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珈琲の花言葉を知っていますか?

作者: 藤泉都理

【第1話 最後】




 この珈琲豆には俺の魂が籠っているんだ。


 枯れてしまった珈琲の木から採れた最後の珈琲豆を、コーヒーカップ二杯分しかないだろうその珈琲豆を、あいつは抱きしめながら言ったんだ。

 私は思わずもらい泣きしつつ、あいつの逞しい背中を見ていた。




「いや。魂が籠っているって、言った、けど、なあ」




 まさか本当に魂が籠るだなんて、思いもしなかった。











(2023.9.29)



【第2話 焙煎】




 焙煎時間が短い浅煎りは、フルーティーで酸味のある風味がする。

 焙煎時間が長い深煎りは、苦みが強く、しっかりとした味わいがある。

 浅煎りと深煎りの間の焙煎度合いを中煎りと呼び、風味、酸味、苦味のバランスがよく、甘さを感じやすい傾向にある。

 らしい。




 ボリボリボリ。

 妙齢の女性は深煎りした珈琲豆を一粒、口に含んでは、粉々になるまで噛み砕いて飲み込んだ。

 これで珈琲豆はあと、九十粒。

 およそ珈琲カップ一杯分。

 次はどの焙煎にしようか。

 麻布の袋の中を覗き込んで、焙煎していない珈琲豆を見つめる。




 さあ、どうやって、終わらせようか。

 このまま、一粒ずつ食べ続けるか。

 それとも、




「もう、休憩は終いか」


 爆撃音を耳にした女性は袋の口を竹糸で結んで珈琲袋をさらしの中に入れ込むと、背をもたれさせていた大刀を片手に持って走り出した。











(2023.9.29)



【第3話 意味】




 一緒に休みましょうか。

 珈琲の花言葉である。


 一緒に休みましょうか。

 休む、とは、一体どのような意味があるのか。

 穏やかな時を過ごす事か。

 それとも。






「永眠を意味するのか」






 世界中の珈琲が一斉に枯れた。

 枯れては、化け物になった。

 化け物になっては、あちらこちら闊歩しては、爆発するようになった。

 爆発させない為には、爆発する前にただの一太刀でいい。傷つければよかった。


 爆発する前に、鮮やかな緑色の化け物はおもむろにどす黒い赤に変化する。

 すべてがどす黒い赤になる前に、ただの一太刀でいい。

 傷つければいいのだ。

 それで、化け物は。

 珈琲は、

 消滅する。











(2023.9.29)



【第4話 休眠】




 冬までやり過ごせばいい。

 誰かが言った。

 専門家なのか、ただの珈琲好きか。

 珈琲は冬に休眠する。

 化け物になり果てた珈琲に、植物としての機能が備わっていると考えていいのか。

 希望が疑問を上回った。

 誰もが口にした。

 冬までこの地獄を乗り切る事だけ考えろ。




 ほとんどの者が懸念を棄て去った。

 休眠しなかった場合の事を、棄て去った。

 棄て去って、化け物が来ない場所へと逃げ去った。


 逃げ去らない者が、今こうして、化け物を消し去って行く。


 消し去って、消し去って、消し去って。


 同時に。


 逃げ去らない者も。


 消え去って、消え去って、消え去って。











「「いや。魂が籠っているって、言った、けど、なあ」」


 死んだつもりはなかったが死んだのだろうか。

 妙齢の女性は自身の目を疑った。

 残り八十粒の焙煎していない珈琲豆が、あいつに変化した。

 あれ、もしかして、あいつ。

 って言うか目の前のこいつ?

 私を置いて真っ先に化け物退治に飛び出して行ったこいつは、今も元気で走り回っていると信じて疑わなかったのに。




「あんた、死んだの?」

「さあ?」












(2023.9.29)



【第5話 再会】




「あれ?つーか。これ。これ!俺の身体?仮の身体?珈琲豆………八十粒。って。もしかして。もしかして!こ、これ!おまえに預けた珈琲カップ二杯分の珈琲豆の。残り、とかじゃないよなあ。うん。違う違う。二杯分の珈琲豆は無事無事」

「うん。違わない違わない。無事じゃない無事じゃない」


 朗らかに笑うこいつに、私は真顔で手を振って否定した。


「食べる物がなくて困った時につい手を伸ばしてさ。なんか。別に困った時じゃなくても、欲しくなって。時々食べるようになった」

「おい!!!だめでしょ!!!この戦いが終わったあと!!!おまえと一緒に珈琲を飲もうって。うう。ううう。預けるんじゃなかった」


 地面に両膝と手をついたこいつに、けれど謝罪を言う気は全く起こらず。

 それどころか、沸々と怒りが生じ始めた。


「いや。泣きたいのはこっちよ」

「はい?」

「こんな再会望んでないって言ってんの。早く肉体に戻れ魂」

「あ。ひどいひどい止めて止めて」


 有難い事に服を身に着けているこいつの胸倉を掴んで宙に浮かせて、ブンブンブンブン上下左右に振らすも、元の珈琲豆に戻る様子は皆無だった。


「ッチ」

「舌打ち止めて!揺さぶり止めて!あ!あ!無理無理。うん。うん。ちょっと落ち着こう。ね。うん。多分この俺。俺っつーか。俺の魂?多分。あの。肉体の魂じゃないから!肉体動いてる!うん!多分!あのこれ珈琲豆に籠った俺の魂だから!戻れない!戻れない!」

