第七十九話「信じてるよ? ……信じていいの? ねぇ、信じていいんだよね!? あんたならやってくれるって、信じていいんでしょ!? 答えてよ竜女神姫!」
超一流老舗冒険者ギルド"フルムーンナイツ"の中でも最強と名高く
世界レベルの傑物とも称される幹部たちを、然し次々と倒し続ける怪物キバガニダコ!
残された希望はギルド長アンジェリカ・ルナサイドの娘エルガミセラただ一人!
エニカヴァー最強クラス、歴代勇者にも引けを取らないとされるその絶大な力が、
今まさに炸裂する!
読者たちよ、刮目して見るがいい!
今宵諸君らは、まさしくWeb小説史に残る伝説的なエピソードを目の当たりにするのだっ!
「ヴォオオオオッロロロロロラガアアアアアアッ!」
「ふん! どいつもこいつも情けない。やれ全裸だの下痢だのとくだらん理由で再起不能になりおって。
やはりここはこの"竜女神姫"エルガミセラ・ルナサイドの出番であろうなぁ!」
場面は前回から引き続き白昼快晴のパイユ・レトラ海岸。
怪物キバガニダコに悉く敗れ去った同僚達への憤りを隠しもせず立ち上がるのは、冒険者ギルド"フルムーンナイツ"幹部筆頭にしてギルド長アンジェリカの実子でもある竜女神姫ことエルガミセラ・ルナサイド。
かなり個体数の少ない希少種族"邪神末裔"の一人である奴は、既に何度か述べた通り単純な武力に限れば世界最強クラスの逸材だ。
「ヴォボバァァァァ! ブボロァァァァ!」
「……光栄に思うがいい、海産物! 貴様はこのエニカヴァー最強の戦士、エルガミセラ・ルナサイドの手に掛かり死ぬのだからなぁ!」
奴を世界最強たらしめる要因は複数ある。
例えば希少種族の形質であったり、色気と曲線美を保ちながらも目に見えて鍛え上げられた強靭な肉体だったり、実母アンジェリカから受け継いだ戦闘の才能だったりね。
そしてその中でも特筆すべきなのが、ルナサイド家の女戦士に代々受け継がれている伝説の装備。
その名も……
「不甲斐ない部下共の仇討ちだ。貴様など我が極光神剣ヴァルゼライドのサビにしてくれるわ!」
"極光神剣ヴァルゼライド"。
仰々しい名前に違わぬ派手な見た目をしたその武器は、文明が形成される以前の超古代に生息し圧倒的な力で正義を貫徹した神話級の怪物"極光神竜ヴァルゼライド"の遺骸から鍛え上げられた伝説の大剣だ。
一説には斬れないものはないと言われるほどの切れ味と、加えて如何なる方法でも破壊できないとされる耐久性を併せ持ち、しかも極光神竜を象徴する必殺技"義の極光"を疑似的に再現可能……
こと破壊力に関して言えば現代のどんな魔術や兵器にも引けを取らず、手にした者は世界の覇者になれるなんて伝承さえある程だ。
とは言え極光神剣はじめ神話や伝説に名を轟かせるような武器は、殆どがそのサイズや重量、形状なんかのせいで持ち運びが困難っていう欠点がある。
だから通常は空間系魔術で邪魔にならない場所に収納しておくとか、予め安全な場所に保管しておき必要に応じて召喚するのが一般的だ。
実際今の脳筋バカ姫も極光神剣を手にしてはいない。
とすると奴は剣をどこかに"収納"もしくは"保管"していると考えるのが自然なワケだけど……
「邪悪なる戦の神"ブルータリザス・マランス"が末裔にして、エニカヴァー第三十三代魔王"双月女帝"アンジェリカ・ルナサイドの一人娘、
"竜女神姫"エルガミセラ・ルナサイドが命じる! 極光神剣ヴァルゼライドよ、我が手元に来たれッ!」
どうやら脳筋バカ姫は"保管しておく"タイプのようで、持ち主が命じた以上極光神剣は程なく奴の手元にやってくる
ハズなんだけど……
「……」
(……あれ?)
