リリシアの隠し事
「今日は来てくれて本当にありがとう。見苦しい姿を見せちゃったわね。まさか今日、あんなに泣かされるなんて思いもしなかったわ… 話せて良かった。また3人で食事しましょう。」
「こちらこそ。フリージアさん、ありがとうございました。その…今後とも、どうぞよろしくお願いします。」
「ふふ、確かにそうね。リリシアは私の娘のような存在になるのだもの。こちらこそ、今後も末永くよろしくね。」
「じゃあ…また、近いうちに。お休み、フリージア」
「おやすみなさい。2人共、帰り道気をつけてね。」
フリージアに見送られ、二人はいつものように手を繋いで歩く。
「今日は一緒に来てくれて、ありがとう」
「ううん。二人がお互いのこと大切に思ってるって、話し合えて良かったね。」
しばらく歩いた後で、ラキエルが提案した。
「少しだけ…俺の家に寄っても良い?」
「うん、大丈夫だよ。」
ラキエルの家に入ると、小さめの間接照明だけを灯したラキエルに勧められるがまま、リビングのソファに腰を下ろした。
「これから俺が話す事は独り言だから、返事はしなくて良いから」
「…うん、わかった。」
リリシアは膝の上で拳を握り、緊張で身体を固くした。
ラキエルはそんなリリシアの拳をそっと手で包むと「大丈夫」と安心させるように呟いた。
「俺は軍所属の研究者だから、例えば調査対象や研究に関し発覚した重大な事柄に関しては、上に報告しなくちゃならない」
ラキエルの手の中で、リリシアの拳は固く握られたままだった。
ラキエルは独り言を続ける。
「でも日々、様々な仮説も立ててる。仮説は場合によっては報告する事もあるけど、基本的にはある程度の確信を得ないと、報告しない。きりがないからね。例えば」
ラキエルは少しだけ深く呼吸をしてから、慎重に言葉を続ける。
「俺の顔の痣が最近、薄くなってる件。明らかに…前とは違う。これは内側から絶えず炎症していて、軍の優秀な医者でもお手上げ。俺自身にも治療は出来なかった」
彼女は俯き、不安そうに少し震えていた。
ラキエルは握っていた手を離すと、リリシアに覆い被さるようにして、そのまま優しく抱え上げると自分の太腿の上に彼女を座らせた。
いつものように、がっちり腕を回して抱え「逃さない」と目で訴える。
彼女は少し安心したのか、固く握っていた手をようやく緩めた様子だ。
「それが最近になって、炎症が落ち着いて、痛みも消えた。見た目も、かなりましになった。明らかに快方に向かってる。この現象に、いくつかの仮説を立てた」
そう言ってラキエルはリリシアの左手を取ると、自分の顔の右側に当てた。
いつも彼女が、そうしてくれていたように。
リリシアは硬直し、諦めの表情を見せる。
それから、縋るような視線をラキエルに向け、次の言葉を待つ。
「例えば…何か未知な力が作用した、か。それか単純に…さっきフリージアにも伝えた通り、俺が健康的な生活をするようになったから免疫力が上がった、とかね。いずれにせよ仮説段階だから断言できる事は何もないし、今後この件を検証するつもりもない。何かが明らかになって、上に報告するなんて…色々と面倒だし」
その言葉に、リリシアが明らかに安堵したのを、ラキエルは見逃さなかった。
思った通り、彼女には何か言えない秘密がある。
何か、と言うか、確実に。
この星の人間が持ち得ない力を隠している。
思えば採血を怖がるなんて、おかしな話だ。
彼女ぐらいの年頃の、聡明な人間が、まるで未知の処置を怖がるかのように、採血を怖れていた。
ロアの文明レベルはミルズアースと同等か、それ以上だっただろう。
そんな星で、医療技術だけが発展していないとは考え難い。
採血のような医療行為が日常的に行われる事が無い、何か特別な理由があるに違いない。
リリシアは、どうしようもなく泣いた日の翌日も、目を腫らす事なくけろりとして、普段通り美しかった。
華奢なわりに体力があり、忙しく過ごした日も疲労を見せない。
何より、ラキエルの顔の炎症。
長年、自身を悩ませ続けた忌々しい痣の変化は、ラキエルにとっては確たる証拠だったのだ。
ラキエルが頭の中で組み立てた仮説は、おそらく正しいだろう。
でも、これを軍に報告する気は更々無かった。
この件を報告する事で、また彼女の自由が奪われるような事があったら?
そんなの耐えられない。
幸い、知ったわけではない。
あくまでも仮説の段階だ。そう結論付ける。
この件に関してだけを言えば、彼女が自分に隠し事をしてくれていて本当に良かったと感じる。
他の件であれば、彼女に関する事はすべてを暴きたいけれども。
「リリシア、俺の独り言を聞いてくれてありがとう。帰ろう」
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軍本部に帰還し、ラキエルに部屋まで送ってもらったリリシアは、1人になると大きな溜息をつき、しゃがみこむ。
もう、きっとラキエルには全てバレているのだろう。自分の秘密が…
全く想定していなかったわけではない。
このリスクを承知の上で…それでも彼を、彼がずっと気にし続けている痣から解放してあげたかった。
でもラキエルは、独り言と称して想像を一方的に語る事しかしなかった。
問いただすでも無く、質問をぶつけるでも無く。
つまりは、こちらの意図まで全てお見通しの上で、現状維持という判断なのだ。
本当に彼には敵わない。
(もう…ラキエル、ありがとう。大好き…)




