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61、特別な人

悩み、眉をひそめているレベッカのおでこを、クロードが人差し指で突いた。



「な、なんですの?」


「君の綺麗な顔に、眉間の皺は似合わない」



さらりととんでもないセリフを吐く。


そして、少し黙り何かを思案した後、



「……君さえ良ければなんだが」



クロードは、もう自分の中では決まっているであろう事項を告げる。


「俺はライネル家の三男で、家業は継がない。

君は店の経営に専念して、俺がエイブラム家の業務をするのはどうだろうか。

一通りのことは幼い頃から学んでいるから問題ないだろう」



それが最善の案だと、クロードは淡々と話す。


一人娘のエイブラム令嬢の業務を担う、ということは……。



「わたくしの、婿養子に入るということですか……!?」



星空の下、静かな公園にレベッカの声が響き渡る。


どうもこの人は、外堀を埋めるのがとんでもなく上手だ。



「はは、もうプロポーズは舞踏会の日にしたはずだが。しつこい男は嫌われるか」



クロードは恥ずかしさを隠すためか口元を覆っている。


レベッカは口をあんぐりと開けながら、そのクロードの表情を横目で見る。


店を続けられるのは嬉しい、家業を継ぐなんてきっと自分にはできないから、担ってくれるなら助かる。


色んな考えが頭を巡るが、レベッカの本音は単純でシンプルだ。


嬉しい。ずっと一緒にいたい。そばにいて欲しい。



「……いえ、嬉しいです。私も、同じ気持ちですわ」



消え入りそうな声で、しっかりと自分の思いを伝える。


クロードはレベッカの顔をじっと見つめていたが、長いまつ毛を揺らして目を閉じると、ゆっくりと頷いた。


そうして、体を傾け、そっと近づいてきた。



―――キスされる……!



前回の店の中で体をこわばらせて拒絶してしまった反省を生かし、自然体で待つことにした。


しかし、唇は重なることはなく、レベッカは自分の手のひらの上に一枚の紙が置かれているのに気がつく。



「それを読んでくれ」



クロードがスーツの胸ポケットから出したらしきその紙は、白地に金箔が押されており、中に二人の人物の名前が書かれていた。


手元に視線を落とし、その文字を読む。


『ユリウス・テイラー皇太子と、リリア・ルーベルト令嬢の結婚式へのご招待』と。



「ユリウス様と、リリアの結婚式の招待状…!」


レベッカは驚き、隣のクロードを見上げる。



「さっき店に届いていたんだ」


「うわぁ、ついにですね。楽しみ!」



二人はユリウスの押しの強さで舞踏会から付き合うことが決まり、逢瀬を重ねているのは知っていたが、数ヶ月でもう結婚までいってしまうとは思わなかった。


ゲームでいうと、皇太子ルートの好感度MAX、Sランクエンディング確定のようだ。


もちろん行くに決まってるわ、と友人の晴れ舞台を喜ぶレベッカだったが、その様子を見ているクロードの表情はどこか、固い。


彼は口を開き、ゆっくりと告げた。



「ここに、俺の両親であるライネス家当主も参加するはずだ」



夜の公園に肌寒い風が吹き、レベッカの赤く長い髪が揺れる。



「君を、俺の特別な人だと紹介してもいいか」



彼を『冷徹公爵』という、冷たい無表情の子供に育てた張本人達。


役立たずの三男坊だと蔑み、彼の心の奥底に大きな翳りを生み出した両親。


星の降る舞踏会のテラスでレベッカにプロポーズした時よりも、伝えるのに覚悟が必要だったのだろう。


クロードの声は小さく震えていた。



どうか、はいと答えてくれ、と言うかのように。

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