第八十話「落ち着いて考えよう。あたしにはまだ、頼れる仲間が二人いる……ハズだったのになぁ!?」
さて、そんなわけでキバガニダコ相手に戦いを挑む羽目になってしまった
我らがヒロインの便利屋魔女パルティータなわけであるが……
読者のみんな、御機嫌よう。
なんかこの挨拶がエラく久々に感じるけど……今回も前回に引き続きこのあたし、不老不死系便利屋魔女のパルティータ・ピローペインが南国ルシャンテ共和国からお送りするよ~。
「ヴルルルルルルルルォボエァァァァァァッ!」
「いや結局あたし一人で突撃することになるんかーいっ!」
場面は白昼快晴のパイユ・レトラ海岸。
政府をも悩ませる怪物キバガニダコと対峙したあたしは、喉を潰さんばかりの勢いで叫びながら武器を構える。
「どいつもこいつも口ばっか達者な無能ばっかり……あのザマでよくもまああたし相手にマウント取れたもんだよねぇ全くさぁ!?」
一見すると絶望的な状況だけど……不思議と恐怖や不安はそこまで感じてなくて、高揚感とか興奮とか期待感とかの感情が強い気がする。
「ええい、しょーがないっ! ならもうあたし一人で何とでもしてやろうじゃないっ!」
「ヴォロラアアアアアアアッ!」
ただ当然、気の持ちようでは誤魔化しきれない所もあるわけで……
じわりと湧き出る恐怖心と不安を気合で抑え込んだあたしは、半ば自棄を起こしながら奴目掛けて突撃する。
「この海産物がぁ! ツミレにしてやらぁぁぁぁっ!」
「ヴァアアアアアアアアアアアッ!」
(州▽∀▽)<取り敢えずここに至る迄の経緯だけ説明しておこうか。
フルムーンナイツの幹部格が全滅したのを皮切りに、あたしは腹を括り行動を開始した。
一先ず戦場に不慣れな柚木ちゃんを安全な場所へ逃がし、続いてバーゲストさんやエヴァンスさんに連絡を入れる。
「もしもし! 既にご存知かと思いますがキバガニダコが現れました!
フルムーンナイツのバカどもは軒並み再起不能ですし、あたし一人でどうにかできるワケもないんで大至急助けて頂きたいんですが構いませんかーっ!?」
不死身になってからというものの、少しばかり長生きして若干場数踏んでるとは言え、
それでも目の前で格上を次々倒した強敵に一人で戦いを挑む程、あたしは自信過剰でも勇敢でもないからね。
苦戦が予想される戦況なら特に、有能な協力者が多いに越したことはない。
そう思ってお二人に電話をかけたんだけど……
『ゴメンなさいパルちゃん! 実はこっちもヤバいのに襲われてて身動きが取れないのっ!
しかも逃げた一之宮のバカも探さなきゃだし、多分そっちには行けそうもないわぁっ!』
「あー……わかりました。なんかすみません……」
『すみませんピローペインさぁ~ん! どっか行っちゃった一之宮妹を探してたら、なんかとんでもないのに襲われちゃってぇ~!
あんなのが街に来たらクラーケンの比じゃない被害が出そうですし、なんなら私もヤバいかもですぅぅぅ!』
「そう、でしたか……それは確かにこっち来てる場合じゃないですね……」
二人は二人でそれぞれ別の怪物に襲われていて、身動きが取れなくなってしまっていたんだ。
となるともう、いよいよ他人に頼るなんて選択肢は根本から消滅したに等しくて……
(州;=_=)<……要するに、あたし一人で頑張らなきゃいけなくなったってワケ。
「ヴォロロロロロララララララアァッ!」
「効くかァ―ッ! 反射障壁"ッ!」
咄嗟に発動した魔術障壁は迫り来る触手を受け止め、運動エネルギー由来の破壊力を触手自体に跳ね返し爆散させる。
「グゥォロロロラァァァッ!?」
「続けて喰らいな、"赤熱戦輪-連射"!」
「ギュゥエヴォロラァァァァッ!?」
一気に複数の触手を吹き飛ばされ悶絶するキバガニダコ。
その隙を逃すまいとあたしが放ったのは、炎熱属性の魔力で象られた小ぶりな戦輪を形成し回転をつけながら標的に高速で飛ばす攻撃魔術"赤熱戦輪"。
消費が軽いのと、語尾に"-連射"と付け加えるだけで概ね十数発から最大数百発程度の連射が可能な手軽さがウリだけど、如何せん威力の低さがネックで特にキバガニダコみたいな大型の怪物相手には柔らかい部分を少し傷付ける程度の効果しかない。
けど、今回はそんなもんで十分なんだ。
「グギョェアラゲァァッ!? グギャラレラァァァッ!?」
「よし、傷がついたっ! 塞がらない内にっ、"潜喰鯰変成"!
