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36、もう嫌だ

知っている。


自分の愛したリリアが間違ったことを言うわけがないと、信じ切ったユリウスの暴挙も。


知っている。


音楽を奏でていた合奏団や、色とりどりのドレスで着飾った来賓者たちが散り散りに帰っていく、豪奢な舞踏会の会場も。


知っている。


最果ての北の大地に追放を命じられ、馬車に荷物を積み入れるエイブラム家の屋敷も。


泣きたいのに気丈に振る舞うレベッカも、気の利いたこと一言も言えない俺も。



『一度目』と同じだ。



黒いローブを目深にかぶるレベッカは、諦めに似た笑みを浮かべていた。


早朝に校舎から走って追いかけてきた俺を、優しく見つめている。



「クロード様と、放課後に教室で話すのが、とても楽しかったです。

あの時間だけ、飾らない本当の自分でいられるような気がしましたわ」



仲間外れにされて、後ろ指を指されるのは、どんなに強がろうがきっと辛いものだったろう。


切らせた息を整えようと、大きく息を吸う。


胸の中にしまい、2度と言えないと思っていた想いを吐き出した。



「行かないでくれ」



一度目に言えなかった言葉だった。

レベッカが、驚いて息を呑む音がした。



「俺も一緒に行くよ、どんな最果ての地だって、君となら生きていける」



何度も繰り返す、不毛で苦しい螺旋の中で、想いはどんどんと膨らんでいった。



「君と一緒にいたい。レベッカ、ずっと俺のそばにいてくれ」



彼女の腕を取って、その手を重ねた。


細い指を絡めると、温かい体温を感じる。


レベッカは俺の顔を見上げると、眉を寄せて唇を振るわせた。



「わ、私も、クロード様のことが……」



気丈なその瞳に、涙が浮かび上がった。


一緒にいたいと、言ってくれるだけでよかった。


そうすれば、世界中を敵に回しても俺は彼女を守るともう決めていたのだから。



「……いえ、いけません」



しかし、彼女ぐっと涙を堪えると、首を横に振った。



「あなたの、ライネル家の名に傷がつきます。追放令を出された令嬢と共に行くなど」



そう言って、そっと俺の手を離した。



「私のことは、お忘れください。クロード様」



頭を下げ、そしてもう一度上げた彼女の目は、強い意志で染まっていた。



「どうか、お元気で」



荷上げは済み、馬車の準備はとうに出来ていた。


レベッカは従者に合図をすると、馬車に乗り込み扉を閉める。


ゆっくりと蹄の音を響かせて、動き出す。



「……行かないでくれ」


無能な俺の声は、遠い地に向かう彼女の耳には届かなかった。




* * *





そして性懲りも無く、俺は瞼を開く。



「クロード。勉強会も終わったし、ちょっと気晴らしに散歩でもしよう」



園庭のベンチに座る俺、起こすユリウスの声。




「おいクロード、泣いてるのか?」




自分の頬に涙が流れていることに気がついた。


拭おうとポケットからハンカチを取り出す。


それは放課後の教室で、レベッカが俺の名前の刺繍をして渡してくれたものだった。


しかし今手の中にあるのは、ただの無地のハンカチだ。



同じ人生は繰り返せない。


理想の人生は何度やっても訪れない。


次から次へと涙がこぼれ落ちる。



「……もう嫌だ」



喉の奥から絶望が捻り出る。



もう嫌だ。



君を失うのも、君以外の人と結ばれるのも、君が他の男と結ばれるのも。

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