第五十五話「ある意味"タダより高いものはない"の最悪パターンがこれだと思う」
魔導国を蝕む新型麻薬の正体とは……
やっほー、読者のみんな。いつも読んでくれてありがとね~。
今回のエピソードは前回から続けてこのあたし、便利屋魔女のパルティータ・ピローペインがお送りするよ。
……と言ってもまあ、前回のオチがどうにも不穏なもんでそんな軽いノリの導入もどうかと思うワケだけどね。
さて、フィルミアーナ魔導国を陰から蝕む"新型麻薬"の正体とは何なのか?
早速その辺りの詳細に迫ってみよう。
「新型麻薬、って……確かに"煌めく星"で商売ができないなら別の麻薬を売り捌くでしょうし、
何なら効率的な供給とか中毒者のニーズに合わせて新しいのを合成するとか、そういうのなら普通にあると思いますけど……
だからって今時麻薬なんてそんな流行ります?
百年前とか数十年前の昔とか、貧乏で治安の悪い国ならいざ知らず、
教育が進歩して娯楽が増えたこのご時世に、しかも世界トップクラスで治安のいい先進国で、そんな……」
「私達もそう信じているわ。
我が魔導国の民衆は品行方正で心優しく、過去からの教訓を決して風化させたりしない賢い民族だって……」
「けど実際、どうやら結構いるみたいなんだよ。麻薬なんてものに手を出しちまった、可哀そうな国民ってのがさ」
お二方によると、件の新型麻薬が最初に確認されたのは二か月ほど前だったらしい。
その日、音楽家と日雇い労働者が多く暮らす都市"アシカリイ"の片隅で、一人の路上生活者が苦しみながら倒れ、病院に緊急搬送された。
検査してみるとその路上生活者は重度の薬物依存症で、倒れた原因も薬物の毒性に由来する臓器不全。
当然入院・治療序でに警察から取調べを受けることになったんだけど……
「聞く所に依るとそのホームレスは当時アシカリイにやって来たばっかりの新入りでね。
なんでも元々はウサヴィート政府の高官だったんだけど、
突然失職して路頭に迷った挙句、丸一年近く各地を彷徨って命辛々アシカリイに辿り着いたんだってさ」
「ウサヴィートって、首相に蒸発されて政権が崩壊しちゃったあの?」
「そうね。病院や警察の関係者によると、普段からとにかく気弱で情緒不安定、被害妄想が激しく常に何かに怯えているような状態だったらしいわ」
「ああー……そりゃまあ、あんな騒動の当事者になっちゃったんですもんね。
麻薬なんかに頼るぐらいですし、病んで追い詰められちゃってても無理はないですよね……」
「ええ、本当にね……。ただおかしなことに、近隣住民の証言によると
そのホームレスは自分の悲惨な経歴も笑い話扱いするぐらい、豪胆で明るい性格だったらしいのよ。
加えて社交的でリーダーシップのあるムードメーカー気質……搬送後の態度からは想像もつかない有り様だったそうなの」
「ただ同時に、押しが強すぎて強引で荒っぽいような所もあったらしくてね。
いずれにせよ同一人物とは思い難い豹変ぶり……何かあると思った警察関係者が取調べを続けた結果、
ホームレスは"願いを叶える薬"で過酷な日々を乗り切ってたと供述したのさ」
続けてメルクリウス大臣が語った所によると、ホームレスの言う"願いを叶える薬"は"夜空の虹"を名乗る連中が無料配布しているらしく、
飲むとその時の自分自身にとって一番必要な願いが叶って、暫くの間疲れ知らずのまま幸せな気分で過ごせる代物なんだそう。
「"夜空の虹"が配る"願いを叶える薬"ねぇ……いかにも胡散臭いというか、もう絶対麻薬の類いですよねそれ」
「やっぱり、ピローペインさんもそう思うかしら」
「寧ろそうとしか思えませんけど。で、そのホームレスはその後どうなったんです?」
「死んじまったよ。何度目かの取調べが終わって、逮捕状が出て、
容体が回復次第逮捕とか裁判とかの話を進める手筈だったんだけど、看護士が少し目を離した隙に、隠し持ってた例の薬を飲みやがってさ……。