行きな! 食い破るんだっ!」
[[[[[[[ギュィィィィィッ!]]]]]]]
キバガニダコの体表にできた青い傷跡に狙いを定めたあたしは、サブマシンガンの弾倉に魔術"潜喰鯰変成"を施した上で引き金を引く。
発射された弾丸の先端には牙の生えた口が備わり、ヒレまで生えたその姿は宛ら盲目の肉食魚。
ゲームの邪悪な雑魚モンスター然とした鳴き声を上げながら空中を突き進む"魚型の弾丸"たちは、ヒレで進行方向を捻じ曲げ触手による打撃や防御を掻い潜りながら、赤熱戦輪によってできた傷口に突入しそのまま体内へ潜り込んでいく。
「ヴェバラッグゲガアアアアアアッ! ヴォゴボバッヅァァァァァァ!?」
傷口を再生させようとしていたキバガニダコは予想外の事態に悶絶し、咆哮を上げたり触手や節足を振り回したりと必死の抵抗を試みる。
けど何をしようと体内に潜り込んだ"魚型の弾丸"たちを排除なんてできるハズもなく……
「ヴォゴゲアァッ!? ブゲバアッ!? グブアッ! ガッバアアアッ!?」
程なく大口から肉片の混じった血反吐を吐くまでに追い詰められていく。
無生物を一定時間疑似生命体に変えて操る"使い魔創造"の一種"潜喰鯰変成"は、その名の通り物体にカンディルの特性を付与し、敵の傷口から体内へ潜り込ませ内側を食い荒らさせるっていう魔術だ。
"使い魔創造"系の宿命として持続時間はさほど長くもなく、キバガニダコの生命力じゃ押し切られて無に帰す可能性もある。
よってこの攻撃も赤熱戦輪と同じく前座に過ぎず、本命は別にあるんだ。
「グブッ!? ブベッ! グオッボ、ヅロアアッ!」
「……拙いな。潜喰鯰変成の効果が切れた途端に持ち直し始めてる……やっぱりクラーケン、それもミュータント化個体相手じゃそんなもんか……」
本当は詠唱をしたかったけど、しょーがない。ここは腹を括るとしよう。
「ここで持ち直した挙げ句海中へ逃げられでもしたら、それこそ今迄の犠牲が水の泡なんでね……"巻き"で行かせて貰うよ!」
あたしはナイフを抜き、覚悟を決め――
「……うおりやぁぁっ! ――ぐうううっ!? うっぐ、ぁがああっ!」
右の横っ腹にナイフを突き立て、そのまま横一文字にウェットスーツごと肉を切り裂く。
この時点でメチャクチャ痛いけど、モタついてたら傷口が塞がって二度手間になるから早く済ませなきゃいけない。
「っ……う゛、ぁ゛ぁ゛……! っら゛ぁ゛あ゛あ゛っ――ぐぎいいいいっ!」
徐々に塞がりつつある傷口に手を突っ込んで、手探りのまま胆嚢を掴み力任せに引っこ抜いて掲げる。
……傷口は七割ほど塞がり、傷付いた臓器も順調に再生しつつあるとは言え、それでも例えようがないほど痛い。
(横着しないで麻酔使っとくんだった……)
地球じゃこういうのを『後悔先に立たず』って言うんだっけ? まあいいや……とにかく準備は整った。
「ぐあぁ゛、はあ゛ぁっ! ――っぐ、ぅぁぁ……
"詠唱破棄-内臓捧贄"!
"大妖術行使"!
"生ける偶像の信徒、その燈火は騎士の槍衾"ッ!」
魔術発動と同時、掲げられた胆嚢は魔力の粒子になって消え去り、続けて色鮮やかに発光する光の杭が虚空から降り注ぐ。
「グボヴェア!? ガギャッ!?
ギッ、グギイイイイッ!? グビャガァァァァ!?」
全長2メートル前後、太さ約30センチもあるその杭は、キバガニダコの触手や節足の根本に突き刺さり、奴の巨体を砂浜へ磔にした。
「グィギイイイイイイッ!?」
「……もう身動き取れないねぇ? さあ、エゲつなく死のうか……!」
「グギョロギギュウウウウッ!?」
ここまで散々だったんだ、ただで殺したんじゃつまらない。
こいつはあたしのトッテオキで殺してやろう。
次回、ド派手にトドメ!