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67、最後の刺客

「お初お目にかかります。レベッカ・エイブラムと申します」


レベッカは、ロイヤルブルーのドレスの裾を摘み、優雅に礼をした。


羽のついた扇子で顔の下半分を隠しながら、クロードの母親は鋭い視線を送ってくる。


父親も、遠慮もせずレベッカの頭の上から爪先まで値踏みするように眺めていた。


クロードの銀髪は父親譲りらしい。オールバックの髪は一本も乱れていない。



「ああ、奥様が若くして亡くなられたという、あのエイブラム家かね……」



父親は膨大な人数の社交界の人物を全員覚えているのだろう。


嫌味な覚え方をしているものだが、それを聞いて母親もああ、と合点がいったようだ。



「社交界にあまり顔を出されないから、田舎に帰られたのかと思ったわ」



ふふふ、と口すぼめて笑う母親を、クロードは目を細めて咎める。



「……俺の大切な人に、そんな言い方やめてくださいませんか」


「おや。大切な人、とはどういう意味だい、クロード」



次は父親が顎ひげを撫でながら、悠々と聞いてきた。


返す言葉は想像できているくせに、わざと問いただすような嫌味な聞き方だ。



「また今度改めて正式にご挨拶はさせていただきますが……。

彼女と婚約させていただきたいと思っています。彼女のお父様には、了承を得ました」



まるで他人行儀な喋り方に、クロードの家での立場が見て取れる。


血のつながった親にも、心を許していないようだ。



「婚約……? エイブラム家とか? あそこは跡取りがいないはずだが」


「はい、なので私がエイブラム家を継ぎたいと」


「はっ! あり得ないわ!」



父とクロードの会話に、母親は憤慨して口を挟んできた。



「婿養子に入ると? 家を飛び出して寮のある学校に行ったのに、勉強だけして社交界での要領のよさは学ばなかったようね。ほんと、がっかりだわ」



実の息子に向けるものではない言葉を連ね、母親は尊大にため息をつく。



「せっかくユリウス皇子と仲良くなったのだから、そのご縁を使ってもっと良い御令嬢を選びなさい」



父親も、レベッカを歯牙にも掛けない様子で眉をしかめている。


どうやら、この婚約については二人とも大反対なようだ。



「婚約者を打算で選びたくない。それに、友人を駒にするような言い方はやめてください」


「親に対してなんて口の聞き方なの、この子は! 本当、兄さんたちとは大違いね」



後継ぎであり、優秀な兄二人と比べられ、クロードは奥歯を噛み締める。


それからは矢継ぎ早に、クロードの短所やエイブラム家とライネス家がいかに釣り合わないかを羅列された。



「あなたは三男で、ライネル家にとってなんの役に立たないけれど、高い金と手間をかけて教育したのよ。それを無駄にするなんて」


「お恩を仇で返すとは、まさにこのことだな」



クロードは青い瞳を両親に向けることもできず視線を下げたまま、悔しそうに押し黙っている。


きっとこれは、幼い頃から彼が受けてきた仕打ちだ。


絶対的な存在である親には歯向かえず、心のうちを素直に表せず黙り込むしかない。


彼は今、酷く惨めな気分で、自分を責めている。


華やかなパーティーの端で行われる、一方的で陰惨な親子喧嘩。


舞踏会で踊れない自分をエスコートしてくれた。真っ直ぐにいつも想いを伝えてくれた。


自分の店を出すために、応援して支えてくれた。


そんな彼を助けたいとレベッカは心から思う。

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