フィーナの部屋で 3
「さ、お姉様。どうぞ食べてくださいませ。フィーナが食べさせてあげますから、お口を開けて欲しいですの」
わたしがスコーンの上に乗っていることなんて知らずにお嬢様にスコーンを勧めるフィーナを見て、わたしは喉から声を絞り出す。
「だ、だめ……!」
フィーナがわたしの乗ったスコーンを簡単に持ち上げて、透明感あふれるグロスの塗られたお嬢様の口元に近づけていく。必死にスコーンに掴まっていないと落下してしまうけど、かといってスコーンに乗り続けていると、このまま本日二度目のお嬢様の口内に突入することになる。
「やめてぇ……」
すぐ目の前に、わたしの乗っているスコーンを簡単に食べられてしまいそうな大きな口が近づいてくる。
わたしが恐怖で目をつぶっていると、お嬢様が呆れたように声を出す。
「スコーンで姉を買収しようとしないでよね……。わたしはいらないから、あなたが食べたらいいわよ。珍しく勉強しているんだから、糖分を取らないとね」
「お姉様がそう言って下さるのなら、フィーナが食べますわ!」
フィーナが嬉しそうな声を出した。
お嬢様の口元まで来ていたスコーンが、今度はフィーナの方へと向かって行く。お嬢様と違って、化粧っ気のない、だけど元々赤みを帯びた可愛らしい唇の方へとわたしの乗ったスコーンが運ばれて行く。フィーナの可愛らしいけど、巨大な唇がどんどん近づいてきて、視界一面を埋めつつある。
一か八かだった。スコーンの上に乗ったままだと、このまま食べられてしまう。それならばと思い、食べられる直前にジャンプした。宙を浮いている間、スローモーションみたいにフィーナの口元が近づいてくる。数十メートルの高さを飛ぶ恐怖を乗り越えて、どうにかフィーナの唇に張り付いた。
「助かっ……きゃあっ!?」
せっかく口内に入れられるのを防げたと思ってホッとしたのも束の間、フィーナの生暖かい舌がわたしを舐め上げた。ヌルッとした舌にわたしは貼り付けられてしまい、身動きが取れなくなってしまう。自力でフィーナの舌から逃げることはできなくなってしまった。
スコーンの一部と思われたのか、口の中に運ばれそうになったときに、近くにいたお嬢様が慌てて声を出した。
「ちょっとフィーナ! 待ちなさい! 舌を出したままにしておきなさい!」
「へ?」
舌を外に出したまま、間の抜けた声を出したフィーナにお嬢様が続ける。
「そのままジッとしておきなさい……。喋るのもダメよ?……」
フィーナは不安そうな顔で、姉であるお嬢様の顔をジッと見つめる。
「フィーナ、あなたさっきわたしに嘘をついたわね」
少し怒気を含んだ口調で、ゆっくりと、慎重に、フィーナの舌先に乗っているわたしをつまんだ。
状況を察したフィーナが、えへへ、と乾いた笑いで返した。
「ねえ、フィーナ。どうしてあなたのスコーンの上にこの子がいるのかしら?」
そっとお嬢様はわたしを人差し指の上に乗せて、フィーナの目の前に突き出す。フィーナの大きな瞳が、困ったように小さなわたしを見つめていた。
「えっと……。ど、どうしてですの? フィ、フィーナは何もわかりませんわ」
フィーナは目をあっちこっちに泳がせながら答えていた。
「ねえ、フィーナ。あなたまさかと思うけどこの子に意地悪とかしてないわよね?」
それを聞いて、フィーナが首を大きく横に振りながら答える。
「意地悪なんて、絶対にしていませんわ! ただちょっと見失ってしまっただけで……」
実際に意地悪はされていないから、そこまで怒ったら可哀想な気もする。
「えっと……、フィーナさんは何も意地悪なことはしてませんので……」
とりあえずフォローを入れると、フィーナが嬉しそうな顔をした。
「ほら、お姉様! 小人さんもそう言ってますの!」
「調子に乗らないの。怖い思いさせちゃったのは事実なんだから」
お嬢様に嗜められて、フィーナは少しおとなしくなった。
「とりあえず、ごめんなさい、すぐに元の大きさに戻すわね」
お嬢様が心底申し訳なさそうにわたしに謝ってくれた。お嬢様は何一つ悪くないのだけれど、やっぱり優しい人のようだ。