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夜、リリシアを部屋まで送り届けた後に、ラキエルは総務課に向かった。
台車を借りる為に。
翌朝、いつものように彼女の部屋までお迎えに上がり、丁寧にエスコートをしてジムに行く。
トレーニングに慣れてきたラキエルは最近、通常の朝トレよりも負荷の高い、アスリート用のメニューにまで手を出していた。
もうブース内では暑すぎるし息苦しいので、仮面も外してしまう。
もはや仮面なしでも生活できるのでは?とまで考える。
ラキエルがずっと気にしていた痣も(おそらくリリシアのお陰で)だいぶ薄くなっており、以前の痛々しさは全く無い。
これなら周囲に不快感を与える事も無いだろう。
(でも万が一にでも、治るはず無かった炎症が何故引いたか?みたいなツッコミをされたら…絶対嫌なんだよな。仮面のままでも不便してないし、このままで良いか)
長らく仮面で生活してきたせいで、ラキエルは完全に麻痺していた。
仮面での生活が不便でないわけがないのだ。
「あ、やっと出てきた。今日は長かったね?」
「ちょっとメニュー変えたから。ごめん、結構待った?」
「ううん、大丈夫だよ!私も明日から違うメニューにも挑戦してみようかな。」
「うん、良いと思う」
仮面の奥から聞こえる優しい声に、リリシアは少し子供っぽい無邪気な笑顔を返した。
それぞれの部屋でシャワーを浴び、二人で食堂に向かい、朝の日替りを注文し、出来上がるのを待って受け取る。
いつもと変わらない朝のルーティン。
違ったのは、ラキエルが足を向けた方向だった。
「リリシア、こっち」
「? どこか寄っていくところがあるの?」
「俺、引っ越したんだ」
「え!どう言う事??」
「昇進で、寮の部屋の場所が変わった」
「そうなんだ!びっくりしたぁ。でも、引っ越しなんていつの間にしたの?」
「昨日の夜、荷物纏めて運んだ。荷物少ないから」
彼女を新しい部屋までエスコートし、見慣れたデザインの扉を開けて中に招き入れる。
「どうぞ。お入りください」
「あははっ、なにそれ。わ!広い…!」
扉のデザインは変わらないが、室内は何もかもが違っていた。
下級士官のワンルームとは異なり、部屋も広いが天井も高い。
大きなモニターと3人掛けのソファもある。
くるくると部屋を見て回る彼女の様子に満足しながら、朝食をダイニングテーブルに並べて、コップに水を注いだ。
「食べよ、また夜来た時にゆっくり見たら」
「そ、そうだよね。時間なくなっちゃうね、ごめん!」
向い合って席につく。
「「いただきます。」」
これまでは作業デスクに横並びに座り食事をしていたので、それと比較するとお互いにかなりゆったりと座ることが出来た。
しかも最近はラキエルの成長が著しく、日に日に窮屈になっていた事は否めなかった。
小柄な二人だから座れたのであって、大人には無理だ。
「…本当に広い、ね。肘がぶつからないし。」
「ね。いいな、ダイニングテーブル」
「でも、ちょっと…遠いね。正面も良いけど、ラキエルの隣に並んで座るの結構好きだったから、少しだけ残念。」
そう言って肩を落とす彼女は、また何か…こちらを試しているのだろうか?何かの罠か?とにかく可愛すぎる。
ラキエルは立ち上がり、自分の座っていた椅子を持ち上げると彼女の正面から側面へ移動した。
「これで良い? 俺も正直、ちょっと遠いなって思ってた」
「うん、丁度良いかも!ありがとう、ラキエル。」
食後はリリシアが珈琲を淹れてくれるので、出勤前にはそれを楽しむ事も日課となっていた。
初めてのデートの時に彼女が買った道具一式は、あの後ずっとラキエルの部屋に置かれていた。
今回の引っ越しの際も、ここまで丁重に運んできたのだ。
リリシアは1人で珈琲を飲む事は無く、ラキエルの為にあの大変な工程をこなし淹れてくる。
(うま…はぁ…最高だな)
「ラキエル、そろそろ出ないと。」
「ん、わかった」
(なんか、これ…新婚みたいじゃないか?)
