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31.拒めぬ結婚

 学園が休みの日に、一度自分の屋敷に帰った。


 すると両親と二人の兄は、久々に会った息子の俺への挨拶やねぎらいの言葉も早々に、ルーベルト家のご令嬢と舞踏会を踊り、婚約するように命じてきた。


 格下の伯爵家の令嬢とじゃ、名が落ちるではないのかと抵抗したが、ルーベルト家は数年で成り上がった勢いもあるし、親友であるユリウス皇太子の列席もあれば、今後ともライネス家は安泰に違いない、と熱弁された。


 どうやら俺の家族は、目先の金が欲しいようだ。


 意思も無く、望みもなく、人形のように操られて生きてきた「冷徹公爵」である俺に、否定権はなかった。


「クロード、舞踏会にリリアと踊るんだって?」


 昼食の時間、二人で食事をしていたら、ユリウスに尋ねられた。


 もうずっと食欲のない俺は、フォークでサラダをつつく。



「ああ、そうみたいだな」


「みたいだなって、他人事じゃないんだから」



 気の利いた俺の冗談だと思ったユリウスは、けらけらと笑っている。


 色々な思いが頭を巡り、憂鬱な毎日が続く。



「…ユリウスは、嫌じゃないのか。

 リリアと俺が踊るのは」



 前回の舞踏会では、リリアと踊ったのはユリウスだ。公衆の面前でプロポーズをしたのも、昨日のことのように覚えている。


 だと言うのに、今回は全く彼女に興味がない様子だ。



「リリアは人気だし、確かに可愛いと思うけど、さすがに親友が踊る相手を横取りしようとは思わないよ」



 応援してる、と笑う皇太子の友人の顔を見て、内心ため息をつく。

 

 こんなにも運命が変わるものなのか?




 移動教室の時についてきたり、授業のわからないところを聞いてきたり、リリアの俺に対する好意は周りから見ても明らかだった。


 舞踏会で踊るパートナーだと言うのも、自分で女友達に吹聴しているらしく、俺たちは公然の仲になっていた。


 廊下を歩いていた時、様々な思いが頭の中を巡っている陰鬱な俺の前を、赤く長い髪を揺らしレベッカが通り過ぎた。



「レベッカ、待って……」



 待ってくれ、と引き留めようと思い、言葉が途中で途切れた。


 振り返り、レベッカは話したこともない俺に急に声をかけられ、不思議そうな顔をしたからだ。



「? クロード様、どうされましたの?」



 そうだった。『今回』は、彼女とは一切話してなどいない。


 放課後の教室で彼女と他愛のない話をして笑い合っていたのは、俺にしかない『前回の』記憶だ。



「いや…なんでもない」



 ただのクラスメイトでしかない俺が、リリアと婚約しようが、彼女の知ったことではない。


 そう言うと不思議そうに会釈し、先を歩く他の女子たちと楽しげに話しをしに行ってしまった。


 悪い噂が広まり、ひとりぼっちな彼女と、放課後で話したのを思い出す。


 そもそも、気は強いが勉強もできて家柄も良いレベッカだ。女子の友達に囲まれ、冷酷公爵の俺となど話す必要はなかった。



 これで良かったんだ。




 俺の意思とは関係なく、縁談はとんとん拍子に進んだ。


 舞踏会で踊り、お似合いのカップルだともてはやされたルーベルト家の令嬢と、ライネス家の三男は、すぐに婚約する事になった。



 紙吹雪が舞い、白いタキシードに身を包んだ俺を見て、ユリウスが皇族の席から拍手していた。



「リリアは幸せです、クロード様」


 教会の鐘の下、潤んだ瞳のドレス姿のリリアが俺を見上げていても、俺の頭に浮かぶのはレベッカの姿だ。


これでいい。君が傷付かず、遠い地へ行かなくても良いなら。



「…俺もだよ」



 心にもないことを言うのにはもう慣れた。


 元々、貴族は家同士の契約結婚が常だ。三男で役立たずの俺に、妻の選択権などない。


ああ、でも。


『どうか後悔のない人生を』



遠くの地へ去るレベッカの、別れ際の言葉が、何故か忘れられない。




*  * *



ゆっくりと、重い瞼を開く。



「クロード。勉強会も終わったし、ちょっと気晴らしに散歩でもしよう」



 園庭のベンチに座る俺の肩を揺らす、ユリウスの声。



 まただ。

 またこの日に戻ってきた。



 すぐにわかった。きっとこれを望んでいたからだ。



「くく……ははっ」



 目覚めた俺は、思わず笑ってしまった。



「……よっぽど嫌だったんだな、あの結婚」



 リリアとの結婚が、人生をやり直したいぐらい深い後悔につながるだなんて。


 三度目の勉強会の日。


 終わらない不毛な繰り返しに、笑いが止まらなかった。

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