お嬢様の部屋で 2
お嬢様が出て行ってから1分ほどすると、遠くの方から大きな足音による地響きが起きて、わたしの身体が少し揺れた。
「もう戻って来たの……?」
あまりにも早い気がするし、先程出て行った時の、ほとんど音を出さずに上品に歩いていた時と明らかに足音の大きさが違う気がしてわたしは不安になった。繊細なお嬢様の足音とは思えない大きな音がしてきている。
(大急ぎで薬を取って来たから足音が賑やかになっているだけだよね……?)
ドキドキしながら、大きな音を立てて開いたドアを見ていると、そこには先程のお嬢様とよく似ているけれど、お嬢様よりもさらに幼い少女が立っていた。
「お姉様、遊んでくださいませ〜」
少女が大きな声で喋りだしたから、思わずわたしは耳を塞いだ。まだそれなりに距離があるのに、元気すぎる声のせいで、とてもうるさかった。先ほどまで穏やかなお嬢様の声を聞いていたから、元気の有り余った声にビックリしてしまう。
「あれ、お姉様、どこに行ってしまいましたの? 今日は一日中お家にいるって言ってましたのに……」
お嬢様そっくりの少女がしょんぼりとした様子で部屋を見回している。そのままトボトボとお嬢様の机の方に歩いてきたから、わたしは慌てて身を隠せる場所を探した。
だが、残念ながらお嬢様の几帳面に整頓された机の上には隠れる場所なんてどこにもない。机の上に並べられてある分厚い本の間に隠れようとも思ったけれど、隙間なくきっちりと並べられていてどこにも逃げ場がない。仕方がないからわたしは小さな人形のふりをして、少女の興味から外れようと試みた。だけど、残念ながら幼い少女の前で人形のふりをしても、逆効果だった。少女の嬉しそうな視線が真っ先にわたしの姿をとらえた。
「まあ、とっても小さくて可愛らしいお人形さんですわ!」
少女はバンッと勢いよく机の上に両手を乗せてから、あごを乗せて、わたしにグッと顔を近づけた。
「わたくしの持っているお人形さんよりももっと小さいですのね。お姉様ったら、こんなにも可愛らしいものを持っていたなんて、ズルいですわ!」
ちょうど少女の鼻息がかかる場所にいたせいで、強風に晒されたわたしはバランスを崩して倒れ込んでしまった。その拍子に思わずキャッと声を出してしまう。うっかり声をだしてしまったから、せめてジッとして人形のふりをしてやりすごそうとしたけど、転んでしまったから姿勢も変わってしまっているし、とても誤魔化せそうにはなかった。
「お、お人形さんが喋りましたわ!」
驚きでいつにも増して大きな声を出していた少女の目の前で、思わず耳を塞いでしまった。
「う、動きましたわ! お人形さんではなくて小人さんですの!」
一瞬目を大きく見開いた後に、少女が楽しそうにわたしをつまみ上げた。
「や、やめて、ください……」
少女のか弱い力だって、今のわたしのサイズからすると、体全体にひびでも入ってしまいそうなくらい強い力なのである。そんなわたしのことなんて気にせず、少女がはしゃぐ。
「決めましたわ。わたくし今日はあなたと一緒に遊びますの!」
わたしの顔が青ざめた。ようやく元に戻れると思ったのに、こんな力加減の分からなさそうな子の遊び相手にさせられるなんて……。
困惑するわたしのことなんて気にせず少女はわたしのことをグーにした手の中に握りしめてしまった。
「ちょっと、やめてください!」
「フィーナのお部屋に連れて行ってあげますわ!」
お嬢様の妹はフィーナと名乗った。彼女はわたしを手の中に入れてお嬢様の部屋から出て行ってしまう。お嬢様が薬を持ってきてくれないと、わたしは元に戻れないのに……。
「あら、フィーナ。後で遊んであげるわね」
わたしは真っ暗なフィーナの手のひらの中で、お嬢様の声を聞いた。多分フィーナの部屋に行く途中にすれ違ったのだろう。
今声を出して気づいて貰えば、お嬢様からそのまま薬をもらえるかもしれない。「お嬢様、ここです! フィーナさんの手の中です!」と声を振り絞ったけれど、わたしの小さな声は普通に談笑を始めた姉妹の声に簡単にかき消されてしまった。
「お姉様、今日はわたくしお部屋でお勉強しますの。だから、今は遊んでもらえなくても大丈夫ですわ」
「あら、そう。あなたがお勉強だなんて珍しいこともあるものね」
「フィーナだって、たまには頑張りますのよ!」
可愛らしくいじけたように言う幼いフィーナだって、わたしの視点から見れば大巨人である。フィーナがお嬢様に声をかけられたときに動揺してギュッと手のひらに力を込めてしまったせいで、わたしの身体が締め付けられてしまう。
元から代謝が良いうえに、手のひらにわたしを隠しているという秘密のせいで緊張して手汗をかいたフィーナのせいで体がべたつくし、一刻も早く解放されたかった。結局お嬢様は、まさかフィーナの手のひらにわたしが握られているなんて考えもせず、自室へと戻ってしまった。わたしは貴重な元に戻る機会を逃してしまったのだった。