「はあ?」

「多分!つーか!絶対!珈琲豆をもう食べないでって言う為にこの姿になったんだと思う!いや遅えよ!俺!もっと早く俺の姿にならんかい!こいつが一粒食べる前に俺の姿にならんかい!」

「あ?この野郎!私が生き延びる為に珈琲豆を食べたっつってんだろうが!あんたの姿になったら珈琲豆食べられなくて私は死んでただろうが!」

「死なねえよ!俺が助けるから!食べ物いっぱい持って来てるから!」

「どの口が言うか!真っ先に私を置いて飛び出したくせに!」

「おまえなら大丈夫だって信じてたから!」

「ありがとう信じてくれて!」











(2023.9.29)



【第6話 絶対】




「わかったわかった。もう珈琲豆は食べないから。はい。安心して成仏してください」

「いや、そんな。簡単にできるでしょ、みたいに言われてもできません」

「えー。じゃあ。しょうがない。本物のあんたに再会できるまで、その姿でいいや」

「………いや。すんげえ嫌そうなんだけど。まさかさっきの珈琲豆は食べない宣言は嘘なのか!?」

「………珈琲の中毒性って計り知れないわよね」

「やっぱり!」

「まあまあ。大丈夫。我慢するから。悪かったわね。勝手に食べて。そうね。あとは。この戦いを終わらせて。最高で最後の一杯は全部あんたのものだから安心して」

「………ばーか。俺が美味しい珈琲淹れてやるから、二人で半分こだ」

「まあ。お優しいこと。私を置いて行った人間の言葉とは思えないわ」

「………謝罪の言葉は本体に任せる」

「是非そうして。あと、お涙頂戴の浪漫溢れる再会の言葉もね」

「おう。期待して待ってろ」

「ええ。待っているわ」


 わらわらと化け物が集まって来た。

 すでに赤黒くなり始めているものばかりだ。

 骨が折れそうだ。

 こきこきと首を鳴らしては大刀を片手に持って化け物に突っ込みながら、ふと思った。

 八十粒の珈琲豆のあいつは戦えるのか。

 もし戦えない場合、は、

 守りながら戦わないといけないのではないか。

 いやきっと大丈夫だろう。


 化け物に次から次へと一太刀浴びせつつ、あいつの姿を探そうとして。

 はたと、さらしの中に馴染みのある感覚を覚えて。

 にっこり笑った。


「………うん。よし。絶対。生き延びて、あいつを」


 大刀を持っていない片手でさらしの中に戻った珈琲袋を軽く叩いて、戦いを再開させた。











(2023.9.30)



【第7話 珈琲】




 専門家なのか、ただの珈琲好きか。

 珈琲は冬に休眠すると言った。

 化け物になり果てた珈琲に、植物としての機能が備わっていると考えていいのか。

 疑問は、果たして杞憂に終わった。


 化け物に成り果てた珈琲は冬に休眠した。

 動きを止めたのだ。

 化け物が動きを止めている間に、戦った者も逃げた者も一太刀浴びせ続けて、そして、化け物は世界中から消え去った。

 では、珈琲も世界中から消え去ったかって?


 いいや。

 少なくともここに。











「浅煎りと深煎りと中煎り。どちらにしましょうか?」

「私に聞かないであんたが決めてよね」


 低頭姿勢のこいつはすごすごと引き下がって、ではお楽しみという事でと言っては背を向けて珈琲豆を煎り始めた。


「そう言えばさ。どうしてその珈琲豆は風化しなかったのかな?」


 珈琲の木はすべて枯れて化け物になったが、すでに収穫された珈琲豆や焙煎した珈琲豆、そして珈琲が使われた加工品はすべて風化してしまったのだ。

 ゆえに、この焙煎していない珈琲豆も風化する運命にあったはずなのだが。

 ずっと、存在を保ったままだった。


「そりゃあ、珈琲豆一粒一粒に俺の魂が籠っていたからだろう」

「つまり、あんたの執念が風化させないようにしてたんだ」

「っく。けどまだまだだ。俺の珈琲に対する愛はまだまだ足りない。もっともっと愛があれば、俺の珈琲の木たちは化け物にならずに済んだ。今度はもっともっと愛を注ぐぞ!」

「珈琲栽培諦めないんだったら、それ。焙煎しないで栽培に使えばいいのに」

「いいんだよ、これは。おまえと飲むって決めてたんだから。あ。でも、すぐには飲めないな。三日置いて飲んだら、さいっこうに美味いぞ!」

「はいはい。楽しみにしているわ」

「おう………あの。そんで。あの。ごめん。置いて行って。ずっと待たせて。ごめん」

「謝罪はもう耳にたこができるくらい聞いたし。どうせまた珈琲絡みで事件があったら、私の事なんか頭の中から消え去って、一人で行ってしまうでしょうが」

「ううう。すまん」

「ついていけない私が不甲斐ないだけだけど」

「そんな事はない。絶対。ただ、俺が超人過ぎるんだ」

「………はいはい。超人過ぎるあんたについて行けるわけないので、これからもちまちまちまちまついて行くわよ」

「………見捨てないでね」

「見捨てられたくなかったら、まず。その魂が籠った珈琲豆で美味しい珈琲を飲ませてちょうだい」

「はい。是非」

「一緒にゆったり飲んで、休んで、走って、離れ離れになって、また、再会しましょう」

「ああ。何度も何度も何度だって」











(2023.9.30)




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