはやめてください」

 不安になりながら水晶に触れた。目を閉じ、集中して魔力を送り込んだ。徐々に警備員の声が増えていき、ざわざわとし始めた。どういうことなのかと集中を削がない程度に目を薄っすらと開けてまわりを眺めてみた。すると、フレッドのことを警備員達が捕まえ、睨んでいるではないか。流石にどうしたのかと思い、目を開く。水晶に書かれた古代文字を読んで目を疑った。そこに記されていたのは一般的な魔術師の百倍の魔力量だった。

 あり得ないことである。あったとしても二十から三十倍くらいだ。それでも各国の魔導団長クラスのもので、一介の御者には見合わないほどの魔力量だった。


「全力を出しましたか? ……いや出していたとしてもこれはおかしいか……」

 先ほど魔力検査の説明をしていた男が白衣の研究者らしき人間と小声で会話していた。

「どうします? これ。こんな魔術師だったらもう適正審査もスキップでいいのでは……?」

 そう話した後、納得したのか二人はほぼ同じタイミングで頷く。フレッドの座っている椅子の方へ向かって書類を見ながら淡々と結果を告げた。

「えー……先ほども己の目で見たことだろうが、君はとんでもない数値を叩き出したんだよ。けど、これを装置の故障だとは思っていない。だからこの審査だけだが入国してもいいよ」


 疑いながらも入国許可を得たので目を煌々と輝かせていた。

 門を正面から通り抜けるとセレンが手を振って駆け寄って来ていた。

「フレッドさんも入国審査通過出来たんですね」

「……まあ、はい」

 曖昧すぎる検査通過報告にセレンは目を細めるがおめでとうございます、と手から花を出した。

 それは魔術でも何でもなく、一般的に奇術と言われるものだ。フレッドありがたく受け取り、その花を魔術で増やしてみせた。


「おぉぉー。凄いです!!」

「これはあげますよ」

 花束を貰ったセレンは満面の笑みを浮かべていた。

 彼女からの誘いで一緒に文化を調べることになった。

 どこを探すか、どこが素敵なのか。初めて訪れた国について手探りで調べるというのはやはり楽しい。

 フレッドはそう思いながら大通りを歩いた。

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