手を掲げ、堂々と呼び出したにも拘らず、極光神剣が脳筋バカ姫の手元に飛んでくることは無かった。
「……ヴァルゼライドよ、我が手元に来たれッッ!」
諦めずに再度、武器の召喚を試みる脳筋バカ姫だったけど……結果は同じ。
普通なら数秒足らずで召喚者の手元に飛んでくるハズの武器が、一分待っても姿どころか気配の一つもない。
「ええい、どうしたというのだ!? 来い、ヴァルゼライド! 我が手元へ!
さあ来るのだ! ヴァルゼライド! ホテルの壁を突き破って我が元に飛んでくるぐらい、貴様には容易いことであろうがぁ!?」
(……ああー、それでか。そりゃ無理だわ……)
物陰から脳筋バカ姫の台詞を聞いたあたしは、奴の犯した致命的なミスの全容を即座に悟った。
奴はどうやらホテルの自室に極光神剣を置いて来ていて、有事になったから召喚を試みているらしい。
大方『ホテルの建物が壊れようと損害賠償は容易い』とでも思ってるんだろうけど、あたしに言わせればそれは余りにも悪手と言う他なかった。
というのも件のホテル"グリーンアイズ・ブロンドビューティ"は、宿泊客を守るべく敷地全域に魔術の発動……特に暴発を抑制するような防護術式が施してあるんだ。
(入った途端妙な気配がしたから従業員さんに聞いたら、その昔酒に酔った魔術師の客が暴れて建物が半壊、大勢の死傷者が出たことがあったらしくてね。
それ以来敷地全域に魔術抑制術式を施して再発防止に努めてるんだとさ)
種類を問わず武器の召喚は、武器側に組み込まれた術式が持ち主の号令に反応して発動することで行われる。
その為ホテル内にある武器を敷地の外から召喚しようとすると、術式の遠隔発動を暴発と誤認した防護術式に引っ掛かって召喚ができなくなってしまうんだ。
「~~~でええええぇぇぇ~いっ! どいつもこいつも見掛け倒しの役立たずどもめ! かくなる上は私一人で何とかしてくれるわァ!」
早々に極光神剣の召喚を諦めた脳筋バカ姫は、ヒステリーを起こしながらキバガニダコ目掛けて突撃していく。
「そうだぁぁぁぁ! 武器なんぞ必要ないっっ!
この鍛え上げられた神の血を引く身体一つあればそれでいい!
最後に信じられるのはどんな武器でも道具でもなく、己自身の身体だけなのだぁぁぁぁぁ!」
いつの間にやらソッポ向いてゴソゴソやってるキバガニダコへ、全身に魔力を漲らせ身に纏った脳筋バカ姫が飛び掛かる。
(よし、勝った……!)
あたしは内心、脳筋バカ姫の勝利を確信していた。
確かに極光神剣ヴァルゼライドは奴の絶大な力を象徴する代物だけど、だからって別に"エルガミセラ・ルナサイドは丸腰じゃ弱い"ってワケでもない。
特に内包する魔力を身に纏った状態の脳筋バカ姫はまさに全身凶器の殺戮装置と化す。キバガニダコ程度の怪物なら指の一、二本突き立てるだけで即死させられるだろう。
そう、思ってたんだ。
「喰ゥゥゥらえェェェいッ、ムーンライト・パニッシャぁぁぁぁぁ――
「……ングォァッ」
「なっ、何ぃっ!?」
けど次の瞬間、事態は思いがけない展開を見せる。
それまで明後日の方向を向いてたキバガニダコがいきなり脳筋バカ姫の方向へ向き直ったかと思うと、奴はその大口を開き……
「し、しまった! 間に合わッ――」
「ァグフッ!」
(えっ)
一瞬で脳筋バカ姫をも丸呑みにしてしまったんだ。
(……どうすんのコレ。"フルムーンナイツ"幹部勢が全滅じゃん……)
まさに八方塞……ってワケでもないけど、聊か予想外の展開なのは間違いないワケで……
(……しょうがない。ここはあたしが動くしかない、か……)
フルムーンナイツの幹部を全滅させた相手とやり合うとか若干不安だけど、心強い味方もいるし頑張れば案外何とかなる……そう信じる以外、選択肢なんて無かったよね。
……
…………
………………
ダメじゃねえかぁ!?
次回、パルティータ頑張るの巻!