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フィーナの部屋で 1

「さあ、小人さん、一緒に遊びますわよ!」

手のひらからサイコロみたいにコロコロとわたしが転がった。


解放された隙に、一歩でもフィーナから離れようと必死に走ろうとするけれど、床に敷かれた高級なカーペットの毛先がわたしの胸元まであってまともに身動きも取れない。かき分けながら進んでいくから、急いで進むのは難しそうだった。それでも懸命に一歩でも遠くに逃げようと、カーペットの毛をかき分けながら進んで行く。


フィーナはわたしと一緒に遊ぶための道具を楽しそうに探しているから、こちらを見ていない。そのおかげで、フィーナの視界からわたしの存在を消すことができたようだった。


3センチ程しかないわたしが住むには大きすぎるようなドールハウスでも、フィーナは軽々と持ち上げていた。幼いフィーナが簡単に運んでいる本物のドール人形だって、今のわたしから見たら、家みたいに大きな巨人なのだ。


「あれ、小人さん、どこに行ってしまいましたの……?」

少ししてから、フィーナの寂しそうな声が聞こえた。


多分、あの優しいお嬢様の妹だから、心優しい子なのだろう。今にも泣き出してしまいそうな声で、「小人さん、出てきてくださいませ……。せっかくお友達ができたと思いましたのに……」と寂しそうな声を出していた。


いつもお屋敷の中にいる箱入りお嬢様だろうから、姉以外に一緒に遊べる友達を見つけて喜んでいたのだと思う。少し胸が痛くなってしまったが、今のこの大きさでは無邪気なフィーナと一緒に遊ぶのはあまりにも危険すぎた。可哀想だと思いつつも、なおもわたしはカーペットの大草原をかき分けながら進んで行く。


(ごめんなさい、フィーナさん。また元の大きさになったら遊びましょうね……)

そんなことを考えながら進んでいると、突然ズドンという衝撃とともに、目の前に巨大なフィーナの可愛らしい足が降って来て、わたしはひいっ、と情けない声を出してしまった。


「フィーナは諦めませんわ! 小人さんを絶対に探し出しますの……!」

力強い言葉とともに、フィーナはドスンドスンと、本来ならば小さいはずの、だけど今のわたしなら容易に踏み潰してしまうことのできる巨大な足を何度もカーペットの上に落としていく。わたしの場所に気づいていない状態で何度も足を踏み下ろされるのは、あまりにも危険すぎる。


「小人さーん、出てきてくださいませー」

声を上げながら、フィーナが足を動かすたびに、地面が揺れ、わたしの身体が宙に浮いた。わたしをひと踏みで潰してしまえる巨大な足は、別にわたしを攻撃するために動かしているのではない。ただ、捜索のために動き回っているだけだ。


「ちょ、ちょっと、やめてください! わたしはここにいますから、もう止まって下さ……きゃあっ!!」

呼びかけている最中にも、巨大なフィーナの足が、わたしからほんの数センチの場所に落とされて、悲鳴を上げてしまった。大きな声を出して気づいてもらおうと叫んだけれど、取り乱しながら探すフィーナの耳にわたしの声は届いていないようだった。


「小人さーん、早くでてきてくださいませー」

「あの、わたしはここに……。って、イヤッ!!」


一度でも踏まれてしまえば終わりであるのに、何度も何度も近くに振り下ろされる重量感のある足が怖くて、心臓の鼓動がかなり早くなっている。このまま気づいてもらえなかったら、いつか踏み潰されてしまう。なんとかしてフィーナの足から逃げるために、冷や汗をかきながらわたしは考える。そんなとき、ちょうどフィーナの足が止まった。


「うーん、どうしたらよろしいのでしょうか。フィーナ、このままだと小人さんに会えなくなってしまいますわ……」

小指だけでもわたしとほとんど大きさが変わらなさそうなフィーナの足を見て、ひとつ作戦を思いついた。

「少しリスクがあるけど、これしかないわ!」


動かなくても巨大なオブジェのように存在感を放つフィーナの足に向かって走り出した。そうして足元にたどり着いた後に、思い切りフィーナの足の小指に向かって、わたしは全力で何度も体当たりをした。家では農作業みたいに力仕事をする機会もあったから、わたしの力は同年代の少女の中では強いはずだ。きっと、巨大なお嬢様でも痛みはあるに違いない。


(ごめんなさい、フィーナさん。痛いかもしれませんがわたしも必死なんで我慢してくださいね……)

心の中で謝りながらぶつかり続ける。どっしりとしたフィーナの足はわたしよりもずっと頑丈でぶつかるたびに、跳ね返されて尻餅をついてしまう。それでも、フィーナへの体当たりを続けた。


本来ならか弱いはずの令嬢の身体の部位の中でも、さらに弱そうな足の小指を狙うことに罪悪感を持ちながらも、こうしないと気づいてもらえないから仕方がないと割り切った。だけど、わたしの心配は杞憂に終わっていた。フィーナはまったく痛みなんて感じていなかった。


「ふふっ、ふふふっ、くすぐったいですわ」

フィーナがかゆみで小指を軽く動かしたときに、わたしの身体に勢いよくぶつかり、気づいたら宙を飛んでいた。

「ひぃっ、助けてください!」


コロコロとどこまでも勢いよく転がっていきそうなところをカーペットの毛に受け止められたおかげでなんとか止まったけれど、突然ものすごい力で突き飛ばされて、体が宙に浮いた恐怖からまだ呼吸は荒かった。だけどそのおかげで、ようやくフィーナはわたしの存在に気づいてくれたようだ。


「きっと今のは小人さんがわたしを触っていたのですわね? どこにいますの?」

フィーナがぺたりと床に座り込む。ズシィィィンという、とても幼い令嬢が座っただけとは思えない、重量感のある轟音と大きな揺れが起きたから、わたしは慌ててカーペットの毛に掴まった。そうしないとフィーナの体重によって生じた揺れと、スカートによって生じた暴風でどこかに飛ばされしまいそうだった。


床に座ったフィーナは、先程わたしが必死に攻撃していた左足をじっと見ていた。小指を摘んでから首を傾げる。

「いませんわ……。もしかしたら先ほどのは小人さんじゃなかったのかもしれませんわね……」


少し距離を置いた場所からみるしょんぼりした様子のフィーナは、先程までわたしをピンチに陥れていた恐ろしい巨人と同一人物とは思えないくらい可愛らしく、無邪気な子どもだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] フィーナちゃん、可愛いですね! 小人にとってカーペットが森みたいになるという発想もすごいです。随分想像力は必要ですね。 [気になる点] 小さいとはいえ動いている小人を探すのはそこまで難し…
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