お嬢様の部屋で 1
「ごめんなさいね。うちのメイドが暴走しちゃって」
お嬢様は部屋に戻ってから、自分の口内からわたしのことを指先で摘まみ上げた。メイドの唾液溜まりに体を浸された後に、お嬢様の口内でじっくり舐め回されてしまったせいで、わたしの体はびっしょりと濡れてしまっている。お嬢様は濡れたわたしを机において、心配そうに見下ろした。
「びしょびしょね……。一応部屋に来るまでにタオルを水で濡らしてきたけれど、服もびっしょりだし、焼石に水かしら……」
お嬢様が申し訳なさそうにわたしの体を濡れたタオルの上において、ふんわりと体を包み込ませた。
とても器用な手つきでわたしの体を優しく拭ってくれている。濡れていることには代わりないけれど、唾液の臭いが薄れていっただけでも有り難かった。
「あなたのサイズの小さな服があればいいのだけれど……。さすがに裸にするわけにもいかないから、可哀想だけど、乾くまでその服のままでもいいかしら……?」
わたしは小さく頷いてから、優しいお嬢様の顔を見上げた。
先程までは混乱していて、ゆっくりとお嬢様の顔も確認できなかったが、じっと見ていると、お嬢様はまだあどけなさの残った可愛らしい子どもであることに気が付いた。落ち着いた話口調や面倒見の良さから、勝手にわたしよりも年上だと思っていたが、わたしよりも年下の子かもしれない。
「怖かったわよね?」
その声にわたしが恐る恐る頷くと、お嬢様が寂しそうな顔をしたので、一瞬悩んでからわたしが声を絞り上げた。
「で、でも、お、お嬢様のおかげで、助かりました……! ありがとうございます」
まだ食べられかけた恐怖心で声は震えていたが、先ほどのピンチを生きて切り抜けられたのはお嬢様の機転のおかげである。きっとあのままお嬢様が口の中に自分のことを放り込んでくれなければ、そのまま意地悪なメイドに食べられてしまっていただろうとわたしは思った。だけど、お嬢様はゆっくりと首を横に振り、気を引き締めてから呟く。
「まだでしょ、まだあなたは助かったとはいえないわ」
「え?」
不思議がるわたしに、お嬢様は諭すように言う。
「あなた、このままの大きさでずっと過ごす気?」
そう言われてふと横をみると、無意識に机の上に置いたお嬢様の右手があった。人差し指の第一関節から上の部分だけでもわたしよりも大きいかもしれない。指先だけでわたしの体なんてすっぽりと隠れてしまいそうだった。けれど、わたしのことなんて指先で潰せてしまいそうなお嬢様の大きな手も、きっと通常サイズだと可愛らしい子どもの手なのだろう。今の自分がとても小さいことをわからされてしまう気がした。
確かに、この大きさでずっと過ごすことになれば、この先も周囲の人たちの些細な行動により、常に危険に晒されるに違いない。それは嫌だった。そんなことを考えていると、お嬢様の指先がゆっくりとわたしに向かって降ろされていく。
「え……、な、なにするんですか!?」
お嬢様の人差し指が作る影がどんどん濃くなっていく。今のわたしの身体よりもずっと重たくて強そうなお嬢様の人差し指が迫ってきた。今まで優しい味方だと思っていたお嬢様が人差し指でわたしのことを潰そうとしていることに気がついた時には、すでにわたしの体のほんの10センチほど上(と言っても、わたしの背丈の3倍ほどの距離はあるのだけれど)まで指が来ていた。
「や、やめてください……!」
走って逃げたところで大きさが違い過ぎて、座ったままのお嬢様にもすぐに追いつかれてしまうし、そもそも逃げられる範囲がお嬢様の机の上しかない時点で、あまりにも難易度の高すぎる鬼ごっこである。逃げたところで、簡単に捕まってしまうのはわかっていた。
わたしはただ必死にしゃがんで両手で頭を庇うくらいしかできなかった。だけど、お嬢様はそんなわたしのことを人差し指で押す。重量感溢れるお嬢様の人差し指にわたしの身体は簡単に押さえつけられてしまった。
「痛いっ……。助けてください!」
泣きながら懇願すると、お嬢様はようやく指を離した。そうして申し訳そうな声でゆっくりと話し出す。
「今、わたしがどのくらいの力で押したかわかるかしら?」
「どのくらいって……。ボタンを押す時くらいですか?」
わたしはゆっくりと顔を上げて、おそるおそるお嬢様の質問に答えた。
多分今のお嬢様が本気で押さえつけてきたらわたしの身体は押し潰されてしまっていただろうから、きっと軽く力を加えて押してきただけなのだろうと推測する。だけど、お嬢様はゆっくりと首を横に振った。
「ううん、わたしは力をほとんどかけず、そっとあなたの上に指を置いただけよ。普段物を触るときよりもずっと優しい力であなたに触れたのよ……」
お嬢様が少し憐みを含んだ目でわたしのことを見下ろしながら続ける。
「あなたは今とんでもなくか弱いのよ。そのままの大きさで過ごしていたら、きっとわたしがどれだけ細心の注意を払いながらあなたと接しても、気が付かないうちに踏み潰してしまったり、飲み込んでしまったり、ティーカップの下敷きにしてしまったりするわ。だから、元の大きさに戻るまでは、あなたはまだ助かったとはいえないの」
お嬢様が容赦なく現実を突きつけてくるから、わたしは背筋を震わせた。
「でも、どうやってもとに戻るんですか……? わたし、もしかしてずっとこのままなんじゃ……」
わたしがまた目に涙を浮かべたけれど、お嬢様は優しく微笑んだ。
「あなたが小さくさせられたのは、多分うちで作っている薬のせいなのよ。そして、ちゃんと元の大きさに戻す薬も製薬室に行けばあるはずだから、すぐに取ってくるわ。だから安心して」
わたしはホッと胸をなでおろした。
「うちのメイドが本当に迷惑をかけて悪かったわね、すぐに取ってくるから、そこで待っていて頂戴」
「うぅ……、本当にありがとうございます」
一時はどうなることかと思ったけど、優しいお嬢様のおかげでどうにか助かりそうだ。わたしは安堵しながら、部屋から出て行くお嬢様の大きな姿を見守っていた。