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お皿の上で 3

「さっきから泣き声がうるさいですよ!」

叫び声を聞いて、メイドがわたしを摘まんでいた指先にほんの少しだけ力を入れる。それだけでわたしは痛みで声を発せなくなってしまった。痛くて声はでないけど、涙だけは出続けていて、止まりそうにない。


「いいですか、早く泣き止みなさい。でないと噛み潰してしまいますよ!」

メイドが彼女自身の前歯の先で、潰れないように軽くわたしの胸元を挟んだ。


「や、やめてぇ……」

喉の奥からか細い声を出して、メイドを刺激しないように細心の注意を放ちながら、助けを求める。彼女が少し歯に力を入れてしまえば、わたしの体は真っ二つになってしまう。


意図的に噛もうとしなくても、力加減を間違えてしまったり、くしゃみをされたりするだけでも、わたしは無事では済まないだろう。視界にはメイドの薄暗くて湿っぽい口内がはっきりと見えている。お腹の辺りに触れている鋭い前歯が恐ろしかった。


「ちょ、ちょっと。やめてあげなさい! 見ていられないわ!」

お嬢様が慌てて立ち上がり、無理やりメイドの口をこじ開けてくれた。わたしは歯から滑り落ちて、メイドの口内の下顎に溜まっていた唾液の中にポチャリと落ちた。胸元くらいまである大量の唾液溜まりからメイドが指先で摘まみ上げると、メイドの唾液でべちゃべちゃになった状態で外に出されてしまった。恐怖でわたしは小さく震えていた。


「申し訳ございませんお嬢様、わたしの唾液まみれになったので洗ってきま――」

「いいわ。そのまま頂く」

そう言ってお嬢様がメイドの指先からわたしを奪うと、そのまま口の中に入れた。今まで自分の味方だと信じていたお嬢様に、あっさりと食べられてしまった。


「た、助けて……」

お嬢様が口を閉じることで、わたしはじっとりとした口内に閉じ込められてしまった。見た目は明らかに周囲と一線を画した気品溢れるお嬢様も、口の中はやっぱり悍ましかった。わたしを噛んでしまうことも、飲み込んでしまうこともできる檻の居心地が良い訳ない。


蒸し暑い口内は食事中だったせいで、咀嚼した後の野菜や肉がまだ残っていて、何とも言えない臭いを漂わせていた。普段なら清潔感を保っているお嬢様の綺麗な口内であっても、食事中に、しかも50分の1に縮小された体で入ると、気になる箇所はいくつもあった。しかも、さらにわたしを不快にするものがやってくる。


「ひぃっ……!?」

じとりとした舌がわたしと接触した。ぬめっとした感触から逃げようと思ったけれど、口の中の逃げ場なんて限られている。それでもなんとか身動きを取ろうとしたのに、舌がわたしの体を掬って上顎に押さえつける。お嬢様の舌の力だけで、わたしの動きは簡単に封じられた。


辛うじて自由の効く右手で泣き叫びながら必死に上顎を叩く。

「やめて! 食べないで〜!!」

けれど、そんな攻撃は巨大なお嬢様にはこれっぽっちも効いている様子はない。そのまま飲み込まれてしまうのかと思って大泣きをしてしまう。


わたしの体はお嬢様の下の奥歯と頬の間当たりの隙間に押し込まれた。そして、それと同時に喉奥で唾を飲み込む音が聞こえる。滝みたいな勢いで喉奥に吸い込まれていった水塊を見て、ゾッとした。次はわたしの番に違いないと思って震えていたけれど、それ以降、お嬢様は唾液を飲み込もうとしなかった。わたしを飲み込むどころか、少しずつ唾液の水かさが増しているのに、まったく飲み込むそぶりは見せない。


奥歯の根元辺り、お嬢様の歯石ひとつない清潔に保たれた歯茎の近くでわたしは首を傾げていた。もちろん、まだお嬢様の口内に入れられているというピンチには変わりないので、油断はしないで逃げる方法を考えようとしていると、お嬢様は突然ほんの少しだけ唇に隙間を作って、少しだけ舌を動かそうとし始めた。


「どういうこと……?」

お嬢様の口内での動きを不思議に思って見ていると、今度は耳をつんざくような大音量が聞こえてきた。


(じっとしててね)

わたしの耳に入って来た爆音は、お嬢様の近くにいるメイドにすら聞こえないような小さな声でささやいた声だった。口内で直に声を聞いているせいで、大音量のスピーカーみたいに巨大な音になっていたのだ。


「お嬢様、どうでしたか? 先ほどの小娘のお味は?」

メイドが尋ねていた。多分、先ほど唾を飲み込んだときの喉の動きを見て、わたしのことを食べてしまったのだと勘違いしてしまっているのだろう。


「ええ、おいひかっはわ(美味しかったわ)」

まだ口内にいるわたしを誤って嚙み潰したり、唾液と一緒に飲み込んだりしてしまわないように喋ったせいで、かなり活舌があまくなってしまっている。


「あら、お嬢様、なんだか話し辛そうですけど、どうかなさいましたか?」

メイドの問いかけに、お嬢様は慌てて大きく首を横に振った。そのせいで口内のわたしは何度も奥歯に体が当たって小さく悲鳴を上げていたが、その声にはお嬢様は気が付かなかった。


「わたひ、へやにもどうから!(わたし、部屋に戻るから)」

メイドに伝えて、慌ててお嬢様は自室へと戻った。小走りで移動しているせいか、呼吸が荒れていて、少し荒くなった鼻息の音が外から聞こえていたのだった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 口の中にいる相手にどうやって声を出すかあまり想像しにくいですね。 それに、口内は暗いはずだと思いますが、一人称視点で全て細かく見えるような描写は逆に不自然かもしれません。 その一方…
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