第七十六話「雑草とゴミだらけの荒れ地に綺麗な花、それもとてもレアな薬草が生えていたような、そんな感じ」
冒険者ギルド"闇猫堂"。
その知られざる実態とは……?
読者のみんな、御機嫌よう。いつもいつも拙作『つい☆ブイ!』に寄り添ってくれてありがとう。
今回も前回から引き続きこのあたし、便利屋魔女のパルティータ・ピローペインが主人公兼ナレーターとして、
常夏の国ルシャンテ共和国の首都レッドカーネルが世界に誇る観光名所のパイユ・レトラ海岸からお送りするよ~。
「……それじゃ、こうしましょう。アタシは一之宮姉妹の姉の面倒を見るから、ゾーイちゃんは妹、パルちゃんは残った一人の担当をお願いするわ。何かあったら即座に連絡すること。いいわね?」
「はぁい、わっかりました~」
「あたしもバーゲストさんがそれでいいってんなら構いませんよ」
場面は海水浴場にある海の家"すぺぇすころにぃー"の裏手。
隙を見て集まったあたし達三人は、『応援部隊の従者になれ』とかいうエルガミセラからのふざけた命令をこなすべく打ち合わせの最中だった。
「……けど大丈夫なんですか? 一之宮の姉ことリージェンといえば脳筋バカ姫程じゃないにせよ大概ヤバい奴だって話ですけど……」
「まぁね、そこはアタシだって幾らか知ってるわよ。
何も考えずノリ任せに突っ込んで自滅したとか、意地張って被害拡大させたとか、彼氏が他の女に少しでもデレたら浮気認定して殴る癖に自分は度々方々で他の男と寝てるとか、ロクでもない話は枚挙に暇がないもの。
でも見た所知能指数は精々田舎の女子中学生ぐらいしかないし、取り敢えずキレさせなけりゃ大丈夫でしょ」
「でも怒らせたら最悪、"退魔刀"で叩き斬られるかもしれないんですよぉ? 幾ら美代子さんが頑丈ったって、あんなの喰らったらとんでもないことになっちゃいますぅ~!」
エヴァンスさんの懸念は尤もだ。
そもそも一之宮リージェンが三流冒険者たる所以はその知能の低さと幼稚な性格、そしてギルド"闇猫堂"自体が業界の窓際族だからってのが大きい。
つまり、奴自身の単純な戦闘能力は結構高い部類に入るんだ。
中でも奴の持つ脇差"退魔刀 白鷺"は無尽蔵にも等しい霊力エネルギーを内包した特別仕様の武器で、破壊力は平均的な攻撃魔術の倍以上もある。
正直、バーゲストさんじゃ掠っただけで全治ひと月以上の大怪我は免れないだろう。
「……"白鷺"を喰らうリスクを考えたら奴の相手はあたしの方が妥当な気がしますけど」
「ダメよ。言ったでしょ? 一之宮姉の頭は田舎の女子中学生レベルだって。その上奴はプライドと理想が高くて些細な事でキレやすいのよ?
連日世間を賑わす新米エリート冒険者の彼女チャンがすぐ側に居て大人しくしてると思う?」
「……確かに、クラーケンが出る迄も無くこの浜辺に血のタイドプールができますね。でもだとしたら、せめて次点でヤバい妹の方を相手にした方が良くありません?」
あたしのその発言は、エヴァンスさんの身を気遣ってのものだ。
一之宮リージェンの妹、クーノ。大人びて知的な雰囲気の通り"闇猫堂"の参謀を務める奴は、いついかなる時も然して役に立たないギルド長に代わって組織の経営を一手に担う他、戦闘能力もそれなりに高いもんだから総合的には姉より有能まである。
加えて姉とは似ても似つかず冷静沈着で聡明なもんだから"闇猫堂の良心"と呼ばれもするけど……姉が絡むと話が違ってくる。
何せ奴は重度のシスコンと名高く、姉絡みで暴走すると手がつけられない。
"闇猫堂"絡みで起こる問題や騒動の原因の七割はギルド長かリージェンだけど、残る三割の大半を占めるのがこのクーノってぐらいには酷いと聞く。
「こう言っちゃなんですけど、エヴァンスさんを奴に宛がうのは拙くないですか? なんか如何にも潔癖症っていうか、猥褻物規制推進派っぽい雰囲気ですし……!」
