フィーナの部屋で 2
「フィーナさん! ここです! わたしはここにいますよ!!」
「小人さん?」
静かになったのと、床に近づいてくれたのとが重なって、ようやくフィーナはわたしの声を聞いてくれた。フィーナの大きな目玉がじろりとカーペットを睨んでいるので、わたしは必死に両手を振りながら飛び跳ねて声を届ける。
「フィーナさん、わたしはここです!!」
「どこですの?」
次の瞬間、フィーナが座ったまま前傾姿勢になり、四つん這いになって両手をついた。その弾みで、またわたしの身体が跳ね上がる。照明を隠して大きな影を作っているフィーナに向かって叫んだ。
「フィーナさん! 今からわたしがフィーナさんの手まで行きますので、じっとしていてください!」
「わかりましたわ!」
素直なフィーナがじっとしていてくれているので、ようやくたどり着ける。今わたしがいる場所から、フィーナが地面についている手まではさほど距離はない。
だけど、駆け出そうとした瞬間に、部屋の扉がノックされる。
「フィーナ様、おやつのお時間ですが……」
「おやつ! 今行きますわ!!」
フィーナの面倒を見ているメイドが来たようだ。フィーナは立ち上がり、大急ぎでドアの方へと向かってしまった。
「え、ちょっと! フィーナさん!?」
ドスンドスンと、とても幼い少女が鳴らしているとは思えないような轟音が少しずつ遠ざかっていく。もう少しでフィーナに気づいてもらえたのに、またポツンと残された。
少しして、メイドからおやつの乗ったお皿をもらったフィーナは、嬉しそうにドアの前に立っていた。
「今日は小人さんと一緒に食べるから、お部屋で食べることにしましたの。うちのスコーンは絶品だから、小人さんも喜んでくれますわね……、って小人さん探すの忘れてましたわ!?」
ドアの近くで呟いていたフィーナが、またドスンドスンと大きな音を立てながら、わたしのいる場所の近くへとやってくる。わたしからすると、隣の村に行くくらい遠くにあるドアまでの距離も、フィーナの足ならたった数歩でたどり着く。
「また、小人さんを見失ってしまいましたわ……」
しょんぼりとした様子で呟いた後、すぐに顔を上げて、楽しそうな声色に戻して言う。
「……そうですわ! スコーンのお皿に乗ってもらったらいいのですわ!」
フィーナが、小さな公園くらいの面積がありそうなお皿を床に置く。フォークをお皿に引っかけるようにして置いて、柄の部分がカーペットに接地するようにおいてくれている。わたしにとって高さのあるお皿でも、フォークを使えばきちんと登れるようにしてくれていた。お皿の上に登れば、きっとフィーナに気づいてもらえる。
「よかった、これで助かった……」
わたしはホッとため息をついてから、ゆっくりとフォークに足をかける。
「お皿の上なら見失うこともありませんわね」
フィーナが呟いて、わたしが登ってくるのを待っていた。そのときだった。またドアがノックされて、フィーナが体を震わせる。
「フィーナ、入るわよ?」
「ちょ、ちょっと、待ってくださいませ! お姉様!」
慌ててフィーナが勉強机へと向かう。その際の振動で、あやうくフォークの上から振り落とされかけたわたしは、必死にフォークにしがみついた。
「フィーナ、ちゃんと勉強しているのね」
「当たり前ですわ、お姉様。フィーナは真面目ですの」
「ふーん、いっつもサボってばっかりだったから、今日も本でも読んでいるのだと思ったわ。まあ、何にしても勉強するのはいいことね」
お嬢様が頷いてから、少し小さな声で尋ねた。
「それより、フィーナ、その……、小さなお人形さんみなかった?」
それがわたしのことを差すことはフィーナにもわかったようで、フィーナが上擦った声で知らないふりをした。
「し、知りませんわ!」
「なんだか怪しいわね? 本当は見たんじゃないの?」
「そ、そんな指先くらいの小さな動くお人形さんなんて知りませんわ」
知っていると白状するような返答をしてしまっているから、お嬢様の視線が鋭くフィーナを見つめた。
「そのわりには随分と取り乱しているみたいだけど?」
「あ、えっと……。そ、そうですわ! お姉様スコーンあげますわ!」
大慌てでフィーナが床においているお皿を回収したせいで、お皿に登っていたわたしは反動で宙に舞った。そして、そのままスコーンの上にポトリと着地してしまう。フィーナが大きく動かすから、落ちないように必死にしがみついていることしかできず、スコーンから降りる時間はなかった。