ベッドを飛び出して大騒ぎしながら病院内を走り回った挙句、なんでか白骨化してぶっ倒れてたよ……」
「白骨化ぁ?」
これまた予想外の単語が出て来たもんで、あたしは当然困惑する。
苦しみ悶えて死んだとか、肉が腐って溶けたとかならまだわかるけど、ごく僅かな時間で白骨化するなんてそうあることじゃない。
「まるで生身の部分を綺麗さっぱり取り除いたようになってたんだよ。毛の一本、血の一滴も残さずにね」
「そんなバカな……」
「しかも事件はこのホームレスの死で終わっていなかった……いいえ、寧ろそこからが本当の始まりだったのでしょうね」
ジブリ―ル大臣の発言がどういう意味なのかは、あたしでも概ね想像がついた。
一応念のため聞いてみると、どうやらそのホームレスは近隣住民にも件の"願いを叶える薬"を積極的に勧めていたそうで、薬を求める人々に"夜空の虹"を紹介する仲介役のような役割を担っていたらしい。
「で、結局その誘いに乗せられた人たちの所為で、アシカリイじゃ違法薬物が蔓延してしまってる、と……」
「ええ、概ねそうなるわね……」
「若しくは、もっとヤバい状態かもしれないけどね。何せ無料で配ってるんだ、並みの麻薬より簡単に手が出せちゃうからね」
「うわぁ……確かにそれはそうですね。てか、だとしたらなんで政府が動いてないんですか?
幾ら多忙だとしても警察や軍から人員を動員して取引現場を押さえるくらいはできますよね?」
あたしはずっと思っていたことを口にした。
確かに魔導国政府の一部官僚とは家族みたいな仲だけど、だからってこういう仕事は本来警察や軍みたいな公的機関の管轄だ。
縦しんば公的機関が動けないにしても、大手冒険者ギルドとか他に幾らでも頼れる相手はいる筈だ。
少なくともこんな民間の便利屋に頼んでいいような仕事じゃない。
「そうね、ピローペインさん。確かに貴女の言う通りだわ」
「私らだって当然、本来はそういう相手に任せるのが筋だと思ってるよ」
「ならどうしてあたしなんです。確かにこれでも結構長く生きてて、一応魔術の腕もソーサラー型勇者ぐらいはありますし、
呪いで不老不死・不妊不変、最近は肉体再生の速度も上がりつつありますから、凡そほぼ全ての攻撃を実質無力化できるぐらいには頑丈ですけど……
あたしより本件にお誂え向きの人員なんてゴマンと居るでしょ」
あたし自身、その発言は自嘲とか謙遜のつもりだったけど……お二方にとっては結構痛い所を突くような発言だったらしい。
大人しめのジブリ―ル大臣は元より、気が強くて恐れ知らずなメルクリウス大臣さえも言葉に迷って言い淀んでしまう。
どうやら向こうも相当厄介な……抜き差しならない事情を抱えているようだった。
だったらまあ、請けないワケにもいかないって話で……。
「オーケー、わかりましたよ。元々どんな事情があれ、断るつもりならここまで来てませんって。
そちらにどういう事情があるのかは存じ上げませんけど、あたし自身皆さんにはお世話になりっぱなしだった身の上です。
皆さんただでさえお忙しいのに、合間合間でしっかり時間作ってあたしに寄り添ってくれて……
そのご恩に報いさせて貰えるってんなら、麻薬組織や反社の千や二千ぐらい幾らでも壊滅させてやりますよ」
「へへっ、頼もしいねぇ。流石はマシローの婆さんが見初めた逸材だぁ。頼りにしてるよ、パルティータちゃん」
「ええ、ピローペインさんならそう言ってくれると信じていたわ。……反社は兎も角麻薬組織が千や二千もあったら実際たまったものじゃないでしょうけどね」
てなワケで、ここから暫くの間あたしは魔導国に留まり、"願いを叶える薬"だかいう麻薬をばら撒く謎の集団"夜空の虹"を追い回すことになったんだ。
次回、麻薬組織の実態を暴くべくパルティータが動き出す!