はじめのおはなし
二人はルームシェアをしている。
十四畳のリビングに置かれた二人がけのソファ。そこに二人は並んで座り、久々の休日をぼんやりと過ごしている。
端からは仲が良いように見えるが、実のところは良くないようだ。
「ニコちゃーん」
深緑の翼、灰がかった黒い髪、中性的な顔立ちの彼は、鳥子と呼ばれる人種である。彼は甘え声を出しながら、青い髪と翼を持った女性の鳥子に擦り寄った。
「羽繕いして」
何とも甘え上手な彼の顔を、ニコと呼ばれた青い髪の鳥子は見つめている。
確かに彼の頭には、何本か筆毛が生えている。自分でも処理できるだろうに、他人に任せたがるのは彼の性格だ。
ニコは、それがわかっている。
「自分でできるでしょう?」
ニコはひとりで過ごすのが好きな性分で、この時も文庫本を読んでいた。最近のお気に入りである、ハイファンタジーのライトノベル。読書をやめるには、キリが悪い場面であった。
「つれないなあ。クーは、ニコちゃんの筆毛、いつも解してあげてるのに」
「それは、クーちゃんが勝手にやってることでしょう?」
「何さ。気持ちいいくせに」
クーと呼ばれた黒髪の鳥子は、ニコの青い髪に触れる。
今の季節は、ちょうど換羽の時期にあたる。ニコの頭にも、ぽつぽつと小さな筆毛ができていた。クーはニコの髪を掻き分け、筆毛を指先で摘み、指先を擦り合わせるように動かす。ストローのような、白色の鞘がポロポロと崩れ、艶々とした羽が花開く。
器用に筆毛を解すクーの指使いに、ニコはうっとりと目を細める。安心感から、欠伸が一つ漏れてしまう。
夢中になって読んでいた文庫本は、いつの間にか畳まれて膝の上。
ポカポカとした春の陽気も相まって、ここは天国だろうかと錯覚してしまう。
「はい。今度はニコちゃんの番」
一通り筆毛を解した髪を、丁寧にブラシで梳きながら、クーはそう言った。
ニコはクーを見つめる。もう少しだけ続けて欲しいと思ったが、おそらく解せる筆毛はなくなってしまったのだろう。不満げに唇をきゅっと尖らせて、クーの髪へと手を伸ばす。
「もしかして、気持ちよかった?」
クーは悪戯っぽく笑いながらニコに問いかける。
その顔がどうにも憎らしく、ニコはクーの髪をぎゅっと掴んだ。
「い、痛い! やめてよっ!」
「お黙りなさい! あなた、先程から調子に乗ってますわね?」
「は? 意味わかんない!」
暫くクーの髪を引っ張っていたニコだが、やがて筆毛の探索を始めた。
やはりクーの頭にも筆毛はある。
ニコが不器用ながらに筆毛を指先で解すと、クーは欠伸をしながらニコに声をかける。
「ニコちゃん、上手になったよね」
ニコは筆毛解しに集中しているようで、返事をしない。
「昔と比べたら大分違うよ」
だが、その言葉はニコの心に引っかかったようだ。
「あら、どういう意味ですの?」
クーはうっとりとした顔で口を滑らせる。
「不器用ながらに上手くなったよねって」
ニコが、クーの髪を掴み引っ張る。
「いたたたた!」
「なら自分で羽繕いなさい!」
「わーん! ごめんってばー!」
前言撤回しよう。
どうやら2人は、とても仲が良いらしい。
――――――
『はじめのおはなし』おしまい