「いやぁ~多分ダイジョブじゃないですかぁ~? 寧ろギルドの経営してる関係上、財さんみたいな売れっ子新人冒険者への嫉妬のが強そうですしぃ~」
「そうそう。ただでさえ財くんに長いこと会えてないんだから、こんなとこで余計なストレス溜め込む必要ないでしょうよ! 面倒なのはアタシらに任せて、あの大人しそうな柚木ちゃんの相手でもしてなさいなっ」
「そうですか? まあ、お二人がそこまで仰るんならお言葉に甘えさせて貰いますけど……」
というわけで分担を決めたあたし達は、早速それぞれが面倒を見る闇猫堂メンバーの元へ向かったんだ。
(州▽_▽)<因みに残る三人目の柚木文恵ってのは、
概ねヤバい奴ばっかりな闇猫堂の中でも例外的にマトモな部類の子らしいんだ。
と言ってあたしも『闇猫堂一の新参で年齢は二十代。なんか希少種族らしい』ってぐらいしか知らないんだけど、果たしてその実態は……
「ピローペインさん、本日はお世話になります。
私、冒険者ギルド"闇猫堂"に所属させて頂いております、柚木文恵と申しますっ」
「これはこれは、ご丁寧にどうも有難う御座います。此方こそ、短い間ですが宜しくお願いしますね」
……噂通りのメッチャいい子だったのよ、これが。
まず何と言っても物腰が柔らかくて態度が丁寧で人柄が良くて……今迄見て来たどんな奴よりも"貞淑"とか"清楚"っていう言葉が似合う子なんだ。
本当に、何でこんな子があの闇猫堂に在籍してるのかわかんないくらいにね……。
(州へωへ)<本当もう柚木ちゃんと来たら謙虚だし温厚だし、その上スタイル良くて美人、かつ頭も良くて高学歴と非の打ち所が見当たらないんだ……。
言い方悪いけど所謂"当たりを引いた"ってヤツだろうね。
さて、そんな柚木ちゃんと行動を共にすること暫し……
「あ、あのっ、ピローペインさんっ。つかぬこと御伺いしても宜しいでしょうかっ」
「ええ、このあたしにお答えできることでしたら何なりと」
「えと、そのっ……ピローペインさんって、彼氏さんとお付き合いされてるそうですけどっ」
「そうですねー。彼氏居ますよー」
「その……彼氏さんとの馴れ初めとか、普段どう過ごしてるかとか、教えて貰ってもいいですかっ?」
「えぇ、いいですよ。と言っても、そんなに面白い話でもありませんからご期待に添えるかわかりませんけど」
昼食の最中振られたのは、年頃の娘っ子らしく(?)恋愛絡みの話題だった。
あたし自身、長く生きてるのもあって恋愛経験は無駄に豊富な方だ。公益性の証明にどれだけ役立つかは知らないけど、どうせならダイちゃん以前の歴代彼氏についても語り散らかすとしよう。
……なんて思いつつ口を開こうとした、その時だった。
「ヴォルラァァァァァアアアアアッ!」
遥か遠くから響く咆哮……その主は、海面から顔を出した巨大な海洋生物の化け物。タコともカニともオコゼともつかないそいつの正体に、あたしは心当たりがあった。
(あの顔、あのヒレ、あの節足……まさかっ)
事前に聞かされていた特徴と一致する。恐らくあの化け物は……
(出たか、今回の標的……!)
ここパイユ・レトラ海岸の周辺海域を荒らすミュータントクラーケンで間違いないだろう。
空気を読んでくれと思う反面、ダイちゃん救出に近付いたって考えれば寧ろラッキーとすら言える。
(……あとはフルムーンナイツの奴らに任せとけば大丈夫、かな? 無論、油断もできないけどさ……)
そう、この場にはフルムーンナイツの幹部連中がいる。
脳筋バカ姫はじめイケ好かない奴らだけど、戦闘能力だけは折り紙付きだ。
あとは奴らに任せつつ、引き立て役にでも徹していれば何とかなるだろうと、この時のあたしは安易にそう考えていた。
けれどこの後、事態は予想外の展開を迎えてしまうんだ。
遂に標的のクラーケン出現!
とは言え此方には世界的な戦闘者がついている。
恐らくパルティータら三名の出番もなく標的は討伐されるハズである。
というわけで次回は"フルムーンナイツ"幹部勢の圧倒的な戦いぶりをお楽しみに!