フリージア邸での夕食会
夜、時間ぴったりにフリージアの家を訪れた二人は、インターホンを鳴らした。
程なくして玄関が開かれ、フリージアが迎えてくれる。
「いらっしゃい、どうぞ入って。」
「フリージアさん、こんばんは。お邪魔します。」
リリシアから手土産を渡す。
ラキエルと一緒に選んだワインだった。
「お!私の好きなやつ〜。たまたま? もしかしてラキエル、あなた覚えててくれたの?」
「俺が無駄に記憶力良いのは知ってるでしょ」
「そうだったわね、失礼いたしましたっ。さぁ、どうぞ座って。冷めない内に食べましょう。」
ラキエルが適当な場所に仮面を置き、席につくと、フリージアは驚いた顔をする。
「ラキエル…あなた…その顔の痣…」
それを聞いたリリシアが小さく震えたのを、ラキエルは見逃さなかった。
(あぁ、やっぱり…)
「…そう、だいぶ目立たなくなったでしょ。成長と共に…かな? 最近、食事も摂ってるし運動もしてる。夜も寝て、昔よりだいぶ人間らしい暮らしをしてるから。たぶんそのせい」
「そういえば、急に背が伸びたし身体つきも…少し男らしくなったかしら? 生活改善と言い、とっても良い変化じゃない。」
そうラキエルに言いながら、フリージアはリリシアに向かって嬉しそうに微笑みかけた。
それからまたラキエルの方に、白々しく話しかける。
「私が食事しろっていくら言っても携帯食料ばっかりだったのにね? 素顔を見たのだって本当に久しぶりだし。こんなにすんなり食事の誘いに応じてくれるなんて、本当に信じられない程の変わりっぷり。誰に影響されたのかしらね?」
「フリージアに伝えたい事が2つある。1つは俺、リリシアと付き合ってる。知ってると思うけど。成人したら結婚するつもりで居る。これを報告したいと…思ってた。フリージアは俺の保護者だから。その…伝えるのが遅くなってすみません」
「もちろん知ってる。けど、あなたの口から直接報告してくれるとは思ってなかったわ。だから正直…びっくりしてる。あなた本当に変わった。」
「うん、俺もそう思う。それからもう1つは…フリージアに謝罪と感謝を。伝えたくて。小さい頃、両親を無くした俺の親代わりになってくれようとしたフリージアに上手く甘えられなかった。寄り添ってくれようとしたのに、無下にしてた。でも見捨てずに、適度な距離で見守ってくれてたのは知ってる。俺、昇進もしたし、成人したら結婚もする。だから大人としての自覚を持とうと思った。これからはもう、ちゃんとする。可愛げの無い甥だったと思うけど、今まで見守ってくれて…保護者として支えてくれて、ありがとう。」
「研究の話以外で、ラキエルがこんなに話すところは初めて見たわ。はぁ…」
嬉しそうなフリージアの声は、だんだん尻窄みになり、最後は震えていた。
彼女は泣いていた。
ハンカチを出して「やだ…もう…」涙を拭う。
いつも自信たっぷりで堂々としている、普段のフリージアからは想像の出来ない姿だった。
彼女は上ずった鼻声で言葉を続ける。
「あなたがそんな風に考えていてくれてたなんて…嬉しいわ。私は本当に保護者としては失格。子供だったあなたの心を支えてあげる事が出来なかった。寄り添いきれなかった。だから本当は、そんな風に感謝をしてもらう資格なんて無いと思ってるわ。でも…それでも本当に嬉しい。ありがとう、ラキエル。リリシアも本当に…ありがとう。」
「気付けたのは、リリシアのお陰。当たり前に周りにあるものが、当たり前じゃないって気付けた。気付けたら…フリージアにはたくさん苦労を掛けた事にも、目を向けられたから…ちゃんと謝って、お礼言いたかった」
フリージアはまた涙が溢れてしまったようで、しばらくハンカチで目頭を押さえていた。
「あなたがリリシアに興味を示していると気付いたとき、すごく嬉しかった。立場としては複雑だったわよ? その時はまだ軍の若きエースと、敵か味方かわからない謎の生命体だったもの。でも、ずっと他人に興味を示さず、積極的に関わりを持たなかったあなたが、初めて興味を示した。リリシアと過ごすあなたが少しずつ変わるのが嬉しかった。私自身、リリシアと接していく中で、この子は敵対しないと確信が持てたとき、1日でも早く自由にしてあげたいと思った。私は根回しが得意だから、その点に関してはスムーズに事が進んだと思っているけれど。そんなことでしか力になれなかったのよ。リリシアがラキエルの事を受け入れてくれたらどんなに良いか、と自分勝手に願っていて、それが叶ったときにはどんなに嬉しかった事か。私が寄り添えなかった、ラキエルの心に寄り添ってくれて、受け入れてくれて、リリシアには感謝してもし足りないの。本当に…本当に、ありがとう。」
フリージアは席を立ち、リリシアを抱きしめた。
それからラキエルの事も、少し遠慮がちに抱きしめる。
ラキエルも、おずおずとフリージアを受け入れた。
特殊な形だったが彼らは間違いなく家族で、今日は家族の在り方が少し変わった、そんな日だった。