今日はリリシアも伴い、ラボに出勤する。
先日、彼女がレポートを仕上げた、ロアのエネルギー精製技術の模倣実験が新しいプロジェクトとして進行中で、ラキエルが責任者に任命されていた。
リリシアは引き続き、アドバイザリーとして軍から依頼を受けており、今は共に仕事を進めるパートナーでもあるのだ。
「おはようございます、ラキエル大尉。リリシアさん。」
「リリシアさん、良いところに!材料の件でご相談したい事があったのですが…」
「ラキエル博士!あ、大尉…失礼いたしました。昨日の報告書の件なのですが…」
「うん、聞く。別に博士で良いよ、階級で呼ばれたい願望無いから」
朝から慌しく過ごし、ランチは別々に過ごす。
ラキエルはラボで携帯食料をくわえながら仕事を続け、リリシアは他の職員に誘われ、食堂に行く事が多かった。
夕方、定時になるとラボに居るメンバーに声を掛けて退勤する。
食堂に寄ってから、新しいラキエルの部屋の前まで行くと、ラキエルが「開けてみて」と言ってきた。
「え? 開かないでしょ?」
リリシアが試しに自分のデバイスをかざしてみると、セキュリティが解除され、扉が開く。
「わぁ!どうして開けられたの…?」
「軍に所属する家族とか、それに準ずる人には、自分の部屋のセキュリティ権限を付与できるんだ。リリシアは軍じゃないけど寮もデバイスも持ってるから。俺の…婚約者、って事で申請した」
「へー、そんな機能があるんだね!じゃあ私の部屋もラキエルが開けられるように…」
「それは止めておこう」
ラキエルは未だに…1度たりとも、リリシアの部屋に足を踏み入れた事は無かった。
彼女が最初に滞在していた医療室は除くが、あれは一応仕事だった為、ノーカウントだ。
テーブルに二人分の食事を並べて、席に着く。今度は最初から、彼女の座る側面に陣取った。
「ラキエルの部屋には入れてくれるのに、私の部屋には入ろうとしないの、何か理由があるの?」
「特に無いよ。強いて言うなら…リリシアが安らげる安全な場所として残しておきたいから、かな」
「私はラキエルが側にいてくれるのが、一番安らげるし安心するのに?」
また無防備に、そんな事を言って。
嬉しい気持ちももちろんあるが、これは少し理解してもらう必要があるのかもしれない、とラキエルは思った。
「じゃあ今夜はここに泊まってく? 前、俺のベッドで一緒に寝たいって言ってたでしょ」
「え!えっと…それは…」
一緒に寝たい気持ちはあるが、あの時よりも色々と想像してしまう。
あの何も知らなかった時よりもリアルに…ラキエルが、どんな意地悪を仕掛けてくるのか。
まだ心の準備が出来ていない。
「どうなっても知らないけどね?」
「!!」
やっぱり彼は意地悪する気満々のようで、妖艶な笑みをその整った顔に貼り付けて、紫色の瞳をこちらに真っ直ぐ向けてくる。
「あのっ、寝るときは帰ります…自分の、部屋に…」
「そっか、残念。でも追い掛けて行くかも。リリシアの部屋に無理矢理ついて行って、押し入って、朝まで一緒に…今の俺達じゃ、あの部屋のベッドは少し狭いかもしれないけど、くっつくから関係ないよね? リリシアの部屋のセキュリティ権限くれるみたいだから、いつでも…出来るね」
小さく舌舐めずりをして見せると、リリシアは顔を真っ赤にして「安全な場所って、そう言う事??」と独り言が口をついて出ていた。
ちゃんと理解してくれたようで、良かった。
本気を出せば、いつでも、どこの部屋だろうと、軍のセキュリティなんて突破出来るけど、と言う事はとりあえず黙っておいた。




